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【eJudo’s EYE】最高の結末、フランスが育てて返してくれた豊かさの種/東京オリンピック柔道競技男女混合団体戦「評」・大会総評

(2021年8月1日)

※ eJudoメルマガ版8月2日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】最高の結末、フランスが育てて返してくれた豊かさの種
東京オリンピック柔道競技男女混合団体戦「評」・大会総評
文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

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大会を締めたのは初めて行われた男女混合団体戦

表彰式終了後、会場に流れ続けるいつもの「あの曲」を聞きながら、最高の気分だった。胸がいっぱいだった。前日、あんなに悲しく、胸が潰れるような気持ちで会場を後にしたことが嘘のようだ。まさかこんなに幸せな気持ちでオリンピックを終えることが出来るとは。

男女混合団体戦決勝の純試合評は同時配信するのでそちらをお読み頂くとして、まずはこの最高の結末について語らせて頂きたい。まだ感動が体から抜けない。

■ 最高だったフランスチーム、そしてテディ・リネール
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フランスチームの一体感は群を抜いていた。

まず良かったのは、最後の最後に素晴らしい「勝負」が見られたこと。そしてこの日一番いいチームが勝利を得たこと。午前中のセッションから、男女混合団体戦は物凄く熱かった。MAT2は開会から3試合連続の代表戦決着。階級落ち選手の大健闘でイスラエルに食らいついたイタリア、ベクムロド・オルティボエフとグルノザ・マトニヤゾワの大活躍でオランダをあと一歩まで追い込んだウズベキスタン、ヘンク・フロルがここまで2連敗のオルティボエフに代表戦でリベンジして勝ち抜いたオランダ、そしてフランスを一時3-1とリードして勝負を代表戦まで持ち込んだイスラエル。素晴らしいチームは枚挙に暇がなかったが、その中でひときわ輝いていたのがフランスだった。

引っ張るリーダーはご存じテディ・リネール。前日オリンピック3連覇の夢を断たれたばかり、そして5試合を戦い抜いたばかりだというのに、腐る様子も疲労の色も見せず。どころか先頭に立って仲間を励まし、叱咤し、勝てば手を叩き、飛びあがって大喜びしてチームを盛り上げる。もちろん自身もフル出場、全試合勝利でチームを引っ張った。

リネールは本当に凄い男だ。この5年間、「指導」狙いの柔道をあらため、投げて勝つ選手に進化したリネール。加齢による衰えを受け入れ、目先の勝利にこだわり続けては進化することが出来ないと連勝記録の階段から敢えて降り、名より実を取って自らをアップデートし続けることを選んだリネール。絶対王者の称号を得て、誰よりも負けを恐れるはずの立場にありながら、敗北を体内に取り込み、変化することを厭わなかったリネール。そして五輪の連勝が断たれたリネールは、個人戦の代わりにチーム全体で、今度は団体戦で金メダルを獲ったのだ。こんな選手が周囲に尊敬されないわけがない。フランスチームのリネールを中心とした一体感には「この選手に金メダルを獲らせずに帰れない」とでもいうようなモチベーションすら感じられた。

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決勝、アクセル・クレルジェが向翔一郎に一本勝ち。

日本戦は最高の試合。この試合の解説は同時配信の「評その2」に書き込んだので詳しくはそちらをご覧頂きたいが、盤面最大の分水嶺である70kg級枠に1階級下のクラリス・アグベニューを敢えて送り込み、相四つが苦手な1階級上の世界王者新井千鶴を見事ヒット。圧勝で「水の流れ」を自軍の側に傾けると、1人1人が個人戦をしっかり戦い切るというこのレギュレーションの鉄則通りにアクセル・クレルジェが粘りの試合で向翔一郎をノックアウト、あっという間にスコアは2-0。構図苦しい70kg超枠は素根輝に譲ったが、ここで登場したリーダー・リネールがウルフアロンを倒してスコアを3-1に伸ばす。最後は挽回せんと気負ってペースを乱した芳田司が我に返る前にサハ=レオニー・シジクが切り返しの内股「技有」。これを決勝点にチームの勝利を決めた。

アグベニュー投入という判断の「引き算」と思い切りの良さはまさに絶妙。思い切りの良い策でレギュレーション上最重要の第1試合、それも星取り上もっとも重要な分水嶺をいきなり抑え、立ち直らせぬまま追加点を取る。ポイントゲッターで3点目を得ると、相手の焦りに付け込んで一気に決勝点まで辿り着く。男女混合団体戦創設以来世界選手権4連勝、絶対王者の日本を倒すにはこれしかないという狭い橋を渡り切った。緊張感あふれる戦い、見ごたえのある良い勝負であった。

■ 勝ったけどまるきり変えねばならない、日本の強化と育成に素晴らしい筋道がついた
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史上最高の戦果を残した日本。このあとは難しい舵取りを迫られる。

そしてこのフランスの勝利が、日本のために良かったと心の底から思えた。勝つは勝ったが、一抹割り切れない思いが残るこの東京オリンピック柔道競技にこんな着地点があったのか。こんなに納得のいく、希望に満ちたゴールがあったのかと、胸が震えた。

まずひとつは、日本がこのあと「勝ったけど、まるきりやり方を変えなければいけない」という難しいかじ取りを迫られていること。日本は1、2番手偏重の五輪シフト強化を推し進め、結果として史上最強と言える布陣の代表チームを得た。が、今年の選抜体重別後の世界選手権代表選考と6月のブダペスト世界選手権の結果で顕在化した通り3番手以下の強化はボロボロ。国まるごとで、爛熟し続けているワールドツアー文化に置いてけぼりを食っている。ロンドン五輪の惨敗を受けて、日本が定めた戦略は正しかった。しかしどんなに優れた制度でも、時が経って周囲の状況が変われば、少しづつ機能しなくなる。いつになっても絶対に正しい1つのやり方というものは存在せず、常に我々は世界のありようにあわせて、目的に適うようやりかたをアップデートしていかなければならない。大事なのは賢い「目」と、変革を厭わぬ開けた態度である。

そして、今、強化、そして柔道界全体を巡る育成はあきらかに変革の潮目を迎えている。やり方を大きく変えねばいけない時期だ。しかし、圧倒的な成功の直後、史上稀に見る戦果を残した後で、そのやり方を継承せず「変える」ということが許されるだろうか。そもそも、現状の閉塞を「失敗」と認識してくれることが出来るのだろうか。これが筆者のこの大会最大の懸念だった。

だから、ブダペスト世界選手権の総評では「五輪で日本に勝って欲しいけど、勝って欲しくない」とも書いたし、最善のシナリオは、勝って日本が兜の緒を締めることだ、と書いた。以下引用する。

”最善シナリオは、日本代表が勝って、でも勝って兜の緒を締めること。勝ってなお「日本は勝ったけど、決して成功したわけじゃない」と我々が警鐘を鳴らし、それに多くの人が気づいてくれること。骨身に染みて、全体の構図を考え直す(五輪オーバービューでも書いたが、業界全体が価値観を「豊かさ」に振り直すこと)こと。”

とはいえ、なかなかそんなことが出来るわけもない。日本の大勝に興奮しつつも複雑な心持ちを抱え、美しい大団円になるはずだった100kg超級の意外な結末に心傷つき、そして「日本柔道復活」と大騒ぎする(嬉しいことだが)世間の喧騒をよそにあとは絶対勝つはずの「おまけ」、男女混合団体戦をこなすだけだとどこか冷めた気持ちでいたのだが、こんなシナリオがあったとは。皆さんが目撃した通り、フランスが見せてくれた。大勝に酔う日本に、世界が注目する大締めの場、最終日の男女混合団体戦決勝という場で、「兜の緒を締め」ざるを得ない大勝を見せてくれた。

日本柔道が金メダル男子5つ、女子4つという空前の成果を残してくれた。しかもきちんと結果を残しただけでなく、「このままではダメだ」という、今の日本柔道にもっとも大事な警鐘を、これ以上ない形で焼き付けてもらった。勝ってなお「変わる」チャンスを貰えた。間違いなく、どんなシナリオライターでも書けない、日本柔道にとって考え得る限り最高の結末だったと思う。

■ 伝道師はリネール、「豊かさ」のタネをわけてもらった日本
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フランスチームの陣容は同国柔道の「豊かさ」のアウトプットだ。

そして素晴らしい柔道を見せて日本を破り、五輪史上初めての団体戦王者に輝いたのが、同じ柔道大国でも日本とは真逆、「豊かさ」に全振りしているフランスであることが何より素晴らしかった。業界人は、まさに骨身に染みたのではないか。

ご存じの通りフランスは、柔道に携わる人の数が圧倒的に多い。その数およそ56万人、日本の3倍以上である。かの地では幼少時代ほとんどの子どもが道場に入門して柔道に触れるという。そこで志向されるのは「柔道競技」ではない。道場とは楽しく体を動かし、身体能力を開発する場であり、さらに言えば柔道とは、移民の多いフランスで、異なる文化的バックグランドを持った子どもと子どもを繋ぐコミュニケーションツールであり、「礼儀」という共通言語で社会をユナイトする文化的手段でもある。指導者には国家資格が必要で、指導の専門性の高さは担保され、コミュニケーションスキルやプレゼンテーション能力のないものが子どもの前に立つことはありえない。そもそも「柔道競技」と「柔道」のライセンスはきちんと分けられている。若年世代の全国大会はなく、実は10代前半でほとんどの子は柔道を卒業し、限られた才能のある子、競技で上がっていく意志のあるもののみがさらに本格的な修行に挑む。しかし「卒業」した子も良いエグジットをして柔道にポジティブなイメージを抱いてくれているので以後はファンとして柔道に関わる。だからグランドスラム・パリが行われるベルシー体育館は超満員。良い意味での半可通も多いし、ファンの層もライトユーザーからどっぷり浸かったマニアまで幅広い。選手の国籍に関わらず良い技には拍手が送られ、客席には時折ウェーブまで巻き起こる。これが筆者が理解するフランス柔道の姿だ。(現地でガッチリ取材したわけではないので認識に誤りがあったら指摘してもらいたい)

筆者は(最近増えて来た)フランス柔道全肯定論者でまったくはないし、「結局遊びたがってばかりでそんなに柔道やらない子もいっぱいいるよ」というような声があるとも耳にする。フランスの育成上がりの選手に「尖り」がない、平均値選手が増えていることも肌で感じている。それは、長所も弱点もあるだろう。ただ、フランスの柔道がたった1人の強者を生み出すための「勝ち負け」よりもたくさんの人が柔道それ自体を楽しむ「豊かさ」にフォーカスしたものであり、携わる人が多い豊かな土壌からこそ最終的には強者も生まれる、という大方針に貫かれていることは間違いないと思う。そのアウトプットの「強者」側面の具現者がかつての絶対王者リネールであり、同時に「豊かさ」の具現者が、かつてと異なる姿で戦い続ける2021年のテディ・リネールと、彼を取り巻くフランスチームだ。

引き比べて日本。高校柔道における一部強豪校の専門化により二極分解構図が進みに進み、彼ら強豪校の部分最適が業界の全体最適にかなわず、勝負偏重の価値観の中で望みのない「負け」の屈辱を押し付けられた子たちがどんどん辞めて競技人口は激減。加えてこの価値観で育った世代が指導者として少年柔道の競技加熱期を演出、「子どもがそうしたいというから」「親がそうしてくれというから」との美名のもとに、目先の勝利にこだわる「代理戦争」を繰り返して焼け野原を作った。「勝ち負け」以外の面白さを教えて貰えなかった子たちは、勝てなくなると次々柔道から離れた。今の代表選手たちはこの焼け野原を生き残ったかつての少年たちであり、この「焼け野原」構図は残念ながら今も続いている。関わる人数をどんどん減らす、縮小再生産を繰り返しながら。筆者の懸念は、今回の五輪を見て「柔道をやりたい!」と飛び込んで来てくれる子たちが競技偏重の世界に放り込まれ、傷つき、失望し、またしてもこの構図が、ほんの僅かだけ増えたパイの中で繰り返されてしまうことだ。競技偏重が行き過ぎ、たった1人の強者を生み出すためだけに、ほとんどの子どもがすり減っては消えていく貧しい世界が残ってしまった。最強ラインナップと言われた今回の代表も少数徹底強化に全振り、限られた強者を徹底的に鍛えることで生み出されたものである。でもこの先は、強者をピックアップすべき母集団自体が、もう、ない。柔道をやるものがそもそもいない。日本柔道はこれまでにない危機にある。

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フランスはかつて日本から貰った豊かさの「種」を少しだけ、返してくれたのだ。

そんな中、「豊かさ」の象徴であるフランスチームが、全柔道人が注目する場で、日本を破って金メダルを獲ってくれた。これに勝るインパクトはない。業界人は骨身に染みたのではないか。フランスは、すっかり痩せ細り、貧しくなってしまった日本柔道の土壌に、豊かさの「タネ」を分けてくれたのである。

そして、フランスに豊かに実った柔道という果実。その種をかの地にもたらしたのは、言うまでもなく日本だ。かつて日本がもたらした柔道の種はフランスの地で大事に育てられ、実り、いまや大輪の花を咲かすに至った。そしてフランスはかの地で大事に育てたその種を、すっかり痩せてかつての豊かさを失ってしまった日本に、少しだけ、返してくれたのである。伝道師はもちろんテディ・リネールだ。日本は「世界に勝つ」という美名のもとに多くのものを失ってしまったが、かつて世界に一生懸命柔道を広めた先人たちの努力のおかげで、もう1度、かつて自分たちが持っていた豊かさの種を返してもらったのである。返還の舞台は東京オリンピック、場所は初めて柔道競技が行われた聖地・日本武道館。1964年のあの時、日本柔道が敗れることで「柔道が世界のものになった」あの場所で、今度は世界で育った「JUDO」が、危機にある日本の柔道に、かつて貰った種を返してくれたのである。こんなに感動的なことがあるだろうか。

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表彰式が終わっても、選手はなかなか畳を降りない。

種は、撒かれた。2021年7月31日の日本武道館は特別な場所である。既にお伝えした通り、筆者は今回国際映像の中継アドバイザーを務めており、この時はベニューの中にはいなかった。隣接する放送施設のモニター前が私の居場所である。でも、ここだけは、直接見ておきたい。いつか、あの日あの場所から新しい日本柔道が始まった、その場所に自分はいたんだ、と書くためにそこにいたいと強く思った。もう表彰式は終わっていたが、選手は試合場から去る気配はない。ドアを開けて、大股で走った。正面入り口から左に折れて、階段を掛け登り、客席のドアを開けて報道席まで走った。ここで場面はこの稿の冒頭に移る。「あの曲」が流れる中で、日本もフランスも、ドイツも、イスラエルも、選手たちがぐちゃぐちゃに混ざって、歓喜していた。そこかしこで肩を組んで、抱き合って、写真を撮りあっている。先ほど放送施設内で上司が独りごちていた「むしろいままでで一番コントロールさせてないオリンピックだよ。何を、どこまで撮ればいいんだ」とのつぶやきを思い出した。柵に掛けていた手を離して、少し階段を上って、そのまま座り込んだ。ミックスゾーンに行って取材をするべきだろう。でも、もういい。しばし、飽かず、ただ選手やスタッフが飛び跳ねたり、肩を組んだり、抱き合ったりする様を眺めた。最高のオリンピックだった。

拙く長い拙文に最後までお付き合い下さったことに、感謝する。そしてフランスが呉れた種を日本の柔道人が見逃さず、挙げて「豊かさ」について考えてくれることを、切望する。

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