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eJudo

チリ

(農村部の小さな公民館で柔道指導をしている、グスタボ・パラとそのクラブを紹介します・・・・)

地方:4州 セレナ市
稽古場所:ラス・ロハス地区またはエレキ谷の公民館
滞在期間:2002年~

池田と申します。
農村部の小さな公民館で柔道指導をしている、グスタボ・パラとそのクラブを紹介します。

彼自身は現在は首都に住んで働いていますが、金曜の夜行バスで500キロの距離を出かけていき、土日に稽古をしてまた日曜の夜行バスで首都に戻るということを3年以上続けています。まったくのボランティアで続けているので、物好きな趣味だという人もいますが、彼は、貧しい地域の子供たちが柔道を通じて礼節を学び、将来の可能性が少しでも広がるようにと願って活動を続けています。

チリでは、スポーツといえば、サッカーかテニス(レベルの高い選手がいるのみ)だけで、柔道はまったくマイナーなスポーツです。大会は全国レベルが約10回、セレナ市のある第4州の州レベルが6〜7回。
全国大会だと選手は400人規模、州大会だと100~150人レベルです。

彼によれば、チリ柔道のレベルは高くありません。
チリ柔道の指導者たちは週3回以上柔道クラスを持てば、その収入で暮らしていけるので、その給料をあてにしているものも多いそうです。彼のように、まったく無給(というより交通費までも出費している)の指導者などは皆無のようです。

稽古参加者は20人から25人ほど。年齢層は5歳の幼児から45歳の男性までと幅広く、女子も2割ほど参加しています。
子供たちの中には土日の柔道の稽古に通うために長い距離を歩いてくる子もいます。かつて彼が教えていた地域では、馬で2時間掛けて稽古に参加してくれていた方もいたそうです。
家族ぐるみで柔道を習う生徒もいます。45歳のヘルマン氏は前妻と後妻の間に8人の子供がおり、練習のときには8人+父で揃ってボロいワゴン車に乗ってやってきます。(地元の駄菓子「スーパー8」になぞらえて「スーペル・オッチョ」(同じ意味)と呼ばれています)
彼の家はとても貧しいのですが、子供達は仲が良く、ヘルマン氏は自身柔道を学ぶだけでなく、遠征試合や出稽古にもついてきてくれる良き理解者です。

稽古は土曜、日曜の週二日。午前11時から午後2時頃まで。
夏は暑いので夕方5時から8時に稽古をします。

ウォーミングアップの歳には音楽をかけたり、エアロビ・エアロボクスをすることもあり、楽しい雰囲気、遊びを取り入れ飽きさせない工夫をしています。体力作りのために15キロのリュックを背負わせて山登りをしたこともあります。筋力をつけるためのトレーニング器具がないので、石を運ばせたりもしました。

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<写真>以前、トラピーチェという地区で教えていた時の大会

畳は、彼が以前働いていた鉱山が、柔道普及のためにと譲ってくれました。社員の柔道クラブのためにとフランス製の畳を購入してくれ11年使用したもので、その後鉱山の閉山に伴い、会社に放ってあったのです。25年ものということになりますが、布を張り直して今でも使っています。

柔道着は中国製の布の薄いものが主流で、日本円で6千円ほど。
柔道着を買うのは貧しい家庭にとっては難しいので、日本の青年海外協力隊を支援する会の応援を受けて、岐阜県の方々と講道館から昨秋多くの寄付を頂きました。おかげで今は皆が柔道着を着て稽古できています。

特に流行している技というものはなく、体型や体格に合った技を指導するように心がけているそうです。ただ、私が見る限り、チリ人の気質として飽きっぽい、目立ちがり屋というものがあるように思います。ですので、柔道指導についても、飛びつくがすぐ飽きてしまうというタイプの子も多く、継続の難しさを感じています。

エレキ谷という地区は、まだ電気の通っていない地区もあり、貧しい農家の子供たちが多いのが特徴です。
彼等にとって柔道を学ぶことは、単なる娯楽やスポーツにとどまらならず、人間的な成長を促す場となっています。グスタポは、「柔道を知ることで新しい可能性の窓が開いた」と言い、自身の指導のみならず、これは柔道が包含する教育としての側面が大きく影響しているのだと言っています。
彼が励行するのは、日本の言葉でいうと文武両道ということになるのでしょうか。

私になりに付け加えますと、まず彼は学校の成績が下がったら柔道クラスを辞めさせると最初に告げます。いままで二人辞めさせましたが、努力して成績を上げ、戻ってきてくれました。
彼がいつも子供たちに語るのは彼自身の経験です。
「自分も田舎の貧しい鉱山労働者の末っ子で、大学に入れるなどと思わなかった、ただ、スポーツを通して自分に力をつけたことでいい仕事にも就けたし、夜学に通って資格も身につけた。生徒達に柔道のチャンピオンになれとか試合に絶対勝てなどと言う気はない、それよりも相手への礼儀や責任感などの性格を身に着ければ、それはいい仕事につくチャンスにもなるし一生続く自分自身の財産となる。柔道家として勝つ技術やスポーツとしての柔道ではなく、いかに精神的に成長するかが一番大事だ」ということです。

そういう言葉を先生(グスタボ)から聞いていることで彼らも自分たちの自己実現を豊かに描くようになったそうです。貧しい農村の子弟は高卒で、農夫か鉱夫にでもなったり、アルコールに溺れたり、そういう貧しいイメージが多いのですが、「自分も大学に入りたい」「いい仕事につきたい」などと思い描けるようになってきたそうです。だから保護者なども自分の子供の活躍を誇りに思い大変満足しているそうです。

何人か、子供たちを紹介します。

今週、南米国際大会がチリの北部アリカ市で開催され、このクラブからは16歳のリチャード・ラモス少年が代表選手として参加しました。彼は貧しい母子家庭の少年で、治安の良くない貧しい地区に住んでいます。この地区では子供がドラッグやアルコールに早くから浸ってしまいがちで、柔道を始める前は彼もマリファナを吸っていたそうです。しかし今はそういう友人との縁を切り、自分は柔道に強くなることで、先生のように大学に入ったり、しっかりした仕事を持って母を助けたい、と言うようになりました。夏休みは日雇い農夫として働いて力をつけているので体力もあります。勉強も頑張るようになり、成績があがりました。
また自信がついたからか社交的になり、彼自身から人見知りせずに人に接するようになり、
家族もその変化に大変喜んでいるとのことです。
試合のほうは、得意の内股・払腰での奮戦及ばず負けてしまいましたが、昨年はボリビアでの大会に参加できるはずのところが、ボリビアの政変で中止になって参加できませんでしたので、今年は参加でき色んな選手を知れただけでも満足してるそうです。

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<写真>最前列がリチャード少年。カップを持っているのがグスタボ氏。右端はスーペル・オッチョことヘルマン氏。

エルビー・フィゲロアという14歳の女の子はラス・ロイカスという電気の届かない地域に暮らしています。
学校から一番遠くに位置する地域で、4~5キロ歩いて通うのが彼女の日常でした。
彼女は学校で先生から「知的発達の遅れがある」と烙印を押されていました。両親は鈍いだけで障害者ではないと信じていたのですが、無口で自己表現が下手な子なのです。
彼女が柔道を始めた時、彼女は11歳でした。しかしながら責任感の強さがいつも際立っていました。一度も練習を休まず、一番最初に道場に着き、掃除をし、時には一人で畳を敷いていました。

エルビーは柔道を始めたときは、正直なところ才能があるとはいえませんでしたが、しかし彼女の忍耐強さは次第に結果を結び、だんだんと彼女よりも才能のある他の子たちにも勝つ様になっていきました。
彼女は彼女の階級で州の大会で対戦した誰にも負けたことがありません。
そのうえ彼女の学校の成績はとても良くなりました。彼女の両親は娘を誇りに思い、彼女が柔道によってそれらを克服できたことに感謝しているのです。

グスタボ自身のバックグラウンドについて紹介します。
「私は現在51歳になります。16歳の頃ひょんなことから空手を稽古する機会をえました。その後何度か空手の国内チャンピオンになれました。
学校卒業後19歳の時に刑事(警察ではなく)になる学校に合格し、そこで柔道を学ぶ機会を得ました。それまでは空手一筋だったのですが、柔道の魅力に惹かれました。約6年刑事として働き、その後約4000mの標高の金鉱山の会社に就職しました、そこで同僚に柔道を教えはじめ、会社がフランス製の畳を買ってくれたのです。
金山が閉山となり失職したため、首都に出て働きながら夜大学に通う生活が始まりました。
そこで再び大学のクラブで柔道にうちこむことができ、その後はしばらく柔道から遠ざかっていましたが、また4年ほど前から自分の出身地域の農村の子供達へ柔道指導をはじめました。
現在はサラリーマン生活の傍ら週末は田舎に出張指導をしているという状況です。自分は単に初段に過ぎず、その上私はチリ人で、自分がいいと思って実践していることが日本の指導者から見たらまったく間違っているかもしれませんが、柔道の礼節とすばらしさを、少しでも子供達に伝えていきたいと思います」

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<写真>首都サンチャゴでの大会に出かけた時の一枚。生徒も夜行バスでの往復。

さて、恐縮ですが最後に代筆者私、池田の紹介をさせていただきます。
私がチリに青年海外協力隊として赴任していた2年が終るころ、グスタボと知り合いました。
日本人でも私は柔道を生で見たことがなかったほど馴染みがなかったのですが、チリ人ながらこよなく柔道を愛し、スポーツとしての柔道よりも人間形成の側面を大事に子供たちに指導する彼に人間的に惹かれるものがありました。同じ州でも柔道指導者が別のクラブをライバル視して挨拶もしないとか勝つためには汚い技を教えたり、子供に絶対勝てというプレッシャーを与える指導者もいるそうですが、彼は負けて泣く子供を抱きしめ、稽古の最後には円陣を組んで「柔道!」の掛け声をかけたあとは子供達が互いに抱き合うという習慣をつけさせ、他のクラブの先生や生徒にも気持ちよく挨拶することを励行しています。チリ人でありながら、妙に日本人的な感覚に合致することも多く、その後2年の交際を経て昨年4月から一緒にチリで暮らしております。私はスペイン語が得意ではなく、まだ意思伝達がスムーズとはいえないことも多いのですが、日本人として日本語が分かることで今回eJudo様の方で紹介頂ける機会を得られ、二人とも喜んでおります。

先日、息子が生まれました。2人の大きな娘に孫までいる連れ合いですが、51歳にして男の子の父親になるということで息子に柔道を教えるんだと張り切っております。

日本のクラブの方々とも、ぜひ交流したいと思っています。
子供たち同士で、メールをやりとりするだけでも、ものすごく励みになると思うのです。
柔道を通じて、より広い世界と交流することが出来るのだと彼等が知ることができれば、これに優る喜びはありません。ぜひ宜しくお願いします。

投稿者:池田久子



コメント


こんにちは。春菜という者です。
私は、小学校5年生から柔道をしています。
池田さんの話しを読んでとても感動する事が多く素晴らしいかったです。
特に今、私は14歳でエルビーさんと同じ年です。
私はどちらかと言うと稽古が好きな方ではありません。でも、エルビーさんの努力は半端なものではないですね。やっぱり、努力すれば必ず結果はむくわれるんだなぁ。と思いました。私も頑張ろうという気持ちになれました。
後、同じ柔道をしている人としてチリでここまで柔道を好きになってくれている人がいる事を知れて良かったです。とても嬉しく思っています。
私に教えてくださっている、道場の先生が『他のスポーツは、少しは才能もないとダメかもしれないけど、柔道というスポーツは才能がなくても、練習をきちんとして努力していれば強くなれるんだよ。結果がちゃんとついてくるから。』と言っていました。
私も頑張るので、みなさん頑張ってください。

投稿者 春菜 : 2006年08月05日 18:18


今回は割愛させて頂いたエピソードも多く、紹介しきれなかった部分もありますが、彼自身も、生徒たちも厳しい状況の中非常にがんばっています。

いずこでも指導者に苦労はつきものとはいえ、柔道に携る者の一人として頭が下がる思いです。

皆様、ぜひコメント欄にて彼に応援のメッセージをお寄せください。

また、日本の指導者の方でグスタポ氏とそのクラブにメッセージをお寄せくださる方はいらっしゃいませんでしょうか。
彼も、柔道を通じた人間教育を標榜し実践する、仲間の一人だと思います。
このコメント欄に書き込み下さるか、(contact@ejudo.info)までメールでご連絡をいただければと思います。


宜しくお願いいたします。

投稿者 運営者 古田 : 2006年05月25日 11:41