【eJudo’s EYE】東京オリンピック柔道競技・日本代表選手14名「採点表」

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文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

恒例の日本代表選手採点表、金メダル9個という空前の結果を残した東京オリンピック版をお送りする。常の通り、自分の力をしっかり出したか(内容と結果に反映させられたか)どうかが最大の基準点。これを基礎点に結果、内容、スコア、敵役の格、背負ったストーリーなどを加点材料とした。

※10点満点、eJudo編集部採点

男子

60kg級 髙藤直寿 8.5
成績:優勝

髙藤直寿みごと金メダル獲得。「思わずそうしていた」という座礼が大会最初期の話題をさらった。

見事優勝。日本の先鋒役として「金メダル9個」という伝説の扉を開いた。チフヴィミアニ、スメトフと2人の世界チャンピオンを倒して対戦相手の格も十分。両試合とも内容・決着ともに髙藤らしさ全開、見ごたえあり過ぎの試合だった。特にスメトフ戦の決着は、「評」で書かせて頂いた通り、過去の髙藤と「いま」を強く意識させられた。痺れた。決勝のヤン戦も併せた後半3連戦はまさに髙藤この5年間の集大成だったと言えるだろう。超贅沢を言えば、決勝で投げが決まって欲しかったことくらいか。我々にとってはこの勝ち方こそ髙藤の凄さそのものなのだが、一般視聴者のカタルシス欲求に応えられれば一段上の熱狂を生み出せたのではないかとは思う。ただしこれはあくまで願望、虫の良い足し算妄想。リオからの絶対負けられないリベンジというバックグランドはこの戦い方に対する一般視聴者の理解を十分助けたことと思うし、「思わず出た」という座礼はこの帰結の表現として実は完璧だったとも思う。

66kg級 阿部一二三 8.5
成績:優勝

阿部一二三。隙のない戦いぶりだった。

全試合で投げを決めた。強かった。「投げる」ことに掛けては最難関のヨンドンペレイレイからもきっちり本戦で「技有」を奪って危なげなし、準決勝では五輪でもっとも警戒すべき「当日確変」枠のカルグニンをノーチャンスのまま背負投「一本」に沈めた。階級の事情や組み合わせの機微はあるが、強さ自体とその表現というところで言えば男子でもっとも安心して見ていられた選手だった。担ぎ技を恐れて後ろ重心の相手に的確に大外刈を選択し(4戦して3試合が大外刈で決まった)、前述カルグニン戦は一転最初のチャンスを逃さず背負投「一本」。持ち前の勝負勘を全開、しかも終始極めて冷静だった。決勝で決めた「近い襟大外刈」はこの2項の掛け算の最高到達点 (この技については先日インタビューで質問を試みた。近々なんらかの形でアウトプットしたい)と言えるだろう。進退に曖昧さなく危険な掛け潰れもゼロ。心の揺れがみえる場面すらなく、かつてとは別人のようだった。惜しむらくは、この日の敵役に阿部のパートナーとして勝負の位相自体を引っ張り上げるような役者がいなかったこと。カルグニンに食われたロンバルド、マルグヴェラシヴィリに屈したアン・バウルのいずれかにこの役割を担って欲しかった。

73kg級 大野将平 9.5
成績:優勝

2連覇達成、日本武道館の大天井を見上げる大野将平。

すべての選手に首を狙われ、国民の期待を背負い、しかもこれを正面から引き受けてオリンピック2連覇の偉業を達成。「二本持って、投げる」という己の美学を貫き切ったまま頂点を極めた。尋常ならざる人間力、大野がそこにいること自体に魅せられた。引き手襟(脇)のエントリーを徹底して、前述の美学と「万が一にも負けない」ミッションを両立させた戦型も的確。投げ自体の説得力も凄まじかった。そして敵役にも恵まれた。最大の敵と目されたアン・チャンリンとの対戦はなかったが、すべてをかなぐり捨て、敢えて「弱者の兵法」に徹して死闘を演じた世界王者シャヴダトゥアシヴィリの戦いぶりは逆説的に大野の凄さを証明。大野が他選手とは全く違う立ち位置にいることを肌で感じさせた。背後に負った連覇へのストーリー、敢えて本番直前に明らかにした東京五輪との因縁(勝利という結果だけでなくスタイル、具体的な勝ち方までをも己に課した選手が果たしてここまで存在したであろうか)も大野勝利という現象の熱量を上げた。満点としたいところだが、5戦して一本勝ち3、GS延長戦の「技有」2つというスタッツをドライに反映させて、この採点となった。

81kg級 永瀬貴規 9.5
成績:優勝

永瀬貴規待望の金メダル。決勝の相手役サイード・モラエイとの死闘がその価値を一段上げた。

もっか男子最激戦階級の81kg級に5大会ぶりの日本人金メダリスト誕生。エントリーリストを見返すと、よくぞこのメンバーの中で日本人が勝てるものだとあらためて感動を覚える。対戦相手も凄かった。準決勝でカッス、決勝でモラエイと世界王者2人を撃破、しかもアルバイラク、パルラーティ、レッセルを合わせた対戦相手全員がメダルクラスの超強豪である。この面子との5試合の、それもGS延長戦が4つという厳しい戦いを、4試合を投げて決めるという素晴らしい内容で勝ち切った。己の特徴と審判傾向(データの裏付けがあった)を踏まえての持久戦戦法、そして「低い体落」という上積みを持ち込んだフィニッシュと、戦略(入口・経路・出口)自体が的確だったことはもちろんだが、何よりこの面子を相手に「持久戦」を完遂した執念と心の強さに感動せざるを得ない。決勝の死闘も勝利の位相を一段上げた。モラエイが背負ったもの(国籍変更、そしてあの事件が起こった場所が日本武道館であるという因縁)の大きさ、そして選手生命が危うくなるほどの怪我を乗り越えて2度目の五輪に辿り着いた永瀬の勝利に掛ける執念。結末の訪れが怖くなるほどの、熱量高い一番だった。

90kg級 向翔一郎 5.0
成績:2回戦敗退

2回戦、レミ・フイレから背負投「技有」を得る向翔一郎。

メダルに手が届かなかったが、「持っている力を出せたか」という採点基準に照らせば減点は出来ない。「トートに敗れる」という結果はそもそもの力からして呑み込める範囲。集中が切れてしまうこと、自らの振る舞いでこれを相手に教えてしまうこと(テーピングを放り投げた)、我慢出来ずに封印していたはずの「抱き勝負」に出て痛い目にあうこと、こういった内容面に関しても、いわばいつも通りの向の試合である。予想以上のことが出来なかったというだけで、内容・結果とも順行運転の結末であった。敢えて1つ言えば、団体戦でイゴルニコフの左ストレートをまともに食ったことが残念。ボクシングを練習して来たと公言する向がパンチを避けられなかったから言うのではない。個人戦で疲労困憊の強者が元気一杯の格下にいいようにされて苛つき、「何か無体なことをやってくる」危険な気配は察して欲しかった。言葉にしがたい「勝負勘」を売りに代表に辿り着いた向が本番でこれを発揮できなかったことが、実は端的に表れた場面だと思っている。

100kg級 ウルフアロン 8.5
成績:優勝

金メダル獲得を決めたウルフアロンの大内刈「一本」

コンディション、戦略、戦術、判断、そして遂行。完璧だった。試運転であった4月の2大会で見えた受け・下半身の安定感などの不安をすべて払拭していた。低く構えて、足裏を畳に刷り込むようにして進退。決め技も「刈り開く」大内刈をベースにウルフ本来の安定感ある二本足柔道を志向していた。己の課題を明確に意識した準備、審判傾向(「指導」が遅い)と己のストロングポイント(スタミナ)を踏まえた持久戦戦略、特徴を生かした決め技と、ウルフ最大の長所である自己理解の高さがこれ以上ないほど発揮された大会であった。リパルテリアニ、チョと倒した相手の格も十分。苦手のチョを完封してしかも「一本」で決めた決勝はこの人の真骨頂だった。欲を言えば、やはりもう一段試合の位相自体を押し上げるような、魂が共鳴し合うような勝負をしてくれる敵役が欲しかった。チョは準決勝まで味のある試合を見せたが、ウルフ戦に関しては実は一方的に嵌められていた。

100kg超級 原沢久喜 5.5
成績:5位

ヤキフ・ハモーとの準々決勝を戦う原沢久喜。一本勝ちを果たしたがこの試合で激しく消耗してしまった。

キム・ミンジョンにハモーと超強豪2人にきっちり勝利を収めるも、結果としてメダルには手が届かず。ただし敗れた相手がクルパレク、リネールという金メダリスト2人であり、大幅減点には至らない。そして、あの異常な疲労の原因がしっかり語られるまではこれ以上の判断は出来ないというのが率直なところ。世界選手権銅メダリストのキム、前回対戦で敗れ今大会は最大の確変要素と目されたハモーに勝ったことを評価、敗れた相手の強さに鑑みるというところまででこの採点とした。妥当なところだと思う。

女子

48kg級 渡名喜風南 7.0
成績:2位

渡名喜風南は過去最高の出来だった。

間違いなく過去最高の出来。組み手、足技、担ぎ技、寝技を継ぎ目なく連動させて完成度極めて高い柔道を披露。準決勝のビロディド戦で見せた二段構え・三段構えの厚みのある作戦と肚の据わった試合ぶりには戦慄するしかなかった。準備力・遂行力とも完璧に近かった。抑え込みぎりぎりの「際」の練れた動きは幼年時代に叩き込まれた基礎と長年の反復の結晶。素晴らしかった。決勝もプランは渡名喜の方が上。論理的には勝利して然るべき試合だったが、これは勝ったクラスニキを褒めるしかない。為すべきことはすべて為したが、なぜか結果だけが足りなかった。本人の悔しさは想像に余りあるが、健闘を称えたい。素晴らしい4試合だった。

52kg級 阿部詩 8.5
成績:優勝

一段違う強さを見せた阿部詩。

一段格の違う強さを発揮。準々決勝からジャイルス、ジュッフリダ、そしてブシャーと続いた厳しい組み合わせを勝ち切って見事金メダルを得た。世代交代の波がトーナメントを荒らす中、そして全ての選手にターゲットとされる厳しい立場にあって、王者としてすべてを弾き返した格好。寝技を積み、組み手のオプションを増やし、世界選手権2連覇後も弛まず成長を続けたその進化が、他選手の阿部研究を上回ったと総括したい。立っては袖釣込腰に内股、寝ては「腕緘返し」に「腹包み」と得意技を徹底的に警戒されたが、立ち・寝がシームレスに繋がっていたことで決勝のブシャー戦を勝ち切った。半ば立ったままのエントリーで作り切り、そのまま寝させて決めた崩袈裟固(腹包みエントリーの“フナクボ”)は、進化を止めなかった阿部の姿勢を示すものとして端的。若さや勢いで勝つのではなく、進化を止めない姿勢自体をテコに、粘り強く、我慢を重ねて勝ち切る。まるでもう何度も五輪を獲っているかのような完成度高い戦いぶりだった。逆側の山でケルメンディが早々に消えたこともあり、ライバルのブシャーが輝き切れなかったことが少々残念。ブシャーは強敵であったが、この日の阿部の相手役としてはちょっと物足りなかった。互いに攻めまくって、2人で1つの高い山を登るような勝負が見たかった。

57kg級 芳田司 6.0
成績:3位

3位決定戦を戦い終えた芳田司。

開始からの3試合、そして問題の準決勝ノラ・ジャコヴァ戦の本戦4分間までは過去最高と言っていい出来。しかし突如ペースを失い、小外掛「技有」に沈んだ。迎えた3位決定戦は内股2発の完璧な一本勝ち。あのGS延長戦、魔の2分2秒がまことに悔やまれる。外から見る限り技術というよりはメンタルの問題、マインドセットに狂いがあったように見受けられたが、これは本人の言葉と検証を待ちたい。評にも書かせて頂いたが、人材揃い過ぎ、そして世界王者2人を含む金メダル候補3名が本戦に辿り着けないという嵐に揉まれたこの階級の「風」に、芳田もまた巻き込まれてしまったのだと思う。

63kg級 田代未来 4.0
成績:2回戦敗退

田代美来は予選ラウンド敗退。オズドバ=ブラフ唯一の得意技、左小内巻込を食って終戦。

力だけで言えば銀メダル以上、悪くても表彰台は確実と目されていたが、あまりにも酷な結末。気を遣った採点は逆に失礼ゆえ、率直にこの点数とさせていただいた。現場で田代の心と体に何が起こったのかは知るべくもないが、客観的には評に書かせて頂いた通り、中堅層全体の上昇を押し返すだけの進化を企めていなかったことが背景にあると見る。敗れた試合だけで言えば、片手技が得意なオズドバ=ブラフを封じる方策は理解していたが、これを実現するオプション(両襟で相手を封じながら自分が攻める)を使いこなせなかったという具体的な戦型の不足があった。下克上の大波を乗り切って決勝に進んだアグベニューとトルステニャクの強者2人がこの5年間手札を増やし、柔道のフレーム自体を押し広げようと企み続けた選手であることにこのあたり端的と感じた。

70kg級 新井千鶴 8.0
成績:優勝

新井千鶴は満願成就の金メダル獲得。

満願成就の金メダル獲得。序列変動期の中で迎えたトーナメントは予想通り相応に荒れたが、この大波に飲み込まれずしっかり勝ちを重ねた。ぎりぎりまで試合に出続け、己の課題と向き合うことを止めなかった真摯な姿勢が最後に勝利を呼び込んだと見る。総試合時間16分を超えた準決勝のタイマゾワ戦は大会全体を通じたハイライトだった。この試合における双方の寝技技術の拙さゆえ点を減じさせて頂いたが、大熱戦であったことに変わりはない。これだけ強いのにまだまだ空白域あり、数年後には伝説的な完成度の王者になってくれるであろうと期待していたのだが、この時点での現役引退はファンとして少し寂しい。これまでの道のりの厳しさに思いを馳せざるを得ない。お疲れ様と、心からその労をねぎらいたい。

78kg級 濵田尚里 9.0
成績:優勝

濵田尚里の戦いぶりは完璧だった。

非の打ち所がない。これまで、例えば世界選手権の採点でスタッフと「いや、その点数は五輪で世界王者を含めた全員を『一本』で、それもすべて早い時間でなぎ倒した時にこそつけるべきでしょう」と冗談めかして話していた条件節を、すべてクリアしてしまった。全試合一本勝ちでもちろんポイント失陥はゼロ、準決勝でヴァグナー、決勝でマロンガと世界王者2人を立て続けに破り、しかもヴァグナー戦は1分23秒、マロンガ戦はファーストアタックで潰して僅か1分9秒で試合を決めてしまった。鬼神の強さだった。本来大好きな立ち技をほぼ封印して最大の長所である寝技に完全注力、勝利にこだわり、ドライにミッションを完遂。立ち技から寝技のエントリーの種類を増やし、寝勝負の精度はさらに上がり、止まぬ成長も見せてくれた。立ち技の受けで少々危うい場面がひとつあったのだが、これは減点対象にするにはあまりに些事。まさに満点の出来である。というわけで濵田自身、試合自体の評価は満点。ただしやはり敵役に恵まれず、「物語」として上り詰められなかったことが残念。パートナー候補のマロンガは決勝までほぼ完璧な試合ぶりだったが、濵田戦は恐怖ゆえか体が固まり、ほぼ自滅に近い負け方だった。これでは勝負自体で感動を呼ぶという域には至らない。因縁や力関係がなぜか毎回リセットされて、ワールドツアーの長所である“大河ドラマ性”が薄い78kg級。その弱点である物語性の弱さが最後に出てしまったのだと思う。涙を呑んで満点を見送り、この採点とさせていただいた。

78kg超級 素根輝 8.5
成績:優勝

素根輝は体落でポイント量産。隙のない4試合だった。

これが初の五輪とは到底信じられない、安定かつ確実な仕事ぶり。重心低く構えた冷静な進退と確かな組み手、そしてチャンスを見逃さぬ理合確かな投げで、全試合を「一本」(※決勝は「指導3」)で駆け抜けた。組み手の論理性高く、細かな動作のひとつひとつ、進退のいちいちに思考の跡が濃い。手数志向のヘルシュコ、階級きっての「嵌め屋」サイート、そしてかつて苦手とした両組みの超大型キンゼルスカが何もできずに最後は体落でひっくり返され、次々「一本」を失う様には舌を巻いた。決勝は、あの森の迷い道のように難解なオルティスの柔道を完全封殺。融通無碍のはずのオルティスの釣り手が何をやっても「効くエリア」に侵入出来ない。迷い道は素根に均され、勝負どころは可視化され、見えたそのポイントはすべて素根が抑える。「指導」差3-1というスタッツでは語り切れない完全勝利だった。おそらくこの後も素根は勝ち続ける。ディッコ(まだまだ素根とは到底勝負にならないことが団体戦で証明された)あたりに、名勝負の相手役としての成長を期待したいところ。

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