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【直前プレビュー】トーナメントのテーマは「神殺し」、新たな重量級世界の創造主・リネールが考え得るもっとも厳しい配置を引き受ける/東京オリンピック柔道競技男子100kg超級

(2021年7月30日)

※ eJudoメルマガ版7月26日掲載記事より転載・編集しています。
【直前プレビュー】トーナメントのテーマは「神殺し」、新たな重量級世界の創造主・リネールが考え得るもっとも厳しい配置を引き受ける
東京オリンピック柔道競技男子100kg超級
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五輪3連覇を狙うテディ・リネール。

(エントリー22名)

エントリーは22名。「概況解説・シード予想」で示した予想からの、シード選手配置の変更はなし。ノーシードとなっていた絶対王者・テディ・リネール(フランス)はドローの結果プールA下側、第8シードのオ-ル・サッソン(イスラエル)の山に配された。サッソンはシード選手ながら割を食った格好。しかし、実は厳しいのはリネールの側である。順当にトーナメントが進んだ場合の対戦相手の予想は、1回戦でステファン・ヘギー(オーストリア)、2回戦でサッソン、準々決勝でタメルラン・バシャエフ(ロシア)、準決勝でグラム・ツシシヴィリ(ジョージア)、そして決勝で原沢久喜(百五銀行)かルカシュ・クルパレク(チェコ)と。考えられる限りもっとも過酷な組み合わせだ。なにしろ2回戦から準々決勝は苦手な担ぎ技系、それも階級を代表する使い手ばかりだ。この「相性的にもレベル的にももっとも嫌な3連戦」というまとまりを外側から括る大括弧がヘギーと原沢(クルパレク)。ヘギーは担ぎ技こそないもののスタミナを生かしたガツガツ系の攻めが特徴の面倒な相手、そして原沢は相性的には噛み合う右相四つの本格派だが、強さの絶対値自体でいえばこの階級のマックスだ。

「神殺し」というテーマを思いついた。いまの最重量級の生態系を作り出したのはリネールである。「打倒・絶対王者リネール」という最重量級の5年間を規定した行動原則、その中で己に対するカウンターカルチャ―として生まれた「担げるアスリート系」という新人種、そしてこの新たな人種が増えすぎてもはやメインストリームになってしまった世界。さらにこの人種同士が潰し合うという新たな生態系。そんな中、総決算であるオリンピックでリネールが引いたのは、必然というべきか、この担ぎ技系トップファイターとの3連戦である。彼のプールにいるのは、彼が生み出した強者ばかりである。新たな生態系の中で環境適応し、ピラミッドの上段に登ったものたちがその上の空間を仰ぎ見、世界の産みの親であるリネールに挑戦する。母なる神・リネールは、その責任として、自らが生み出した我が子の挑戦を受けることになったのである。「神殺し」だ。ヒトによる神への挑戦だ。それが東京五輪、場所は日本武道館、かつて柔道発祥の国・日本が、己が生み出した新たなトライブであるアントン・ヘーシンクの挑戦を受け、そして敗れることで柔道世界の次元上昇を引き起こした「聖地」であるという構図もまことに面白い。そしてリネール、ここを勝ち抜けば、この生態系の外で、強さの絶対値というまったく別の梯子で己の足元まで登って来た原沢久喜の挑戦を受けることになるのである。この構図だけで、ご飯が何杯も食べられる。最高に面白い1日になること請け合いだ。


現実に立ち戻る。最新の報道によるとリネールは今年2月に左膝の十字靭帯を断裂、2カ月間稽古が出来ていなかったとのこと。これが本当であれば、物凄く控えめに言っても「万全の仕上がり」までは辿り着けていない可能性が高く、その状態でこの厳しすぎる組み合わせを勝ち上がることは困難なように思う。果たしてリネールがどんなコンディションで現れるのか、まずは初戦の戦いぶりに注目したい。

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続いて日本代表の原沢について。勝ち上がりの予想は概ね「概況解説・シード予想」のとおりながら、初戦(2回戦)にキム・ミンジョン(韓国)が配された。3勝0敗というこれまでの対戦成績を考えればまず敗れることはないと思われるが、担ぎ技中心×怖いもの知らずの若手という属性は初戦の相手としては厄介である。そして準々決勝は大きな山場、今年1月のワールドマスターズ・ドーハで敗れたヤキフ・ハモー(ウクライナ)を迎えることとなる。この試合以降の予想は「概況解説・シード予想」に詳しいため省略するが、順当ならば以降の対戦相手は準決勝でルカシュ・クルパレク(チェコ)、決勝でリネールとなるはず。こちらもリネールに劣らない過酷な組み合わせだ。

有力選手の配置、各プールの勝ち上がり展望は下記。各選手の特徴については「選手名鑑」を、組み合わせは公式サイトで山組を確認のこと

■ プールA
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「担ぎ技×アスリート系」のトップランナー、タメルラン・バシャエフ。

第1シード:タメルラン・バシャエフ(ロシア)
第8シード:オ-ル・サッソン(イスラエル)
有力選手:テディ・リネール(フランス)ステファン・ヘギー(オーストリア)

勝ち上がり候補はリネール。ただしこれは調子が十二分に整っていた場合。仮に昨年のグランドスラム・パリのような出来ならば、もっとも上手く行っても準々決勝のバシャエフ戦は勝ち上がれないと予想する。リネールが敗れた場合にはそれがどのステージかに関わらず、バシャエフの勝ち上がりを予想したい。サッソンにも過去2勝0敗、実力でやや抜けている。

■ プールB
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2018年の世界王者グラム・ツシシヴィリ。

第4シード:グラム・ツシシヴィリ(ジョージア)
第5シード:ラファエル・シウバ(ブラジル)
有力選手:テムル・ラヒモフ(タジキスタン)アンディー・グランダ(キューバ)マチェイ・サルナツキ(ポーランド)ウシャンギ・コカウリ(アゼルバイジャン)

ツシシヴィリの勝ち上がりが有力。準々決勝で当たるだろうラファエル・シウバ(ブラジル)は極端に担ぎ技系を苦手としており、ツシシヴィリ自身も過去4勝0敗と一方的に勝ち越している。ここはそれ程問題なく勝ち上がれるはずだ。また、仮にシウバではなくウシャンギ・コカウリ(アゼルバイジャン)が勝ち上がってきたとしても、こちらとも3勝0敗。同様にそれ程問題にならないはずである。むしろ相性的には初戦(2回戦)で当たる可能性の高いテムル・ラヒモフ(タジキスタン)の方が面倒な相手。過去2勝0敗ではあるが、ツシシヴィリは同じくアスリート体型の動ける選手を苦手としており、敗れているのは多くがこのタイプか同じ担ぎ技系。この試合の戦いぶりでフィジカル、そしてメンタル面の仕上りをも測れてしまうはずだ。

■ プールC
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もっか絶好調のヤキフ・ハモー。

第2シード:原沢久喜(百五銀行)
第7シード:ヤキフ・ハモー(ウクライナ)
有力選手:キム・ミンジョン(韓国)ヴラダト・シミオネスク(ルーマニア)

原沢の山。本文で触れているので内容は割愛する。反対側のハモーの山にはヴラダト・シミオネスク(ルーマニア)が置かれているが、ここは実力、相性ともにハモーに分があり、予定どおりこの選手が勝ち上がって来ると見て間違いない。

■ プールD
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ルカシュ・クルパレクには相当厳しい組み合わせとなった。

第3シード:ルカシュ・クルパレク(チェコ)
第6シード:ヘンク・フロル(オランダ)
有力選手:ヤヴァド・マージュブ(オリンピック難民選手団)ヨハネス・フレイ(ドイツ)ウルジバヤル・デューレンバヤル(モンゴル)ベクムロド・オルティボエフ(ウズベキスタン)

配されている選手はウルジバヤル・デューレンバヤル(モンゴル)を除いて全員がもと100kg級と非常にカラーのはっきりしたブロック。クルパレクが勝ち上がり候補の第一だ。ただしこの選手は準々決勝で当たるヘンク・フロル(オランダ)を非常に苦手としており、ここが最大の山場となる。対戦成績は100kg級時代も含めて3勝7敗の現在3連敗中。五輪前最後に出場した4月の欧州選手権でも隅落「一本」で敗れている。さらにクルパレクはコロナ禍明けから明らかにパフォーマンスを落としており、今回どの程度まで戻せているのかは未知数。これらを掛け算するならばむしろフロルが勝ち上がるシナリオも十分に考えられるだろう。両者ともに2回戦も実力者との対戦が組まれており、クルパレクはヨハネス・フレイ(ドイツ)、フロルがウルジバヤルとベクムロド・オルティボエフ(ウズベキスタン)の勝者を迎え撃つことになる。どちらも敗れる可能性は低いが、ここでその仕上がり具合が確認できるはずだ。なお、かりにフロルが勝ち上がった場合は原沢にとってはむしろ追い風。同じくしっかり組み合うタイプのこの選手は戦いにくい相手ではなく、対戦成績も3勝0敗。いずれも「一本」で勝利しており、今回も投げ勝っての決勝進出が期待できるはずだ。

■ 準決勝~決勝
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リネールと原沢は、情報戦も過熱。

順当であれば上側の山の準決勝はリネールvsツシシヴィリとなる。正シナリオでは下側の山は原沢-クルパレクだが、つらつら書いて来たとおり、クルパレクがここまで勝ち上がってくることは実は難しい気がしている。

事前予測は「正シナリオ」が基本線。リネールに挑むツシシヴィリ、原沢、クルパレクについては「概況解説・シード予想」で書き込んだのでそちらを参照頂きたいが、以後の新たなみどころとして、リネールと原沢による「情報戦」を紹介したい。

原沢について。前述の通り、原沢がリネール対策として背負投を練習する様がテレビ番組で紹介された。7月18日のNHK「サンデースポーツ」である。映像自体は昨冬、原沢が背負投を練習し、投げ込みを行うもの、内容はコロナ禍で個別練習を行う原沢のもとに井上康生監督が訪れ、アドバイスをするというものだ。大会直前に必殺技の映像を公開したこと、これが昨冬撮られた「ストック」映像であったことを考えれば、この段階で「出していい」との許可が全日本サイドからあったことと見るのが妥当だ。つまり原沢は、リネールにこの情報が伝わることを見越している。かねてよりeJudo編集部では原沢の勝負技、カギになる技があると見て具体的にひとつ推測しているのだが、ここまでを考えた「撒き餌」だろう。

そしてその数日後の21日に、フランス国営放送のドキュメンタリー番組で、突如リネールの負傷情報が公開された。あの素晴らしい出来だったワールドマスターズのあと、2月のモロッコ合宿で左膝靭帯を断裂し、最大3か月掛かると医師に宣告されたリネールが「それじゃダメだ!」と憤る様が赤裸々に映されていたという。映像の公開は報道陣向けの試写会。リネールサイドが敢えて、このタイミングで出して来たということには当然何らかの意図があるであろう。「ゆさぶり」である。

とにかく面白過ぎる材料が揃った最重量級。最高に面白かった前日100kg級に負けない、熱戦を期待する。

※ eJudoメルマガ版7月26日掲載記事より転載・編集しています。

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