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【直前プレビュー】各プールに同属性の強者詰め込まれる「蟲毒」トーナメント、「柔道自体が強いタイプ」と「勝負師タイプ」の最終決戦/東京オリンピック柔道競技男子90kg級

(2021年7月27日)

※ eJudoメルマガ版7月25日掲載記事より転載・編集しています。
【直前プレビュー】各プールに同属性の強者詰め込まれる「蟲毒」トーナメント、「柔道自体が強いタイプ」と「勝負師タイプ」の最終決戦
東京オリンピック柔道競技男子90kg級直前展望
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日本代表は向翔一郎。

(エントリー33名)

エントリーは33名。「概況解説・シード予想」で示した予想からの、シード選手配置の変更はなし。優勝候補4名からはニコロス・シェラザディシヴィリ(スペイン)とミハイル・イゴルニコフ(ロシア)がともにプールAに置かれており、ここが最も過酷な山。残る2名はラシャ・ベカウリ(ジョージア)がプールB、ノエル・ファンテンド(オランダ)がプールCに配されている。

そして日本代表の向翔一郎(ALSOK)は上記優勝候補が唯一不在のプールDを引いた。コロナ明けはあまり良いパフォーマンスを発揮できていない向だが、これは明らかに「持っている」。プール内の強豪もトート・クリスティアン(ハンガリー)、ネマニャ・マイドフ(セルビア)、エドゥアルド・トリッペル(ドイツ)、ガク・ドンハン(韓国)といずれも比較的戦いやすい相手ばかり。組み合わせではまずトートとベスト8を賭けて3回戦を争い、次いで残る3名の勝者とベスト4を争うことになる。ここは最低でもトートに勝利して敗者復活戦の権利を手に入れたいところ。トートはコロナ明け以降出世期のパワーを取り戻しており、最近は用いていなかった腰技モードが復活するなど非常に好調。第4シードの地位に恥じない実力者だが、相性、実力のいずれの点からも十分勝負ができる相手のはずだ。

トーナメント全体を見渡すと、すこし面白い構造が仕込まれていることに気付く。90kg級はこれまで幾度か解説して来た通り、「柔道自体が強いタイプ」「勝負に強いタイプ(戦術派/勝負師派)」という属性でかなり選手が色分けできるのだが、今回は各プールにそれぞれ同じ属性の強豪が集められる形となった。同じタイプの強いものがひとつの壺に詰め込まれて潰し合う「蠱毒」を経てその特性を煮詰め、生き残ったものひとりが各属性を代表して上位対戦を戦うということになる。2019年東京世界選手権100kg超級のトーナメントが「担ぎ技ブロック」と「本格派ブロック」に綺麗に分かれていたことを思い出す。

有力選手の配置、各プールの勝ち上がり展望は下記。各選手の特徴については「選手名鑑」を、組み合わせは公式サイトで山組を確認のこと。

■ プールA
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2018年、2021年の世界王者ニコロス・シェラザディシヴィリ

第1シード:ニコロス・シェラザディシヴィリ(スペイン)
第8シード:ミハイル・イゴルニコフ(ロシア)
有力選手:ガンツルガ・アルタンバガナ(モンゴル)マーカス・ニーマン(スウェーデン)ラファエル・マセド(ブラジル)イスラム・ボズバエフ(カザフスタン)ママダリ・メフディエフ(アゼルバイジャン)

優勝候補2名を筆頭に多くの強豪が詰め込まれた本階級一の激戦区。大きく言って「柔道自体が強いもの」のプールである。ノーシード選手では第1グループからマーカス・ニーマン(スウェーデン)、ママダリ・メフディエフ(アゼルバイジャン)、第2グループからガンツルガ・アルタンバガナ(モンゴル)、ラファエル・マセド(ブラジル)、イスラム・ボズバエフ(カザフスタン)がこの山に配されている。

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「片足の帝王」ミハイル・イゴルニコフ

組み合わせではまず1回戦でともに階級を代表する担ぎ技系のマセドvsボズバエフのカードが組まれ、続く2回戦でシェラザディシヴィリvsガンツルガ、前述の1回戦の勝者vsメフディエフ、そして3回戦では恐らく前戦を勝ち上がるであろうシェラザディシヴィリvsニーマン、イゴルニコフvsメフディエフがベスト8入りを賭けて争うことになる。ここまでやってやっとベスト8。昨日の81kg級の「死のブロック」ほどではないが、とんでもなく過酷である。ただし、勝ち上がりの予想としては実力や最近の成績からシェラザディシヴィリとイゴルニコフの優勝候補2名が抜けており、よほどのことがない限り準々決勝はこの2名による対決となるはず。両者はジュニア時代から度々矛を交えているライバル同士。対戦成績はイゴルニコフが6勝2敗と大きく勝ち越しているが、2015年世界ジュニア選手権、2018年バクー世界選手権と世界大会ではいずれもシェラザディシヴィリが勝利している。現在はイゴルニコフが3連勝中。このことから今回もイゴルニコフ勝利の可能性が高いと思われるが、両者はともにこの階級の本格派を牽引する超強豪。最高峰の投げの打ち合いが見られるはずだ。

■ プールB
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ラシャ・ベカウリ

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ダヴラト・ボボノフ

第4シード:ラシャ・ベカウリ(ジョージア)
第5シード:ダヴラト・ボボノフ(ウズベキスタン)
有力選手:ピオトル・クチェラ(ポーランド)、ダヴィド・クラメルト(チェコ)リ・コツマン(イスラエル)ニコラス・ムンガイ(イタリア)ロベルト・フロレンティーノ(ドミニカ共和国)クエジョウ・ナーバリ(ウクライナ)

ベカウリとダヴラト・ボボノフ(ウズベキスタン)のシード選手2名の勝ち上がりが濃厚。こちらも「柔道自体が強いタイプ」(ベカウリはこれに勝負師属性の血が濃く混ざるが)の王国だ。
ともに勝ち上がる過程に有力選手との試合が組まれているが、実力差を考えればまずその段階で脱落することは考え難い。両者は2020年のグランドスラム・デュッセルドルフで1度対戦しており、その際はボボノフが開始早々の左背負投「一本」で勝利している。どちらも超攻撃的な柔道を売りとする選手のため、今回も正面からの殴り合いとなることは確実だ。ただし密着しかモードのないベカウリに対してボボノフは距離の遠近、技の高低、「指導」でまず優位を作るなど幅広い戦い方を持っている。ベカウリが密着を強いて塗りつぶせるか、ボボノフがそれをさせずに緩急自在の自身のフィールドに引きずり込むか、この距離を巡る戦いが勝利を分けるポイントだ。勝敗予想としては最近の勢いや五輪という異常な場に対するキャラクターの適正からベカウリ勝利を推したい。

■ プールC
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ノエル・ファンテンド

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アクセル・クレルジェ

第2シード:ノエル・ファンテンド(オランダ)
第7シード:イワン=フェリペ・シルバ=モラレス(キューバ)
有力選手:アクセル・クレルジェ(フランス)コムロンショフ・ウストピリヨン(タジキスタン)ミハエル・ツガンク(トルコ)コルトン・ブラウン(アメリカ)

「勝負に強いタイプ(戦術派)」のブロック。シード選手はファンテンドとクレルジェ。

この山も強豪過密の激戦区。それでもファンテンドの力が周囲から一段抜けており、この選手の勝ち上がりが濃厚だ。最大の山場は3回戦。ファンテンドとともにこの階級の戦術派勝負師タイプとして双璧をなすアクセル・クレルジェ(フランス)を迎え撃つことになる。両者の対戦成績はファンテンドの3勝2敗と拮抗しており、直近の2020年グランドスラム・パリではクレルジェが「指導3」で勝利しているカード。柔道自体の強さではファンテンドが明らかに上のため順当ならば勝利するはずだが、クレルジェは試合運びと作戦立案の上手さでこれまでに数々のアップセットを起こしている策士である。双方がどのような戦略でこの大一番に臨むのか。必見だ。なお、ここさえ勝ち上がれば準々決勝の相手はイワン=フェリペ・シルバ=モラレス(キューバ)かミハエル・ツガンク(トルコ)。実は昨年11月の欧州選手権ではツガンクがファンテンドに勝利しているのだが、前述のとおりファンテンドは照準を定めた大会でこそ真価を発揮する勝負師。この大会がコロナ開け直後であり各選手の調子がまだ定まっていなかったことも考慮するならば、いずれが勝ち上がってきてもファンテンドがそのまま準決勝に勝ち上がるはずだ。

■ プールD
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トート ・クリスティアン

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ネマニャ・マイドフ

第3シード:トート ・クリスティアン(ハンガリー)
第6シード:ネマニャ・マイドフ(セルビア)
有力選手:エドゥアルド・トリッペル(ドイツ)ガク・ドンハン(韓国)
日本代表選手:向翔一郎(ALSOK)

本文でも触れた向の山。「勝負に強いタイプ(勝負師派)」の山と言っていい。上側の山の向とトートの試合は最近の調子からすれば順当ならばトートの勝利が濃厚だ。両者はともに担ぎと密着のモードを持っているが、密着は確実にトートの土俵。間違いなくこちらのモードでの勝負も挑んでくるだろうが、いかにそれに付き合わずに担ぎ技に徹する事ができるかが向が勝利するための鍵だ。

一方、下側の山はまず2回戦でマイドフとトリッペルが争い、その勝者が3回戦でガクと対戦することになる。本来の(柔道の)強さからすればガクが勝ち上がるはずなのだが、この選手はここ数年時折非常に美しい投げで魅せることがある一方、成績としては下降中。最近の調子と大舞台への適性からすれば、恐らくマイドフが勝ち上がることになるだろう。

準々決勝のカードは順当ならトートvsマイドフ。対戦成績は2勝2敗と五分だが、これはいずれもトートの柔道がやや低迷していた時期のもの。現状の力ではトートの方が上のはずだ。ただしマイドフはこれまで数々の番狂わせを演じてきた勝負師である。そして五輪のような極端な一発勝負の場は、こういうタイプの選手にとって真価が発揮されるホームグラウンド。トートは最近密着を使いこなして復活を遂げたが、逆に近い間合いでの事故の可能性も上がっている。ここはマイドフの勝利と予想したい。なお、向がここに勝ち上がった場合は大枠としては対トート戦と同様の様相となるはず。マイドフは密着を基本とする選手であり、いかにこれに付き合わず自らの間合いで戦えるかが勝敗を分ける鍵だ。

■ 準決勝―決勝
上記から、準決勝のカードはイゴルニコフvsベカウリ、ファンテンドvsマイドフとなる。同属性同士の最終決戦だ。それぞれの戦績はイゴルニコフとベカウリがイゴルニコフの1勝0敗。ファンテンドとマイドフが1勝1敗で直近の2019年東京世界選手権ではファンテンドの勝利となっている。この来歴と各選手このところの試合ぶりから予想する決勝カードはイゴルニコフvsファンテンド。ともに各属性最強と思われる両者の戦いになると考える。2019年東京世界選手権から続いてきた(実は顕在化していなかっただけでその前からその傾向はあった)この階級の「柔道が強い選手」と、それに対するカウンターとして生まれた「勝負師」の陣地の奪い合い。その終着点としてこれ以上ない好カードだ。

ファンテンドは今年4月の欧州選手権でイゴルニコフとの試合を棄権しており、恐らく本番に向けてなにか隠し武器を仕込んでくるはず。その点にも注目だ。

※ eJudoメルマガ版7月25日掲載記事より転載・編集しています。

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