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【eJudo’s EYE】ブダペスト世界柔道選手権2021、男子日本代表「採点表」

(2021年7月2日)

※ eJudoメルマガ版7月2日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】ブダペスト世界柔道選手権2021、男子日本代表「採点表」
文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

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事実上の閉会式となった男女混合団体戦の表彰式。五輪と同年開催という異例の試みの大会だった。

ブダペスト世界選手権2021、各選手および強化陣の「採点表」をお送りする。

選手評価において最大の基準点としたのは、己の能力に比して、為すべきことを為したかどうか。例えば圧勝優勝して然るべき実力があった60kg級の永山竜樹(3回戦敗退)と70kg級の大野陽子(2位)はこの点大幅に点を減じざるを得ないし、逆に超激戦階級である81kg級の藤原崇太郎や90kg級の長澤憲大は内容を相応評価して大きな減点はしなかった。目当てを持って戦い、厳しい階級の中で呼吸が出来ていて、致命的な破綻なく試合を終えていた。現在の81kg級や90kg級のワールドツアーの面子の濃さと修羅っぷりを考えれば成績的にも(ともに5位)期待を裏切るまでのものではない。

そしてこの評価の途上でクローズアップされるのが、「レポート・評」でも濃く触れ続けた「自己理解」の有無。2019年東京世界選手権の「評」におけるキーワードは「入口・経路・出口の獲得」であったが、今回同じく上位陣から見出した論点はこれである。前半戦の即日レポートで「手札の使い方」(手札自体の強さではなく使い方に対する意識)と書き続けて探っていた概念を、後半戦で見出したこの言葉に収斂させて頂いた。

対人競技である柔道における「自己理解」は実は自分を見ることだけでは成り立たず、他者との比較、あるいは他者を徹底的に見つめる「外側への目」が必要。たとえば昨年ワンマッチの五輪代表決定戦という異例のイベントを組まれた丸山城志郎と阿部一二三は徹底的に相手を見つめざるを得ない濃密な数か月間を過ごすこととなり、結果としてその行為が自己理解のレベルを引き上げ、競技力も大きく上がった。他者への意識なく自分の内側だけに没頭する強化はいかに手札を増やそうとも質を上げようとも畢竟独りよがり、実は「やりたいことだけをやる」自己満足であるとすら言っていい。そして日本選手は海外の強豪に比べてこの「他者へのまなざし」が壊滅的に薄い。乱取りは強いが試合で勝てないという長年の日本の宿痾、その因はここに集約されると言っていいのではないか。この点やはり一番手選手(あるいは一番手を務めた経験のある選手)は一段違うものを持っており、今回の「二番手代表」たちとの差を大きく感じさせられた。今大会は、「コンディション負け」というレンズを通して日本選手のこの弱点が増幅され、非常にわかりやすい形で露出していた大会。ゆえに評の基準としてのこの「自己理解」というキーワード、かなり芯を食ったものだと考えている。

先に予告すると。この点に加え、さらに「ワールドツアー文化に置いて行かれた日本」「ワールドツアーとの力関係の逆転」「コロナで動けない日本と半年間で爛熟したワールドツアーは、この先10年の縮図」、「実は大きく言って『失敗』していた日本の5年間」、「下がり目を象徴していた混合団体戦決勝オーダー」といった今大会を通して得られた論点については強化評、また別立ての総評でもう少し語るつもりである。

また。「即日レポート」という形で評を早出ししていた前半男女8階級(4日目まで)はこの採点表での書き込みは必然的に少々多くなり、その分大会後の「レポート・評」で既にある程度突っ込んで書かせて頂いた後半6階級はボリュームを抑えさせていただいた。この点お含みおき願いたい。

(採点は10点満点)

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初戦を戦う永山竜樹。

60kg級 永山竜樹 4.0
成績:3回戦敗退


今回の大会全体を覆った「日本勢と海外勢とのコンディション差」。初日の登場でこの構図がまだ見えていなかったことは気の毒だが、“世界選手権4大会連続V逸”は日本の競技史に照らしてかなり重い。1試合目が終わったところでコンディション不良を自覚したとのことだが、体調の良し悪しを踏まえて、また勝ち負けを超えて、その戦術選択が買えない。具体的にたとえば「技有」失陥後の2分半を通じて続けた、追いかける展開でもっともやってはいけないはずの、低い担ぎ技(左一本背負投・片襟背負投)の連発。釣り手一本を持っての組み手争いから仕掛け続けたこの技は守る側としては読みやすく、潰しやすく、展開が切りやすく、寝技に持ち込んで時間を消費することも容易。階級ナンバーワンの体の力の強さと小回りの良さが売り(初戦を見る限り永山の身体能力はやはり抜群であった)で裏投一発という逆転カードを持つ永山が血相変えて追い掛けてくる展開で、相手がもっとも嫌なことは何か。ここはドライに考えて欲しかった。たとえ投げることが出来なくても「永山にこれをやられるのは危ない」と相手の振る舞いを規定することでチャンスが生まれる可能性が高かったと思うし、コンディションが悪いならなおのことビハインドをひっくり返す一発勝負を期するべき(体調不良の中で一本背負投による手数志向の「指導3」連続奪取はかなりハードルが高い)で、少なくとも残り時間が1分を切ったところで作戦を変更すべきだったと思う。永山のレベルであれば本番で起こる様々な状況に対してきちんと解を持っておかなければならないし、厳しい言い方をすれば、過去の成績からはもはや「自分は本番に弱い」という前提条件を持って柔道を作り上げておくべきだったはず。であればビハインド時のシナリオには十分な練り込みと整理があって然るべきだった。つまりこれは単なる現場の判断ミスではなく準備の不足であると考える。永山ほどの強者をしても、今大会に関しては「自分のいいところをぶつければ優勝出来る」と一種の思考停止があったのではないか。フセイノフがもっとも得意な片手状態から、かつて日本選手(古賀玄暉)に決めたのとまったく同じ組み立てでの「韓国背負い」を「軽く受けてしまった」(本人談)ポイント失陥シーンにもこれが匂う。

絶対に勝つべき大会で、ターゲットとされる自分がどう相手の意図を潰し、状況に応じてどう振る舞うべきか、具体的な想定が足りなかったのではないか。これまでの永山の好パフォーマンスが、ことごとく例えば「髙藤直寿と同時出場する大会」あるいは「重量級選手と戦う全日本選手権」のようなターゲットが明確な状況であったことに、このあたりは示唆的。他者へのまなざしの足りなさゆえに己の状態を正確に把握出来ず、適切な策が取れなかったと考える。まさに今回の評の基準点である「自己理解」の不足による敗北と評したい。世界選手権に4回出場して金メダルなし、結果だけで言えばもう1番手での出場も危ういはず。この先も世界大会に出るためには圧倒的な成績で周囲を納得させることが必要だ。


→即日レポート

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初出場の古賀玄暉

60kg級 古賀玄暉 4.0
成績:2回戦敗退


自身の特徴である「密着or前襟」のモード2つをはっきり使い分けられず中途半端な進退。力を出せずに終わってしまった。負傷にめげずに選抜体重別優勝というキャリア最高の戦果を得たが、今回はその膝の負傷を押しての強行出場。この大舞台に選ばれれば、選手に辞退という選択はない。本番は痛み止めを打っての出場で、追い込みの稽古にもかなりの制限があった様子。キャリアに傷がついてしまったことがむしろ気の毒。しっかり怪我を直して、貴重な経験を次に生かして欲しい。

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見事2連覇を飾った丸山城志郎。凄み戦う戦いぶりだった。

66kg級 丸山城志郎 7.5
成績:優勝


早い段階でコンディション不良を自覚。早々に「出来るやり方で戦うしかない」と見切りをつけねばならない苦しい状況で、しかし堂々2連覇を飾った。圧巻だった。得意の内股を放てば放つほど己が不調を突き付けられるという肉体的にも精神的にも非常に苦しい状況であったはずだったが、その内股で投げに出ること自体で流れを呼び込み、最後まで勝ち抜いた。
これをやり切れた因としてはまず今回のキーワードである「自己理解」の高さを挙げたい。丸山は単に自分がもっとも得意な技だから内股を打ち続けたのではない。この技で思い切って投げに出ることこそが相手を恐れさせ、挙動を支配し、全ての流れを自分に持って来るおのが柔道の「核」であることを理解していたから、悪コンディション下にあってもこのリスクある技でブンブン投げに出たのである。状態が良くないのであればなおのこと、この技を引っ込めるわけにはいかないという客観視が良く効いていた。それはたとえば「俺にはこれしかない」というウェットな感情ではなく、極めてドライな戦略的判断に基づくものであったと思う(でなければ到底メンタルが持たないはず)。もう1つは、具体的な挙動。常に能動的に試合を動かしながらフィニッシュを狙っていた。単にじっくり組んで試合を作るのではなく、内股を仕掛けるに至るプロセス、主に組み手の駆け引きの中に種々様々の「嵌め」を仕込んでいた。相手は膝を着かざるを得なくなる、頭を下げざるを得なくなる、重心移動を恐れて動けなくなる、腰を引かされる。組み手や足技や「ブラフ」など種々様々組み合わせているので簡単に表現は出来ないのだが、ざっくり言えば、相手の「指導」に繋がる仕込みだ。常に相手に「指導」を押し付け得る状況を作りながら、同時に粛々フィニッシュに至るルートを登る。丸山らしさを保ったまま、かつワールドツアーと息が出来ていた。日本らしい「組んで投げる」柔道をいまのルールにアジャストさせたと言い換えてもいいだろう。こういう(能動的に試合を動かしながら同時に己の投げの作りを完成させていく)柔道が出来ていたのは、今回の男子代表では丸山と橋本壮市のみだと思う。
そしてこの「自己理解」という土台、さらに「能動的に試合を動かす」という具体的な技術、いずれも間違いなく阿部一二三との五輪代表決定戦を経て獲得したものである。後者など以前の丸山であればむしろ苦手なエリアであったはずだ。徹底的に他者を見つめることが究極的には己を理解することであること、自己理解には他者へのまなざしが必要なことがよくわかる。鳥肌ものであった2019年の戴冠以上に、凄み漂う戦いぶりだった。

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橋本壮市は銅メダル獲得

73kg級 橋本壮市 6.0
成績:3位


動きよく、早いペースで組み手を変え続け、変えること自体で相手を翻弄。この過程で必殺の形を作ると次々技を打ち込み、「一本」を量産した。能動的に試合を動かしながら自分の形を作る、ワールドツアーにおいて必要な「いまの柔道」の必須要件を彼なりのやり方で満たしていた。実に橋本らしい戦い方だった。残念ながら相性的な山場であった準決勝のトミー・マシアス戦で左手が攣ってしまい、ここで本戦から脱落。橋本の引き手柔道のまさに生命線(ゆえに酷使を続けた)である左をもぎ取られたのは、痛かった。コロナ禍における調整不足の影響があったであろうと思うが、アクシデントとはこのレベルのこと(もっとも面倒な相手との試合中に、もっとも大事なパーツを失う)を言う。そしてこの試合に関しては己の柔道を突き詰め切って、なんと橋本を実質2度投げたマシアスのほうを褒めるべきであろう。片手交換に嵌めたい橋本と、捨身技で投げるために深く捕まえたいマシアス、両者が「やりたいこと」に基づいて次々手札を切り続けたこの一番は見ごたえがあった。そして橋本、このアクシデントを乗り越えての表彰台確保はさすが。3位決定戦でヒダヤット・ヘイダロフを投げた背負投(大外落)は妙技だった。敗れた事実と成績、過去の実績に応じて採点は調整したが、内容の濃い5試合だった。

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3位決定戦を戦う藤原崇太郎

81kg級 藤原崇太郎 5.5
成績:5位


本戦のマティアス・カッス戦における敗戦までは及第の出来。破綻なく、丁寧に組み手を進め、取れる場面でしっかり取って力を十分発揮。カッス戦も大きなミスがあったわけではなく、厳しい81kg級世界に溶け込んできちんと息が出来ていた。敗者復活戦でサイード・モラエイ相手に決めた一本背負投「技有」は見事。順行運転から一段大きくジャンプした、この日の白眉だった。3位決定戦でフランク・デヴィトのパワーにじわじわ差を付けられた2つの「指導」、そして技選択の誤りによる3つ目の「指導」は藤原のアイデンティティを損ないかねないものであったが(藤原がデヴィトに「指導3」負けは選手の属性的にちょっと受け入れがたい)、カッスやタト・グリガラシヴィリら81kg級上位陣の柔道の練り込みと豊かな戦いぶりを見る限り、5位という成績は責められない。健闘と総括したい。

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マーカス・ニーマンとの3位決定戦を戦う長澤憲大

90kg級 長澤憲大 5.5
成績:5位


大枠よく戦い、3回戦では完璧な内股「一本」の美技も見せてくれた。格下相手の4戦を投げて勝利、対戦相手のレベルが水準以上に上がるなりシェラザディシヴィリとニーマンに連敗という厳しい形にはなってしまったが、90kg級上位陣の面子と戦いぶりの濃さを考える限り、5位は納得出来る成績。長澤は出来ることを為して、力に見合った戦いを繰り広げたと総括したい。採点はこの観点から妥当と考える。ただし、以上の総括はあくまで当日・現場レベルでの話。シェラザディシヴィリとニーマンがともに「出来る技」自体は決して多くなく、しかし己の特徴を生かしたこの強い持ち札を生かすことにすべてを収斂させて柔道を作り上げていたこと、そして長澤が日本選手随一のテクニシャンでありながらこの2人に投げられて負けていること(ざっくり言って隅返と巴投しかないニーマンが長澤を投げるのは凄いことだ)は、柔道自体の作り方を考える上で示唆的。いまの日本と「ワールドツアー文化」の質の差、ものの考え方の違いが非常にわかりやすく出た階級であった。

90kg級 村尾三四郎 4.5
成績:2回戦敗退


2戦目で、銀メダル獲得のダヴラト・ボボノフに敗退。立ち姿勢から関節を極めようとしたと判断された3つ目の「指導」失陥については既に「レポート・評」で濃く書かせて頂いたのでそちらを参照(審判傾向と自身のGSカザンでの振る舞いを考えるにこれは控えるべきだった)してもらうとして、とにかく相手のシナリオに乗っての安易な「指導2」失陥がよろしくなかった。丸山や橋本の戦いぶりの真逆。投げによる決着を狙うならなおのこと、作りの段階から能動的に試合を動かして相手に「指導」を押し付けながら戦わねばならないはず。村尾が強いこと、投げる力があることは誰もがよくわかっている。その手札を生かすためのシナリオの練り込みに意識が足りな過ぎた。今回の日本代表は全体として海外勢とのコンディション差に苦しめられた。冒頭書いた通りこれをレンズとして、これまで「強い」こと自体で糊塗されていた弱点(ものの考え方や他者へのまなざしの薄さ)がハッキリ見えた大会だったのだが、村尾の試合はこの典型であったと思う。まったく違う異文化から飛び込んで来た「強い子」がワールドツアー世界にアジャスト出来ず、慣れた大人にルールであしらわれた一番という印象。ツアーに慣らした目で見ると、優勝候補のはずの村尾が双方への「指導」を次々受け入れる様にはかなりの違和感があった。「指導2」同士の泥沼状況が欲しかったのはボボノフの側だけで、村尾にとってこれはまったく必要なかった。後半勝負を期するのであればなおのこと。スコア的にはイーブンだが有利になったのはボボノフだけで、村尾は単に状況を悪くしただけ。村尾自身がこの先「やれる」手ごたえを得た(本人談)ことは喜ばしいことだが、点は辛くせざるを得ない。

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飯田健太郎。寝勝負と思われたヴァルラム・リパルテリアニの抱分を食って「技有」を失った。

100kg級 飯田健太郎 4.5
成績:3回戦敗退


キャリア的には優勝しなければいけない大会だった。筆者も飯田金メダルというシナリオに期待を寄せていたし、超強豪とはいえ過去全勝のヴァルラム・リパルテリアニに敗れた試合の直後は「飯田には優勝する力があるのに」と心底悔しかった。試合自体はまさにただ1度のチャンスを最大限に生かしたリパルテリアニの側を褒めるべきもので、飯田は内股、大外刈、大内刈と素晴らしい技も繰り出し、問題の場面の「待ち」(内股を掛け潰れカメの姿勢で次の展開を待った)以外に大きな瑕疵もなかった。が、大会終わって上位進出者たちの豊かな戦いぶりを見るに、残念ながら(予選ラウンド敗退は厳しすぎるが)飯田にメダリストの資格があったかというとかなり厳しかったと思う。技自体はどれも素晴らしいが試合運びがスタティックに過ぎるし、飯田の技の破壊力はそのスタティックな試合運びを補填して余りが出るほどには、実は高くない。後の先が圧倒的に強くて内側の技は基本的に御法度のリパルテリアニという相性の悪さはあったが(とはいえ準々決勝、アレクサンダー・クコリはこれを承知の上の内股でリパルテリアニの返し技を跳ね返している。技の威力で立つならこのくらいのものは欲しい)、基本的には飯田の柔道がワールドツアーにアジャスト出来ていない、他の選手のほうが飯田よりも「強い」(アジャスト出来ている)から負けたと捉えるべきである。ワールドツアー文化の中で勝ち抜くための己のストロングポイントが何か、ではなく、それを生かすためにはどんな振る舞いが必要なのか、「長所」ではなく「長所の活かし方」に意識を傾けて柔道自体の作りを見つめなおす必要がある。「ただ1度のミスで負けてしまった」という捉え方では今後を誤る。このあたりは81kg級や90kg級と同根、今回の日本代表に突き付けられた大きなテーマ。飯田のこれからに期待したい。

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影浦心。日本に久々の最重量級金メダルをもたらした。

100kg超級 影浦心 6.0
成績:優勝


不調ながらも核である背負投の旗を降ろさず掛け続け、粘り強く頂点に立った。精神的にきつかったのはユール・スパイカースにマルティ・プーマライネンと「格下だが体が大きく、しかも苦手な担ぎ技系」との戦いが続いた予選ラウンドの方だと思うのだが、ここでのしぶとい戦いぶりには何としても優勝するのだという覚悟を強く感じた。これまでの課題であった集中力の持続も見せた。対戦相手のレベルやコンディション、試合内容の苦しさゆえに採点は抑えめとしたが、一段大きく階段を登った大会であった。テディ・リネール打倒、そして日本勢12大会ぶりの世界選手権最重量級制覇と、何かと「持っている」影浦。今後の活躍にさらに期待。

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準々決勝。日本は原田健士、増山香補、佐藤和哉の団体戦専任メンバーを起用した。

団体戦73kg以下 原田健士 6.0
成績:2勝0敗


思わぬポイント失陥もあったが、原田らしい思い切りの良い技で2つの一本勝ち。いずれも格下相手ではあったが、上々の世界大会デビューだった。決勝を戦わせてあげたかった。ここで団体戦専任選手を起用できない強化陣の姿勢はその是非云々を超えてもっと議論されて然るべきと思うのだが、これは別項に譲る。

団体戦90kg以下 増山香輔 5.5
成績:1勝0敗


準決勝のロシア戦、7分30秒という長時間試合を粘り強く戦い抜いて「指導3」の勝利で責を果たした。が、トップ選手とは呼び難いマンスール・ロルサノフを相手に少々良さの見えにくい試合でもあった。「全方位性を獲得して勝ち味は上がったが、柔道自体の面白さは減じた」という最近の流れをそのまま持ち込んだ一番であったように思う。どこからでも打点高い背負投で投げに出、しかもこの技を連発する出世期の増山の柔道は世界でも希有で、目を引くものがあった。ジュニア時代にライバル認定していたラシャ・ベカウリに負けず劣らず、増山も相当に尖った選手なのである。世界を舞台に食っていくのであれば、この「尖り」も忘れずにいてもらいたい。ワールドツアーのシーンにあって手堅い増山は(いまのところ)標準的な選手だが、あの戦いをやってくる増山は「オンリーワン」である。

団体戦90kg超 佐藤和哉 5.5
成績:1勝0敗


出番は初戦のウクライナ戦のみ。ツアー出場常連のオレクサンドル・ゴルディイエンコから大外刈「技有」で勝利。大事な初戦の先鋒戦でしっかり責を果たした。

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男女混合団体戦の指揮を執る井上康生監督。

男子日本代表(強化)  4.5
成績:金2、銀0、銅1


ワールドツアー文化に完全に置いて行かれていた。コロナ禍明けから6か月の間に7つの大規模大会(+大陸選手権)と国際合宿を開催し爛熟を極めるワールドツアー。一方行動制限のためにまともな稽古が出来ずそもそものコンディション悪く、ツアーに参加出来ぬまま経験値を伸ばせず相互進化の文化からも置き去りの日本。辛い現在地を見せつけられた大会だった。

国際合宿でガンガン稽古して互いのレベルを上げ続ける欧州勢(例えば81kg級優勝のカッスは相当前にワクチン接種を済ませ一切の行動制限なしに猛稽古を積んでいたとのこと)の姿はこの先も発展を続けるワールドツアー文化の未来図、一方稽古環境に恵まれず力を落とした日本の姿はこれから国内の土壌が細っていくこの先10年のアナロジー。そして「二番手代表」が脆さを見せつけた今大会は、ワールドツアーとの力関係で逆転されたにも関わらず頑なに傾斜強化方式を続けて「外」への扉を制限し続け、これまで同様ツアーを大枠「1番手選考の場」として利用することしか出来なかった過去10年の決算である。過去と現在、そして未来と3つの時間軸すべてに極めて厳しいビジョンを突き付けられた大会であった。そしてもうひとつ辛いことを言えば。出場国ほぼすべてが若手・3番手以降の選手の育成に振ってメンバーを構成した男女混合団体戦にあって、「流れに置いて行かれていること」を自覚しながら、それでも複雑に絡まる事情にとらわれて身動きできず、傾斜強化方式が生み出した唯一最後の成果物である「過去の資産」による目先の勝利を目指して男子3人を総入れ替えした決勝は、これこそ来る東京五輪における日本代表の姿ではないかと肌に粟を生じさせられた。

以上は男女に共通する問題、どちらかというと男子のほうが色が濃いというところであるが。男子の強化においては「2枠目」の扱いについて厳しい総括があって然るべき。実に4大会連続で60kg級に2枠を行使しながら、いまだにこの枠からの金メダルゼロ(永山は3大会で2枠目出場、今大会は「2枠目から輩出された1枠目」)、今大会に至っては入賞者すら出せていない。この失敗をどう捉えるのか。階級を跨いで単に2枠目候補たちの成績を競らせて上から順に決める、という選考方法に無理があったのだと思う。フェアネスに縛られ過ぎて本義を失ってしまっている。以後2枠目に関しては強化の専権事項として「弱点階級を強化する」「確実に金メダルを狙う」など都度テーマを掲げて選考し、その度しっかり責任を取っていくという形に改めたほうが良いと考える。

そして井上体制。どうにも言葉にしがたい運気の悪さを感じる。五輪の代表ラインナップを見る限り、どう考えても相当良い成果を残して然るべき、むしろ「負け」などは考えられない。必ず相応以上の戦果が上がるメンバーのはずだ。つまり我ながら非論理的なただの「感覚」というしかないのだが、どうにも一抹気持ちの悪さを感じる。毎日一夜明け取材で「選手の力を出させてあげられなかった。私の責任」と何事かを呑み込んで選手を庇う井上監督の姿を見過ぎたせいかもしれないのだが、空気の巡りの悪さが否めない。選抜体重別における世界選手権代表決定のあたりから、この「運気」に関してどうも触れてはいけない最後の箍が外れてしまったような印象を受けるのだ。もちろんワールドツアーに完全に置いて行かれてしまっている日本の苦しい状況、そして形上地元でありながら実は「ツアーの磁場」というアウェイで行われる五輪本番という構図と既に言葉に出来ている不安というものはあるのだが、それを超えた何かイヤなものを感じる。大会終了から既に3週間、なぜそう思うのかそれなりに言葉にせんと試みてはいるのだが、いまだその正体しかとは定まらない。もうしばらく寝かせて考えてみたいと思う。とにかくこの感覚が杞憂、心配し過ぎであることをひたすら願っている。

※ eJudoメルマガ版7月2日掲載記事より転載・編集しています。

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