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【eJudo’s EYE】本番前全試合終了、東京五輪代表7名「採点表」<男子>

(2021年5月25日)

※ eJudoメルマガ版5月25日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】本番前全試合終了、東京五輪代表7名「採点表」<男子>
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ワールドマスターズの会場となったサイル・スポーツアリーナ。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

1月のワールドマスターズ・ドーハから始まった五輪日本代表の“調整試合シリーズ”が、今月のグランドスラム・カザンで終了。既に個別で評を書かせて頂いた選手もいる(この先まだ書くかもしれない)が、一連の試合のこの時点での総括を、「採点表」という形で残しておく。

10点満点、評価はあくまで大会終了時。あれから既に3週間が経過、各選手それぞれ課題のクリアに勤しんでいるはずで状況は変わっているものと思われるが、この点お含みの上でお読み頂きたい。まずは男子の7名から。

■ 60kg級
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研究されるリスクを最小限に、しっかりテストを終わらせた髙藤直寿。

髙藤直寿 7.5
成績:アジア・オセアニア選手権 優勝


試合は結果、内容とも文句なし。本人が出国前の取材会で語っていた新たな技や柔道の幅という点で言えば物凄く新しいものを見せてくれたというわけではないが、隠すべきものを隠したまま、奥行きを残したまましっかり必要なもの(たとえば試合勘)を確認したと解釈出来る大会だった。髙藤、ここまでの長いキャリアで新たなモードを持ち込んだ大会は、ことごとく勝っている。リオ五輪敗退の一因が徹底研究に晒されたことと考えるならば、本番前にライバルたちに研究材料を与え過ぎるべきではない。であれば1大会のみのピンポイント出場、それもワールドツアーではなく敢えて(対戦相手のレベルは高いが比較的注目度が低く、映像の残りにくい)コンチネンタル選手権という選択はまったく正しいと考えるし、内容も「このくらい」で良いのだと思う。大野将平とはまた違うやり方で五輪の勝ち方や「柔道」自体を俯瞰しているという印象すらあり。あとは、コンディションで周囲に置いて行かれたリオ五輪と2019年世界選手権の反省を踏まえてピーキングに勤しむのみ。「力が余って仕方がない」というような最高のコンディションで畳に上がって欲しい。

■ 66kg級
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阿部一二三が決勝で見せた右小内刈「一本」。新境地、そして出色の技だった。

阿部一二三 6.5
成績:グランドスラム・アンタルヤ 優勝


時間が掛かる試合はあったものの終始落ち着いた進退。この精神面の成長が何より買える。得意技である高い打点の担ぎ技に抱きつきの大内刈、さらに新兵器の前襟を持っての右小内刈と技にも冴えを見せた。新たに持ち込んだ低い担ぎ技を打ち過ぎることで逆に展開を失う場面、また後の先を食らいかねない場面があったことは不安材料(このあたりは独立してを書いたのでそちらを参照のこと)で、この部分は整理が必要。ただしここまで来れば得意の形を研ぎ澄ますことがより重要、そしてどうやら阿部には性格的にもそのやり方の方が合っているようだ。得意の「引き手一本」が相手の技の起動スイッチになってしまうマヌエル・ロンバルド対策だけは怠るべからず。

■ 73kg級
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大野将平はこの期間試合に出場せず。結果としてただ1人、カザンの国際合宿に参加するという手立てを採った。

大野将平 -
成績:試合出場なし


試合出場がなかったため点数はつかず。来る五輪本番はなんと約1年半ぶりの実戦ということになる。己との向き合い方を熟知している大野であれば、そしてリオ後の長期欠場からアジア大会、世界選手権と勝負どころをしっかり押さえて代表となったその「計画魔」ぶりに鑑みれば、ファンとしてはさほどの不安は感じない。ただし、いかな怪物・大野といえどぶっつけ本番はかなりの難行。心理的ハードルが上がったことだけは間違いない。己との戦い、厳しい日々が続くことと思うが、最後まで大野らしい戦いをまっとうして欲しい。日本代表14人の中で、そして世界から集う参加選手すべての中で、大野が金メダルに一番近い選手であることは間違いない。

■ 81kg級
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本来の試合ぶりを見せてくれた永瀬貴規。

永瀬貴規 6.0
成績:グランドスラム・タシケント 3位


クリスティアン・パルラーティの低空大内刈という飛び道具のため優勝こそ逃したが、他戦では圧倒的な強さを披露。どの技がいい、どの技術がいいという細々した評価を超えて、あの鉄骨のような「立っていること自体が強い」永瀬が帰って来たと芯から感じさせてくれる、逞しい戦いぶりだった。永瀬の強さは地力に多くを負うている。地力が体の端々、技術の隅々まで染みわたることであの全局面的な強さが担保されているのだが、その水源にしっかり水が満たされていることがよくわかった大会であった。あの膝の大怪我はもう忘れていい状態、視界は良好と言える。五輪では、少なくとも永瀬らしい戦いをしてくれるところまでは間違いない。あまりに混戦で予想立てがたい81kg級だが、永瀬は金メダル争いの先頭集団にいると見ていいだろう。

■ 90kg級 
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ワールドマスターズ・ドーハ2回戦でベカ・グヴィニアシヴィリと戦う向翔一郎。ここから歯車が狂ってしまった。

向翔一郎 4.5
成績:ワールドマスターズ・ドーハ2回戦敗退/グランドスラム・アンタルヤ2回戦敗退/アジア・オセアニア選手権2位


2大会連続で予選ラウンド敗退。最終戦のアジア・オセアニア選手権でも初戦で思わぬ「技有」失陥という大ピンチを味わった。帰国しての合同取材で語った「今までの日本代表とは違う重圧がある」、「トルコで負けて、周りの目が気になり始めた」、「マスターズで負けてから人を投げる感覚自体を忘れていた」などの数々のコメントからは、相当精神的に追い詰められていた様子が伺える。シリーズ開始前に語っていた「見ればわかる、まったく新しい柔道」(逆の一本背負投を考えていたとのこと)も繰り出すには至らず。最終戦で2位入賞と結果を残したことは評価できる(ファンも本人も安心しただろう)が、本番に向けて最後の詰めを行うはずのこの期間を、重圧に潰され、開き直ってなんとか立ち直った、という「内側の問題」の解決に消費してしまったと評しておくしかない。勿論それはそれで収穫ではあるのだが、もともと「勢い」に大きくパラメーターを振った選手である向が延期の1年間でこれを失ってしまったとの所見は否めない。本人が語る「背負投を生かすために足技、そして開き直って自分らしい柔道」という五輪までの道程は間違いではない。周囲の目を気にせず、試合はあくまで自分のものと割り切った、向らしい戦いに期待したい。

■ 100kg級 
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2位、優勝。そして素晴らしい投げも披露したウルフアロンだが本来の出来ではなかった。

ウルフアロン 5.5
成績:グランドスラム・アンタルヤ 2位/アジア・オセアニア選手権 優勝


右膝手術から1年余、初めての実戦。アンタルヤ準々決勝のムハマドカリム・フラモフ戦における小外刈フェイントからの一足左内股「一本」(芸術的だった)、同準決勝のアルマン・アダミアン戦での縦に投げつけた大内刈「一本」などさすがウルフという素晴らしい技を見せてくれた一方、端的に言って失点の目立つシリーズだった。アンタルヤ初戦でメルト・シスマンラルに食った大外返「技有」、二戦目で無名のドミニカ人レウィス・メディナに食った片手の袖釣込腰「技有」、アダミアンに隙を突かれた後袈裟固「技有」、さらにアジア・オセアニア準決勝でエリ・ヘムバツとの抱き勝負に敗れた小外掛「技有」。“完封のち「一本」”という本来のウルフらしさを発揮したとはちょっと言い難い。シスマンラル戦などは試合勘不足の面が大きいと思うが、大きく言って、かねてより体重別出場時の課題とされていた受けの脆さが顔を出していたと喝破して良いだろう。下半身の肉付きのバランスが以前と変わってしまったように見受けられた。腰回りが小さい。低く構えたときのあの畳にどっしり吸い付くような「王子谷感」がない。さらにこれと気になっていた場面をあらためて抜き出してチェックしてみたところ、やはり右膝が上手く動いていないように思われた。プラン力に長けたウルフのことだから以後しっかり調整しているはずだが、一抹不安ではある。長期にわたって計画的な減量をして来たとのことだが、肉体増強のバランスを失っている面があるのではないか。現状では、攻めは強いが受けると脆いという、ウルフらしくない片輪走行の感が否めない。2017年の戴冠以降当方はなんのかんのでピーキングがしっかり出来ればウルフがぶっちぎりで一番強い、という見立てを持っていたのだが、さすがにそこまで高い旗は降ろしたほうが良さそう。ウルフは間違いなく強い。しかし久々のツアー降臨で見えた五輪のスタート位置はあくまで「優勝候補の一人」ということになる。

■ 100kg超級 
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変わらず地力十分の原沢久喜だが、懸案の受けや組み手に大きな改善はみられず。

原沢久喜 5.5
成績:ワールドマスターズ・ドーハ 2回戦敗退/グランドスラム・アンタルヤ 2位/アジア・オセアニア選手権優勝


復帰戦で思わぬ初戦敗退も、2位、1位と成績を上げてフィニッシュ。変わらぬ地力の高さを見せつけた。しかしその一方で、不用意な受けの改善と早い組み手の獲得という積年の課題について顕著な変化は見られず。危うい受けだがそもそもの地力が圧倒的ゆえなんとかなったという「ヒヤリ・ハット」シーンは後半2大会も相応に出現していた。もっか稽古では組み負けた状況を想定しての受け・攻撃にリソースを投下しているとのことだが(※出国前の取材会での発言から)、どちらかというと、自分の形に辿り着く「早い組み手」の数と精度、この獲得により労力を傾けておくべきではないかと思う。もちろん危機管理は大切だが、様々な「形」に個別アクセスする前に、本筋のシナリオをがっちり、綿密に練り上げるべき。結果としてアクシデント自体も間違いなく減る。この3大会の総括としては「平均値の戦いでメダル確実という高い地力を見せる一方で、ジャンプ力の不足も感じさせた」という評になる。現状、純粋な強さ比べでリネールに勝つことは難しい。五輪カスタムの作戦を練り上げて「大事な1試合のみに勝つ」ジャンプ力の高さを見せてほしい。

※ eJudoメルマガ版5月25日掲載記事より転載・編集しています。

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