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【大会概観】阿部詩、渡名喜、新井の3名が「最後の実戦」に挑む/グランドスラム・カザン2021オーバービュー

(2021年5月5日)

※ eJudoメルマガ版5月5日掲載記事より転載・編集しています。
阿部詩、渡名喜、新井の3名が「最後の実戦」に挑む/グランドスラム・カザン2021オーバービュー
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4日に行われたオフィシャルドロー。
(photo:IJF)

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

グランドスラム・カザン大会が本日5日に、現地ロシアのタトネフチ・アレナで開幕する。7月の東京五輪前に行われるワールドツアーはこのカザン大会と6月のブダペスト世界選手権のみ。国際大会参加に伴って設定される事後2週間の隔離期間を考えれば、この大会が五輪本番前の、実質最後の実戦機会と言える。

陣容は思いのほか豪華。五輪出場資格ギリギリの選手やシード当落線上の選手が中心の大会になると思いきや、60kg級のルフミ・チフヴィミアニ(ジョージア)、81kg級のサギ・ムキ(イスラエル)、90kg級のネマニャ・マイドフ(セルビア)、100kg級のチョ・グハン(韓国)ら世界王者が多数参加。地元ロシアも五輪V候補の90kg級ミハイル・イゴルニコフを筆頭に1番手を送り込む階級が多く、男子はどの階級にも軸がある。かなりみどころある大会である。

日本から参戦する五輪代表は48kg級の渡名喜風南(パーク24)と52kg級の阿部詩(日本体育大3年)、そして70kg級の新井千鶴(三井住友海上)の女子世界王者3名。ここまで分厚い派遣を行っている強豪国は他にない。この日本五輪代表3名の戦いぶりが今大会最大のトピックと言って良いだろう。

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阿部詩

52kg級の世界選手権連覇者・阿部は3月初旬のグランドスラム・タシケントで国際大会に復帰。しっかり優勝を飾ったものの、本人の評価は「思うようなものではなかった」「力を出し切れなかった」というシビアなもの。五輪前に手ごたえを得たいと再度実戦の機会を求めることとなった。確かに、タシケントでは持ち前の高い軌道の投技は不発。「一本」2つに「指導3」の反則が1つとスタッツ自体は申し分ないが、力関係からすると意外な長時間試合ばかりで、まとめになるはずだった決勝も相手の棄権による不戦勝ちだった。ファンが抱く阿部の勝ちぶりとはギャップのある大会であったことは間違いない。本人の分析ではこれはまず試合勘の不足、そして相手の徹底研究によって自分の形で技に入れなくなっていることが大きいとのこと。試合勘の部分は本人も語る通りこの大会でクリアになっており、注目すべきは後者。増地克之代表監督も「袖釣込腰以外で投げられるかどうか」をポイントとして挙げるなど、これまでと違う組み手、違う入り方、違う持ち技での攻撃が求められる局面だ。

阿部自身は「足技や他の技で追い詰めれば、最終的には袖釣込腰も掛かる」というビジョンを語っているが、面白いのは、直前の全日本女子合宿でコーチに招かれた内村直也氏の講習にもっとも食いついたのがこの阿部ということ。内村氏は背負投のスペシャリスト、皆さんご存じの通り、あらゆる組み手、あらゆる形から「背負投で投げ切る」方法論で知られる業師である。阿部自身は「(背負投が)生きてくるのは2年後、3年後」との旨コメントしているが、内村理論の「考え方」はすべての技に応用が利くもの。タシケントでは低い担ぎ技で展開を止めてしまうことも多かった阿部が、この時点でなんらかの化学変化を起こす可能性も十分。「五輪に向けてしっかり自信をつけたい」という阿部の「一本」量産劇と、その内容に期待だ。

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渡名喜風南

48kg級の渡名喜は1月のワールドマスターズ・ドーハで国際舞台に復帰。準決勝では2018年・2019年と世界選手権決勝で苦杯を喫している宿敵ダリア・ビロディド(ウクライナ)に背負投「技有」で勝利、ついにリベンジを果たした。しかし決勝ではディストリア・クラスニキ(コソボ)に2度投げられて完敗、復帰戦を優勝で飾ることは出来なかった。出国前に本人が語ったところによると、渡名喜がこの試合から見出した課題は「受け」とのこと。以後は70kg級や63kg級の選手と積極的に組み合うことでこの部分をしっかり確認して来た。攻撃力の高さや豊かなスピードという長所はもちろん、「安定感」という部分にフォーカスして見守りたい大会である。今大会には2020年2月のグランドスラム・デュッセルドルフ決勝で金星を献上してしまった因縁の相手、フランスの新鋭シリーヌ・ブクリが出場する。ブクリはこれをきっかけにヨーロッパ王者にまで出世、2019年冬時点では手の届きようがなかった五輪代表の座まで手にしている。五輪本番に向けて、絶対に負けられない相手。

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新井千鶴

新井は2020年2月のグランドスラム・デュッセルドルフではキャリア最高と言える出来で優勝。課題の組み手についに光明を見出したが、この大会の相手はすべてケンカ四つ。復帰戦となった3月のグランドスラム・タシケントでは優勝したものの、めったにない相四つとの連戦を通じて、この点で再び大きな隙を見せることになってしまった。新井の長所はいまや階級随一のパワー。接近してこの力をじかに伝えたいのだが、しかし長身ゆえ宿命的に間合いが遠いという宿命的な矛盾を抱えている。つまりは長い腕を一瞬なくす「近づくための手段」が生命線なのだが、ケンカ四つで考え抜いて来たこの方法論の、相四つにおける薄さを露呈。教科書通りの手順は踏んだものの、袖口を掴む浅い組み手を起点にするがゆえこの矛盾を拡大してしまい、苦戦を招いてしまっていた。70kg級の強豪はケンカ四つばかり、ゆえにこれまで研究の薄かったこの相四つというフィルタを通じて「身体的記号と組み手が噛み合っていない」積年の課題を再び見せてしまった格好。組み合わせを見ると今大会も、相四つ選手と最大2試合のマッチアップが予想される。裏テーマとして、実はなんといってもここに注目して見守りたい大会。ジュリ・アルベール(コロンビア)が引退、マリー=イヴ・ガイ(フランス)が代表落ちとなった70kg級世界にあって、五輪の金メダル候補筆頭は間違いなく新井。中堅層のレベルがあがって戦国時代の始まりが予感されるタイミングではあるが、しっかり勝ち切って、この番付を維持したまま本番に乗り込みたい。

男子では、初の世界選手権代表に決まった村尾三四郎(東海大3年)が送り込まれる。前述の通り90kg級は五輪金メダル候補筆頭格のイゴルニコフや世界王者マイドフが出場する大会屈指のハイレベル階級。潜在能力は世界王者クラスと評される村尾が、現時点でどこまでやれるのかに注目。

※ eJudoメルマガ版5月5日掲載記事より転載・編集しています。

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