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令和2年全日本柔道選手権感想戦「令和最初の『全日本』を振り返る」③三回戦

(2021年2月15日)

※ eJudoメルマガ版2月15日掲載記事より転載・編集しています。
令和2年全日本柔道選手権感想戦「令和最初の『全日本』を振り返る」③三回戦
2回戦から続く>
→全試合結果
参加者:朝飛大(朝飛道場館長)、上水研一朗(東海大学男子柔道部監督)、西森大(NHK松山拠点放送局・報道番組プロデューサー)
司会:古田英毅(eJudo編集長)

※座談会は1月6日にオンラインで実施されました

■ 三回戦
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石内裕貴が藤原崇太郎から右足車「有効」

【3回戦 第1試合】
石内裕貴(九州・旭化成)○優勢[有効・足車]△藤原崇太郎(推薦・日本体育大4年)
石内は右、藤原は左組みのケンカ四つ。藤原、手を左右交互に出し入れしながらまずは釣り手を良い位置で持とうとするが、石内は前に出ながら引き手から、それもほぼ一気に両方を持って袖と前襟を得るほぼ完ぺきな形。藤原なんとか引き手を切って釣り手一本の陣地争いに持ち込むが、石内は釣り手を振って藤原に軸を与えない。たまらず藤原伏せて逃れ「待て」。続く展開も藤原は定石通りまず釣り手を得んとするが、石内はあくまで引き手から一気に、それも両方を求める。体格に劣る藤原嫌わざるを得ず、思わず手先で防御。主審これを見逃さず47秒「取り組まない」咎による「指導」。石内引き手で袖を持つとこれを腹側に折り込みながら前に出、まず時計回りに回りながら手先で釣り手を求める。藤原が両手を使って釣り手をしっかり持とうと手をまとめると、石内瞬間釣り手で弾いてこのつっかい棒を外し、引き手を開きながら反時計回りの右足車一撃。藤原堪らず大きく崩れ、石内が体を捨てて決め切り「有効」。藤原両手で釣り手を抑えに行くが、石内はリーチの長さを生かしてこの手を剥がし、あるいは釣り手の肘を振って振り切り、時にはもう片方の手で押し切って、あくまで釣り手で前襟を確保し有利を取り続ける。残り1分、藤原「ケンカ四つクロス」から深く右への肩車に潜り込む。藤原走りながらしぶとく追って決めに掛かるが、石内は長い体を生かして耐え切ってポイントには至らず。この一撃に石内やや動揺したか距離を取る戦法に舵を切り、3分18秒「取り組まない」咎で「指導」。石内しかしここで冷静さを取り戻し、釣り手でしっかり前襟を持って突き、引き手で袖も一方的に得てしっかり組み続ける。こうなると追いかける立場の藤原手が出ず、いったん離れ、残り15秒から突進を試みるも石内は「手四つ」に持ち込んであくまで距離を詰めさせない。そのまま試合は終了となる。


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この場面、石内はケンカ四つの藤原に対し引き手から求めて得意の足車に繋げた。

古田 では3回戦に参ります。石内裕貴選手と藤原崇太郎選手の試合、石内選手が足車「有効」で勝ちました。藤原選手は相当上手く組み手をやっていたと思うのですが、石内選手の投げで試合が決まりました。さきほど石内選手の試合の評で、ひとつ「ゴール」が明確にある選手は強いという趣旨のお話がありましたが、藤原選手が組み手をしっかりやる中で、それでも石内選手がこれで投げるぞと、得意の足車に繋がる動きをしていたのが印象的でした。

朝飛 この時、石内選手は引き手から持ちましたよね。引き手から持って、藤原選手のうるさい釣り手を前に外してそのまま足車で投げ切りました。以前、髙藤選手と前に対戦した時も髙藤選手の手がうるさいので、詰め寄ることで投げに繋ぎました。本当に、先ほどの言葉で言えば「ゴール」が見えている、そこに嵌れば投げられる、という確信を持った試合だったと思います。やはり良い技があると、良い組み立てが出来るんですね。

西森 藤原選手、常のケンカ四つであれば釣り手を持ったところで色々細工してくるはずなんですけど、石内選手はそれをさせないために先に引き手からガバっと持って、重量級の強みを活かしました。しかも釣り手を動かしてやると、足車にいく足が見えにくいと思うんですよね。それで、タイミングよくふわっと動かして来たので藤原選手も掛かってしまいましたね。

古田 石内選手が右足車を掛けるとなると最後は反時計回りの動きになりますよね。その方向にリアクションさせようとして時計回りに回り、引き手を織り込み、色々な手立てを尽くすのですが、藤原選手はそれに引っ掛からないように、かなり注意して動いていました。でも最後に引き手を織り込まれて、ならばと両手で石内選手の釣り手を側の襟を抑えてつっかえ棒にしようとしたところを外されて、防壁が何もなくなってしまった。本当にこれという技があるのは強いなと思いました。藤原選手ほどのインサイドワーカーを相手に、この技で投げるぞと示しながら最後にその技で投げるという強さ。山本選手を投げた内股もすごかったですが、こちらのバックグラウンドも凄かった。まさに「ベストスロー」級だと思います。

朝飛 藤原選手は世界選手権2位ですからね。

古田 銀メダリストを、それも、俺はこの技で投げるぞと予告して投げたようなものですから。

朝飛 全日本の凄さですね。かつて、世界選手権90kg級で銀メダルを獲得した西山大希選手が、本郷光道選手に柔道をさせて貰えなかった試合(編集部註:平成23年度大会準々決勝)を思い出しました。全日本の豊かさ、日本の層の厚さを象徴するような試合でした。

古田 海外のファンにも、「全日本」は常とは異なる空間なんだとわかってもらえる試合だったのではないでしょうか。

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小林悠輔が再三の左背負投で熊代佑輔を崩す

【3回戦 第2試合】
小林悠輔(東京・旭化成)○GS反則[指導3](GS7:38)△熊代佑輔(東京・ALSOK)
両者左組みの相四つ。熊代は構えを左右にスイッチしながら両襟。手の良く動く小林が引き手で内中袖、釣り手で前襟と十分な形を作るが熊代が巧みに構えを変えるためなかなか具体的な技が出ず、1分14秒両者に消極的との咎で「指導」。以後もめまぐるしく形の変わる組み手争いが続く。2分30秒には熊代が両袖から右大外刈を仕掛けるも技が伸び切らず、小林立ったまま弾き返して大過なし。小林は釣り手の手首をしっかり立てて前襟を確保、これを軸に引き手で内中袖を掴み度々良い形を作るが、危機察知能力に長けた熊代は都度すぐに切り離し、自由になった釣り手で奥襟を叩く。熊代が左で2度奥襟を叩いた直後の3分24秒には両者に「取り組まない」咎で2つ目の「指導」。残り11秒、小林組み立てを変えて引き手でまず襟を掴み、釣り手を片襟に差して低く左背負投。熊代崩れ伏せて辛くも逃れ、ここで本戦が終了。試合はGS延長戦へ。熊代は右手で脇下を握って両袖、小林は釣り手を激しく振ってこれを剥がす。GS34秒、熊代両袖から袖釣込腰崩れの左大外刈の大技も小林手を切って潰し「待て」。GS1分23秒、小林両手で左襟を握っての左背負投に潜り込み、熊代体を縦に大きく浮いてあわや試合終了と思われたが、腹ばいに落ちてなんとか逃れ「待て」。GS1分51秒には熊代が組み際に右外巻込。小林後の先の隅落を狙うが熊代の潰れが早く投げ切れず「待て」。以後も小林が片襟の左背負投、熊代が片襟あるいは両袖の左大外刈とともに要所で技を出し合い、なかなか展開に差がつかない。小林が大枠組み勝って威力ある担ぎ技を放つが、熊代が的確なタイミングで技を出して「指導」を出させないという構時間が続く。GS7分25秒、熊代が背負投の形に手をまとめての右体落、しかし小林がこれに左内股を合わせて大きく崩す。小林は流れが1つ自分の側に振れたこの機を見逃さず、続く展開で左襟を両手で握っての左背負投。熊代が崩れ伏せたところで主審が試合を止め、熊代に3つ目の「指導」。11分半を超える熱戦はここで幕となった。


古田 小林悠輔選手対熊代佑輔選手、この試合もGS延長戦7分38秒という大変な長時間試合になり、小林選手が勝ち抜けました。

上水 これは両者ともヘロヘロでした。大変な試合でしたね。小林選手は最後の取りどころとしては低い背負投を狙っていたのかなという気がしていますね。

西森 GS延長戦に入ってからその左背負投を連発して、差が開きましたよね。でも最後の方、小林選手も顔が真っ赤になっていました。相当の疲労があったと思います。

古田 再三見せていた、左襟を両手で握っての左背負投ですね。最後はこれで試合が終わりました。この場面は掛けた小林選手も、伏せた熊代選手も、立ち上がる動作にもう、かなりの消耗が見て取れました。…この試合も本戦残り26秒で両者に「指導2」が与えられて、次に「指導」が出たのがGS延長戦7分38秒ですから、「指導2」のまま8分間近く試合をしているんですよね。

上水 熊代の2回戦、野々内選手との試合と似た展開ですね。

古田 先ほどお話した通り「全日本ならでは」のこういうポリシーは決して嫌いではないのですが、一方で例えば序盤とそれ以降で反則裁定に一貫性がないと言われてしまうと反論が難しい。これは審判個々の裁量というミクロなスケールではなく、全日本のルールいかにあるべきかという大局で話すべきところだと思います。審判の先生方や観客の「全日本はこうあるべきだ」という感覚と、法典として則らねばならない国際ルールにズレがあるのだと思います。こういうところでも、無差別、そして全日本で、我々がどういう試合をみたいのか、その感覚にあったルールを作るべきだと思わされました。…しかし小林選手、熊代選手の右、左と続いた波状攻撃をよくぞ耐え切りました。熊代選手が左に3度餌を撒き、その上で右に大技を打ってもきちんと対応していました。

上水 相当研究していたんだろうなと思わされました。

朝飛 小林選手は堅実ですよね。

古田 小林選手の組み手が上手かった。しかも、熊代選手が片襟技で手数を積むと、小林選手はすぐに担ぎ技で大きく崩す。審判としても「指導」を出そうとしてもなかなか出せなかった。上手かったですね。

上水 これは私の印象なのですが、筑波大出身の選手はそういう選手が多い気がしますね。攻め込まれても、反対に一本必ず返してから終わる。守勢のまま終わらない。流れを持って来るのが上手いなと感じますね。

古田 というわけで小林選手がベスト8入りです。事前評の段階で最もジョーカーとして存在感のあった熊代選手を、みごと倒したという格好ですね。

朝飛 熊代選手には早く負傷を治してほしいですね。来年はまた上まで上がってきてほしいですね。

古田 優勝を狙う選手、特に東海大のOBにとっては最も嫌な選手ですね。熊代選手がいると、予想が実力の高低というところだけでは測れなくなります。

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後藤龍真が左内股で西山大希を攻める

【3回戦 第3試合】
後藤龍真(東京・東海大4年)○GS反則[指導3](GS4:55)△西山大希(東京・日本製鉄)
両者左組みの相四つ。ともに横変形にずれて組み合う。後藤釣り手を高く持って引き手で袖を低く保持する良い構えだが、西山は敢えて切らず、相手の釣り手を下げることで相対的な優位を取ろうと組み合いに応じ続ける。後藤は大内刈から左内股も西山揺るがず、右袖釣込腰で応じ返したところで展開が切れて44秒「待て」。同様の組み合いから後藤テンポ良く小内刈、大内刈、内股と継ぐが西山は動ぜず。それでも後藤積極的に前へ、西山細かく相手の釣り手を落として対応するがなかなか技が出ず、後藤が左小外刈で前に出た直後の2分9秒西山に消極的との判断で「指導」。後藤攻め手を緩めず組み際に片襟の左大内刈、さらに両襟の左内股と続けて繰り出す。西山右袖釣込腰に切り返すが後藤は立ったまま崩れず、膝を着いた西山を引き起こすと押し込んで右出足払を見舞い、攻勢。以降は絞り合いが続き、後藤が小内刈、大内刈、出足払と良い足技の連携を見せて優位を取るもスコアは動かず。このまま試合はGS延長戦へ。後藤変わらず前に出ながらの左小外刈で追い込む。西山抗して左大内刈だが後藤は捩じり返して崩れず、組み合っては横変形のままやはりじわりと前に出続ける。西山は釣り手が上げられずなかなか技が出ないが、初めて引き手を一方的に得て十分の形を作った1分30秒に思い切った左背負投。これはおそらく勝負技であったが、後藤は立ったまま受け切る。横変形に組み合ったまま以後はやや膠着、GS2分27秒には両者に消極的との咎で「指導」。GS3分13秒、西山急加速して左大内刈を2連発も後藤はまったく揺るがず。引き落として寝技を展開し「待て」。GS3分30秒過ぎあたりから試合が動き始め、組み手で優位の後藤が足技、西山が左袖込腰を打ち返す展開となる。後藤はここでも足を飛ばしながら組み手の主導権を取り続け、時折勝負技の左大内刈を放って西山に攻めのターンを与えない。GS4分55秒、後藤が腰を切り、大内刈、小内刈、出足払の動作を見せながら都度大きく作用足を踏み出して前に出ると、西山たまらず場外へ。ここで主審が試合を止めて西山に3つ目の「指導」。後藤のベスト8入りが決まった。


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後藤が相手の大内刈を小外掛に切り返す。相四つの強者・西山との組み合いを恐れていなかった。

古田 後藤龍真選手対西山大希選手の試合です。後藤選手がGS4分55秒の「指導3」で競り勝ちました。

上水 後藤にとって、この西山選手との試合が今回の全日本の山場でした。次の羽賀との試合もありましたが、ここが本人にとって乗り越えなければいけないもっとも大きな試練だったと思います。小川選手が欠場になってチャンスが巡って来たという背景もありましたし、この試合に掛けるものは非常に大きかったですね。この一番に全力投球という感じでした。西山選手の受けの強さ、組み手の上手さは一度対戦して嫌というほどわかっていたので、手数で負けないようにというところ、局所、局所の攻防でそういうところは見えたかなと思います。そして相四つで気をつけなければいけない西山選手の支釣込足と袖釣込腰ですね。これをきちんと見ていたというところが少し勝因に繋がったかなと思います。

朝飛 いま上水先生が言われたとおり、裏のところまでわかっていらっしゃるんですが、私はこの試合を見て率直に後藤選手が強い、相当地力がついているなと感じました。後藤選手はオーソドックスな綺麗な柔道で技のキレもあるところと、これは予想座談会でもお話したんですが、その一方で相手の良いところを封じる組み手の上手さもあります。対策の練り方も上手いですし、それがきちんと柔道の力、試合の強さに繋がっている。現時点でかなりの強さがあるな、と素直に思いました。

西森 私は後藤選手が高校生の頃に福岡にいて、同じ九州ということで比較的試合を見る機会に恵まれました。当時からケンカ四つには天才的なものがあって内股透なども上手かったのですが、上水先生が仰るように相四つ相手にはすこし線が細いなと思うところがありました。それが西山選手と互角以上に戦うわけですから、相当強くなっているなというのが印象的でした。あと、これも上水先生が仰っていたとおり、凄く積極的に攻めていく中で、しかも技が多彩なんですよね。左右どちらからも足払いが出て、大内刈で追う、小内刈で蹴り払う、こういう的を絞らせない攻めにセンスもありつつ、地力自体が上がって逞しさが出てきた。これから代表争いにも割って入るだろうなという印象を受けました。

古田 いま仰った技の多彩さ、これはある程度折り込み済みでしたが、お二人が仰った後藤選手の「強さ自体」に今回は驚かされました。組み合うことを怖がらず落ち着いていました。特に印象的な場面はGS延長戦の1分半くらい、初めて西山選手が十分な形になって勝負技の左背負投を繰り出したんですけれども、後藤選手は立ったまま受け切った。このまま行っても後藤選手が勝つなと思った瞬間でした。力自体が相当ついたのだなと感じました。

朝飛 あそこは強さを感じましたね。

古田 上水先生の解説の通り、後藤選手がひとつ、彼のキャリアの中で大きなハードルを超えた試合でしたね。

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羽賀龍之介が影浦心を内股で攻める。本戦はこの得意技で流れを作った。

【3回戦 第4試合】
羽賀龍之介(推薦・旭化成)○GS反則[指導3](GS7:41)△影浦心(推薦・日本中央競馬会)
左相四つ。手先の組み手争いから影浦組みついていきなりの左払腰も前に潰れて「待て」。羽賀敢えて両手で組みついて影浦の担ぎ技を封じ、左内股、小内刈と技を継ぐ。影浦右一本背負投で抗するも1人潰れて「待て」。羽賀はまず両襟、引き手を高く腋に入れ、機を見てはこれを袖に持ち替えて落とし、背負投を狙う影浦の生命線である釣り手をまったく使わせない。影浦嫌って度々切り離すが羽賀はその瞬間を狙って踏み込んで奥襟を得ることを続け、1分33秒には左大外刈から思い切りの良い左内股、2分31秒にも影浦が切ったところに奥襟確保を刷り込んで左内股を2連発、いずれも具体的に投げを狙った取り味のある技で展開を得る。一方まったく良い形で組めない影浦の反撃は1分47秒、羽賀の「両襟奥」を剥がそうとひとまず放った左外巻込の掛け潰れに留まる。影浦3分20秒過ぎには初めて引き手で袖を一方的に掴む良い組み手を得るが、釣り手を落とされると諦めてみずから両方を切ってリセット、貴重なチャンスを手放してしまう。羽賀ここから引き手を得ると釣り手をクロスに入れながら左小内刈、影浦耐えて抱き返そうとするも果たせず。この直後の3分42秒には影浦に消極の「指導」。ついにスコアに差がついたところで試合はGS延長戦へ。羽賀が釣り手を抑えると影浦引き手を抱き込みながら左払巻込に潰れてリセット。続いて羽賀が左払巻込を放つと潰した影浦は険しい表情で主審に「足に触ったのでは」とアピールし、少々苛立ちが見える。一方の羽賀は冷静に影浦の釣り手を殺し続け、GS1分引き手で袖、釣り手で奥襟を持つとやや窮した影浦この試合初めて左背負投を見せるも、遠間に落ちて効なし。一貫して組み手で不利をかこつ影浦ここで一計を案じ、GS2分過ぎに釣り手で奥襟を叩きに出る。羽賀が奥襟を叩き返して応じると、上から持って影浦は形上優位。しかしここから放った左払腰には羽賀を崩すだけの威力はなく、両手が離れて1人たたらを踏んでしまう。影浦出来ることがどんどん削れていく印象。流れに乗った羽賀は完璧な組み手から左内股と巴投の連続攻撃、さらに両襟を掴み、影浦が切り離すとその動作に合わせて詰めては奥襟を叩き完璧な組み手を作り出す。「指導」が出ないのが不思議な一方的有利だが、この流れの中で迎えた3分57秒、羽賀の左大外刈を影浦が背中側に回り込んで返し、あわやポイントという場面が現出。羽賀辛くも手を着き、尻餅で耐える。羽賀有利の流れが変わり得る攻防であったが、影浦ここでも攻勢に出られず、しばしのやり取りを経て羽賀は落ち着きを取り戻すと袖と横襟を掴んで大内刈、小内刈の連携から左内股一撃。これを受けたGS4分49秒、ついに影浦に2つ目の「指導」。羽賀はここから焦らず、影浦の生命線である釣り手を殺すことに一層集中。影浦GS5分44秒に右の肩車に深く入り込むが、十分警戒済みの羽賀は回転を許さず受け切って止める。組み手の入りを変えたい影浦時折釣り手での片襟差しを繰り出すが、ことごとく羽賀の奥襟に変換されて危うい場面が続く。GS6分46秒にはこの展開から羽賀に反時計回りに捩じられて場外に出、なかなか反攻の糸口見いだせず。直後、影浦が釣り手を前襟に伸ばすと羽賀は一瞬躱し、前襟を抑え返し、影浦のリアクションに合わせて腕を抱え、さらに危機を感じた影浦が下がるとそこに合わせて踏み込んで奥襟をガッチリ確保。この完璧な形から小内刈で蹴ると影浦膝を着いて崩れ「待て」。もはや勝負は決した感ありも審判もう一段試合を続行、影浦片襟を掴むが羽賀またもやこれを自身の奥襟に変換、前に押し込んで小内刈を蹴り込むと、影浦は左払巻込の形で手を離し、場外に逃れるのが精いっぱい。ここで主審が試合を止め、影浦に3つ目の「指導」。注目の一番は指導差「3-0」、羽賀の完封勝利に終わった。


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釣り手で上から襟、あるいは低く持たせておいての袖。羽賀は種々様々の手立てで、影浦の釣り手を潰し続けた。

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最終盤、影浦が襟を持たんと手を伸ばしたはずが、数秒のちには羽賀が完璧な組み手を作り上げている。

古田 続いて三回戦のハイライト、羽賀選手と影浦選手の試合です。これはどう進めましょうか。答え合わせになってしまうかもしれませんが、上水先生から口火を切っていただいてもよろしいでしょうか。

上水 正直、この勝負に勝った方に大きな風が吹くなと思いました。羽賀も優勝したあとのコメントで話していますが、影浦を鍛えたのは羽賀なんですよね。入学した当時からよく影浦を捕まえていましたから。そういう意味では、羽賀としては絶対に影浦には負けられないというところとともに、影浦の強さと弱さ、その所在地を知っていたと思うんですね。そこで妥協せずに強いところを抑え、弱いところを突き続けるのが彼の恐ろしさ。普通はどこかで妥協してしまうんですが、今回は一切隙を見せなかった。恐らく佐藤選手との試合が終わって、1回スイッチを入れ直したと思うんですね。「指導3」対「指導0」、ほぼ完封ですよね。正直、ここまで影浦を封じ込めるとは思っていませんでした。1回か2回は影浦に羽賀を脅かすチャンスがあると思っていました。しかし実際にはそんな隙は一切なかった。羽賀のプランニング、作戦実行能力の高さを感じましたし、正直、彼に分析される相手は気の毒だなとまで思いました。影浦も気持ち的には臆することなく戦ったと思います。ただ、結果論ではありますが、羽賀に比べると準備能力が劣っていた。思ったより良いところを持たせてもらえなかった、力を発揮させてもらえなかったと、これは「3-0」という結果が雄弁に物語っています。彼の「完敗だった」の言葉もよくわかります。あと、羽賀は影浦に勝っても特に精神面での変化はなかったんですよね。少しホッとするようなところが出ないかなと心配していたんですが、そういうことも一切なかった。この勝負が終わって、これは確実に羽賀に風が吹き始めたなと感じましたね。

古田 ありがとうございます。では続いて西森さんお願いします。

西森 ここまでの黒岩選手、佐藤選手との試合を見ていても思ったのですが、やはり相手の一番の武器をしっかり潰しにかかっている。影浦選手の最大の武器の背負投が完全に封じ込められていました。ほかに巻き込み技や肩車など繰り出してくるのですが、こうなってしまうと怖くないんですよね。やっぱり背負投あってこそ周辺の技が効いてくるわけで、それを完全に封じたところが羽賀選手の非凡さだと思います。ロジックとしてはこの間の66kg級の決定戦、丸山城志郎選手対阿部一二三選手の試合と同じですよね。あの試合では丸山選手の最大の武器の内股が徹底的に殺された結果、巴投や肩車が威力を発揮しなかった。いかに威力があっても、位置づけとしてはあくまで内股があっての奇襲技ということですよね。同じように、最大の武器である背負投が封じ込められてしまうと、影浦選手は為す術がなかった、というのが印象的でした。

古田 朝飛先生、お願いします。

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影浦が大外返、羽賀が手を着いて耐える。これが今大会における羽賀最大のピンチだった。

朝飛 私もここを勝ち上がった方がより優勝に近いと思っていました。羽賀が今回全試合通してもっとも危なかったのが、この試合で大外刈を返されて後ろに倒れそうになった場面、なんとか手を使ってくるっと回って立ち上がったシーンでしたね。1回戦の黒岩選手の左右の払巻込、2回戦の佐藤選手の担ぎ技にも、手を着いたり転がったりというようなことはなかった。危ないシーンを挙げるとすれば決勝で太田選手の担ぎ技だと思いましたが、本当に危うかったのはこの影浦選手に返されそうになったシーンだけなんですね。それでも動揺なく、終わってみれば「指導3」対「指導0」だったので、今日の羽賀は落ち着いているぞ、どんな状況になっても我慢が出来るぞ、心を乱さないで自分のやるべきことが遂行できるぞ、と思った試合でした。影浦選手の背負投をしっかり封じていましたし、もっと出てくるかと思った小内刈も、掛けさせませんでしたね。

古田 ありがとうございます。羽賀選手にとっても会心の試合だったと思います。試合後に7階からこちらに向かって「古田さんたち影浦を推してましたよね?」と言っていたのは「早出し評」に書いた通りなんですが、その前の台詞が「完璧だったでしょ?」だったんです。私が「何が?」と聞き返したら、「影浦との試合、完璧だったでしょう」と。やはりこの試合が勝負どころだったんですよね。その短いやりとりの中でまず話す台詞が例えば「最後の内股綺麗だったでしょう」とかではなく、やはりこの影浦戦。そういう大きな試合だったということだと思います。

西森 上水先生にお聞きしたいと思っていたのは、影浦選手のある種異常性を「感じさせない」ところについてです。例えば、今回の羽賀選手のように、ここを焦点と見極めて勝負を掛けてくる、ある種狂気を感じさせるほどの集中力、そういうものをこれまでの試合からはなかなか感じることが出来ないのですが、そのあたりはどう見ていますか?

上水 これまでに培った、重圧の経験の差というところはあるかもしれません。たとえば羽賀や王子谷は高校時代にチームの絶対的なエースとして常に勝たねばならない立場で日本一を争い、東海大でも1年生からエースとして活躍して来た。ウルフやベイカーも同じで、高校時代は大黒柱として日本一を経験し、大学でも1年生から絶対に負けられない役割を担った。そう考えると、影浦は高校時代に飛び抜けた成績を残した超一流選手というわけではなかったところが、大学に入って同年代にウルフがいて、先輩に錚々たるメンバーがいて、その中でひとつひとつ壁を乗り越えて成長してきた選手ですから。2年生でレギュラーに入りましたが、最初からエースとしての働きを求められていたわけではなく、徐々に、着実に力をつけてきて、いつの間にか上に行っていたというタイプです。ですから、彼らが担った重責、その中で精神的な壁を乗り越える、そういう過程をまだ踏んでいないんです。地位が人を作るという面は確実にありますので、こういう部分での微妙な差が出て来ているのかなとは思います。彼もようやくいま、第一人者という自覚が芽生え始めているところ。本来今回の全日本はその自覚を持たなければいけなかったのですが、彼にとってはこれが初めての体験だったわけです。いままで3番人気から5番人気くらいのダークホースとしてやっていたところが、今回は1番人気となったところでの勝負。彼には、この経験値は実は意外にないと思うんです。本人も「まだ甘かった」と言っていましたけれど、自分が登ったつもりでいたところが、まだ麓だったということですね。この部分は、これから体験して登り詰めていくものだと思います。ただ、実際にまだそういう試練を乗り越えていないということは、逆に言えば、まだ伸びしろ、心のスタミナがあるとも思うんです。一線級をずっと続けているとどうしても心が擦り切れてしまうんですが、影浦にはまだその心配はない。ですから、この経験を糧にして、ひとつひとつ壁を突破して行って欲しいと思います。羽賀が立ちはだかったのは、自分が壁になってやる、「お前はまだまだだぞ、俺が鍛えてやる、簡単には優勝させないぞ」ということだと思います。それが古田さんに言った「完璧だったでしょ!」に凝縮されているんではないでしょうか(笑)。

古田 「完璧だったでしょ!」の後にまさしく、「あいつの壁は俺ですよ」と言っていました。

上水 そうですよね。だから、そこは意地でも負けられないぞというのがあったと思います。

西森;なるほど。だとしたらここから先、影浦選手が、いま上水先生の仰った課題にきちんと感応できるかですね。そこが理解できて自分に足りないものがなにかがきちんとわかればまだまだ伸びるでしょうし、まさに修羅場をどれだけ乗り越えるかですね。

上水 そう思います。あとは、これは影浦の肩を持つわけではないんですけど、ちょっと可愛そうだったのが、全日本の前にうち(東海大)で練習できなかったんですよね。来たいとは言っていたんですけど、ひとつはこのコロナ禍における所属との兼ね合い。そしてもうひとつは、こういう組み合わせになってしまったことですね。うちにきたら羽賀もいますから。ただ、私は、もし影浦が本当にやってやると思っているのであれば、逆に羽賀がいるから来て稽古するというのもありだと言ったんですよ。逆に意識させてやろう、という。それが「修羅場」ですよね。うちの連中はもともとそういう状況が普通です。ウルフと羽賀も同居しているわけですし、王子谷もいる。そのなかで動じずに自分は自分という形でやれる、意識はするけど過剰に意識はしない、そういう部分を面白いと感じて戦い続けられるかどうかですね。

古田 西森さんが仰っていた部分、感性とか感応力という部分の話を続けますけど。私は日本代表を張っている選手は皆どこか、良い意味で「狂っている」と思っています。それが人間的なものか、柔道的なものかは人によって違いますけど、皆、狂気がある。とにかく普通の人間ではない。こちらとしては、潜在的にどのくらいの狂気の持ち合わせがあるかで、その選手がどこまで行くかを測るところすらあります。その中で、東海大というのは、身近にその良い意味で「狂っている」人間たちがたくさんいる空間なわけですよね。その、普段隣にいる人間がまったく違う世界に棲んでいることを意識出来る感性とか、その中に飛びこむ度胸があるかどうか、という話になるのだと思います。…そうすると、上水先生は、影浦選手がこの先の経験次第ではその域に入ってくる、乗り越えていく可能性が十分あると踏んでいるということですよね。

上水 彼はリネールに勝った男ですから。いくら本調子でなかったとはいえ、10年間誰も勝てなかった男です。そのリネールを超えたことは自信になる。超える味を知っている。これはやはり強みです。…私の教え子たちに皆共通して言えることですが、皆やはり苦しい時期を乗り越えて、それからようやく上り詰めているわけですよね。羽賀は肩の怪我がありましたし、復帰して安田選手に投げられてからの1年間はすごく苦しんだんです。内部だけじゃなくて外からも色々言われて、そういう物凄く苦しい時期を乗り越えて世界チャンピオンになり、さらに、今度はウルフが追いかけて来たなかで戦って来た。そして影浦は、いまようやくその土俵に上がってきたわけです。羽賀は影浦に、お前の見ている世界はまだまだ下の世界だぞ、上には上の世界があるぞというのを、ある種教えてあげたかったのではないでしょうか。簡単に負けられないといっていたのはそこだったのではないかと思いますね。

古田 ありがとうございます。考えてみれば、神様がただの男をリネール選手に勝たせるわけがないというところから論を起こすこともできますからね。これも影浦選手の定点観測ですね。この後に期待したいと思います。

上水 ぜひ皆さんから発破をかけていただきたいですね。影浦、こんなことをやっていてはダメだぞ、くらいの強いトーンでお願いしたい。やはり責任は人を変えますから。王子谷もかつては「僕なんて大したことはない」というタイプだったのが、キャプテンという重責を与えられたことで壁を破りましたから。まさか王子谷が大学4年で全日本を取るなど、かつては誰も思いませんでしたよね。結局、責任が人を変えたんですね。だから影浦に責任を背負わせるよう、叱咤をお願いしたいですね。こんなもんじゃないだろう、この全日本は勝たなければいけなかったはずなのに何をしているんだ、とぜひ言ってやって、大きな期待を掛けてやってください。

古田 柔道自体はもちろん、立ち振る舞いとか、SNSなど普段の発信のありようからして変わって来そうですよね。これは楽しみです。大いに期待したいと思います。

上水 俺が勝たなきゃ、という責任を感じられれば、そうした部分も変わっていくと思います。

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佐々木健志の素早く、かつ力強いローリング。このまま加藤博剛を抑え込んで「一本」。

【3回戦 第5試合】
佐々木健志(東京・ALSOK)○崩袈裟固(0:55)△加藤博剛(推薦・千葉県警察)
佐々木が右、加藤が左組みのケンカ四つ。佐々木躊躇なく釣り手で前襟、引き手で袖を持ち、掴むなりすぐさま右背負投。加藤が抜け伏せるとそのまま被さって腕挫十字固を狙う。加藤は佐々木を腕に絡みつかせたまま立ち上がり、持ち上げて「待て」。佐々木続いて釣り手で襟を持つと左に「韓国背負い」。加藤が伏せるとそのまま背中に食らいつき、胴を抱いてローリング。このまま前戦とまったく同じ形、体側を相手の右側に沿わせた崩袈裟固に抑え込み、55秒「一本」。


古田 佐々木健志選手対加藤博剛選手、崩袈裟固で55秒「一本」です。先んじてだいぶ語ってしまった試合でもありますが、とにかくこの試合も内容、結果ともに強烈なインパクトがありました。

朝飛 古田さんが仰る「良い意味でどこか狂っている」という選手の代表が佐々木選手ですよね。本当にネジがどこかに飛んでいるような強さ、勢いがあります。でもそれをちゃんと実証して結果に繋げるのが、本当にやり込んでいるというか、それを2試合も連続で形にできるのが凄い。それも相手は垣田選手と加藤選手ですからね。本当に今日は「ある」のではないかと思った試合でした。

古田 とにかくこちらが想像するものを平気で飛び越えてきますよね。…西森さんはいかがですか?

西森 2回戦までの試合内容を比較して、この結果自体はあり得るなと思っていたのですが、それにしても勝ちぶりが衝撃的でした。加藤選手といえば名うての寝業師。その加藤選手が何もできないまま抑え込まれてしまった。勢いを感じました。

古田 上水先生、いかがですか。

上水 もう「狂気」ですよね。

古田 キーワードになってしまいましたね(笑)。

上水 この時点で、間違いなく彼に相当な追い風が吹いていましたよね。それでどこまで行くのかというところ、彼を堰き止めるのは難しいとこの試合で証明されたのではないかと思います。

古田 ありがとうございます。フィニッシュについては先程濃く語って頂いたところもありますので、次の試合に行きたいと思います。

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王子谷剛志が思い切った右大外刈、佐藤和哉はたたらを踏んで逃れる。直後「指導3」で勝負が決まった。

【3回戦 第6試合】
王子谷剛志(東京・旭化成)○GS反則[指導3](GS2:06)△佐藤和哉(東京・日本製鉄)
ともに右組みの相四つ。王子谷は気合い十分、引き手で襟を掴むと両足裏を畳に刷り込むようにして前進。佐藤堪らず場外際まで下がり、押されるまま左一本背負投に潰れて「待て」。続く展開も王子谷前進を止めず前へ、佐藤首を左右に振って剥がそうとするが王子谷は釣り手を高い位置に置いたまま離さずがっちり圧力。たまらず佐藤出足払から隅返に潰れて展開を切るが、主審は意外にも王子谷に消極的との咎で52秒「指導」を与える。しかし王子谷冷静に前進圧力作戦を継続。両襟を掴んで右、左と歩み足でグイグイ出続けるそのあまりの圧力に佐藤たまらず畳を割り、1分43秒佐藤に場外の「指導」。王子谷両襟を持ってさらに前へ。佐藤は横にずれて力を逸らさんとし、さらに大外刈を見せるが王子谷はこういったアクションの細かい間にも前進をねじ込む。しかし具体的な技は出ず、2分40秒には両者に消極的との咎で「指導2」。王子谷は前進、佐藤が横に圧を逸らそうとするタイミングで右払巻込に入るが潰れて「待て」。佐藤は活路を切り開かんと右出足払、右大外刈と得意の足技を飛ばすが王子谷両足を着けたまま動ぜず。試合はGS延長戦へ。佐藤横にずれて内股も王子谷は揺るがず、変わらず前へ。GS46秒、佐藤が奥襟を得ると王子谷右大外巻込を2連発、これは技が浅く佐藤が立ったまま耐えて「待て」。王子谷は両襟で釣り手の肘をこじ上げながら前へ。佐藤が右の「小内払い」を入れると返し矢の左出足払で膝を着かせ、あくまで展開を取り続ける。手先の組み手争いを経たGS2分過ぎ、佐藤が釣り手で奥襟を得え、王子谷が持ち返してがっぷりの組み合い。ここで王子谷意を決してひときわ深く右大外刈。斜めから入り真裏に刈りこむ明らかな勝負技、佐藤は足を抜いて後方に逃れたが、主審はここで試合を止めて佐藤に「指導3」を宣告。熱戦は王子谷の勝利に終わった。


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王子谷は歩み足でグイグイ前に出る。持ち味を出した試合だった。

古田 王子谷剛志選手対佐藤和哉選手、GS延長戦「指導3」で王子谷選手の勝ちになりました。

上水 王子谷はこの前の講道館杯では佐藤選手に負けているんですよね。2回戦の石原選手との試合、この後の準々決勝・佐々木選手との試合の集中度を観察すると、やはり王子谷の頭の中では、この佐藤選手との試合が山場として設定されていたのかなと思います。佐藤選手との試合はアグレッシブに前に出て圧力を掛けに行く彼本来の姿、何よりそれをしっかり前面に押し出す姿勢が見られました。そして行くときはしっかり胸を合わせる。中途半端に合わせるような、よそ行きの戦い方がこの試合では見られなかったんですよね。ですので、やっぱり佐藤選手もその部分で若干圧力負けした部分がありました。確か最後は大外刈を仕掛けたところで「指導」が入ったんですよね。

古田 前に出るという王子谷選手らしさ、代名詞であるあのブルドーザーのような前進圧力がすべての時間帯に見られた試合でした。本戦の終了間際に佐藤選手がパンパンと足を出したんですけど、王子谷選手は両足を着いたまま全く動かなかったんですよね。良いときの受け方、そして試合の仕方だなと思いました。試合が終わった場面が彼の代名詞である大外刈であったことも、象徴的です。

上水 やはりこの試合を山場と踏んでいたんですよね。そしておそらく彼の頭の中には次は佐々木選手ではなく加藤選手か垣田選手というのがあったのではと思います。そう感じられました。

古田 ありがとうございます。西森さん、お願いします。

西森 上水先生の仰るとおりすごくアグレッシブに王子谷選手が前に出て、そこは非常に良かったですね。ただ、少々気がかりなのは、ここ数年なかなか得意の大外刈が出なくなっていることですね。特に相四つの場合、大外刈が出せるか掛かるかというのが王子谷選手の調子のバロメーターですから、少々気になっていました。上水先生、これはなにか原因があるのでしょうか。

上水 ここに関してはどうしてもモチベーションの部分、この話から逃れることはできないと思います。ここが最大の課題ですね。全日本選手権を3回も獲っていますから、これはもう、私の想像できる位置を超えているんですね。頂点を獲ったゆえの悩みというか。ではどう持っていくか、オリンピックという目標が消えた中でどうモチベーションを繋いでいくか、ここ1、2年の彼というのはその悩みを感じますよね。旭化成の吉田優也監督、あるいは先輩の羽賀なんかはここを技術で解決させようというアプローチを考えていて、たとえば羽賀なんかは講道館杯を見た上で色々アイデアを出してくれる。ただ、問題は王子谷自身のいまの心の拠りどころ、所在地ですよね。それがどこにあるかによって技術が入ってくる時期と、まったく入ってこない時期がある。これはどこまで行っても彼にしかわからないし、王子谷がおのれ自身で乗り越えなければいけないものだと思います。こういう状況ですので、技にも迷いがあるし、そもそもどういう柔道が自分の柔道なのか、迷いがある時期だと思います。西森さんが仰った大外刈、これに技術的な狂いが見え始めたのは実業団体の代表戦で、原沢選手に大外刈を返されたときからなんですね。あれをきっかけにちょっと大外刈に悩み、迷いが生じたところがあるのかなという気はしています。

古田 なるほど。大外刈という技は迷いや逡巡がストレートに反映される技でもありますからね。それにしても原沢選手の再生の号砲となったあの大外返が王子谷選手の狂いを呼ぶとは、運命の綾を感じますし、勝負というのは本当に厳しいものですね。

上水 そうなんですよね。本当にそう思います。本当に一瞬、その瞬間に変わります。風向きが全て変わるんですよね。勝負の世界というのは残酷だと思いますよ。

古田 どっちにとっても良かったね、というのはないんですよね。

上水 ないんです。これまでも、ただ1回だけの勝負、一瞬の技だけで選手のその後のキャリアがまったく変わってしまったことを幾度も見てきました。教え子が怪我を押して出る、というのを止められず、そこでライバルに投げられてしまって、以後の立ち位置がまったく変わってしまったこともあった。仮に本人が出たいと言っても絶対に出してはいけないときがあるということを学びました。本人は、怪我をしていてもここで逃げては流れを掴めないと思っていた。勝負は厳しいものなので、また、それもよくわかるのですが。

西森 昔、岡田弘隆さんが中村佳央さんに関節を極められたときに怪我をしてしまったのですが、あくまで「参った」しなかったですよね。やっぱりそういうところですよね。勝負師であるがゆえ、ここで安易に勝利を譲ってしまうとこの後風が吹かないというのがわかるから。

上水 本当に難しいですよね。その残酷さというのを強く感じました。

古田 朝飛先生、いかがですか。

朝飛先生:今残酷な話を聞いて心が痛いです。そういうのが一つひとつ積み重ねられていくと思うと、皆頑張ってくれとしか思えないですね。奥が深すぎて入っていけませんでした。

古田 そして残酷なことに、だから勝負は面白いんですよね。

一同 (頷く)

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太田彪雅が向翔一郎から右浮腰「一本」。

【3回戦 第7試合】
太田彪雅(東京・旭化成)○GS浮腰(GS3:13)△向翔一郎(推薦・ALSOK)
太田が右、向が左組みのケンカ四つ。太田が釣り手を上、向が下から持っての引き手争いの中、向が右一本背負投をまず放つ。この展開が切れた40秒過ぎから再び同じ構図の引き手争いとなり、太田が膝裏に小外刈をねじ入れて向が膝を着いたところで主審が試合を止め1分17秒双方に片手の「指導」。太田は釣り手を上から持って、強烈な前進圧力。向はこれに合わせ、下がりながらの右一本背負投を数度試みる。さらに太田の強烈な圧を外し続け、2分40秒過ぎにはまず浅く片手の左背負投、すぐに立ち戻ると太田が前襟に伸ばした引き手の袖を掴んで再度思い切った左背負投。太田揺らがずも直後の2分53秒、太田に消極的との咎で「指導」。向が流れを掴みかけたかに思われたが、ここで自ら指の出血をアピールして試合を中断、いったん流れは途切れる。再開後も太田は変わらず釣り手で前襟を掴むと強烈な圧力、引き手を求め続ける。向いったんは組み際の左背負投で流れを切ったものの、以後は引き手を嫌い続けることになり、残り10秒には太田が向に引き手を切らせるなり深く左一本背負投に沈み込む。向が腹ばいとなり、太田が流れを取り戻したところで本戦は終了。試合はGS延長戦へ。太田は釣り手の肘をグイと入れて前へ。向はコーナーまで下げられ、回り込むもここに太田がまたもや良いタイミングで左一本背負投を放ち、主導権を完全に掌握。向それでも相手の前進をいなして右から背中に抱きつき、太田は釣り手で背中を抱えての片手右内股で脱出。太田ここで引き手から組み始め、袖を折り込みながら前に出ると向は下がりながら両手を離しての右背負投に潰れてしまい、GS1分11秒偽装攻撃の「指導」。さすがの向も太田の圧力を捌きあぐねてきた印象。GS1分42秒太田が前に出ると向片袖の右背負投に潰れ、太田は立たせながら後帯を掴んでの右内股。同2分7秒には太田がいなして背中を向かせると向前受け身の形で自ら倒れて「待て」、ここから太田釣り手で前襟を掴んで前に出続け、向は片袖の右背負投で空転し自ら潰れることを繰り返す。すべて偽装攻撃の「指導」が出ておかしくない技だが審判は静観、同様の展開がさらに1分近く続く。GS2分53秒から始まった展開、太田が釣り手を求めると組み合いたくない向は手先で応じるが、太田この袖を掴んでいったん両袖に近い形を作り出す。向の釣り手が高い位置で背部を探ると、太田すかさず腋を掬って右浮腰一閃。左肩を上げられ、右を下げられた向逆らえず大きく一回転「一本」。


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90kg級ながら善戦の向だが、GS延長戦に入ると太田の圧を捌きあぐねる。

古田 太田彪雅選手対向翔一郎選手、太田選手がGS延長戦の浮腰で勝った試合です。非常に勝負の綾というか、面白いことが一杯あった試合でした。朝飛先生いかがでしょうか。

朝飛 もう先程と同じなんですが、太田選手は最初から行かないと言うか、後から見るとちゃんと相手の疲れとか足の位置とかを読んでいるんですよね。緻密な組み手で前に出ながら相手の陣地を奪って、奪って、最後は回り込み際にしっかり決めた。柔道IQの高さを感じました。決めた技は、これぞ浮腰という浮腰。足とかは当たっていないのですが、決めは非常にしっかりしていました。

西森 太田選手の強さも光りましたし、一方で向選手も序盤にラッシュを掛けたり、本気で勝とうという気持ちがすごく見えて、良い試合だったなと思いました。終盤GS延長戦に入って相当苦しい時間になって、そこで絞技が入ったのも必死に逆方向に回って逃げましたよね。ああいうところも本当に最後の最後までワンチャンスを狙う、向選手の諦めない気持ちが見えた。そしてそれを最後に太田選手が根こそぎ持っていったというのも、全日本選手権らしい好試合だなと思いました。

上水 この試合だけは作戦勝ちだなと思います。太田は1年生のときに4年生の向選手と優勝大会の決勝で戦って、引き分けています。向選手のくっついてくる変則の柔道を当時の太田は嫌がっていたんです。1年生だったので対応力もなかったですから、苦労したんですね。それ以来の対戦ということで、現状を整理してあげたんですよね。向選手は久々の試合である、久々の試合というものがどれほどきつかったか、お前は講道館杯で自分自身で体験しただろう、どれだけ想定しても実践と練習と違っただろうと。それならば向選手がどんな戦い方をするかというと、おそらくまず最初に攻め込んで「指導」を誘って勝とうとしてくるはず。この最初の我慢比べのときに圧力をかけ続ければ自然と勝利は転がり込んでくるはず、あとはお前がどこまで我慢できるかだ、と。これを太田がしっかりやったということですね。向選手は太田に組み手で圧力を掛けられるので、そうなると技数で「指導」を取っていけなければいけない。しかし90kg級の選手が技数で3回「指導」を取るというのは相当に厳しい。それでもそれをやるのであれば、GSになった時点で向選手の動きは止まるだろうと。結果としてはそのとおりになったので、この試合に関しては太田の作戦勝ちだと思います。

朝飛 さすがですね。

古田 面白過ぎます。これはやっぱり上水先生に来ていただかなければ絶対に聞けないところですね。また、朝飛先生が仰った、決まり技の浮腰。腋を高く上げてやることで回旋を生み出して振り投げる、本当に上手い技でした。小さい選手はこれをやられると逃げられない、腰に載せられたときに脱力して逃れるとか、釣り手側に返すといった手が打てない。作戦の的確さと遂行能力の高さに加え、瞬間的にこの技が出るセンスの良さも感じました。

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田中源大が飯田健太郎から出足払「有効」

【3回戦 第8試合】
田中源大(近畿・日本製鉄)○優勢[有効・出足払](GS1:23)△飯田健太郎(推薦・国士舘大4年)
飯田が右、田中が左組みのケンカ四つ。飯田が襟を求めて釣り手を伸ばすと、田中両手でこれを腕ごと引き寄せて得意の左出足払一閃。飯田一回転、腹ばいに伏せて難を逃れる。ここから飯田が釣り手を下から内側、田中は外側から持っての引き手争いが続く。飯田釣り手の手首を立て、45秒過ぎから引き手で袖を持つ良い組み手。ここから腰を切りながら時計回りに相手を誘導、引き寄せておいて右内股を打ち込み、反時計回りにケンケンで追う取り味のある攻め。以後の引き手争いも大枠飯田が優勢、田中は左出足払に左内股も飯田しっかり受け止めて効かさせず。飯田が片手のまま体を捌き、田中を反時計回りに引き落とした2分5秒には田中に片手の咎で「指導」。飯田は以後も快走、釣り手を内側から上に通し、優位を作った上で引き手を求め続ける。飯田が敢えて大きく引き手を求め、田中が体を開いて嫌うことが3度、4度と続き、主審は3分3秒田中に2つ目の「指導」を宣告。続く展開、飯田は一瞬で引き手で袖、釣り手で奥襟と完璧な位置を確保。2つの「指導」を抱えてもはや切れない田中を前に持ち続けたまま腰を切る牽制を2度、3度、そこから本命の右内股を仕掛けてと攻め続ける。残り10秒、延長突入を受け入れたか飯田が手先の組み手争いに応じると、田中このエアポケットに左小内刈を叩き込む。上半身の作りなく足だけを打ち込んだ形だったが飯田が大きく崩れ、ここで本戦4分間が終了する。GS延長戦は手先の組み手争いからスタートしたが、田中がGS20秒に片手の左体落から右肩車への連携を見せてペースを上げ始める。田中さらに釣り手を引き寄せながらの左小内刈、左大外刈、右出足払と技を継ぎ、展開は本戦とはかなり異なる様相。田中が奥襟をがっちりつかみ、得意の左体落で飯田を伏せさせたGS44秒には飯田に消極の「指導」。続く展開、飯田これまでと組み手をまったく変えて田中の背中を横から浅く抱く。引き手は双方が袖を持ち合ったまま。飯田は腰を入れて右大内刈、ここから引き手側に流れて右小内刈を打ち込む。しかしそのアフターに合わせて田中が左出足払。ポン、と出した動きは軽いがタイミングも理合もまさに完璧、飯田堪らず崩れ落ち「有効」。これで試合は決着となった。


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開始早々、田中が鋭い出足払。

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決勝点寸前。引き手側に横移動して右小内刈を放った飯田は、一瞬腰を切った形。

古田 田中源大選手対飯田健太郎選手、田中選手がGS延長戦での出足払「有効」で勝利しました。では、西森さんからお願いします。

西森 試合開始早々に、田中選手が出足払で一回転させて腹這いで着地させていますよね。やっぱり田中選手の足技が上手いなという印象でした。そしてなんでしょうね、我々は事前の予想座談会では、飯田選手の決勝進出を予想していたんですよね。

古田 無念です。やはりかなり外していますね(笑)。

西森 最後、田中選手に脇を差して接近戦を挑んでしまったというのが選択ミスだったということになるんでしょうが、もっと俯瞰的な目で見たときに、飯田選手がなかなか勝ちきれない、これだけ潜在能力が高いのに全日本選手権でもまだ上位に行けないというのは一体何が足りないのだろう、と思いながら見ていました。

古田 自分をもっと高く買って欲しいとは思います。とんでもない素材であることを自らもっと信じて欲しい。

朝飛 田中選手の「足払い」は技自体の巧さはもちろん、良い意味でのずるさ、戦略的な部分に唸らされました。組み手と立ち位置を計算して、飯田選手が少し前に出て外に出ながら掛けるのではなく回り込むことを選択するような圧力の掛け方をしているんですね。そして、回り込んで行く足が揃っているところを狙いすまして技を打ち込んでいる。あそこで飯田選手は外に出ながら技を掛けるという選択もあるように見えるんですけど、田中選手はそこまで外に向かって圧力を掛けていないんですよね。回り込みやすい塩梅で圧を掛けて、引き手側に回り込ませているんですよね。もう、してやったりという技でしたね。

古田 なるほど。あのとき朝飛先生の隣の席で私は「その組み手のまま動くのは得策ではない」と言いましたけど、あれは朝飛先生の見立てだと、田中選手がそうさせていたというわけですね。

朝飛 そうです。後から見てわかったんですが、もうああなるべくしてなったシーンですね。凄く上手いというか、ずるいというか。うまく嵌めた技でした。

古田 面白いですね!私にはそこまでわかりませんでした。しかも瞬間飯田選手は腰を切っていましたからね。それは耐えられないですね。…続いて、上水先生、いかがでしょう。

上水 まず飯田選手についてですが、西森さんが仰ったように潜在的には勝ち切る力があると思います。考え方という部分をもう一回突き詰めて、もう少し柔軟に考えることが出来ればそれだけでかなり変わってくるような気がします。そしてこの試合についてですが、「指導2」をリードするまではある程度圧倒的な形でしたよね。それがGS延長戦になった途端に失速していったような、あれ?というような試合でした。何かアクシデントがあったのではと思ったくらいです。怪我、もしくは順調に練習が積めていなかったのか、ガス欠のような状態。この失速ぶりが気になった試合でした。あとは、朝飛先生が非常によく見られているなと思ったのですが、田中選手の出足払について。ただの出足払ではなくて先生ご指摘の通り、伏線があった、誘いながらの技なんですね。そしてなおかつ、彼には非常に癖のある、横振りの体落があるんです。独特の体の強さが生み出す体落ですね。たとえばこれが内股なら飯田君は体の長さで対応できるんですけど、体落だと横振りなのでどうしても腰を切らないと持っていかれそうになるんですよ。それで腰を切ったのかなというようなイメージを持ちました。

古田 なるほど。…そういえば直前の攻防では、体落で大きく崩されてもいますね。

上水 なのでその田中君の凄さというか強さが凝縮された技。そして朝飛先生が「ずるい」と仰っていたように取りどころをよく知っているなというところ。これがミックスされた技でしたね。

古田 なんとも。朝飛先生の「掛けるのではなく回り込ませる圧」、上水先生の「横振りの体落に対する無意識の対応」、いずれも私は現場で見えていなかったことばかりです。旨味たっぷりですね。

西森 飯田選手については、さらなる飛躍を期待したいですね。

古田 4月からは旭化成の所属。この座談会で、度々、旭化成・延岡組の組み手の上手さと成長ぶりについて語ってきたわけですが、外野の勝手な妄想としては、飯田選手、むしろ延岡に行ってみると面白い変化があるかもしれませんね。

上水 一旦環境を変えるというのも一つ手かもしれませんね。

西森 潜在能力の高さは間違いないですから。

上水 高3でGSパリを獲りましたからね。日本代表の井上康生監督や鈴木桂治コーチでもできなかったことですから。モノは、間違いなく持っています。

古田 かつて、IJFに出入りしているFighting Filmのスタッフに、「日本で次に来るスターは誰?」と聞かれて「ハガリュウノスケという名前を覚えておけ」と言ったことがありました。その時は「フーン」とまったく興味を持ってもらえなかったのが、のちに世界チャンピオン。次に同じ会話があったのが、飯田選手が国際大会に出る1年前だったんですよね。「イイダケンタロウを覚えておけ、伝説的な選手になるぞ」と。彼らにもう1回「恐れ入りました」と言わせるためにも、ぜひもう一段の活躍を期待したいです。

<→④準々決勝~決勝に続く>

※ eJudoメルマガ版2月15日掲載記事より転載・編集しています。

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