PAGE TOP ↑
eJudo

令和2年全日本柔道選手権感想戦「令和最初の『全日本』を振り返る」①一回戦

(2021年2月6日)

※ eJudoメルマガ版2月6日掲載記事より転載・編集しています。
令和2年全日本柔道選手権感想戦「令和最初の『全日本』を振り返る」
①一回戦
eJudo Photo
開会式。令和2年大会は72年ぶりの講道館開催となった。

eJudo Photo
座談会はオンラインで行われた。上段が左から朝飛大氏、司会の古田、下段左から上水研一朗氏、西森大氏。

参加者:朝飛大、上水研一朗、西森大
司会:古田英毅(eJudo編集長)

※座談会は1月6日にオンラインで実施されました
→全試合結果

古田 朝飛先生、羽賀龍之介選手の優勝おめでとうございます。その後、お会いになられました?

朝飛 終わってから実家の方に帰って来たので、会いました。なかなか体の痛みが取れなくて。うちのそばにお風呂屋さんがあるんですけども、そこに寄って体を伸ばして、道場に来てストレッチをやるというのを何日間かやっていましたよ。

古田 中1日空いたところで、ツイッターで、「いま筋肉痛がきた」と呟いているのを見ましたよ。

朝飛 その日から何日間かは道場に寄って、体を伸ばしていましたね。怪我しないように、ストレッチ、ストレッチと言いながら。相当体に負担が来ていたと思います。

古田 過酷な戦いだったというのがよく分かりますね。…さて、昨年の好評を受けまして令和2年大会もこの「感想戦」の機会を持たせて頂きました。今回も私はなるべく司会に徹して、お三方に存分に語って頂きたいと思います。まず、それぞれ大会全体のインプレッションを一言ずつお願いします。上水先生からお願いしてもよろしいでしょうか。

eJudo Photo
上水研一朗
東海大学体育学部武道学科教授、男子柔道部監督。2008年の監督就任以来2014年まで同校を全日本学生柔道優勝大会7連覇、2019年まで計11度(2015年より4連覇中)の優勝に導いている名将。斯界きっての理論派として知られる。自身も全日本柔道選手権に3度の出場を誇る。(写真は2019年5月撮影)

上水 インプレッションといいますか、1つまず言いたいのは、今回は控室にIJFの大会で使っているようなモニターがあったんですよ。選手が試合の進行を見ることが出来ましたので、これは非常に助かりました。

古田 いままで、これはなかったのですね?

上水 そうなんです。日本武道館ではなかったんですよ。係員の人が来て、呼ばれて試合場に出ていくことを繰り返すので、会場を行ったり来たりしてまるまる見られない試合があったりします。今回のようにモニターで試合が見られると、いま何試合目をやっているのか、どういう試合状況なのかがリアルタイムでわかる。これは選手にとって非常に良いことだと思いますし、我々もとても助かりました。ぜひ継続して頂きたいですね。

古田 さっそく貴重なインサイドの話を。これはコロナウイルスの感染対策で、控室が違う階にあったからということですよね?

上水 頻繁に行ったり来たり出来ないことに配慮頂いたのだと思います。間違いなく大きな進歩ですので、これはここでまず話しておこうと思ったんです。忘れないうちにまずこれを言わせてください(笑)。

古田 貴重な意見ですね。そんなところにもコロナ禍ゆえ良い方向に転がった、新しいことがあったんですね。

上水 試合全体としては、どの選手もコンディショニングが大変だったのだろうなと感じました。やはり本調子ではない選手が目立ちましたし、特にほとんど稽古が積めなかったはずの警察グループはかわいそうだなというのが正直な印象でした。ただ、そんな中でも大会が無事開催されて、そして全日本選手権らしい、面白い試合が非常に多かったのは素晴らしいことです。無差別でやる大会の意義をあらためて感じました。

eJudo Photo
朝飛大
朝飛道場館長、慶應義塾大学師範。日本を代表する指導者であり、少年柔道指導の第一人者。自身も昭和60年大会に出場、世界選手権100kg級の覇者羽賀龍之介をはじめ多くの教え子を全日本選手権の場に送り込んでいる。(写真は2019年5月撮影)

eJudo Photo
西森大 NHK松山拠点放送局・報道番組プロデューサー。業界では希代の柔道マニアとして名高い。NHKスペシャル「日本柔道を救った男~石井慧 金メダルへの執念」、「アスリートの魂 どんなときも真っ向勝負 柔道 大野将平」などを制作。2016年からは全日本柔道連盟広報委員も務める。(写真は2019年5月撮影)

古田 ありがとうございます。苦しい年にこそ、面白い試合が多かった。まさに同感です。では朝飛先生、お願いします。

朝飛 いま上水先生が言われたんですけど、面白い試合、ワクワクする試合がたくさんありました。しかも会場は講道館の大道場。あの正面の椅子に、本当に嘉納治五郎先生が座られているのではないかと思うくらい、皆さん、礼法とか技に対しての思いがあった試合だなと感じました。

古田 単にお写真の前である、ということに留まらないレベルの緊張感があったと。素晴らしいご指摘だと思います。私もひときわ、「場」を大事にしようとする選手の思いを感じました。では最後に、西森さんお願いします。

西森 まず読者の皆さん、そして出場した選手の皆さんに謝らないといけないのが、今年も予想座談会の予想がかなり外れたことですね。来る前に数えてみたら24試合しか当たっていないんです。例えばウルフ選手の欠場でその後の予想が大きく変わったというのはあるのですが、これは我々の予想を超えて選手の皆さんが奮闘してくれたということだと思います。優勝した羽賀選手が、この予想座談会であまり評価が高くなかったので発奮したと仰っていたようなんですが、

古田 西森さんも試合後、直接やりとりされたそうですね(笑)

西森 はい(笑)。…いろんな選手がそういう風に感じてくれて、持ち前の力以上のものを発揮してくれたのではないかと思いたいです。試合に関しては、事前の座談会でも申し上げたのですが、「全日本選手権」というものの可能性の高さをあらためて感じました。時期、出場選手の枠組みなど工夫することで、柔道の魅力を発信していける大会なんです。

古田 ありがとうございます。今回はコロナ禍もあって色々実験的な試みをすることになった大会なのですが、それがことごとく嵌り、この上なく魅力的なものになった。まだまだ出来ることもあるでしょうし、西森さんご指摘の通り、「柔道」というものの表現の場としての全日本、インフラとしての全日本の潜在能力の高さを感じさせた大会だったと思います。

■ 一回戦
eJudo Photo
藤原崇太郎が田中大貴から大外返「有効」

【1回戦 第1試合】
藤原崇太郎(推薦・日本体育大4年)○優勢[有効・大外返]△田中大貴(近畿・日本製鉄)
両者左組みの相四つ。体格に勝る田中はまず両襟から、藤原は引き手で田中の釣り手を絞って横変形気味に位置を取る。1分過ぎ、藤原が組み際に左一本背負投を仕掛けるが不発。田中は釣り手を低く落とされてなかなか技が出せないが、絞らせたまま大内刈に大外刈と片襟の技で対抗する。残り40秒、田中釣り手を絞らせたまま片襟を差しての左大外刈。しかし藤原躊躇なく返しに出、一本背負投の形に腕を抱えての大外返「有効」。ビハインドの田中大内刈で反撃も藤原がしっかり捌いて時間となる。


古田 では、さっそく試合評に移りたいと思います。まずは藤原崇太郎選手と田中大貴選手によるオープニングゲーム。大外返「有効」で藤原選手の勝利となった一番です。

西森 座談会でも予想していたんですが、藤原選手が非常に巧さを発揮して、田中選手のパワーをうまく封じた。なおかつ勝負どころで田中選手の技を見事に返して、大外返で「有効」を取った。巧さはもちろんのこと、体の強さも感じさせられました。81kg級ということでこの大会では線の細い印象のある藤原選手ですが、やはり率直に強い選手だなと感じました。

古田 技術の高さは我々も折り込み済みですが、あの田中選手を正面から体の力でバチンと止めていましたからね。ど真ん中で受け止めていました。

上水 田中選手は相四つで釣り手を殺されていましたね。いいところを持ちたいけど、持たせてもらえない。そして苦しまぎれの大外刈を返された。これは藤原選手の作戦勝ち。彼はプランニングが本当に優れている。どう試合をやっていくかというところに関しては実戦派。練習ではなかなか見せないところなんですね。

一同 おお。

上水 練習でもいろんなことを試しながらやる選手ではあるのですけど、より実戦のプランニング、組み立てる能力が高い。優勝したから言うわけではないですが、これは羽賀龍之介にも言えるんです。作戦を立てて、それを実行していく遂行能力が本当に高い。これはいまの一流選手の共通した、必要事項なのかなと思います。大野将平選手も然りですね。いまは、「エイヤ」の勢いや、単に強いこと自体で勝つというよりも、作戦をいかに実行していくかが大事。この点でさすが藤原選手だなと感じた試合でした。

古田 ありがとうございます。朝飛先生、一言お願いします。

朝飛 もう先生方が言われた通りなんですが、今大会は、技がしっかりしていることと組み手の上手さ、このふたつが両立して、初めて試合のプランニングが出来るのだなとあらためて感じた大会でもありました。藤原選手はもちろん、同じブロックの石内裕貴選手も小林悠輔選手もこの条件に叶う選手です。石内選手は100kg級の選手で技一発の威力が魅力ですけれども、軽量級とやっても組み手の引き出しで負けていない。組み手が出来てこそ技に繋がると、あらためて思い知らされましたね。

古田 藤原選手の現場の修正能力、勝負どころを見極める勘の凄さを感じた試合でもありました。田中選手は膝を抑える足車だったり膕同士を合わせる大外刈が得意なわけですが、その中で、横変形で釣り手を絞られる形から苦しくなって、1回だけ片襟からの大外刈を見せているんですね。その1回だけ見て、狙いを定めることにして横変形を作って、もう1回片襟の大外刈が来た瞬間に迷わず返しているんですね。皆さん仰るようにベースラインになる幹のプランがあるからこそ、試合の中で臨機応変の対応が出来る。初戦から非常に見ごたえのある試合、いい試合だったと思います。

eJudo Photo
小林悠輔が巧みな釣り手捌き、五十嵐遼介に主導権を渡さない。

eJudo Photo
小林の左内股が「技有」

【1回戦 第3試合】
小林悠輔(東京・旭化成)○優勢[技有・内股]△五十嵐遼介(北信越・新潟県警察)
小林は左、五十嵐は右組みのケンカ四つ。五十嵐は出足払を打ちながら、あるいは進入角度を変えながら緩急を効かせて掴もうとするが、釣り手の有利は常にこれを巧みに捌く小林の側にあり。下から前襟を持って的確に操作、この釣り手を軸に主導権を握る。五十嵐トリッキーな動きも見せて打開を図るが状況変わらず、1分39秒五十嵐に片手の咎で「指導」。五十嵐長い腕を伸ばして奥襟を叩くも小林すかさず釣り手を効かせて外し、窮した五十嵐の右大内刈をかわすなり左内股を合わせて2分3秒「技有」。五十嵐組み際の小外刈を見せて追撃も小林上手く捌き続ける。終盤五十嵐が釣り手で後帯を握って最後の勝負を期するが小林左背負投を仕掛けて流し、大過なし。そのまま時間となる。


古田 山本考一選手が長澤憲大選手に不戦勝ちした第2試合を経まして、第3試合は小林悠輔選手と五十嵐遼介選手の試合となります。

朝飛 小林選手が組み手を完璧というくらいに制していたので、五十嵐選手がなかなか自分の良いところを出すことが出来ませんでした。しかも一瞬両手をしっかり持って、五十嵐選手の力が相手に伝わっていない瞬間に小林選手が掛けているんですね。本当に練れた、しっかりした組み手、そして技だなと感じました。

西森 上水先生、五十嵐選手は32歳で初出場です。教え子の戦いぶりはどうご覧になりましたか?

上水 彼が全日本に出てくれたことは、正直にすごく嬉しかったですよね。よくここまで頑張って出てきてくれたなと思います。学生の頃は81kg級。同期に海老(泰博)と長島(啓太)がいて、なかなか日の目を浴びることができなかった。

古田 充実の学年ですね。

西森 今回も出ている熊代(佑輔)選手も同級生ですね。

上水 彼は勝負強い寝技があって、両襟をつかんでの攻撃が非常にうまい選手でした。実は小林選手とは講道館杯で1回対戦して、あと一歩のところまで追い込んでいるんですよ。この、1度対戦経験があったことがすごく大きかったのではないかと思いました。もともと相手側からすると非常にやりにくい選手で、しかも彼は非常に大きくなって90キロを超えていますから。

西森 なるほど。

古田 強い学年で揉まれた経験、そして体も大きくなったと。

上水 この時は、100キロを超えるクラスの選手が少なかったのですけど、軽重量級、中量級クラスがレギュラーを張って頑張ってくれた世代ですので、非常にあの頃のことを思い出しました。遼介頑張ってくれたなと。小林選手に勝つのは厳しいと思っていたのですが、良い試合をしてくれたなと思っています。

西森 北信越大会ではオール一本勝ちで上がってきていますからね。32歳となっての初出場、本当に立派だと思います。

古田 上水先生の指摘通り、この試合でも何度か組み手の過程を飛ばして両襟を持った展開がありますね。小林選手はそれを下から釣り手で切り離して、相手が右大内刈を空振りしたところに左内股を合わせました。

西森 五十嵐選手、ケンカ四つで釣り手は背中を持ちながら内股にいったり、トリッキーな動きで何とかチャンスを作ろうとしたんですけど、小林選手の釣り手が非常に強力でなかなか技が芯を食うところまで入っていけなかったという印象ですね。ただ、時間いっぱい戦って、五十嵐選手も何とか取りにいこうという工夫が見えました。好感の持てる試合だったと思います。

古田 両襟を持ったり、いなして後ろ帯を取ったりと様々な形を探り、ビハインドになってからきっちりスクランブルも掛けた。北信越をその成績で勝っているのは伊達じゃないなと思いました。両者ともに良いところを出し合った試合だったと思います。

eJudo Photo
野々内悠真が横田雄斗から払巻込「有効」

【1回戦 第4試合】
野々内悠真(関東・京葉ガス)○GS有効・払巻込(GS0:31)△横田雄斗(北海道・北海道警察)
両者右組みの相四つ。正面に立ちたい横田に対し、野々内はやや横変形にずれて釣り手を噛み殺し、ペースを掴む。1分24秒、野々内の右小外刈に場外まで押し出された横田に「指導」。続いて野々内の右小内刈を起点に横田が左大外刈、野々内がこれに大外返を合わせるという攻防があったが両者前に伏せて「待て」。野々内が右小外刈、支釣込足と出して横田を場外まで追った直後の3分19秒、横田に消極的との咎で2つ目の「指導」。このまま試合はGS延長戦へともつれ込む。GS延長戦31秒、野々内が横変形にずれると横田構わず強引に、おそらくは右大外刈を狙って一歩踏み出す。野々内これに合わせて大きく下がりながら軸足を回しこんで右払巻込、膝を捕まえられた横田逆らえず転がって「有効」。初出場同士の戦いは野々内に軍配が上がる。


古田 続きまして第4試合。野々内選手と横田選手の試合です。野々内選手がGS延長戦の払巻込「有効」で勝ちました。後ろ回り捌きの大外返とも取れる技でした。朝飛先生、いかがですか?

朝飛 野々内選手の手の動かし方が上手いなと思いました。横田選手が良いところを持ったと思う瞬間に、また動かしてしまって、最後まで的が絞れなかったという試合に見えたんですね。横田選手もこの年代としてはすごく活躍されていた選手ですし、国士館で鍛えられていてかなり組み手が強いのではないかと思ったのですが、一貫して野々内選手のペースで試合が進んだと思います。しかも最後は投げた。大学を出て、さらに力がついてきているのだなと思いましたね。

西森 釣り手の振り立てが上手かったですよね。

朝飛 非常に。

西森 あれがすごく印象に残りました。さきほど朝飛先生から「組み手の強さが技の威力に繋がる」というお話があったのですが、この2人、ほぼ同体型、同体格で、だからこそ組み手のちょっとした優劣が、最終的にポイントで決するところまでの差になって表れたという印象でした。

朝飛 足もよく動いていましたね

古田 上水先生、いかがですか?

上水 野々内選手が崇徳高校から明治大学、横田選手が国士館高から大学というラインですね。その来歴からわかる通りの「うまさ対決」、その中で野々内君が一枚上回ったかなという感じがしましたね。崇德高校出身らしい良さが出たと思います。もともと彼は81kg級の選手ですが、階級が1つ上がって力強さも増した。実業団になっても着実に成長している、止まっていないなという印象を受けました。

古田 最後は横変形から下がりながら後ろまわりさばきで大きく回した。相四つ横変形の場合に大きく足を捌いて遠心力を使うというのは朝飛先生もDVDでいくつか紹介しておられましたが、組み手の形に応じた技をきちんと準備してきているなと思いました。お互いが組み手に嵌る技を用意していて、その中で自分の欲しい形が作れた野々内選手に勝機が傾いたという格好と思います。欲しい正面ではなく横変形を強いられ、それでも持ち技の大外刈で勝負を掛けようとした横田選手、しかしそこは野々内選手が戦い方を知悉したフィールドであったという格好でした。良い試合だったと思います。

eJudo Photo
後藤龍真が飯田健伍から浮落で2つ目の「有効」。

【1回戦 第5試合】 
後藤龍真(東京・東海大4年)○優勢[有効・浮落]△飯田健伍(関東・京葉ガス)
両者左組みの相四つ。飯田は引き手で襟を突く右構え、後藤は先に釣り手を持って、相手の釣り手をしっかり絞ってやや横変形の位置で試合を組み立てる。絞られた飯田釣り手をクロスに入れながら大内刈、大外刈と放つが後藤落ち着いて受け止め場外へ。後藤は大内刈、内股と入れて横変形がっぷりのまま対峙。1分35秒、焦れた飯田が支釣込足を放つと後藤待っていましたとばかりに浮落を合わせ、時計回りに振り回して「有効」。後藤は以後しっかり間合いをコントロールして飯田に付け入る隙を与えず。残り22秒、飯田は組み際に釣り手を肩越しに入れ、背中を掴みながら支釣込足。しかし後藤これも読んでおり再び振り返して浮落「有効」。そのまま寝技で時間を使い、タイムアップ。


古田 続きまして後藤龍真選手と飯田健伍選手がマッチアップ。浮落で2度「有効」を奪って後藤選手の勝利となりました。上水先生、後藤選手はいかがでしたか。

上水 10月の講道館杯では久しぶりの試合ということで舞い上がっているところがありましたし、準備不足が出てしまったのですが、今回はその反省を生かしてしっかり準備し、初戦からやるべきことがしっかり出来ていたと思います。彼はもともとケンカ四つの方が好きで、相四つはかつて苦手としていたんですよね。ですので飯田選手という一発のある相四つの選手にどういう試合になるかなと思ったんですけど。嫌な組み手、ちょっと傾きながら少し相手の支釣込足を誘うような形にしながら、来たところを合わせる。その作戦がうまく嵌っていたという気がします。講道館杯と比べてずいぶん相手が見えているなという印象を受けました。本人も講道館杯の時は「真っ白になっていた」と言っていましたけど、今回は「相手が見えていました」と言っていましたので、そこは大きな違いだったのかなと思います。

西森 相手の支釣込足にカウンターで浮落を合わせる、というのは準備していた技ですか?

上水 彼はこの技術が上手いんです。一昨年の講道館杯でも西山大希選手と戦ったときにこの技で1度投げているんですよ。その時はポイントになりませんでしたが、今回はちゃんと決め切りました。支釣込足の待ち方が上手くいっていた。相手が出さざるを得ないというか、そういう展開に出来たというのが大きかったかなと思います。

西森 単に浮落にいくだけでなく、内股風に決めますよね。

上水 浴びせるんです。内股風に浴びせていくんですよね。

古田 支釣込足が来た瞬間に、釣り手の肘をあげて一段寄せた。狙っている技、作っている技だなと感じました。

朝飛 いま上水先生が一言仰った「掛けざるを得なくさせている」というのが試合の途中で見えましたよね。
 
古田 飯田選手の方も敢えて右構えから始めたり、あの大きな体で相当癖のある組み手を仕掛けたのですが、後藤選手は動じなかった。嫌わなかったですね。

上水 相四つの受けが向上したんですね。もともとがっぷり持たれることを極端に嫌う、極端に恐れるタイプの選手だったのですが、この部分に自信が持てるようになった。この後の西山選手や羽賀選手との試合でも、がっぷり持たれても「受けてやるぞ」という姿勢で試合が出来るようになっていました。大きな成長ではないかと思います。

古田 支釣込足への浮落は受けに自信がないと出来ない技ですよね。そもそも餌を撒いて待つことが出来ない。後藤選手の巧さと成長、そして「今日はしっかり相手が見えている」ことがわかった試合でした。

eJudo Photo
西本幸弥(左)と高木育純の競り合いが続いた第6試合は11分に迫る熱戦。

【1回戦 第6試合】
高木育純(四国・香川県警察)○GS反則[指導3](GS6:54)△西本幸弥(九州・福岡県警察)
高木が右、西本が左組みのケンカ四つ。開始早々西本が思い切った巴投を放つが高木が落ち着いて潰す。以後は互いに巴投と隅返を仕掛け合う捨身技の打ち合い。抱きついて密着勝負を期する西本に対し、高木がまず距離を取り、釣り手を内から入れて腰を出し入れしながら技に入り込むタイミングを狙うという形。1分9秒、高木に片手の咎で「指導」。2分25秒には西本の側にも同じく片手の咎で「指導」が与えられる。西本が隅返、高木が体落に巴投で攻めるが決定打なく試合はGS延長戦へ。GS延長戦開始早々、流れを掴みかけた西本が激しく寄せると高木は下がりながら巴投に潰れ、これに偽装攻撃の「指導2」。GS54秒、引き手を持たない西本に片手の咎による「指導2」。GS6分54秒、組み合っての攻防から高木が西本を場外際まで追い込み、引き手を外から抱える形に持ち替える好機。西本巴投で流そうとするが高木は崩れずこれを防ぎ、1人潰れた西本に偽装攻撃の「指導3」。初出場同士の対決は高木の勝利となった。


古田 さすが全日本、タイプの違う試合が続きます。高木選手と西本選手の試合です。
GS延長戦6分54秒戦って、「指導3」で高木選手の勝ち。

西森 この試合、予想外したんですよね(笑)。

古田 唯一保留が出た試合ではありましたが、あとから「やっぱり決めよう」ということで多数決を採ったんでしたね。林毅さんが高木選手を推して、私たち3人が西本選手を推したという形でした。

朝飛 高木選手、強かったですね。イキが良い。神戸国際大付高から天理大という経歴が随所に感じられる攻撃柔道でした。そして2人とも実に面白かったですね。試合が長くなったというのは、両方とも良いところを出したのだろうと思います。

古田 11分近く試合しているんですが、長い試合には思えなかった。いつどこで突如試終わるかわからない、面白い試合でした。

西森 高木選手は非常に良い技を持っているのですが、良い形になってから技が出るのが遅かった印象です。もう少し仕掛けていれば展開も早かったと思うのですけど、西本選手の方も相手が来るのを待っての隅返など罠を仕掛けているのが見える試合運びだったので、そのあたりはお互いに難しかったかもしれませんね。

古田 上水先生、いかがですか。西本選手も東海大の教え子ですが。

上水 西本選手はくっつきたい、高木選手は間合いを取りたいという構図の試合でした。高木選手は大学時代からしっかりした柔道をする選手で、袖釣込腰の威力が半端ではなかった。各大学ともマークしていて一目置かれる存在でした。一方西本の「くっつき勝負」も警戒されていた。実はこの2人は全日本学生で対戦しているんですよ。GS延長戦で西本が抱きつきにいって、抱え込んで投げて「技有」。ただこれがベアハグで、「指導」を取られて反則負けになったんですね。ですので、高木選手は西本選手のくっついた時の強さをよくわかっているんですよね。ゆえにうまく間合いを保っていました。西本がうまく捌かれたま、という印象を持ちました。

古田 先ほどの西森さんの「良いところを持っているのになかなかいけない」という観察に、きれいに補助線が引かれましたね。

西森 よくわかりました(笑)

上水 高木選手は西本のやり口をよくわかっていたので、抱えられない程度の距離で、アウトサイドボクシングというか、そういう戦い方にせざるを得なかったかなと。

古田 試合の裏に理由ありということで。非常に面白いお話でした。この全日本学生体重別の来歴を頭に入れてもう1回見ると違う絵が見えてくるかもしれませんね。

上水 2人とも警察官でほとんど練習出来なかったのではないかと思いますが、よく戦いましたよね。

古田 11分戦い切りましたから、あっぱれですね。

eJudo Photo
福本翼が制野孝二郎から左払腰「技有」

【1回戦 第7試合】
福本翼(中国・広島県警察)○GS技有・払腰(GS3:41)△制野孝二郎(東北・皇宮警察本部)
制野が右、福本が左組みのケンカ四つ。福本は両襟で圧力。釣り手を高く保ち、相手の動きに合わせて小外刈を飛ばしながら前に出る。福本30秒過ぎから両襟を掴んでがっちり圧殺、制野打開できぬまま時間が過ぎ、1分15秒消極的との咎で「指導」。制野釣り手で前襟を抑えて引き手争いに誘うが、福本は冷静。制野の釣り手の持ち替えに合わせて前に出、さらに引き落とし潰して、と主導権を取り続ける。3分28秒、やや展開止まったところで両者に片手の咎による「指導」。制野が片手の右背負投、片手の右内股に肩車と仕掛けてなんとか反攻の兆しを見せたところで時間終了。試合はGS延長戦へ。延長は福本が常に組み勝って大枠優位も、制野が片手技で凌ぎつつ後の先を狙う形で対抗。GS延長戦3分41秒、組み際に福本が奥襟を叩くと制野が脇を差して応じる。瞬間福本が思い切り左払腰、制野は体ごと吹っ飛ぶ。空中で拘束が剥がれ、回り過ぎてしまったために映像確認が入ったが、この技が「技有」となって試合は決着。初出場の福本、見事2回戦進出決定。


eJudo Photo
福本の姿勢の良さ、強い組み手は序盤戦のみものだった。

古田 続く試合も警察官同士の戦い。制野考二郎選手と福本翼選手の試合です。

西森 福本選手の立ち姿勢の綺麗さ、惚れ惚れするほどでした。背筋を伸ばした姿勢から体格差を生かしてじりじりと形を作っていく。制野選手はかき回したいということで、肩車であったり小外刈であったり、あの手この手をやるんですが、福本選手が両襟を持ちながら前進してくると最後は手詰まりになってしまい、勝負に出ないといけなくなってあの豪快な払腰を食ったように見えました。福本選手のしっかりした技と綺麗な立ち姿勢が印象的でした。

朝飛 福本選手、今回強さが目立ちましたよね。いま仰った姿勢の良さと技の迫力、いずれも際立っていました。中大の時も強かったですが、より一層強くなっている感じがしました。組み力はもちろん、引き手にこだわり過ぎずに襟から持つことで組み手が早かった。これで試合が福本選手のペースで進みました。制野選手、本来でしたら背中を持ったり肩車を引っ掛けたりもう少し曲者的な仕掛けが出来るかなと思っていたのですが、福本選手の組み手の早さと強さ、距離感の良さでうまく捌かれてしまっていたという印象ですね。

上水 福本選手は国東高校から中央大学。もともと受けが強くて姿勢が良い選手だったんですね、以前、団体戦で戦った時に羽賀龍之介と当たっているのですが、羽賀が投げ切れなくて「指導3」の反則で勝ったと記憶しています。非常に受けのバランスが良く、受けが重い選手です。皆さんが仰った姿勢の良さにこれが集約されていますね。正直なところ、この試合は巧さで制野選手が勝ち上がるのではないかと思っていたのですが、福本選手の地力が勝りましたね。
 
古田 姿勢の良さ、組み手の強さ、そして技の威力。この選手は強いな、芯があるなという試合でしたね。

eJudo Photo
羽賀龍之介が黒岩貴信から内股「一本」

【1回戦 第8試合】
羽賀龍之介(推薦・旭化成)○内股(3:05)△黒岩貴信(近畿・日本製鉄)
羽賀が左組み、黒岩は左組みベースの両組み。黒岩は右構えで試合をスタート。羽賀は釣り手を上から持って黒岩の右腕を潰し、巻き込みを阻止。手堅く試合を進める。1分13秒、黒岩組み際に得意の左払巻込を繰り出すが距離が遠く、羽賀がなんなく潰して「待て」。1分31秒、黒岩今度は右払巻込も両手が離れて潰れ「待て」。ここで羽賀に自ら柔道衣を乱したとの咎で2つ目の「指導」。2分過ぎから羽賀がペースアップ、内股、大内刈、内股と連続で攻める。3分、羽賀は引き手を得ると腰を切っての大内刈。これを起点に釣り手の「手合わせ」に持ち込み、黒岩が引き手を持たせたままこれに応じると見るや、横襟を持つなり一足の左内股。得意の振り子式、防御のタイミングが一間遅れた黒岩なす術なく吹っ飛び「一本」。


古田 羽賀龍之介選手の初戦は、黒岩貴信選手を相手に3分5秒内股「一本」。まず、上水先生いかがでしょう。

上水 2月のグランドスラム・パリ以来の試合。講道館杯を敢えて見送ってこの全日本に的を絞って来たという経緯もありますし、黒岩選手は重量級の実力者で左右の払腰と払巻込を使いこなす難しい相手でもあります。果たしてどういう試合をするのかなと思っていました。出だしは少し見ているなという気がしていたんですね。確か「指導」1つリードされたと思います。

古田 最初が「取り組まない」で両者に「指導」、続いて1分31秒に「自ら道衣を乱した」ということで羽賀選手に2つ目の「指導」が与えられています。

上水 リズムを崩すのではないかと少々心配だったのですが、最後は図ったかのように持っていきましたので、あれも含めての伏線だったのかなと。今回の全日本選手権の全般を見て、あらためて我が教え子ながら、羽賀の恐ろしさを知りました。狙ったところを逃さない、外さない。…彼の長期休養明けは僕の記憶の中では2回あるんですね。1回目は、ロンドンオリンピックの時に肩の手術をしてリハビリをやっていた、大学3年生の(全日本学生柔道)優勝大会から4年の優勝大会までの約1年間。次が2015年12月のグランドスラム東京から翌年7月のリオオリンピックの本番まで、膝の内側靭帯を傷めて試合に出ていませんでした。そして、1度目、優勝大会の時は、今回出ている安田知史選手に見事に担がれたんですね。彼があんな投げられ方をするのは初めて見ました。2度目のリオ五輪もやはりぶっつけ本番で、実力的には金メダルを獲れたと思うのですが、さすがの羽賀でも感覚的なずれが最後まで修正出来なかった。この2回の長期休養明けの印象がありましたので、どういう展開になるのかと興味深く見ていたのですが、経験というのは大きいですね。図ったかのように仕上げてきました。これには感服しました。

eJudo Photo
羽賀が左釣り手で黒岩の右腕を上から押さえ続けていた。

西森 この試合、羽賀選手が釣り手で黒岩選手の右手をずっと押さえていました。羽賀選手はこの試合もそうですし、影浦選手との試合でもそうなんですが、相手の一番の武器を潰しに掛かる。黒岩選手の怖さはあの体で左右をスイッチして大技を仕掛けて来ることだと思うのですが、右手をああやって抑えられると、組み手をスイッチしようとしても起こりの段階で悟られてしまうから、出来ないんですね。怖さが半減してしまった。そうやって相手の一番勝負したいポイントをまず潰してしまう。凄みを感じました。

古田 西森さん、さすが良い見立てですね。惚れ惚れしてしまいます。なるほど。黒岩選手は1度左の払巻込に行ったんですが浅くて全然相手に力が届かないところに落ちている。仕方がないので軽く右の払巻込に行ったんですけど潰れてしまい、もう左右いずれかの餌を撒くことも出来なくなっていた。実はもう、組み手をやりとりすること以外に出来ることがなかったという感じでした。集中が切れて、引き手を持たせたまま手先の攻防に応じ、防壁がなくなってしまったところを見逃して貰えなかった。

上水 彼の組み手がセンサーの役割を果たしているんですよね。相手に入らせないし、行くべきときを見極めたらパンと行く。その間合いがまるで計ったかのよう。こんな選手とは試合したくないなと思いますね。

古田 この試合ではずっと肘を入れていて、最後内股かける時はパッと外しました。その時、黒岩選手、首横の釣り手の攻防に気を取られていて、まったく足元に反応出来ていなかった。…朝飛先生、この試合にひとことお願いします。

朝飛 これだけ褒めていただいて、私はもう、言うことはないです。聞いていて嬉しくてしょうがなかったです。本来は、「指導」2つ取られていてちょっとドキドキしていたんですけど、いまお聞きしていて、なるほど、と思いました。

古田 解説席でも、この試合の時は少々緊張されていらっしゃいましたね。ありがとうございました。羽賀選手の滑り出しは上々。西森さんの「一番強いところを潰す」という見立て、上水先生の2回の長期休養があった経験値ゆえの好滑り出しという解説、大変興味深かったです。

eJudo Photo
佐藤正大が七戸龍から一本背負投「技有」

【1回戦 第9試合】
佐藤正大(関東・自衛隊体育学校)○GS技有・一本背負投(GS5:30)△七戸龍(九州・九州電力)
両者右組みの相四つ。佐藤は左構えで距離を取り、七戸の釣り手の袖を抑えて噛み殺しに掛かる。46秒、これを嫌って組み手を叩き切った七戸に「指導」。1分30秒、これまでなかなか良い形で組めなかった七戸がついに引き手を一方的に得、左小外刈。しかし佐藤は危機を感じて先んじて担ぎ技の形で反転しており、腹ばいでなんとかこらえる。七戸はなかなか技が出し切れず、佐藤が右一本背負投を見せた2分55秒には2つ目の「指導」失陥。このまま試合はGS延長戦へ。佐藤は七戸の組み手の勘どころを巧みに外しては担ぎ技。七戸得意の遠間からの右大内刈も外し、そのまま右払巻込に連絡して展開を譲らず。しかしGS延長戦1分52秒、組み手にこだわった佐藤に「取り組まない」咎による「指導」。GS2分59秒、佐藤が相手の袖口絞りをアピールしたところに七戸が片袖の右大外刈。場外に逃れた佐藤が掲示板に激突、直後佐藤に消極的との咎で「指導2」。スコアはタイとなる。GS延長戦が5分を超えたところでの攻防、七戸は片襟による反則を警戒して釣り手をいったん離してしまい、これを持ちにいかんと前に出たところに佐藤が右一本背負投を合わせる。七戸の長い体がごろりと転がり「技有」で熱戦決着。


古田 続いて佐藤正大選手と七戸龍選手の試合。総試合時間9分30秒、実に見ごたえがありました。ちなみに「予想座談会」ではこの勝敗、外してしまいました。

上水 相四つですから、私も最終的には七戸選手に分があるのかなと思っていました。佐藤選手は81kg級の選手ですけど、今回ちょっと増量していましたかね。力強かったですね。 受けが安定していて、担ぎ技に非常な力強さがあった。あの七戸選手がなかなか勝負に出る間合いに入れなかった。入ろうとしたら担がれてしまう怖さがあったのかなと。結局最後は担がれましたからね。そこは。良さが殺されてしまった気がしました。

古田 朝飛先生はいかがですか?

朝飛 これこそプランニングだなと。本当に、佐藤選手が上手いとしか言いようがない。組み手ばかりになって相手の意識が上に集中したと見ればすかさず低く膝下に潜り込む背負投で攻める、といった具合で本当に周りが見えている。こちらを意識づけたらこういう入り方、こういう組み手に来たらこういう入り方と、全部頭の中に入っていたように見えました。プランニングの勝ちだなと思いました。

古田 西森さん、いかがですか?

eJudo Photo
七戸が遠間からの右大内刈、しかし投げ切るには至らなかった。

西森 そうですね。何回か七戸選手が大内刈に入ったんですけど、追い切れないんですね。そのあたり七戸選手の全盛期と比べるとちょっと落ちてきたなとは感じたのですが、とはいえ何度となく佐藤選手が危ないところをきちんとしのいで、相四つで、これだけリーチの差がある中であの試合を遂行するのは凄い。地力の高さと肝の太さ、両方を感じました。

古田 七戸選手、いま仰ったような遠間からの大内刈であったり、引き手を織り込んでおいての抱きつきであったり、片襟から半身で大外刈出せそうな間合いを作ったり、何度か勝機と見える瞬間があったんですが、すべて佐藤選手が防いだり、アフターで技を仕掛けて自分の展開で終わったり、勝負の揺れどころを決して渡さなかったですよね。

西森 途中で佐藤選手が自分の頬をパンと叩いたり、高校時代に福岡で仰ぎ見ていた七戸選手に対する、なんとしてもここで超えてやるという思いを感じましたよね。

古田 佐藤選手のプランニングの巧さと異常な作戦遂行力の高さ。非常に見ごたえのある試合でした。

eJudo Photo
佐々木健志が古田伸悟の隅返をかわし、あっという間に抑え込む。

【1回戦 第11試合】
佐々木健志(東京・ALSOK)○崩袈裟固(2:33)△古田伸悟(近畿・日本製鉄)
佐々木は右、古田が左組みのケンカ四つ。14秒、古田が良いタイミングで左小外刈を放つが佐々木は右内股で弾き返して動ぜず。佐々木は釣り手を下から突き、じっくり試合を進める。佐々木が右背負投を仕掛けた直後の1分42秒、技が出ない古田に「指導」。打開を期した古田は釣り手で背中を横抱きに迫り、隅返一撃。しかし佐々木は空中でバランス、素早く被って態勢を整え、腕一本を抱えての崩袈裟固。相手の足側を向いたまま抑え切り、「一本」。


古田 そして不戦1試合を挟みまして、来ました。佐々木健志選手と古田伸悟選手の試合です。存分に語っていただきましょう。

西森 上水先生、佐々木選手の今回の活躍、これくらいやると事前に思っていましたか?

上水 ここまでとは思っていなかったですね。ただ、結果論と言われるかもしれませんが、正直なところベスト8までは行くかなとは思っていたんですよ。垣田選手も加藤選手も、共通事項として自分より大きい相手には強いが、小さい、あるいは同等の体格の選手に関しては、分がよろしくない面があると思ってはいたんです。ですので準々決勝までは行くのではという予想はあった。ただ勝ちっぷりが半端じゃなく良かったですから。これはもちろん冗談ですけど「休養期間にドーピングでもしたんじゃないか」と笑い話が出るくらいのインパクトでした(笑)。控室がこれは凄いとざわついていましたね。

西森 柔道衣の上から見ても体が膨れ上がっているのが感じられましたからね。

古田 試合場に入ってきた最初の感想は「でけえ」ですからね。聞くところによると試合の直前のウォーミングアップで香川大吾選手と乱取りして、4分間で2回投げたらしいですよ。香川選手いわく「だからあの日はもう1人重量級選手を破っているんだ」と。強さはもちろんですが、それにしても全日本の本番前に香川選手に乱取りを挑みますかね。恐ろしいですよ。

朝飛 佐々木選手はインパクト強かったですね、今回。

上水 古田さんも「評」で述べられていましたけど、結果としては全日本の名物選手を2人、全日本王者を2人破ったわけですから。

eJudo Photo
古田が左小外刈も、佐々木が右内股で弾き返す

西森 この試合も、ファーストコンタクトが凄かったですよね。古田選手が良いタイミングで左小外刈に入ったところを佐々木選手が右内股で弾き返しましたからね。「今日の佐々木は凄いぞ」と思わせるのに十分な立ち上がりだったですね。

上水 この休養期間中に自分の柔道をだいぶ見つめなおしたのではないかという気がしました。コロナ前の一昨年の講道館杯やグランドスラムを見ている中では、ちょっと「軽さ」が気になっていたんですよね。強いけど飛ぶなと。もちろん減量もあると思うんですけど、そこが改善されていたなという気がします。寝技という絶対的な強みを生かす方法をもう一回洗いなおしたのかなと思いました。自信持っていましたよね。

古田 相手の体格もあるんでしょうけど、今回は「抱き勝負」をやっていないですもんね。担ぎと寝技というモードに切り替えていました。

朝飛 佐々木選手、自分が現役の時にこういう気持ちで試合をしたかったなと、うらやましかったです。自分のことを信じ切って、自分の技を出し切るということ自体がプランになっていたと思うんですよね。それを淡々とこなして、結果として勝っていくという感じ。王子谷選手を投げて勝ったあとも少しも喜ぶ様子がなかった。加藤選手や垣田選手を抑えたら顔に少しは「よっしゃあ」というところが出そうなものですけど、一切ない。淡々とひとつずつ、こなす。この気持ちで全日本を戦えるのは凄い。うらやましい。これに、上水先生がよく仰る「我慢」、5回か6回勝たないと優勝まで辿り着かないこの全日本の中で、行こうとする瞬間とか切ろうとする瞬間とか、その隙間が見えてきたらもう鬼に金棒ですよね。

上水 朝飛先生の仰ることはよく分かりますね。これだけの度胸、欲しいですよね(笑)

朝飛 自分は全日本の舞台に立てたという喜びだけでやっていたような気がするんですけど、佐々木選手の気持ちは既に全然違うところにありますよね。

西森 最初の小外刈を内股で弾き返した場面、そしてこれは古田さんが早出しコラムにも書いていたんですが、相手と組み合ったままテーピングを足でちょんちょんと払ってどけた場面。…普通そんなことおっかなくて出来ない、それを平然とやる肚の太さ、そして相手が隅返に来たところを「得たり」とばかりに入る寝技のスピードですよね。この3つどれをとっても「佐々木おそるべし」というのが伝わる、非常に印象的な試合でしたね。

古田 朝飛先生仰った自信もそうですし、いい意味での思い込む力の強さがありますよね。「自分は全日本で優勝するタマなんだ」と、心底信じていることが試合ぶりににじんでいました。佐々木選手、今日はやるぞ、すごいぞということが存分に伝わった試合でした。

eJudo Photo
杢康次郎が澤建志郎から隅落「技有」。

【1回戦 第12試合】 
杢康次郎(関東・神奈川県警察)○大内刈(3:12)△澤建志郎(北信越・石川県警察)
杢が左、澤は右組みのケンカ四つ。杢は釣り手で前襟を持ってしっかり間合いを取り、引き手も袖の外側を制して主導権をしっかり確保。釣り手の持ちどころが定まらない澤は背中を浅く掴み、場外際で右内股。しかしこれを待っていた杢は得意の隅落で綺麗にめくり返し、1分14秒「技有」。続いて杢は左「韓国背負い」、澤が腹ばいで着地したところを横三角で攻め、危なげのない試合運び。3分12秒、杢が左大内刈から左小内刈と素早く繋ぎ、さらに本命の左大内刈へと連絡。澤は右後隅に吹っ飛び鮮やか「一本」。


古田 警察官同士の対戦。杢康次郎選手と澤建志郎選手の一番です。杢選手が隅落「技有」と大内刈「一本」で勝利しました。

朝飛 上水先生、「大内・小内・大内」だったじゃないですか。東海大の選手は本当に巧いですね。みんな「大内・小内・大内」と当てる。相手がどちらに体重を掛けようかと思っているうちにもう刈り切っていますよね。

上水 これに関しては、“羽賀塾”だと思いますね。杢はずっと羽賀の打ち込みパートナーだったので、羽賀の反復練習を嫌というほど受けているんです。彼も大学に入ってぐっと伸びた選手なんですね。中学の時は全中2位で非常に良い選手だったんですが、高校時代少し停滞して、自信を失って大学に入ってきた感じでした。非常に真面目で、成功体験を積まないと自信にならないタイプの選手だったんですね。それがちょっとずつ自分は出来る、もうちょっといける、やってみたら出来たというサイクルを繰り返して、いつの間にか力をつけてきた。この過程で常に羽賀の打ち込みを受けて来ましたから、彼の良さを存分に学んだのではないかと思います。朝飛先生が仰った「大内・小内・大内」はまさにお手本通り。杢の努力はもちろんですが、”羽賀塾“の影響が大きかったのではないかと。そして、非常に良い試合だったと思いました。

西森 上水先生、杢選手は受けが強いのではないかと思いましたが、そのあたりどうですか? 

上水 彼はうちの基礎練習、受けを中心とした基礎練習を一つも手を抜かない。真面目な子で、名前の通り黙々とやるんです。その成果が4年間着実に積みあがっていったかなと。

西森 なんで受けが強いのかを聞いたかと言いますと、大野将平選手の番組を作っているときに、大阪府警への出稽古の時に大野選手と杢選手が乱取りして、重量級がぴらぴら投げられている中で、杢選手だけそんなに投げられずに終わっていたんですよ。あれが非常に印象に残っているんです。また、今回思ったのは、相手に技を掛けさせてめくり返すのが上手いじゃないですか。

上水 上手いですね。

西森 あれも受けに自信があるから出来るのだろうと思って。受け、そして羽賀選手仕込みの攻めと両方あるから面白いですよね。

上水 着実に積みあがってきた選手ですね。ぼんと一気に伸びた選手ではなく一つ一つ、積み木を積み上げたような選手なので、逆に言うと簡単に崩れないと思うんですね。最後は全日本の予選の関東選手権でも優勝、とても優勝するなんて思ってもみなかったので驚きましたけど、西森さんが仰る通り、積み上げた受けの強さに、羽賀の良さを見よう見まねで自分のものにしていった攻撃力。そういうものの集大成だったと思います。今回は相手の澤選手も警察でお互い環境が整っていなかったと思うのですが、この状況がもうすこしもとに戻っていけばまだまだ面白い存在でいられるのではないかと思います。

古田 攻めも守りも、杢選手の柔道の来歴が凝集された試合だったわけですね。

上水 そう思います。

eJudo Photo
石原隆佑が大町隆雄から裏投で2つ目の「技有」

【1回戦 第13試合】
石原隆佑(北海道・トーエー企業)○合技[小外掛・裏投](3:31)△大町隆雄(中国・山口県警察)
石原が左、大町は右組みのケンカ四つ。石原が強気に奥襟を叩き、大町が横抱きに背中を掴んで応じる激しい組み手争い。その際額がぶつかり、両者流血して試合が中断する。再開後は再び背中を掴み合っての密着勝負、その中で石原が袖口を握ってしまい1分42秒「指導」。2分半過ぎ、大町が右小内刈を仕掛けると右足で受け止めた石原突如頽れ、負傷したかしばし立ち上がれず。3分3秒、両者が釣り手で背中を抱えあっての引き手争いから、石原が引き手で脇を差して左小外掛一撃。待ち構えていたはずの大町一瞬耐えるも捌き切れず、後方に吹き飛んで「技有」。残り時間1分を切るが、リードした石原は逃げ切りを図るどころか、逆に相手の腰に低く食いついて密着勝負を期す。虚を突かれたか大町はやや腰高、払巻込でいったん展開を切ろうとするが石原ここに思い切った裏投一発。大町抗するには体勢が中途半端、そのまま真裏に吹っ飛び「技有」。3分31秒合技「一本」で石原の勝利が決まった。


eJudo Photo
うずくまる石原。おそらくこの時に脱臼した肩を入れなおしている。

eJudo Photo
石原の左小外掛「技有」

古田 流血の大熱戦となりました、石原隆佑選手と大町隆雄選手の試合です。石原選手が小外掛と裏投で2発投げて合技「一本」でした。…この結果、皆さん予想されていましたかね。

西森 大町選手の順当勝ちと予想していましたよね。

古田 無理からぬところですよね。石原選手の活躍は今大会最大のサプライズでした。

朝飛 思い切りの良さが凄いですね、石原選手は。流血してからなおさら元気が出ているように見える。これはプロレスラーでもいけるな、すごいなと。また気風が良いというか「魂」のある試合だなと思いました。自分が出来ることをまず表現しようという覚悟を感じました。

西森 途中でどこか痛めてタイムを取ったじゃないですか。あの時、「足かな?手かな?」と思ったんですが、あの時右肩の脱臼を入れていたみたいですね。大会の数日前に調整練習で脱臼したそうで、既に大町選手とやる時は、脱臼を入れた状態でテーピングして出てきていたようです。 

古田 小内刈をパンと受けて膝を着いたのですが「なんでそこで痛むの?」という場面ですよね。明らかに足ではなく、どこか怪我を抱えている感じだった。あそこでうずくまったのは、脱臼した右肩を嵌めていたんですね。

西森 そうですね。朝飛先生が「魂」と仰いましたが、まさに物凄い気迫を感じました。

古田 抱き勝負に大町選手が応じて、むしろ後襟に四本指入れて、大町選手の方が裏を取るぞという態勢で待ち構えているのにまったく引かなかった。皆さん仰る通り、気風の良い試合でした。応じる大町選手もさすがでしたが、石原選手、これは何か面白いことをやってくれる選手が来たぞと予感させてくれる試合でした。

eJudo Photo
小川竜昂が安田知史から大外落「一本」

【1回戦 第14試合】 
小川竜昂(近畿・日本製鉄)○大外落(0:52)△安田知史(九州・福岡県警察)
小川が左、安田が右組みのケンカ四つ。小川開始早々に体落から内股に連絡する激しい攻め、安田が腹ばいに伏せて「待て」。以後も小川が前に出、体格差もあって安田はこれを捌きかねる印象。安田は左構えにスタンスを取り、左引き手で前襟を得るが、ゆえに小川の引き手に袖を与えることとなってしまう。安田これでは危うしと慌てて左手を戻すが切り離せず、小川が一方的に引き手で袖を抑える形となる。機と見た小川釣り手で脇を差して思い切りの良い左大外刈、安田が耐えると刈り足を着いて踏ん張り直し、勢いを殺さず上体を捩じってフィニッシュ。豪快に決まったこの技は「一本」。


古田 安田知史選手と小川竜昴選手の試合。小川選手の大外落「一本」です。最後は捩じったので体落という解釈でもいいかもしれませんね。

朝飛 安田選手。先ほども話に挙がった、かつて全日本学生優勝大会で(羽賀)龍之介を投げた時のインパクトが凄く強かったので、これはこの大会でも大暴れするのではないかなと期待していたのですけど、やはり小川選手の調子が良いんですね。あの一瞬をしっかりものにして、しかも決め切った。小川選手はきょう相当やるだろうなと思わせる試合でした。安田選手は上手く組み手で抑えられて間合いを取られ、動けなかったですよね。

西森 ケンカ四つなんですけど一瞬安田選手が左(相四つ)に組んでしまって、そこで持たれたんですね。小川選手は超攻撃型なのでで、不十分な位置でも、釣り手を脇に刺したまま大外刈にいってねじり倒すような体落にいった。体格差があるにしてもなかなかそこまで強引には出来ないだろうと思うのですけど、それをやった小川選手の思い切りの良さを感じましたね。

古田 安田選手が自分の方が小さいのに、ケンカ四つで引き手から、しかも襟から持ってしまったんですよね。それにしても皆さん仰る通り小川選手、あの遠間から行く思い切りの良さには感服しました。投げられると見れば躊躇なく行く、超攻撃的型・小川選手の面目躍如という一撃でした。

eJudo Photo
下和田翔平と近藤弘孝の長身対決は大外刈の撃ち合い

【1回戦 第15試合】
下和田翔平(関東・京葉ガス)○GS反則[指導3](GS2:11)△近藤弘孝(東海・愛知県警察)
身長192センチの下和田、同193センチの近藤ともに左組みの相四つ。近藤は奥襟を叩いて横変形、形上組み負けた下和田はしかし軽挙せずじっくり対峙。近藤は組み際の右大外刈に右内股、下和田は右大外刈を仕掛けて攻め合う。2分、徐々に組み勝つ場面の増えた下和田が、組み際に引き手を得るなり奥襟を叩きながら右大外刈に飛び込む。明らかに勝負技であったが、近藤これを後ろ回り捌きの大外返に捉え下和田は足を大きく上げて宙を舞う。あわや「一本」と思われたが下和田が身を翻して着地、腹ばいで落ちてノーポイント。ここから下和田が組み勝っては小内刈、大外刈と攻めて2分45秒近藤に「指導」。このまま試合はGS延長戦へともつれ込む。GS延長戦26秒、下和田の大内刈に押し出された近藤に場外の「指導2」。組み手の優位は下和田にあり、瞬間的に組み負ける場面があっても敢えて激しく動かず、じっくりと直し続けて状況を積み上げる。下和田が組み勝って引き落とす形が2度続いたところで主審が試合を止め、近藤に消極的との咎で「指導3」。熱戦ここに決着した。


古田 下和田翔平選手と近藤弘孝選手の長身対決。GS2分11秒「指導3」で下和田選手の勝利となった試合です。上水先生、また教え子さんの試合ですね。

eJudo Photo
近藤が大外返も、下和田が身を翻して腹ばいに逃れる。

上水 近藤は大学2年生の時に大活躍、東京学生で優秀選手を取って大ブレイクした選手なのですけど、肩を痛めて力を発揮できなくなって、最終的には手術をしたんですね。持っているものはとても良いのですが、性格が非常に優しいんです。これにたとえば佐々木選手くらいの気持ちの強さがあったら無敵ではないかくらいのものを持っている選手でした。あれから時間は経ちましたが、よくぞ東海地区を勝ち抜いて全日本に出て来てくれたと思います。下和田選手とも良い試合をしたんですが、ちょっと準備不足だったかなと。最後ちょっとバテてしまいましたね。途中で1回大外刈を返す惜しい場面がありましたが、そこで決め切れなかったのが最後まで響きました。ただ、愛知県警という環境で着実に、自分がやるべきことをやってきているのだなと思いました。

朝飛 上水先生、肩の手術をしたのは3年生の時ですか?

上水 4年生の時です。彼は我慢強かったので不十分なまま無理をして続けていたんです。力を発揮出来ない状況が続いていたので、何かあるのだろうとは思っていたのですが。

朝飛 予想座談会の時に東京学生でブレイクしたという話をしたんですけど、その後なぜ活躍出来なかったんだろうという話題になりました。いま分かりました。怪我をしていたわけですね。

上水 肩のうしろの関節唇ですね。支えているところが半分くらい削れていた。それで形成手術を受けたんです。気づいてやれなかった私の責任です。万全であれば、彼はもうちょっと力を発揮できた。人が善いので、怪我したときの稽古相手を気遣って言えなかったのかなという気もするんです。4年生の個人戦の校内予選がすべて終わってから本人から申し出がありました。そこでしっかり治して、いまは力を発揮できるようになって来ているんですね。

朝飛 これからもまた楽しみですね。全日本に出てきますね。

上水 はい。まだまだやれると思います。

西森 試合自体は、長身の2人の対決で非常に面白かったですね。お互い大外刈の掛け合い。途中から下和田選手が近藤選手の良さを消す作戦に切り替えた。引き手で脇下を取って、ちょっと横変形に構えるようになって。そうすると近藤選手が大外刈を掛けにくくなって手詰まりになりました。ああいうところに下和田選手のキャリア、経験値をすごく感じました。

古田 非常に見ごたえありました。西森さんが仰ったように下和田選手が途中から相手の良さを消しに行ったわけですが、甚だしきはGS延長戦になるとちょっと組み負けても敢えて余計なことをしないんですよね。「指導2」既に取っているし、大きく動いてチャンスを与えてしまうよりは、焦らずじっくり“消して”勝つ。下和田選手らしい巧さ、経験値を感じました。

西森 近藤選手、内股も良かったですし、上水先生が仰ったように、大外返で1回転させた場面もありましたし、来年また見たいと思わせてくれる試合ぶりだったと思います。

eJudo Photo
永山竜樹が河坂有希から右小外刈「有効」

【1回戦 第16試合】
永山竜樹(推薦・了德寺大職)○GS有効・小外刈(GS2:11)△河坂有希(四国・愛媛県警察)
永山右、河坂は左組みのケンカ四つ。永山は釣り手で前襟を持って突き、河坂は外側から背中を抱きに掛かる。河坂低く肩車も永山が落ち着いて捌き、1分12秒には両者に片手の咎で「指導」。永山は引き手を得ると右内股、さらに左一本背負投と攻め、河坂は肩車と体落で応戦。残り10秒、河坂が片手の内股で浮かせるが永山腹ばいで着地「待て」。試合はGS延長戦へともつれ込む。GS38秒、河坂の圧を嫌って下がった永山に片手の咎で「指導2」。奮起した永山は片手の右内股と左一本背負投で展開を立て直し、GS1分58秒には河坂にも2つ目の「指導」。直後の組み際、永山が両手で組みつきながら得意の右小外刈を引っ掛けると、崩れた河坂が思わず左膝を着く。永山見逃さず体ごと飛び込んで乗り上げるように捲り「有効」。大会最軽量の永山、見事全日本選手権初勝利。


古田 続きましては注目対決、永山竜樹選手と河坂有希選手の試合。GS延長戦、永山選手が抜き上げるような右小外刈で「有効」を取って勝ちました。

朝飛 上水先生、永山選手は重い選手とも練習をやるわけですか?

上水 永山はうちの100kg級とか90kg級の選手とやっても、練習では全く遜色ないんですよね。

一同 なんと…。

上水 見ていて恐ろしいくらいです。もちろん投げられることもあるのですけど、結構投げます。1年生なんかは、なんだこの強さはと面食らってますね。全日本選手権の最中に、引退したばかりの中矢(力)と話すと「竜樹はやっぱり強いですよ」と。「73kg級だった僕が組んでも『こいつ強いな』と思いますもん」と。髙藤は上手いけれども、永山は正直に強い、と言うんですね。問答無用の強さ、根こそぎ持っていく力があるんです。本人もそれがわかっているから挑戦したと思うんです。ただ、この1回戦が終わった後に「どうだった?」と聞いたら「予想以上にきつかった」と。ブランクがあって久々の試合であることと、やっぱりこの体格で本気の中量級の選手とやるというのは物凄くきついことなんだなと思いました。練習では、大きい選手が小さい選手とやるときには無意識に遠慮が入りますけど、試合ではそういうことはありませんので、そのきつさは感じたんじゃないかなと思いました。で、投げるとしたら潜り込んでの小内刈か、小内巻込か、あの小外刈かなと思っていたんです。内股、大外刈、背負投ではなかなか持っていけない。あの足を引っ掛けるところは上手かったですね。

古田 そこまでの強さ!永山選手は60kg級の選手ですが、この先全日本の名優、毎年沸かせる「全日本男」になるかもしれませんね。

上水 出場さえ出来れば面白いかもしれません。相手は嫌だと思いますよ。

朝飛 相手の河坂選手は90キロ以上あって、3回目の出場なんですよね。その選手とやって「意外ときつかった」という言葉が凄いなと思いました。自分のプランの中にはもう少し早くあの小外刈が出せたとか色々あったのでしょうね。重量級と練習している強みを感じました。

上水 朝飛先生は小学生を中心に見られているから分かると思うんですけど、152、3センチというのは、小学生の身長じゃないですか。

朝飛 そうですね。下手をすると、小学生でも小さいほうかもしれない。

上水 それであれほどの爆発的な力を持っている選手とやる経験は、大人にはないじゃないですか。小学生相手には力を抜いて受けてやりますし、あの体格の選手を相手に全力を出す方法を大人はそもそも知らないと思うんですね。次の試合の飯田選手もあれだけ苦戦するとは正直思わなかったんですけど、考えてみると、そもそもこの体格の相手に全力を出すという経験自体がないはずですから、どうやって技を掛ければいいかわからないと思うんですよね。

西森 飯田選手の時は、私も同じことを感じました。内股に行って透かされそうになった。こういう小さい選手とやるには、やはり外側からの技、大外刈や払腰が有効だと思うのですけど、普段小さい選手と稽古していないからつい内股に行ってしまったのではないかと思いました。後半では修正して払腰できれいに一回転させましたね。普段軽量級、あるいは体格の違う選手と稽古することは大事だなと感じました。

eJudo Photo
河坂は軽量級の永山に対し敢えて横抱き、体勢を低くして対峙した。

古田 確かに異世界ですよね。その身長の人間と稽古をした経験はあっても、その身長でフルマックスでやらなければいけない相手、大人のパワーを出す相手と稽古する経験は、普通はない。そもそもそういう人間がいない。なるほど納得です。…一方の河坂選手は自分を大きくする柔道を取らなかったですね。敢えて低く構えて、横抱きで試合を進めました。

上水 河坂選手も永山の良さをしっかり消していました。場外に押し込んで永山の前技、回転系の技を凌ごうという意図が見えましたよね。これが永山にボディーブローのように効いて来ていました。かなり疲れたと思います。同じ階級だったら足車や内股で持っていけるのですけど、さすがにそれは届かない、かといって潜ろうにも潜れない。河坂選手は対永山の戦術をしっかり練って来ていました。漠然と戦うのではなくて、永山の嫌なところをきちんと突いて来ていました。

西森 実際に「指導2」は先に永山選手に与えられましたからね。巧いなと思ったのは永山選手が本戦では内股と左一本背負投で攻めたんですけど、GS延長戦に入ってからモードを変えて小外刈を織り交ぜていった。ひとつ、河坂選手の想定を上回るものを隠していたという風に感じました。

古田 そして、ついにエアポケットが出来た瞬間を見逃しませんでした。このあたり、世界のトップ選手はやはり違うなと思いました。

上水 よく決め切りましたよ。

古田 相手が膝を着いた瞬間に、勝負はここだとばかりに95キロの相手に飛び込んでいきましたからね。…上水先生の話をお聞きして、ひょっとするとこれからの全日本選手権「永山列伝」の最初の試合になるのかもしれないと、きょう初めて思いました。

eJudo Photo
尾原琢仁が巧みな組み手と足技の連動で、世界ジュニア王者・松村颯祐を完封

【1回戦 第17試合】
尾原琢仁(九州・旭化成)○GS反則[指導3](GS4:15)△松村颯祐(東京・東海大3年)
松村が右、尾原が左組みのケンカ四つ。尾原は組み手巧みに松村を間合いに入らせず。両襟から蹴り崩して松村を伏せさせ、以降は尾原が上、松村が下から釣り手を持っての攻防。ともに圧を掛けながら引き手を探り合うが、尾原の巧さが勝る印象で松村なかなか持ちどころを定められない。足技の牽制が続き、2分42秒には両者に消極的との咎で「指導」。その後も展開大きく動かぬまま、試合はGS延長戦へ。尾原が釣り手の袖を抑えると松村応じて持ち返して上から絞るが、これが反則となってしまいGS48秒松村に「指導2」。直後尾原が組みつきながら支釣込足を放つと、一方的に持たれた松村思わず膝を屈して潰れ、苦しい状況。奮起した松村続く展開で右小内刈を当てて崩すと横三角のフェイントから腕挫脚固。これは決まるかと思われたが、尾原が巧みに肘をずらして「待て」を引き出す。ここから試合は再び膠着、試合時間8分を超えたところで両者に「指導」が与えられ、尾原の勝利が決まった。


古田 次の試合は、松村颯祐選手と尾原琢仁選手の試合です。少々意外な展開というか、松村選手が思った以上に手が出せなかった試合でした。

上水 尾原選手は旭化成に入って、確実に細かいことが出来るようになって来ている気がします。いまの監督が、私の教え子の吉田優也で、今回3位になった石内選手にも感じたのですが、延岡で非常に緻密さを求めた練習をしているのではないかと思いました。尾原選手はもとから強い選手でしたが、きちんと相手の釣り手を殺すとか、圧力をかけて、相手が組みに来そうな時に足を払って出鼻を挫くとか、そういう細かい技術が決して巧いタイプではなかったんですね。それが、まさにそういった細かい技術、緻密な技術で今回は完封。松村の方は良いところをまったく出させてもらえない、まさに完敗でした。もう少し組めるはず、組み合っての勝負が出来るはずと思っていたところが、良いところを一切持たせてもらえず、組むことが出来なかった。考え方自体が甘い、準備がまだまだ足りないと教えてもらった試合でした。良い勉強になったと思います。

古田 確かに、尾原選手の組み手と足技の連動は素晴らしかった。松村選手は間合いに入れませんでした。

西森 仰る通り、旭化成、特に延岡組の充実を感じますね。エリート組、本社組でないところですね。彼ら延岡組が良い練習して、全体の底上げが出来ている。

上水 旭化成はベスト8に5人。後藤(龍真)も4月からお世話になりますから、実質上位8人中6人を占めたわけです。大変なことですが、それだけの根拠があると思います。のっけに朝飛先生がおっしゃったように、作戦というものは組み手の基礎的な部分、細かい部分が出来て、初めて立てられるものです。組み手が出来ないとそもそも何も出来ない、作戦を立てる以前の段階です。練習の中にこの基礎的な部分、緻密さを取り入れているのではないかと思います。少なくとも、ただがむしゃらに練習をやっている、そういう印象は持たなかったですね。

古田 ところで、途中で松村選手、腕挫腹固というか腕挫脚固を試みましたが、あれは普段から練習しているのですか?

上水 ああ見えて寝技が結構好きなんですよ。ご指摘の場面、あのチャンスを決め切れなかったのが最後まで響きましたね。…松村が面食らったのは、尾原選手の想像以上の「長さ」だと思うんですよね。腕も長い、足も長い、リーチの差のところで面食らってしまった。まず持たせて貰えず、立ち技での作戦は崩れてしまった。唯一取り味があるとしたら古田さんが仰った寝技の部分ですね。ああいうところを決め切れていれば自信になるのですけど、そうは甘くないですね。

古田 あの太い足でよく器用に絡むなと思いました。

上水 以前ですと、山下(泰裕)先生や斉藤(仁)先生が得意でしたよね。

古田 まさにそれを言いたかったんです。重量級の系譜を感じる技でした。

西森 今回、全試合が「全柔連TV」でYoutubeにアップされて世界に発信されました。「世界ジュニアチャンピオンの松村が何も出来ずに負けたぞ!日本には色々な選手がいるなあ」と海外のファンも感じ入ったのではないでしょうか。

古田 海外のファンからすれば「誰、尾原って?」と。

上水 それは大きいと思いますね。

古田 だってゲラ・ザアリシヴィリをぶち投げている選手が、全く何もさせてもらえないわけですから。驚きだと思いますよ。

上水 松村には、あれが自信になっている。キム・ミンジョンとかザアリシヴィリとか、世界の重量級の上位選手に勝って来たわけですから。でもそれが全く柔道をさせて貰えなかった。これが次のきっかけになってくれたらいいかなと思います。

古田 全日本ですねえ。

上水 はい。これが全日本ですね。

西森 いや素晴らしい(笑)。全日本の壁、この大会があるからこそ日本は強いのだと感じさせてくれる一番でした。

eJudo Photo
田中源大が今泉雪太郎の足技を振り返し「技有」。

【1回戦 第18試合】
田中源大(近畿・日本製鉄)○合技[小内返・袈裟固](3:55)△今泉雪太郎(関東・栃木県警察)
両者左組みの相四つ。今泉が強気に「両襟奥」で頭を下げさせ、田中もこれを嫌い過ぎずに体勢を直してがっぷりの組み合いを挑む。組み手の上手い田中が足技を絡めながらじわりと自分の形を作り上げていくが、今泉も圧を緩めず前に出続けることで対抗。2分17秒、田中の出血で試合が中断。再開時、今泉に消極的との咎で「指導」。今泉が瞬間的に組み手の優位を得るも、田中はやはり嫌い過ぎずじわりと形を整えて最終的には優位に立つことを続ける。3分34秒、今泉が不用意に左小内刈。左出足払を空振りした形のこの技に田中は素早く反応、捩じり落として「技有」。そのまま袈裟固に抑え込んで合技「一本」。


古田 田中源大選手と今泉雪太郎選手の試合です。田中選手が今泉選手の足技を上半身で振り返して「技有」、そのまま袈裟固で抑え込んで勝利しました。

上水 田中選手は体幹が非常に強い選手で、受けが非常に強い。今回はその良い部分が生かされていましたね。特にがっぷり持ってくる相手は得意ですよね。

古田 なるほど。長所に嵌った試合でもあったわけですね。

上水 ノーガードの打ち合いは望むところ、そういう選手だと思います。

古田 決まった場面もがっぷりの組み合いでした。

上水 そうなんですよ。仮に組んだ状態からスタートのルールだったら、彼は相当なものです。物凄く強いと思います。

西森 今泉選手が最初から再三、左足で小外刈を狙いに行っていたんですね。相四つだけど左足でいって。最後も今泉選手が小外刈に来たのを、田中選手が透かしたような形でしたね。

古田 足が当たったのは小内刈の足なのですけど、軌道は右足を狙った左出足払、あるいは左小外刈でしたね。 

西森 試合が進む中で田中選手が今泉選手の狙っている小外刈に慣れてきて、最後は上手く投げて抑えるところまで持っていった。田中選手はこれが全日本初勝利だったんですけど、今日はかなり良いのではないかと思いました。

古田 体も強いですが、器用なんですね。この場面も流れの中、自分が大外刈のフェイントで大内刈にいって、返し矢で来た出足払をポンと取った形でした。そこで切ったり離れたりせずに持ったまま攻防を続けるのは力、そのまま動きを止めずにすぐ捩じっていけるのは器用さ、ですね。

朝飛 出足払が得意なんですが、仰る通り相手の出端や戻り端に合わせるのが上手いですね。

上水 うまいですね。

古田 センスがあるんですね。

上水 田中選手は強いですね。相手は嫌だと思いますよ。彼とやる時はほとんどの選手が投げにはいかないんじゃないかと思います。昔で言うと、村元(辰寛)選手みたいな感じだと思います。

古田 これは高評価ですね。

上水 村元選手、私は本当に苦手で。何掛けても掛からない感じだったですね。

西森 高井(洋平)選手が内股を空振りして吹っ飛んでいったのもありましたね。

古田 がっぷり来る相手には強いというところでは、今泉選手は相四つ、しかもスタートが「両襟奥」で最後までがっぷり持った格好ですから、田中選手には一番取り口の合うタイプだったわけですね。

上水 非常に見ごたえがありましたよね。がっぷり持ち合える展開だったので。

古田 これもいかにも全日本らしい試合と言えるのではないでしょうか。大型選手ががっぷり持ち合って力をぶつけ合うという側面の「全日本」ですね。

→②二回戦につづく

※ eJudoメルマガ版2月6日掲載記事より転載・編集しています。

→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る
→「書評・DVD評」に戻る