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【eJudo's EYE】調整スピードにかなりの差、安定感ある選手が上位占める傾向/ワールドマスターズ・ドーハ男子7階級評

(2021年1月28日)

※ eJudoメルマガ版1月28日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo's EYE】調整スピードにかなりの差、安定感ある選手が上位占める傾向
ワールドマスターズ・ドーハ男子7階級評
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81kg級を制したタト・グリガラシヴィリ

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

→男子全試合結果

ワールドマスターズ・ドーハ男子7階級の評をお送りする。各階級の概況と気になったトピック、そして「ベストスロー&ホールド」。

トップ選手のコンディションにかなりばらつきがあり、全体的にトーナメントは荒れ気味。その中でもともとの柔道自体に安定感のある選手、あるいはまだ五輪代表を確定しておらず今大会も目いっぱい戦わねばならぬ強国の選手が上位に勝ち上がることが多かった。コンディションに左右される割合の高い60kg級や81kg級は特にこの傾向が強く出た印象。

全体を通して特筆すべき選手は、まず100kg超級のテディ・リネール。そして一段ステージを上がった感のある81kg級のグリガラシヴィリ、本領発揮して最後まで得意技の左技で勝ち抜いた90kg級のファンテンド。

「ベストスロー&ホールド」は女子に続いて各階級別にまとめてみた。公式サイトで映像が見られるので、ぜひアクセスしてみて欲しい。

■ 60kg級 安定感ある選手が強い「オフシーズンの表彰台」、注目は爆発力見せたヤン
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60kg級はキム・ウォンジンが優勝。韓国勢はこの大会軽量3階級を制した。

【成績上位者】
優 勝:キム・ウォンジン(韓国)
準優勝:ヤン・ユンウェイ(台湾)
第三位:アルベルト・オグゾフ(ロシア)、トルニケ・チャカドア(オランダ)

第1シードに座ったロベルト・ムシュヴィドバゼ(ロシア)が初戦敗退。伏兵モリッツ・プラフキー(ドイツ)の小内刈を食ってまさかの一本負けを喫してしまった。ヤゴ・アブラゼとの激しい五輪代表争いの渦中にあってあまりにも痛い「1コケ」。その場で畳を叩いて悔しがったムシュヴィドバゼは、「礼」を済ませて試合場から出るとまたもや膝を屈して悲嘆。しばらく動くことが出来なかった。

アップセットは伝染するもの。ムシュヴィドバゼに続いて、イェルドス・スメトフ(カザフスタン)、さらにルフミ・チフヴィミアニ(ジョージア)と世界チャンピオン2人がいずれも初戦であっさり姿を消す。トーナメントは、荒れた。

優勝はキム・ウォンジン(韓国)。地力の高さを生かし、しっかり組んで圧力を掛け、組み勝っては技を掛けて展開を終えるという破綻のない戦いぶり。戦いぶりに凹凸のある強豪たちがアップセットの波にもまれる中、安定感をテコに最後まで生き残ったという格好だ。ただし相変わらず爆発力の高さは感じられず、ハイコンディション選手の最高到達点比べとなるオリンピック本番で力を発揮できるかとなると少々微妙。

その観点からより注目すべきは準優勝のヤン・ユンウェイ(台湾)。準々決勝でディヨルベク・ウロズボエフ(ウズベキスタン)、準決勝でヤゴ・アブラゼ(ロシア)とメダル候補、それもいずれも爆発力のある相手に勝利してみごと決勝まで勝ち進んだ。特に準決勝はベストバウト級の好試合。アブラゼに伍した体幹と足腰の強さには素直に驚かされた。かつての線の細い技巧派というイメージは改める必要があるだろう。寝技も巧く、致命的な隙も見当たらない。14分15秒を戦い抜いたアブラゼ戦のダメージゆえか決勝はあっさり落としてしまったが、もはや五輪のメダル候補に挙げて良いレベルではないだろうか。

ヤンに競り負けたアブラゼは、続く3位決定戦でも同国の3番手アルベルト・オグゾフ(ロシア)に食われて最終結果は5位。完全にやり口を読まれていた。そもそもコンディションが良くなかったこととヤン戦の疲労の影響を割り引く必要はあるが、2018年グランドスラム大阪でのデビュー以降続いて来たこの選手の「確変」状態が終わりつつあるという印象も受けた。あまりに柔道スタイルが極端(長い腕を生かした巻き込み・捨身技特化)で目立つゆえ、警戒した周囲の研究に追いつかれてしまった感あり。巻き込み技一辺倒から捨身技、そして寝技を足して生き残って来たアブラゼだが、もう一段幅を広げないと五輪で勝ち上がることは難しいのではないか。

全体を通しての所見は、やはりこの階級は「ピーキングの階級」であるということ。スメトフ、チフヴィミアニ、ウロズボエフら最高到達点の高い五輪のメダル候補たちはコンディション整わず早期敗退、安定感ある中堅選手が上位を占めた。これはこの階級の典型的な“オフシーズンの表彰台”。これからの大会で五輪の様相を見極めるに、成績自体は必ずしも参考にならない。それぞれの選手がマークする最高到達点の高さをこそ、しっかりウォッチする必要がある。今大会でそれを見せてくれたのは、ヤンだった。

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3回戦、シャラフディン・ルトフィラエフがヨーレ・フェルストラーテンから左内股「技有」。

「ベストスロー&ホールド」。まずは3回戦、シャラフディン・ルトフィラエフ(ウズベキスタン)がヨーレ・フェルストラーテン(ベルギー)を放った左内股「技有」。2019年東京世界選手権で髙藤直寿を吹っ飛ばした一撃を思い起こさせる打点の高さ、そして相手が両足まで宙に浮いたその状態からさらに高く飛んで相手の体を乗り越えた決めの貪欲さ、いずれも見事。その「ジャンプ乗り越え」のために回転がつきすぎて「一本」を逃したのだが、目撃した誰もが「ルトフィラエフは内股」と記憶に刷り込んだことであろう。美技であった。

続いて挙げるのはトーナメント自体を大きく揺さぶった、前述モリッツ・プラフキーがムシュビドバゼから挙げた左小内刈「一本」。釣り手は脇から背中、大外刈のように上体を使う岡田弘隆式の小内刈だ。プラフキーは続く3回戦でもディヨルベク・ウロズボエフ(ウズベキスタン)からこの「岡田式小内刈」で「技有」を奪い、ビハインドをタイに引き戻している。その後この技を返されて一本負けしてしまうのだが、これまた「プラフキーは岡田小内」とファンの脳に刷り込まれること請け合いの、こだわりの技であった。余談ながら格下に投げられたウロズボエフが怒り狂って捨身技を連発するのではなく、冷静にこの技を待って返したことは意外。精神的成熟を感じた。

そのウロズボエフ、今回は得意の巴投で魅せた。2回戦でレニン・レニンプレシアド(エクアドル)から奪った「一本」はまさに職人芸、相手を右に動かしながら小さく体を滑り込ませた初動の段階では技が決まる間合いには見えなかった(腕も縮んでいて典型的な掛け潰れに思われた)のだが、畳んだ右足で相手を僅かに浮かせながら、同時に左足で払いあげて真横にすっ転ばした。浮技、横落、巴投、すべての要素とタイミングを合わせたミックス技である。ウロズボエフは前述プラフキー戦でもこの巴投で「技有」を先行しており、抱き勝負の横車や裏投ではなく、今はよりこの巴投に興味を移しつつある印象。

2回戦、アブラゼがアルテム・レシュク(ウクライナ)からマークした右外巻込「一本」。いったん釣り手側に引き戻されて返されるかに見えたが、体を半ば預けたその状態から技を切らず、長い体と脚を存分に利して投げ切った。返せると思って踏ん張ったそのままの体勢から投げられてしまう、これがアブラゼを知らない選手の嵌りパターン。アブラゼ出世の因がよくわかる技だった。

■ 66kg級 仕上げて来たアンとヴィエル、ロンバルドの強さは「相性」次第
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決勝を戦うアン・バウル。

【成績上位者】
優 勝:アン・バウル(韓国)
準優勝:バルチ・シュマイロフ(イスラエル)
第三位:アラム・グリゴリアン(ロシア)、ヴァジャ・マルグヴェラシヴィリ(ジョージア)

アン・バウル(韓国)とデニス・ヴィエル(モルドバ)がしっかり仕上げていること、マニュエル・ロンバルド(イタリア)の強さが全方位的なものではなくかなり相性に左右されること。この階級から見出したトピックはこの2つ。

順に語りたい。アンはしっかり優勝。この日好調のバルチ・シュマイロフ(イスラエル)を片襟背負投に嵌めた決勝も見事であったが、ベストバウトは苦手の体力派ヨンドンペレンレイ・バスフー(モンゴル)とマッチアップした準々決勝。相手が波に乗れば常の通り「投げることは出来ないが全力で掛け続け、技は掛けさせるが絶対に投げられない」泥沼体力戦モード(これでノーガードの接近戦を挑み続けるのが恐ろしい)に持ち込まれると見たか、ファーストコンタクトの左小外刈「技有」(記録は開始3秒)で試合を実質決めてしまった。背負投のイメージが強いアンだが、この技もかなりの切れ味。組み手の楔として、そして寝技の起点としてこの技を非常にうまく使っていたダニエル・カルグニン(ブラジル)戦などの立ち振る舞いからも、意識的に磨いてきた技の香りが強く漂う。要警戒である。

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マニュエル・ロンバルドと戦うデニス・ヴィエル。

絶好調だった2019年前半戦から一転、東京世界選手権を過ぎると嘘のように勝てなくなっていたヴィエルは、今大会でついに復活の狼煙。初戦でニジャット・シハリザダ(アゼルバイジャン)をGS延長戦の内股「技有」に仕留め、2回戦では優勝候補のマニュエル・ロンバルドをGS延長戦の背負投「一本」で退ける素晴らしいパフォーマンス。アラム・グリゴリアン(ロシア)との準々決勝も横掛「一本」で勝ち抜いて、前半戦はトーナメントの主役だった。準決勝でアンに敗れるとスタミナ切れを起こして連敗、表彰台は逃したものの、体がフニャフニャだった昨秋の国際大会再開時とはもはや別人。業師ヴィエルの復活と見なしてよいだろう。

ロンバルドは、2019年東京世界選手権に続き、これでヴィエルに3連敗。はっきり相性が悪い。片手からの肩車、あるいは片手袖釣込腰からの前転ダイブと片手の大技が得意なロンバルドだが、2本きっちり持たれるとあの暴れん坊ぶりがまったく鳴りを潜めてしまう。ロンバルドは11月の欧州選手権でも初戦敗退、直接の敗因はダイレクト反則負け(袖釣込腰で肘関節を極めてしまった)だったが、この時もやはりオルハン・サファロフ(アゼルバイジャン)に完璧に封じられてしまっていた。ロンバルドがブレイクしたのは新型コロナウイルスによる大会休止直前の2019年冬~2020年春。誰がどう見ても明らかに「来ていた」そのあまりの強さゆえに、この期間で徹底的に研究されてしまったようだ。力が出るのは右手一本の状態で、二本しっかり持たれると途端に戦闘力が落ちる。毎度五輪合わせでエッジの効いた戦略を練ってくるイタリアチームのことだからなんらか手だてを隠しているのかもしれないが、現状の評価は優勝候補ではなく「相性次第で大物を食うジョーカー」まで下げておくべきだろう。

ちなみに、この「相性で食われる」ストライクゾーンのど真ん中に入ってしまっているのが阿部一二三。ロンバルドを封じるために自ら袖・襟の二本をしっかり持ったとして、組み際柔道の阿部にはここから打てる技がない。かつ、阿部がもっとも欲しい「引き手一本」は、つまりロンバルドがもっとも欲しい「右手一本」を自動的に与えてしまうことになる。ロンバルドは優勝候補ではないが、阿部の金メダルのもっとも高い障壁であり、トーナメント最大の変数。こう認識しておくべきだろう。

書くべき大きなトピックは以上。アンとヴィエル以外は混戦状態だったが、今回はコンディションの良かったシュマイロフがパワーを生かした豪快、そして強引な投げを連発して2位入賞。全体としては、トップコンディションの選手は少なかったがタイプ的な多様性があり、見ごたえのあるトーナメントだった。序盤戦でベストスロー級の投げを連発したイェルラン・セリクジャノフ(カザフスタン)が、特に印象に残った。

「ベストスロー&ホールド」はそのセリクジャノフの2発から紹介したい。まずは1回戦、アブドゥラ・アブドゥルジャリロフ(ロシア)から挙げた大外返「一本」。アブドゥルジャリロフが一本背負投の形に腕を抱えた右大外刈、セリクジャノフは立ったまま踏ん張って耐える。アブドゥルジャリロフは決め切ろうと、1歩、2歩と時計回りに深く軸足を踏み込み、機は熟せりとばかりに思い切って体を捨てる。その瞬間、左足を後に大きく引いていたセリクジャノフが深く呼び込む形で大外返。刈り足の膝が高く上がり、膕で連結されたアブドゥルジャリロフの体は一瞬背中に乗り、次いで後方宙返りの形で吹っ飛び「一本」。

続く2回戦では東京世界選手権2位のキム・リーマン(韓国)を粉砕。キムが撃ち込んだ引っ掛けるような右小内刈(髙藤直寿風であった)を外側にツトかわすなり攻防一致で高速の右大外落。仰け反ったキムの体は死に体のまま畳に真っ逆さま、両足揃えてセリクジャノフの体の下で畳に埋まり「一本」。それまでの進退とまったく次元の違うスピードに驚愕。決めで腰を切ったことで距離が出、背を丸めていたキムの頭が低い位置から対角の畳までブン回された、その迫力は凄まじかった。

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準々決勝、ヴィエルがアラム・グリゴリアンから横掛「一本」

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2回戦、バルチ・シュマイロフがサルドル・ヌリラエフから裏投「一本」

ヴィエルの決めた投げからは準々決勝でアラム・グリゴリアン(ロシア)を屠った左の横掛「一本」をピックアップ。相手の右小内刈に上体を仰け反らせながら、しかし下半身はしっかり残して高く掛け揚げて投げ切った。柔らく、それでいて極めて豪快。業師ヴィエルの復活を確信した一撃だった。

2回戦、シュマイロフがサルドル・ヌリラエフ(ウズベキスタン)に決めた裏投「一本」。まずシュマイロフが釣り手で脇を差して左大外刈、ヌリラエフが反転して逃げると腰を突きだして体ごと浮かせて背中から捕まえ、そのまま裏に投げ切った。準決勝でガンボルド・ヘルレン(モンゴル)に決めた一撃にもこの「逃げる相手を体ごと捕まえる」嗜好が表れていた。膝を屈して「四点ポジション」になった相手の後帯を正面から捕まえ、前に引きずり出しながら体を反らして踏ん張ると相手の両足が四つんばいの形のままフワリと宙に浮く。そのまま膝を突っ込んで持ち上げ、胴体まるごと時計回りに放って「技有」。

1回戦、ヨンドンペレンレイ・バスフーがモハメド・アブデルマウグド(エジプト)に決めた浮落「一本」も面白かった。左で左袖、右で横抱きに背中を掴む「ケンカ四つクロス」から振り回して膝を着かせると、にじり下がる相手を追いかけて逃げられないように膝を突っ込む。下がれなくなった相手を背中で掴んだ右で1回持ち上げ、左で胴を掴み直してまた持ち上げ、完全に浮かせたところで反時計回りに回して胸を合わせ「一本」。器用じゃないけどしぶとい、技は切れないけど投げる気満々の「体力お化け」ヨンドンペインレイらしさが良く出た強引、かつある意味実直な一撃だった。「こうやれば絶対投げられるから」という声が聞こえてこんばかり。かように個性派が揃い、それぞれの面白さを見せてくれた階級でもあった。

■ 73kg級 強さ見せた橋本、アクセル抑えながらもしっかり勝ったアン
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決勝を戦うアン・チャンリン

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ダイレクト反則負けと裁定された「橋本スペシャル」

【成績上位者】
優 勝:アン・チャンリン(韓国)
準優勝:橋本壮市
第三位:イゴール・ヴァンドケ(ドイツ)、ヒクマティロフ・ツラエフ(ウズベキスタン)

アン・チャンリン(韓国)の仕上りと、橋本壮市の強さが印象的だった。

アンは全体的に、抑えて戦っていた。圧倒的に勝とうというよりは自らの動きを確かめながら展開を見極めて、結果だけはきちんと残していこうという手堅い戦いぶり。動きの質もフルコンディション時と比べるとまだまだ。それでもらくらくと決勝まで勝ち上がるあたりに、逆に奥行きの深さを感じた。今回しっかり勝てる程度には仕上げて来ているが、本当に上げるのはこれからだよ、と言わんばかり。やはり大野将平の対抗馬一番手はこの人。

この日のパフォーマンスで言えば、より「強さ」を感じさせたのは、橋本壮市の方だった。全ての局面で勝ち続け、これという場面では的確に投げを決めていく準決勝までの勝ちぶりは圧巻。こう書くとソリッドな試合ぶりを想像されると思うのだが、結果として得られる「手堅さ」の一方、ディティールに漂う香りは「自由さ」とか「融通無碍」とかいう言葉で表現されるべきもの。片手交換を繰り返す、その中に仕込まれたアイデアや思考量、そして展開の速さ自体で相手を置き去り。そしてここと閃けば、いままで見せたこともないような意外な技も厭わない。

その特徴が悪い方向に出てしまったのが決勝のダイレクト反則負け。「橋本スペシャル」という大技で投げに出て意外な反則を貰ってしまった。このとき「指導」差は2-0の橋本リード。アンの勝ち味は感じられず、そのまま組み手で封じる一種つまらない攻防を続けていれば、早晩「指導3」で試合は終わったはずだ。ただ、このあくまで投げに出る貪欲さ、そして瞬間的に「面白いこと」が閃いてしまう勝負勘や発想力こそが橋本の強さの源泉。ここまで勝ち上がって来たのもそれゆえとなれば軽々に否定は出来ない。ただし橋本が敗れた試合のことごとくがこの「内なる声」をコントロールし切れなかった面があることもまた間違いない。もう一段階段を上るためには、ここを割り切る我慢とセルフコントロールも必要だ。

それにしても橋本は強かった。警戒に警戒を重ねるアンを相手に最後はとうとう「橋本グリップ」を作ってしまったのだからやはりただものではない (アンがダイレクト反則負けを誘うために意図的にこれを許したのではとも妄想したが、さすがに穿ち過ぎか)。問題の「橋本スペシャル」は厳密には袖釣込腰とは理合が異なり、もともと実は肘関節など極まりようがない技術。ただ、投げ切ろうと右手で補助してしまったために静止画では言い逃れの出来ない形が出来上がってしまった。IJFはこの危険行為に非常に過敏、この反則もますます厳格に取られるようになっている。グレーゾーンはすべてアウト、このエリアには近づいてくれるなと言わんばかり。橋本もより「行っていい形」とそうでないものをしっかり判断していくことになるだろう。

「ベストスロー&ホールド」。まず1回戦、ファビオ・バジーレ(イタリア)がマグディエル・エストラダ(キューバ)から挙げた出足払「技有」。左相四つの相手に奥襟を与えるも両襟で迎え撃って体を連結、おのが体を揺すりながらまず一歩、続いてさらに一歩と釣り手側に大きく移動して誘い出し、相手の二歩目の重心移動にピタリと併せて鋭く、大きく払い切った。エストラダの払われた片足が天井を向き、頭は床下に真っ逆さま(ほとんど送足払なのだが僅かに要件を満たさず出足払とした)という大技。これぞバジーレという美技だった。

投げではないのだが、どうしても紹介したいのでバジーレの技からもう1つ。2回戦、イゴール・ヴァンドケ(ドイツ)を相手に犯した珍しい「蟹挟」によるダイレクト反則負け。いま起こり得るこの反則負けのパターンとしては所謂「サリハニ」状態を介したものが考えやすいが(2019年東京世界選手権でゼリム・コツォイエフが犯したような)、これはまったく別。遠間からの左払腰が大車様に高く入ってしまい、それでも軸足でジャンプして投げ切ろうとしたところが体が引き戻され、跳んだこの足が相手の膝裏に当たってしまった。心得たヴァンドケが膝を抑えて痛がり、反則負け裁定を受けたバジーレは頽れてガックリ。1回戦の見事な足技、2回戦の軸足ジャンプで投げ切ろうとするあまりの元気の良さゆえの「蟹挟」という珍しい反則負け。いずれもいかにもバジーレの非凡さを存分に表してくれていると思う。五輪ではさぞ面白い試合をしてくれることだろう。

1回戦、ツェンドオチル・ツォグトバータル(モンゴル)がアンソニー・ツィング(ドイツ)に決めた片襟の左背負投「一本」。スピードに欠けるところはあるが、打点が高い良い技だった。決めは相手を肩の横に置いて体を振り落とす形。全日本選手権で佐々木健志が王子谷剛志を投げた一本背負投を思い出す。あの一撃以来打点の高い背負投の「決め方」に思いを馳せることが多く、なにやら繋がりを感じたのでピックアップさせて頂いた。

2回戦、アントワーヌ・ブシャー(カナダ)がトミー・マシアス(スウェーデン)から奪った巴投「技有」。隅返様にまず股中に突っ込んだ足で揚げ、相手の体を両足で歩くようにしてコントロール、真裏に投げ切った。この「歩き巴」、角田夏実のブレイク以来国際大会でもフォロワーがどんどん増えている。特にもともと巴投を主戦武器としてきた欧州の選手たちの中では、標準装備になりつつある感すらあり。

準決勝、アン・チャンリンがジャンサイ・スマグロフ(カザフスタン)を見事に転がした左小内刈「一本」。相手の肩車の立ち際に相手の左側にツト体を移動させ、両手の操作で左足に重心を集めてやりながら、鎌足で引っ掛け、足先と脛で相手の踵を一瞬挟んで、捩じり崩して投げた。余談ながら、この技、エントリーの角度といいちょっと背中を丸める姿勢といい決めの確かさといい髙藤直寿選手そっくり。スタッフと「髙藤選手っぽい!」と盛り上がっていたところ、本人(髙藤選手)がtwitterでこの小内刈を褒めるとともにまさに「昔教えたことがある」旨呟いていて、2度盛り上がったことであった。

■ グリガラシヴィリ充実の出来、強豪軒並み不調の中デヴィトが健闘
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81kg級決勝、タト・グリガラシヴィリの支釣込足が「技有」

【成績上位者】
優 勝:タト・グリガラシヴィリ(ジョージア)
準優勝:フランク・デヴィト(オランダ)
第三位:イヴァイロ・イヴァノフ(ブルガリア)、サギ・ムキ(イスラエル)

タト・グリガラシヴィリ(ジョージア)の強さが際立った。ますます隙がなくなっている。特筆すべきは決勝戦、フランク・デヴィト(オランダ)との一番。接近戦の好きなデヴィトが醸し出す一発勝負の空気に乗らずあくまで自分のペースで進退し、最後は相手の突進をいなしての支釣込足「技有」から腕挫十字固「一本」と完璧なフィニッシュで試合を締めてみせた。2019年後半から急激に序列を上げたグリガラシヴィリだが、密着勝負で一か八かの博打を打ってくれるその好戦的なスタイルこそが付け入る隙であった。それが一転、「博打」を好むことに掛けては階級随一の、それも乗れば明らかに勝てるはずのデヴィトを相手にしてのこの抑制の利いた戦いぶり。客観的に「ここは乗ってもいいだろう」と思える場面もあったのだが、ガードなしでの体のぶつけあいはあくまで我慢し、的確に勝機を見定めていた。もはや勝つのは当たり前、失敗せずにきちんと優勝するのが俺のミッションと言わんばかり。明らかにステージが一段上がっている。技も多彩で寝技の取り味もあり、もはや隙を見出しがたい。敢えて言えばまだ五輪や世界選手権のような「本番」(全員がハイコンディションでやってくる世界大会)で勝った経験がないことくらい。81kg級では実はこれが一番大事なファクターなので五輪のV候補一番手とまでは言えないが、純実力で言えば現時点のナンバーワン選手と考えても良いのではないだろうか。

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フランク・デヴィトは得意の巴投が冴えた。写真は2回戦、アンリ・エグディゼから「技有」

デヴィトの戦いぶりは面白かった。粗削りなイメージが強いが、着実に出来る技術を増やし続けている。今回は巴投の巧さに加えて寝技(「三角」が上手くなっていた)に進境著しく、客観的に見るともはやこちらを中心に据えたほうが成績が残るのではないかと思われるのだが(JSPORTSの解説を務めた金丸雄介さんも「密着を好むがあまりうまくいかない」と的確に指摘していた)、本人はあくまで密着・力勝負指向。ただ、賽子博打の目がうまく転がるとこれだけの陣容でも決勝に上がってくるだけの力があるということ。この選手もまだ世界大会では成績を残せていないが、五輪本番では怖い相手だ。

サギ・ムキ(イスラエル)、サイード・モラエイ(モンゴル)、ハサン・ハルモルザエフ(ロシア)の世界王者3名はいずれも不出来。リオ以降ハイパフォーマンスがほぼ1度もないハルモルザエフはともかくとして、ムキとモラエイはまだ敢えて調子を上げ切っていないという印象。アントワーヌ・ヴァロア=フォルティエ(カナダ)やヴェダット・アルバイラク(トルコ)、ドミニク・レッセル(ドイツ)といったメダル候補も軒並み不調で、総括は60kg級と相似。爆発力のあるメダルクラスの選手の不調によってトーナメントが荒れ、安定感のあるイ・スンホ(韓国)や実は力の波の少ないデヴィト(大会に皆勤して荒れたときにはひょっこり表彰台に顔を出すのがこの人の勝ちパターン)、イヴァイロ・イヴァノフ(ブルガリア)らが上位に勝ち上がった1日ということになる。

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3位決定戦、イ・スンホの横車。ムキのポイントとなって試合が終わった。

物議を醸した3位決定戦、サギ・ムキとイ・スンホの決着場面について。イの横車を取るかと思われたが、結果は内股を仕掛けたムキの得点(映像を見る限り、ムキの側も自分が投げられたものだと思っていたようだ)。このところ相手の投げを止めてからでなく、投げの力を利用して合わせるタイプの返し技に対して厳しい判定が続いている。特に横車に関してはなんらか内部でこの技に特化した申し合わせがあるのではないかと思われるほど。一瞬でも背中を着いてしまうと相手のポイント、どころか自らが仕掛けて自滅した場合でも相手のポイントになる場面が昨秋から多発している。この試合の判定は突発的なものではなく、この流れに沿ったものだ。
後の先の技の評価は、史上幾度も見直しが行われて来た、判定基準の最前線というべきエリア。その時々の審判委員会が知恵を尽くし、良かれと思って新たな基準が採用されてきた。現行ルールはそれなりに適切なものと思われていたのだが、制定から数年経って字義の解釈に縛られ過ぎるようになり(ルールの取り扱いとしては健康な傾向である)、結果として少々目指した本質から外れつつあるように感じる。巨視的な「後の先判定史」の中で、いまは「返す側の不利」に極端に針が振れて来た時期と捉えるべきだろう。いずれ必ず揺り戻しがあるだろうが、これで大事な試合を落とすことになってはたまらない。ルール自体はもちろん、審判傾向にも濃やかに注意を払っておかねばならない。

「ベストスロー&ホールド」はまず優勝したグリガラシヴィリの技から。決勝の素晴らしい支釣込足については前述の通り。今大会は得意の強引な腰技や担ぎ技よりもこれを餌にした捨身技の巧さが際立っていた。まず3回戦、アントニア・エスポージト(イタリア)から奪った隅返「一本」。背中を深く抱き、まず左小内刈を2度仕掛けて下がるスペースを潰し、腰を引かせておいてから深く飛び込んだ。足技での追い込み、相手の予想を超える深さでの思い切ったエントリーと、作りも掛けも文句なし、腰を引いたエスポージトが空中でブリッジしたまま吹っ飛ぶ絵も美しかった。

同じくグリガラシヴィリの捨身技から、準決勝でイ・スンホから挙げた巴投「一本」。「技有」リードで迎えた最終盤、猛進する相手を「もう付き合わないよ」とばかりに下がりながら誘い出し、場外に向かって放り投げた。組み手は両袖、軌道は真裏という古賀稔彦式。袖を制されて手を着くことが出来ないイは為す術なく、放物線を描いて大きく吹っ飛んだ。技のインパクトはもちろん、グリガラシヴィリが今大会で見せた新境地である「冷静さ」の表れとしても見逃せない一発。

デヴィトが準々決勝でサギ・ムキから挙げた三角絞「一本」。腰車で崩し、伏せた相手の袖を離さぬまま横から足を三角に結んだところでほぼ勝負あり。おそらくムキは早々にあきらめ、デヴィトが反転して崩上四方固を狙うと「わかった、もういいよ」とばかりに苦悶の表情で「参った」。あの長い脚、あの馬力、そして遠慮という言葉を知らぬデヴィトが「しめた!」とばかりに夢中で足を絡めてくるのだからそれは相手は嫌だろう。デヴィトは「表三角」を狙う場面もありこの技術にかなりの手ごたえを感じている様子。力勝負が好き過ぎて(そしてインサイドワークにリソースを割きたがらず)成績安定せぬデヴィトだが、こういう選手が嵌る一芸を持つと厄介。ひょっとするとこの三角をテコに一段ステージを上がってくるかもしれない。

同じく寝技から。1回戦、オトゴンバータル・ウガンバータル(モンゴル)が五輪王者ハサン・ハルモルザエフ(ロシア)から挙げた腕挫十字固「一本」。相手の内股を捌いて腕を跨いだときには向い合う方向に位置していたのだが、ここからいったん「オモプラッタ」様に足で制し、動きを止めて腕を引っ張り出し、その上でつま先を腹に差し込んで回転させ、腕挫十字固に繋いだ。「やり込んでいる」ことがよくわかる冷静さ。途中加入のモラエイに簡単には代表を渡すまいとの意地が感じられた。ちなみにこの試合で「技有」を奪った巴投も出色(綺麗な「横巴」)であった。

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2回戦、サイード・モラエイがルカ・マイスラゼから腰車「一本」。押しつぶすような技だったが頭を強く挟み込むことで回し切った。

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3回戦、サギ・ムキがクリスティアン・パルラーティから横掛「技有」

2回戦、サイード・モラエイがV候補の一角ルカ・マイスラゼ(ジョージア)から奪った腰車「技有」。この技で注目すべきは「支点」。腰車は単に首を抱いたという理由で便宜上この名称を与えられることが多い技術なのだが、モラエイの一撃はきちんと理合通りに頭を支点にしていた。技自体は凄く綺麗なものではなかったが、頭をガッチリ挟み込んだその「極め」の強さゆえに投げ切れたという、昨今の腰車では珍しいパターンだった。ここさえ抑えておけば大丈夫という、モラエイの「技」への理解度の高さが匂った一撃。

3回戦、サギ・ムキがクリスティアン・パルラーティ(イタリア)から挙げた横掛「技有」。右小外刈が少々高めに入ったのだが、ここから刈り足を踵に滑り下ろすという解決法を採るのではなく、体を捨てることで投げ切った。一見粗い技であるが、まずいったん止め、相手が動こうとする端に合わせるそのタイミングの良さ、同側の肩をしっかり引き下ろしての重心の固定と、きちんと理合の芯を食った一撃であった。

■ 90kg級 本領発揮のファンテンド、復活気配のグヴィニアシヴィリ
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優勝したノエル・ファンテンド。実は2019年の東京世界選手権を獲って以来のタイトル。

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準決勝。ミハイル・イゴルニコフの左内股を柔かい動きでかわすファンテンド。

【成績上位者】
優 勝:ノエル・ファンテンド(オランダ)
準優勝:ベカ・グヴィニアシヴィリ(ジョージア)
第三位:エドゥアルド・トリッペル(ドイツ)、ラシャ・ベカウリ(ジョージア)

2019年の世界王者ノエル・ファンテンド(オランダ)が久々持ち味を発揮して優勝。最大の山場と目された準決勝のミハイル・イゴルニコフ(ロシア)戦を得意の左一本背負投「一本」で勝ち抜いたのは速報ニュースでお伝えした通りだが、戦術派の本領を発揮したのはなんといっても決勝のベカ・グヴィニアシヴィリ(ジョージア)戦。11月の欧州選手権ではこの選手に苦杯、その際は不用意に二本を持って組み合ったゆえに一発食ってしまった(捨身の大車「一本」)のだが、今回は自らのフィールドである片手柔道を徹底。簡単に組まず、右相四つの相手に一方的に引き手を持たれても慌てず敢えてその形のままウエイト。相手が釣り手を持ちに来るとその腕を抱えながらの左腰技を連発することで主導権を握り、1分42秒には得意の左「一本小内」で「技有」をリード。以降も妥協せずこの戦法を貫き、最後は左一本背負投で叩き落としておいての「ネクタイチョーク」で勝負を決めた。変則柔道を貫くには他を圧する思考量が要る。考え抜いた引き出しの多さで己のフィールドに相手を引きずり込む、これぞファンテンドの真骨頂という試合だった。

グヴィニアシヴィリは決勝こそ落としたが近来ではもっとも良い出来。準々決勝、エドゥアルド・トリッペル(ドイツ)を投げた帯取返などは久々問答無用のパワーを感じさせた。一時は代表確実と思われた新鋭ラシャ・ベカウリが今回は3位に終わった (ネマニャ・マイドフに勝利もミハイル・イゴルニコフに敗れる)ことも追い風。このレベルの戦いが続けられるなら、代表は波のあるベカウリでなくグヴィニアシヴィリの逃げ切りとなる可能性が高いのではないだろうか。

注目のイゴルニコフは今回不調。昨秋の2大会で猛威を奮った片足からの跳ね上げに威力が足りず、本人もそれを自覚するゆえか進退もどこか自信なさげ。それでも準決勝までは勝ち進んだが、ファンテンドに敗れるとあっさり棄権し、5位で大会を終えた。今大会はこのイゴルニコフにガク・ドンハン(韓国)、マイドフ、イワン=フェリペ・シルバ=モラレス(キューバ)、マーカス・ニーマン(スウェーデン)ら既に五輪代表確実と目されるメダル候補が揃って不調。まだまだ仕上げは先ということだろう。

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2回戦、向翔一郎が隅返を失敗。そのまま抑え込まれて万事休す。

日本の向翔一郎はまさかの2回戦敗退。初戦から柔道衣がしっかり手につかず、まったくの無名選手アブデラフマネ・ベナマディ(アルジェリア)に「指導2」を先行されるという絶不調、怪我でもしているのではないかと疑われるほど。気の乗らない表情で冴えない進退を繰り返し、2回戦では下がりながら渋々仕掛けた隅返を失敗。そのままグヴィニアシヴィリに抑え込まれて万事休した。全日本選手権の好パフォーマンスという補助線があるゆえ今回の不調はアクシデントと捉えられるが、とにかく良いところがまったくなかった。同大会前には自分は新しいことをやろうとしている、それは試合を見ればわかると豪語していたが、今回新たに見せたのは組む前に相手に掌を向けて威嚇する「手かざし」(意図はわからない)くらい。全日本選手権の疲れか、試合間隔が短すぎて調整がうまくいかなかったのか、はたまたコロナ禍で極端に行動が制限されてメンタルコンディションを崩したのか。色々推測することは出来るが試合自体から評価できる材料はゼロ。次回に期待するとしか言いようがない。

「ベストスロー&ホールド」。まずは優勝したファンテンドが最大の難敵イゴルニコフを下した準決勝の左一本背負投「一本」。右釣り手一本で襟を持つ最高の形から相手の肘上を抱えて一本背負投、ここから色々な投げ方を持つファンテンドだが、相手が抱きとめるとみるや今回はグイと腕を首下に引き下ろして内巻込様の決め。敢えて前方への距離を出さず、下側に深く引き込む形で相手をくっつけ、そのまま前方回転で投げ切った。これを決めたのは5分49秒。技一発で鳴らす階級切っての本格派を、戦術重視の軟投派が、これだけの時間を使って「作れ」ば、きちんと投げで「一本」が取れるのだ。ファンテンドの魅力と凄みが凝集された「一本」だった。

そのイゴルニコフの技から1つ。2回戦でコルトン・ブラウンを投げたケンケンの左大内刈「一本」も彼らしい良い技だったが、紹介したいのは準々決勝、売り出し中のラシャ・ベカウリを畳に埋めた小外掛「一本」。ともに「技有」を奪って迎えた3分18秒、釣り手で背中を抱えての攻防から左小外掛一撃。深く入ったと見たイゴルニコフ胸を合わせて決めに掛かるが、ベカウリは左膝のみを着いた状態で空中ブリッジ、これを耐えようとする。イゴルニコフが被り、ベカウリが海老ぞりのまま空中で耐えるこの一瞬の「間」が最高だった。イゴルニコフひるまず首にのしかかるようにして決め、力尽きたベカウリが背中から落ちて「一本」。ベカウリの異様な身体能力と勝負への執念(この人で一番面倒くさいのはここだ)、そしてそれに怖じずまさに「捩じり倒した」イゴルニコフのパワーと、見ごたえ十分の技だった。

グヴィニアシヴィリは1回戦でマーカス・ニーマンを仕留めた小外刈「一本」(鈴木桂治式に膕から踵まで滑り落とした)と、なんといっても準々決勝、エドゥアルド・トリッペル(ドイツ)を仕留めた帯取返「一本」が出色だった。相手を捕まえ、両足を揃えて背筋を伸ばすとトリッペルの体が正面からフワリと浮き上がる。そのまま膝でカチ上げて後に放って「一本」。本来の「ハバレリ」を思い出す、これぞジョージア柔道という豪快な一撃であった。

豪快さでは1回戦、ダヴラト・ボボノフ(ウズベキスタン)がハテム・アブド=エル=アヘル(エジプト)からマークした左釣腰「技有」も捨てがたい。上からガッチリ後帯を握り、腰を突き出し、その腰の上で相手が縦回転。釣り手の牽引力を信じて体を激しく折ったゆえ、まずボボノフの体が先行、次いで背中、畳とバウンドしながらエル=アーヘルの体が飛んで来る。腰技の醍醐味を感じさせる一発だった。

美技ナンバーワンは1回戦、ニコラス・ムンガイ(イタリア)が世界王者ガク・ドンハンから挙げた右出足払「技有」。組み手はケンカ四つ、ムンガイ釣り手は下から襟を持ち、引き手を上げながら相手を右前隅方向に誘い出す。相手の組み手が良いゆえ一瞬腰を引いて耐えたガク、そのまま歩んでついて来るが前技の襲来を警戒したかやや腰を切り気味。相手に横腰を見せたまま斜めに歩くというタブーを犯したこの挙を見逃さずムンガイ鋭く出足払を合わせる。ガクはムンガイが挙げた両手に引っ張られる形で重心を浮かしており、耐えられる材料がまったくない。横への移動、腰を切った態勢、さらに浮ついた重心と出足払完成に必要なすべての要素を揃えられたガクは大崩れ、滑る勢いで吹っ飛んで「技有」。技は小さいが効果は大きい、払い技の魅力が詰まった一撃だった。イタリア勢の足技はやはり脅威。

面白い技として、2回戦で曲者トリッペルがイワン=フェリペ・シルバ=モラレスから挙げた横掛「技有」を紹介したい。相手を右小外掛で止めるなり、抜き上げながら後に体を捨てるのではなく両足を揃える格好で前に跳んだ。相手にぶら下がる「ターザンロープ横掛」だ。スライディングしてお尻で着地するなり振り向き、正面から被って決めに掛かるその素早さもいかにもこの人。「いいぞ!トリッペル!」と思わず拍手の、良い意味で奇矯な技であった。

■ 100kg級 リパルテリアニ出色の出来、2位入賞のコツォイエフは五輪代表有力
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決勝を戦うヴァルラム・リパルテリアニ。出来の良さは群を抜いていた。

【上位入賞者】
優 勝:ヴァルラム・リパルテリアニ(ジョージア)
準優勝:ゼリム・コツォイエフ(アゼルバイジャン)
第三位:アルマン・アダミアン(ロシア)、ペテル・パルチク(イスラエル)

全体の構図としては60kg級や81kg級、90kg級に近かった。選手のコンディションが揃わずマイケル・コレル(オランダ)やチョ・グハン(韓国)らメダルクラスの強豪が序盤で敗退。荒れ模様のトーナメントの中で柔道の平均値が高いヴァルラム・リパルテリアニ(ジョージア)やペテル・パルチク(イスラエル)、さらにいまだ国内の代表争いが続いて気の抜けない状況にあるゼリム・コツォイエフ(アゼルバイジャン)とアルマン・アダミアン(ロシア)が上位を占めたという格好だ。

リパルテリアニがひときわ良かった。2回戦のニイアズ・ビラロフ(ロシア)戦と準決勝のペテル・パルチク(イスラエル)戦は、いずれも釣り手を自分の体に沿わせるようにしたまま引っこ抜く右内股を決めて勝利、さらに準々決勝では面倒なムハマドカリム・フラモフ(ウズベキスタン)を裏固に仕留めて「一本」。立って、寝てと次々得意技を決めたこの勝ち上がりとは一転、決勝ではゼリム・コツォイエフ(アゼルバイジャン)を右一本背負投の奇襲に捉えて開始早々に「技有」奪取。生命線の釣り手を叩き込んだところに技を合わされたコツォイエフは以後やや委縮、組み手に大胆さを欠いて最後までリパルテリアニのフィールドで試合を進めざるを得なかった。技、インサイドワークとリパルテリアニが経験値の差を見せつけたトーナメントであったと言っていいだろう。

コツォイエフもこの日は絶好調。代名詞である背中深くを掴んでの腰技はもちろん、釣り手を体に沿わせたまま相手を引っこ抜く、リパルテリアニばりの内股も決めていた。2回戦では本格派の天敵チョ・グハンを破って力を示し、準々決勝ではシャディー・エルナハス(カナダ)を先輩エルマー・ガシモフばりの浮技「一本」で退けて技術的な幅も見せた。形上ガシモフの重用は続いているが、五輪代表はコツォイエフになると見ておくのが妥当だろう。

ロシアの代表争いはニヤズ・イリアソフの欠場でいったん保留。1人だけ出場することになったアルマン・アダミアンに大チャンス到来かと思われたが、結果は3位で突き抜けられず。成績はともかく、欧州選手権に続いてパルチクに連敗を喫したのが痛かった。同じ選手、それも必ず五輪に出てくるライバル選手に敗れたというマイナスポイントは大きいはず。イリアソフがこの敵失にひとまず救われた格好で、戦いは次戦へと続いていく。

イリアソフの欠場を受けてベスト4まで勝ち上がった22歳、シメオン・カタリナ(オランダ)が面白かった。食った大物は調子の波の大きいフォンセカのみだが、強豪打ち揃う現在の100kg級でベスト4まで進むのは大したもの。長い手足を生かした絡みつくような足技が持ち味。次戦が楽しみ。

オーストラリアから出場の高木海帆(カイハン・オズチチェク=タカギ)は強豪フラモフを見事に投げたが、作りの段階で試合場の外に出てしまっており無効。横移動から隅返、立ち上がり際を内股に捉えるという鮮やかな連携だったが、歩みを始めた場所が既に場外だった。この行為によって3つ目の「指導」を失ってしまい、結果は初戦敗退だった。

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1回戦、アルマン・アダミアンがメルト・シスマンラルから移腰「一本」

「ベストスロー&ホールド」はアルマン・アダミアンの2発から。まず1回戦、メルト・シスマンラル(トルコ)を放った右移腰「一本」。相手の左大外刈を背中から捕まえると、まず左膝を上げて相手を腰の上まで持ち上げながら時計回りに振り、これを今度は反時計回りの右釣腰の形で投げた。「呼び込む」作りを、「完全に持ち上げる」ことで行っているのである。それが移腰という技だよと言われてしまえばそれまでだが、出来上がった絵はやはり凄い。「小さく作って大きく投げる」のではなく「大きく作って大きく投げる」。迫力の一撃だった。

敗者復活戦でムハマドカリム・フラモフ(ウズベキスタン)に決めた左小外掛「一本」も規格外だった。左で背中を掴み、相手を左膝に乗せるようにして左小外掛。相手が海老反りで耐えるとみるや作用足を股中に突っ込んで一歩、二歩と追い、最後は相手の左足の前まで突っ込んで制動。そのまま抱え、胸を合わせて投げ切った。あまりにコントロールが利いたため、落下は不自然なほどスロー。この「遅さ」で逆にアダミアンのパワーが際立つという面白い一発だった。

「遅さ」繋がりから1回戦、エルマー・ガシモフ(アゼルバイジャン)がラファエル・ブザカリニ(ブラジル)に決めた背負投「一本」。ガシモフが右に「韓国背負い」、掛けたガシモフは膝を伸ばして潰れ、ブザカリニも完全に伏せて技はいったん止まる。しかしガシモフはおのが両腕を引っ張りながらよっこらしょとばかりに立ち上がり、すると僅かにブザカリニの体の端がめくれる。ガシモフはまず膝を立て、立ちあがり、よたよたと、しかし確実に前進。3歩、4歩と歩むとブザカリニの膝が浮き上がり、ガシモフが体を捨てて乗り込むとそのまま一回転「一本」。掛けから決めまで史上最も時間が掛かった韓国背負いではなかろうか。マイペースな戦いぶりから選手間で「仙人」と渾名されるガシモフ、まさに浮世と異なる時間を生きるがごとくの一撃であった。

今大会大健闘のシメオン・カタリナが準々決勝でフォンセカから奪った小外掛。長い手足を一杯に使い、蜘蛛のごとく絡みついて左小外掛一撃。フォンセカが膝を曲げながら足を抜こうとしたが長い脚を揚げて追いかけてあくまで抜かせず、背中を掴んだまま投げ切って「一本」。いったんかわし、さらに揚げて抜こうとしたフォンセカが「あ、抜けない」とばかりにこの動作自体でバランスを崩す様がドラマチックであった。己が特徴をよく知る選手は、やはり強い。

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2回戦、ジョルジ・フォンセカがズラトコ・クムリッチから背負投「一本」

フォンセカも良い技が2つあった。2回戦でズラトコ・クムリッチ(クロアチア)を相手に決めた右背負投は相手がドンと畳に弾む大技。敗者復活戦でシャディー・エルナハス(カナダ)に決めた右大車は新境地、引き手の操作が見事だった。

ほか、このクムリッチが1回戦でサーイエニッチ ・ミクロス(ハンガリー)に決めた足車「一本」、準々決勝でコツォイエフがエルナハスに決めた浮技「一本」などが印象的だった。

■ 100kg超級 3位入賞のハモーとフロルが充実、ロシア代表はタソエフ有力
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復活なったヤキフ・ハモー。2016年リオ五輪前の出世期を思い起こさせる出来だった。

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決勝を戦うイナル・タソエフ。この大内返でリネールをぐらつかせた。

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3位入賞のヘンク・フロル。

【上位入賞者】
優 勝:テディ・リネール(フランス)
準優勝:イナル・タソエフ(ロシア)
第三位:ヘンク・フロル(オランダ)、ヤキフ・ハモー(ウクライナ)

この階級についてはテディ・リネール評・原沢久喜評と既にコラムを2本書いているので、他選手を中心に簡単に記すにとどめたい。

この階級も選手の調整レベルにかなりのばらつきがあり、グラム・ツシシヴィリ(ジョージア)、原沢久喜、オール・サッソン(イスラエル)、ラファエル・シウバ(ブラジル)らが早い段階で敗退。コンディションに関してはこれからどの選手も上げてくるだろうが、ひときわ元気のないシウバは少々心配。単に調整の問題には留まらない可能性がある。ダビド・モウラとの代表争いはもう少し縺れそうな予感。

特に良かった選手は3位入賞のヤキフ・ハモー(ウクライナ)。動きは軽快かつ力強く、担ぎ技に捨身技と投げの威力も十分。リオ五輪前の出世期を思い出す出来だった。

ロシアの代表争いは、今大会2位のイナル・タソエフに落ち着きそうな予感。ライバルであるタメルラン・バシャエフの担ぎ技がリネールにまったく通じなかったこと、さらにこのバシャエフが3位決定戦で同じアスリートタイプのヘンク・フロル(オランダ)に敗れて相性の悪さを露呈したという「敵失」が大きい。普通に考えれば、特に苦手なタイプがなく、かつリネール相手に足技という刃を持つタソエフのほうが希望が持てるという判断に至るのではないか。

オランダの代表争いも興味深い。東京世界選手権3位のロイ・メイヤーが初戦でリネールとマッチアップする不運で入賞なしに終わる中、このところ好調の35歳ヘンク・フロルが3位入賞。それも売り出し中のシプーツ・リハールト(ハンガリー)、東京世界選手権3位のキム・ミンジョン(韓国)、さらにタメルラン・バシャエフと強豪を次々狩って表彰台に登ったのだから、状況は読めなくなってきた。しかもフロルが今回倒したのは、いずれもいま最重量級のメインストリームになりつつある「動けて担ぎ技のあるアスリートタイプ」である。純実力的にはメイヤーが僅かに上ではないかと推測するのだが、現在の100kg超級世界の生態系を考えれば本番での上位進出の可能性が高いのはフロル、という判断は十分成り立つ。今大会の成績によってワールドランキングも逆転(フロルが5位、メイヤーが6位)、現状ではもはやフロルが一歩リードと考えておくべきだろう。

メダリスト以外ではキム・ミンジョンが良かった。成績こそ7位だが、2回戦でツシシヴィリを投げた小外掛などはかなりのポテンシャルを感じさせた。まだ20歳、五輪本番まではもうひと伸びしてくるだろう。

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2回戦、タソエフがレヴァニ・マティアシヴィリから払釣込足「一本」。

「ベストスロー&ホールド」はイナル・タソエフの技から2つピックアップ。まずはレヴァニ・マティアシヴィリ(ジョージア)との2回戦で挙げた払釣込足「一本」。左大内刈で相手の右を下げてやりながら、無意識に下がる左を払い上げて一回転。いわゆる「フォンセカ」である。腹の良く出た、確信的な一発だった。タソエフが素晴らしいのは、これが次の技の布石になっているところ。ヘンク・フロルとの準決勝で決めたのはこの逆パターン、支釣込足を入れて大きく時計回りに振り、相手が戻るところを反時計回りの左大内刈で吹っ飛ばした。背中を深く差した釣り手が、支釣込足の捩じり、大内刈の固定といずれの技にも非常に良く効いており、支釣込足の「餌」の効果を倍加していた。最重量級にあってこの足技の巧さは大きな武器。左組みで、足技が得意で、特に払い技のセンスあり。いまのところ打倒リネールにもっとも可能性があるのはこのタソエフではないだろうか。

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2回戦、キム・ミンジョンがグラム・ツシシヴィリから左小外掛「一本」。

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1回戦、タメルラン・バシャエフがヨハネス・フレイから浮落「技有」

続いて前述キム・ミンジョンがグラム・ツシシヴィリ(ジョージア)を吹っ飛ばした左小外掛「一本」。左相四つのツシシヴィリが奥襟を叩くと応じて叩き返し堂々たる構え。ここでツシシヴィリが右大内刈の奇襲を見せるのだが、そんなの関係あるかいとばかりに左小外掛に食いついてグイと圧力。ツシシヴィリの浮ついた動きを体の芯で跳ね返したという体で鮮やか「一本」。キムはこの試合背負投「技有」も奪っており、世界王者相手にまさに圧勝。対大型相手の担ぎ技モードも、アスリートタイプを塗りつぶす「上から目線」技モードもあるキム、やはり怖い選手。

フロルが1回戦でリハールト・シプーツ(ハンガリー)を投げた2発も良かった。タイミングの良い左小内刈でまず「技有」、さらに内股透「一本」。後者はシブーツが放った左内股に合わせたものだが、後帯と引き手の袖を与えながらまったく切らず、余裕を持って最後に来るはずの作用足の挙上を待ち構えた。足技の巧さに後の先の巧さ、そして強い体幹といまのフロルの長所を余すところなく示した2発であった。

ヤキフ・ハモーは1回戦でヴィト・ドラギッチ(スロベニア)を放った右の片襟背負投「一本」、タメルラン・バシャエフは同じく1回戦、ヨハネス・フレイ(オランダ)を体捌きで転がした浮落「技有」が良かった。

※ eJudoメルマガ版1月28日掲載記事より転載・編集しています。

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