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【eJudo’s EYE】芳田の決勝はベストバウト、渡名喜はクラスニキの「見積り」誤った感あり/ワールドマスターズ・ドーハ2021女子7階級ひとこと評

(2021年1月21日)

※ eJudoメルマガ版1月17日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】芳田の決勝はベストバウト、渡名喜はクラスニキの「見積り」誤った感あり
ワールドマスターズ・ドーハ2021女子7階級ひとこと評
文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

ワールドマスターズ・ドーハ2021、女子7階級のひとこと評をお送りする。各階級大枠の様相は既に試合当日のニュースと全試合結果で配信済み、さらに大きなトピックについては個別の「評」に別枠で書かせて頂いたので、ここではひとことずつのインプレッションに留めておきたい。重心は五輪代表選手が出場した48kg級と57kg級、78kg級。各階級の印象的な技についても「ベストスロー&ホールド」として紹介する。

■ 48kg級 渡名喜はクラスニキの「見積もり」誤った感あり
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ディストリア・クラスニキとの決勝に臨む渡名喜風南

【成績上位者】
優 勝:ディストリア・クラスニキ(コソボ)
準優勝:渡名喜風南
第三位:ダリア・ビロディド(ウクライナ)、ムンフバット・ウランツェツェグ(モンゴル)

最大のトピックである渡名喜風南対ダリア・ビロディドの準決勝については独立して「評」を書いたのでそちらを参照されたい。渡名喜はよく戦い、特にそのディフェンスには見るべきものあり。ビロディドはコンディション不良で歯車が狂ったことにより、自己理解の誤りや戦略面の浅さ、そしてメンタル面での未成熟と、深いレベルでの弱点を露呈してしまっていた。

決勝のクラスニキ戦。渡名喜の「入り」に違和感があった。我々がこの1年間、特に秋の欧州シリーズで作り上げていたクラスニキの評価と、渡名喜の採った手立てにギャップがありすぎる。プレビューでも48kg級の勢力図を「3強」と書かせて頂いた通り、今のクラスニキは最強クラス。金メダル候補の一番手に挙げられてもおかしくない実力者なのだが、渡名喜はケンカ四つのクラスニキに曖昧な角度から入り、一瞬で、あっさり引き手で袖を取らせてしまった。思わず「あ」と声を上げてしまった。

クラスニキは引き手柔道。その強さは袖の把持力にあり。相四つだろうがケンカ四つだろうが引き手で袖を持てばとにかく切らせず、この1年間この引き手の把持をテコに大外刈と内股で「一本」の山を築いている。それが本来引き手を取りにくい、取らせにくいケンカ四つにも関わらずいきなりの引き手付与。特に明確なプランなく試合に入っている気がした。少なくとも警戒レベルマックスにあるべき引き手という前線に、非常線を張っていない。というよりも前線自体を設定出来ていない。強さの見積もりを、誤っているのではないか。

結果、クラスニキは得た引き手の袖を1度も切らせないまま47秒右内股「技有」。その後「待て」で切れる展開1回を経て、3度目の「はじめ」となった1分14秒からの展開ではまたしても引き手で袖をあっさり獲得、1分24秒右小外刈「技有」で勝負を決めてしまった。

クラスニキに対する事前評価が低すぎた可能性を感じる。渡名喜は2019年東京世界選手権でこの選手に圧勝しているのだが、あの頃のクラスニキは48kg級転向直後で順応に手いっぱいの時期。羽化したのはアジャストが完了した同年12月のワールドマスターズからで、以降はまったくの別人だ。あの勝利の経験が、ほぼ無敵状態で勝ちに勝ちまくっている現在のクラスニキに対する「見積り」を濁らせた可能性は大いにある。

とはいえ今回の派遣最大の目的は、現在地の確認。であればこれはむしろ成功であったと考える。五輪を前に「いまのクラスニキ」という難敵を発見したこと、これこそ今大会最大の収穫であろう。

現時点での観察を述べれば。クラスニキのパワーは凄まじいが、意外にも近接戦闘を嫌う傾向がある。腕(かいな)力に比べて、体自体の力には自信がないのかもしれない。その特徴や嗜好をもっともよく反映した彼女の柔道の踏み台が「引き手による袖の把持」と愚考する。五輪までに試すべきことは多い。まずはやりたいことをやらせないこと、戦いたい距離で戦わせないことで見えてくるものがあるはずだ。このあたりはこの先の試合で観察したい。

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2回戦、渡名喜風南がアイシャ・グルバヌリから小外刈「一本」

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準々決勝、ダリア・ビロディドがムンフバット・ウランツェツェグから小外掛「一本」

「ベストスロー&ホールド」として紹介したい技術は、まず渡名喜風南の2回戦、アイシャ・グルバヌリ(アゼルバイジャン)から挙げた二段の小外刈「一本」。小外掛気味の一撃目で下げ、飛び込んでの二発目で吹っ飛ばした。動きのスムーズさ、弾けるような二発目の踏み込みの伸び、そして巧みな上半身の制動。好調さがこのシーンだけでわかる、素晴らしい「一本」だった。

準々決勝の世界王者対決、ダリア・ビロディド(ウクライナ)がムンフバット・ウランツェツェグ(モンゴル)から挙げた左小外掛「一本」。右大内刈に入らんと見せた動きに先んじて鋭く入り、大きく決めた。疲労し切って体はフラフラ、首は前傾、明らかな不調のさなかでも見せたこの爆発力。地力の高さを感じさせる一撃だった。

2回戦、ディストリア・クラスニキがマルサ・スタンガル(スロベニア)を投げた内股2発。ケンカ四つの相手の外側に軸足を踏み込んで角度をずらしながら、巧みに己の力を伝えた。ずらす、揚げる、回す、決める(捨てる)、とポイントをしっかり満たしながらも、2発とも具体的な表現方法は少しづつ異なる。技の芯を掴んでいると感じさせられた。

同じく2回戦、メラニー・クレモン(フランス)がサビーナ・ギリアゾワ(ロシア)からマークした出足払「技有」も良かった。前技から流れながら、さらに組み手を交換しながら、という速く濃やかな駆け引きに混ぜ込んだあたりがいかにも最軽量級。複数のタスクをこなしながら、意識の外からタイミングよく撃ち込んだ巧みな一撃だった。

面白いものでは、1回戦でレイラ・アリエワ(アゼルバイジャン)がアジザ・シャキル(モロッコ)から挙げた2度の大外巻込「技有」。引き手を完全に離し、相手の釣り手を抱えた腕で自分の帯を持ってロック、そのまま完全な片手状態で投げを打った。10月の欧州シリーズの男子に見られた「釣り手を放す巻き込み」の先鋭化の一種と捉えられる。ぜひチェックしてみて欲しい。

■ 52kg級 際立ったブシャーの強さと巧さ
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準決勝勝利直後のアモンディーヌ・ブシャー。9分越えの長時間試合にもまったく集中が切れなかった。

【成績上位者】
優 勝:アモンディーヌ・ブシャー(フランス)
準優勝:志々目愛(了徳寺大職)
第三位:マイリンダ・ケルメンディ(コソボ)、アストリーデ・ネト(フランス)

優勝したアモンディーヌ・ブシャー(フランス)の巧さが際立った。最大の山場と目された準決勝ではマイリンダ・ケルメンディ(コソボ)を練れた組み手とタイミングの良い攻撃で封殺。折を見てはなんとケルメンディに圧力勝負を仕掛ける自在の試合運びを見せ、GS延長戦「指導3」対「指導2」で勝利を得た。計9分18秒の長時間試合、反則累積差も「1」のみとスタッツ上は僅少差の試合だが、どの局面でも、ケルメンディの勝利は想起しがたかった。ただしケルメンディの側も無理をした印象はなし。ハイコンディション時のわがままな組み手の基準を一段下げて、ひとまず付き合ったという体の試合だった。五輪に合わせて仕上げたときにどこまでの強さを発揮するかは、いまのところ未知数。

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決勝、ブシャーの肩車。志々目の驚異的な受けでポイントとはならなかったが、直後「指導3」で試合が終わった。

日本代表の志々目は問題なく決勝進出。仕上りの良さを感じさせたが、決勝はブシャーの組み手の上手さにアクセルの踏みどころを与えてもらえなかった。ブシャーは志々目に組ませず、組ませれば先んじて技を掛け、と自在に試合を運んでいた。投げに長けた選手という志々目の属性がハッキリしているぶん、ブシャー側の戦略にも曖昧さがなくなったという印象。「指導3」による決着は妥当だった。

組み手の上手さはもちろんのこと。志々目を実質投げた(試合終了時の肩車。志々目が驚異的な受け方でノーポイントとした)投げ自体の威力、そして長時間試合にも切れぬ集中力の高さ、とブシャーの成長は明らか。明らかに1つ上のステージに登っている。東京五輪には何を持ち込んで来るのか。阿部詩が優勝候補の筆頭であることは変わらないが、やはり最大の変数はこの人とあらためて感じさせられた大会であった。

「ベストスロー&ホールド」もブシャーの技から。2回戦、ジョアナ・ラモス(ポルトガル)を投げた肩車「技有」と、準々決勝でプップ・レカ(ハンガリー)からマークした肩車「一本」を挙げておく。たとえエントリーが小さくても、入らせてしまえば何が起こるかわからない。ブシャーの「面倒くささ」がよく表れた技であった。

■ 57kg級 「時間」すらその手札、芳田司の総合力の高さ際立つ
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粘り強く攻め続ける芳田司。

【成績上位者】
優 勝:芳田司
準優勝:サハ=レオニー・シジク(フランス)
第三位:ノラ・ジャコヴァ(コソボ)、ジェシカ・クリムカイト(カナダ)

日本代表の芳田司がとにかく素晴らしかった。圧巻は、この日抜群の出来で勝ち上がって来たサハ=レオニー・シジク(フランス)との決勝。シジクはスピードもあり、パワーと投げのセンスでは芳田の上を行く強敵。前回対戦(2019年東京世界選手権団体戦)では、ガッチリ引き手で取られた袖を切らんとしたところに大外刈を合わされ、屈辱の一本負けを喫している。

しかも組み手は圧を受けやすい相四つ。率直に言って序盤戦の様相からは勝ち味を感じることは出来ず、ジリジリ陣地を譲った芳田にはともに「首抜き」の咎で「指導」2つが与えられてしまう。筆者は「これは難しい。敢えて長時間試合に持ち込んで寝技で取るくらいしか勝ちのシナリオはないのではないか」と思わず呟いたものであったが、まさか本当にそうしてしまうとは思わなかった。前線で碁石の白黒のみを細かく入れ替えるような粘戦に引きずり込み、GS延長戦2分6秒には「取り組まない」咎で「指導」1つを奪回。最後は払腰を仕掛け、中途半端な小外掛で反応して崩れたシジクに食いつき、逃げる相手を立たせず引き込み、あっという間にひっくり返して抑え込みの体勢。疲労し切ったシジクが辛うじて絡ませた足を容赦なく引き抜き、GS延長戦6分0秒崩袈裟固「一本」で勝負を決めた。おそらく序盤戦では決まらなかったフィニッシュの形、10分という時間を使うことに必然性がある勝ち方である。技、力、組み手、そして「時間」とすべてを手札として使いこなした総合力の勝利だった。芳田のもっとも良いところである全方位性、つまりは全ての要素が高い位置でバランスし、ゆえにどんな相手でもその弱点を的確に突いていけるという長所がよく表れた試合。勝ち方は地味かもしれないが、凄みの漂う一番だった。個人的には芳田のベストバウトだと思う。

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決勝、シジクの背負投。芳田手を着き、すばらしい身体能力でポイントにはさせず。

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2回戦、芳田司がディアッソネマ・ムクングイから内股「一本」

芳田の凄さに次ぐこの階級のトピックは、シジクの仕上りの良さ。この日は新たな武器である腕挫十字固を試運転、1回戦でキム・チス(韓国)、2回戦でサンネ・フェルハーヘン(オランダ)とこの技で2つの「一本」をマークしてみせた。東京五輪の金メダルは、芳田、カナダ代表(出口クリスタかジェシカ・クリムカイト)、シジク、そして(もし出られれば)キム・ジンア(北朝鮮)の4人によって争われることになるだろう。

「ベストスロー&ホールド」は、まず前述シジクの2度の腕挫十字固「一本」に、準決勝でこのシジクがジェシカ・クリムカイト(カナダ)から挙げた大外巻込「技有」を挙げる。大内刈で下げ、腰を引いた相手の上体を引っ張り伸ばし、膝裏に引っ掛け、嫌がって下がる相手を3歩追い込んで投げ切った。強者クリムカイトを相手にしての「上から目線」に、この高い身体能力。いまのシジクの強さが存分に感じられる一発だった。

芳田司が2回戦でディアッソネマ・ムクングイ(アンゴラ)から挙げた内股「一本」も安定の美技。

2回戦でレン・チェンリン(台湾)がアナスタシア・コンキナ(ロシア)に決めた大外返「一本」は今大会屈指の美技。コンキナの身体全体がレンの腰の遥か上まで上がって宙返りしていた。ともに脚が長いこともあり、出来上がった絵は極めて豪快だった。

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テルマ・モンテイロがゴーフラン・ケリフィから送足払「技有」

この日魅せたのはテルマ・モンテイロ(ポルトガル)。1回戦ではザブリナ・フィルツモザー(オーストリア)から「技有」ビハインドを弾き返す背負投「一本」、続く2回戦ではゴーフラン・ケリフィ(チュニジア)を体ごと宙に放り出す送足払「技有」と美技を連発。わけても良かったのが敗者復活戦でレン・チェンリンから奪った小内刈「技有」。レンが、おそらくは相手を下げながらの左出足払を放とうと体の調子をとって飛び込んで来たところにカウンター一撃、逆に引き出しの右小内刈で抜き上げた。レンの出足払がまさに「当たるはず」のタイミング。己の技のインパクトのために体を反らせていたレンはその態勢のまま両足を宙に上げてひっくり返った。業師モンテイロの面目躍如の1日でもあった。

■ 63kg級 アグベニュー盤石の強さ、鍋倉はしっかり力示すも頂点には届かず
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ラリス・アグベニューと鍋倉那美の決勝戦

【成績上位者】
優 勝:クラリス・アグベニュー(フランス)
準優勝:鍋倉那美
第三位:サンネ・フェルメール(オランダ)、アンドレヤ・レスキ(スロベニア)

世界王者クラリス・アグベニュー(フランス)が圧勝。決勝は鍋倉那美をGS延長戦の末に小外掛「一本」で破った。

鍋倉は2019年ワールドマスターズに続く金星はならず。凌ぎながらチャンスを探したが、これという機会がなかなか作れない。アグベニューがスローペースで試合を進めたこともあって危ない場面は少なかったのだが、いざアクセルを吹かして取りに来たら一発で試合が終わってしまった。

絶対王者を相手に凌ぐところまでは辿り着いたが、ではどう取るかという具体的な出口が見えない。この位置関係は五輪代表を務める田代未来と同じ。ケンカ四つである(田代は相四つ)ことで形が流れやすく、お互いが好む近接戦闘が生まれやすいというディティールの違いはあったが、やはり「凌げるが、倒せない」という位相から抜け出すことは出来なかった。

アグベニューの完成度の高さを再確認した大会であった。アグベニューは持ち技も多彩、代名詞的な腰技や裏投だけでなく、この低い小外掛に左小内刈と「一本」取れる技の手持ちが多い。パワーは階級ナンバーワン、組み手も丁寧、投技の種類も豊富で寝技も出来、加えて勝負勘は抜群。隙が見出しがたい。現状の鍋倉の力で出口を探すのは、やはりまだ難しかった。

とはいえ鍋倉、準決勝までは全試合一本勝ち。決勝でアグベニューと矛を交えるという日本代表としてのミッションはしっかり果たしたと言える。所属を辞め、稽古環境が変わっても五輪代表補欠を務めるに足る力が養えていると証明できたことも収穫。今後に期待したい。

「ベストスロー&ホールド」であるが、優勝したアグベニューの技の切れがいまひとつであった(裏投を3度決めているのだが、決めの力強さに欠けた)ということもあり、ちょっとこの階級からは見出すのが難しい。良い技ということでは2回戦でユール・フランセン(オランダ)がハン・ヒジュ(韓国)から挙げた片襟の大外刈「一本」、また変則的な決まり方として1回戦でマリア・セントラッキオ(イタリア)がプリスカ・アウィチ=アルカラス(メキシコ)を投げた袖釣込腰「一本」が面白かった。「ベスト」という観点に叶うかどうかは微妙だが、一応挙げておく。

■ 70kg級 大野陽子圧勝、2回戦の内股「一本」は大会ナンバーワンの美技
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決勝、大野陽子がディーナ・タイマゾワを抑え込み、腕を極める。

【成績上位者】
優 勝:大野陽子
準優勝:マディーナ・タイマゾワ(ロシア)
第三位:キム・ポリング(オランダ)、ジョヴァンナ・スコッチマッロ(ドイツ)

とにかく大野陽子が強かった。全試合一本勝ちというスタッツには収まり切らない「強さ」そのものを見せつけた大会。2回戦でマリア・ベルナベウ(スペイン)を相手に決めた左内股「一本」は力感といい美しさといいまさに文句なし。技一発の絵のみで「強さ」をここまで表現出来る女子選手など世界中見渡してもほとんどいない。二本を持ったまま、起こりから決め、どころか軌道までを、重力にも惰性にも頼らず己が意思で完璧にコントロール。女子でもこんな内股が決められるんだと感動すら覚える一撃だった。

寝技のパターンを増やすなど真面目な大野らしい上積みもしっかり見せた。あとはムラをなくすこと。これまで優勝と初戦負けの両極を行き来する格好になっているが、失敗するときは格下相手に食われることがほとんど。相手の研究と試合のプランニングを徹底して、コンスタントに力を発揮できるようにしたい。力自体は間違いなく世界チャンピオンクラスだ。

ターゲットとされる他有力選手は総崩れ。辛うじてキム・ポリング(オランダ)が3位に食い込んだものの、マリー=イヴ・ガイ(フランス)、マルゴ・ピノ(フランス)、サンネ・ファンダイク(オランダ)と並んだ優勝候補がまさに枕を並べて討ち死に。特にガイの出来は酷かった。序盤戦は悪くなかったのだが、代表争いのライバルであるピノが破れると以後は糸が切れたかのように連敗。ムラ気はいっこう改まる気配なし。この人に本当に強国フランスの代表が務まるのであろうか、ひとごとながら心配になってしまう出来の悪さであった。

五輪本番における力関係は、こうなるともう、まったく読めない。ムラ気のある選手が多すぎる。過去の世界大会を見れば強国フランスがきっちり仕上げてくるところまでは確実なのだが、代表として送り込まれるのがムラ気の第一人者・ガイなのだから、もうこれは当日蓋を開けてみるまでわからない、と言っていいだろう。

「ベストスロー&ホールド」。ベストスローは前述大野陽子の内股「一本」で決まりとして。この日まさかの決勝進出、大活躍のマディーナ・タイマゾワ(ロシア)が良い投げを連発していた。2回戦でジェンマ・ハウエル(イングランド)から奪った裏投「一本」や準決勝でイーファ・コーグラン(オーストラリア)を投げた背負投「技有」もなかなかだが、やはりここは準々決勝でガイを屠った右大外刈「一本」を挙げたい。まずタイマゾワが左内股、ガイが膝を折っての横車で迎え撃つとその反時計回りの回転の先を行って立ち上がり、中途半端に追いかけて再び背を抱いて来たガイをそのまま右大外刈で叩き落とした。ガイの緩慢な動きと対照的な素早さ、そして思い切りの良さが印象的だった。ほか、ジョヴァンナ・スコッチマッロ(ドイツ)がアリーチェ・ベッランディ(イタリア)から奪った内股「一本」も良かった。

■ 78kg級 濵田の力を再確認、「抜けるような」膝の再発が今後の不安材料
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決勝、マドレーヌ・マロンガが濵田尚里から大外刈「技有」

【成績上位者】
優 勝:マドレーヌ・マロンガ(フランス)
準優勝:濵田尚里(日本)
第三位:フッシェ・ステインハウス(オランダ)、ロリアナ・クカ(コソボ)

濵田とマロンガの2強が圧倒的な強さで勝ち上がり、そして大外刈「技有」でマロンガが勝利したのは既報の通り。この2人の実力は極めて近接、どちらが勝ってもおかしくない。この力関係自体は間違いないので、眼前の勝ち負けに関してはもはやあまり気にしなくても良いと思う。何事も「ひきずらない」ことがこの階級の特徴。過去の因縁や対戦成績といった文脈が試合内容に食ってくる割合が極端に低く、毎回力関係に一種のリセットが掛かる。どちらが勝つかわからないところまで力が競っていることがわかっているのだから、あとは本番で勝つと決めて掛かり、それにむかって粛々手を打っていくだけだ。

何より気に掛かるのは、試合の中途で突如「抜けたようになって」しまった濵田の膝の状態。歩けず、2度畳に頽れてしまった。この際既に「技有」ビハインドを負っていたのだが、もはや追撃することはままならなかった。その後表彰式にも歩いて出、自力で生活出来ているということなので重症ではなかったようだが、もしこれが本番で再発するようだと大問題。あのとき何が起こったのかの検証とケアが、今回与えられた最大の課題である。

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濱田逆転のチャンス、「抑え込み」が解かれるとそのまま腕を極めに掛かる。

技術的なことでひとつ言うと、マロンガが関節技に対してきちんと対応出来ていたことが気に掛かった。半ば抑え込み、足を絡ませてやりながら腕緘を狙ったあの場面は、(単なる結果論であるが)足を引き抜いての抑え込みに専心すれば「一本」取れた可能性が高いと思う。現行ルールでは展開している限り寝勝負をウォッチしてくれるので、このあたりをしっかり判断することがかなり大事。その中でどう使うかはともかく、マロンガが濵田の関節を「かなり気にしている」ということは材料として肚に入れておくべきだろう。

より確実な技術を選択し、ミスの可能性を抑えて、とりこぼさずに勝ち切って金メダルを獲る。現状の濱田の力は、こうやって帰納して試合を組み立てていいところまで上がっていると思う。

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準決勝、濱田がフッシェ・ステインハウスに右内股。ここから振り戻して右大内刈「一本」に繋げた。

ベストスロー&ホールド。良い技は数あれど、いの一番に上げたいのは濵田尚里が準決勝でフッシェ・ステインハウスから挙げた大内刈「一本」。投げて勝ちたくてたまらない濱田、それでもその欲を抑えてここまで確実に寝技で勝ってきた濵田がこの日ついに挙げた待望の投技「一本」である。立ち上がった濵田の「やった!」といわんばかりの笑顔が最高だった(当日のライブ中継では、濱田の表情が見える向こう正面側からのスロー再生があったのである)。

この日4つの投げを決めたマロンガは、2回戦でカルラ・プロダン(クロアチア)を相手に決めた内股「一本」が良かった。釣り手で上から後帯、引き手をしっかり引いて軸足を外に踏み込みながら鋭く捩じりを呉れる、という初動の体捌きだけで勝負ありであったが、ここから高く軸足で跳ね上げて、一段技の効果を引き上げた。押しつぶすようなフィニッシュが多かったこの日のマロンガの技にあって、決めに見せてくれた色気を以て「ベストスロー」入り決定。マロンガの技では濵田を投げた2階から降りてくるような大外刈も出色。「強!」と思わずつぶやいてしまう迫力があった。

面白かった技として、1回戦、ネフェリ・パパダキスが、カウサー・ウアラル(アルジェリア)に決めた小内巻込「一本」を挙げておく。左袖釣込腰を仕掛けたところから右手を離してさらに半回転、首を抜き、眼前にある相手の左手を拾って両手で引き落とし右の小内巻込で投げ切った。左前技から回転しての右後技、昭和(の無差別)の香り漂う一撃だった。

■ 78kg超級 ディッコ着実に成長、パワーに加えて得つつある緻密さ
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ホマーヌ・ディッコ(右)とイリーナ・キンゼルスカの決勝戦。

【成績上位者】
優 勝:ホマーヌ・ディッコ(フランス)
準優勝:イリーナ・キンゼルスカ(アゼルバイジャン)
第三位:ニヘル・シェイフ=ルーフー(チュニジア)、カイラ・サイート(トルコ)

ホマーヌ・ディッコ(フランス)が順調に成長している。イダリス・オルティス(キューバ)とイリーナ・キンゼルスカ(アゼルバイジャン)を、それも「一本」で破ったのだから大したもの。両者ともにまだ調整期ではあるだろうが、あの巨体を真っ向勝負で下した、その勝ちぶりの良さには驚かされた。

ディッコは2017年の世界選手権団体戦の代表に抜擢されて注目を浴びた有望株、当時はこの年の世界ジュニアで対戦した日本の素根輝と何かにつけて比較されていた。2020年1月のグランプリ・テルアビブ制覇以降はシニアカテゴリでも大活躍、以後は出場全試合で優勝を飾っている。馬力と巻き込み技に頼っている限りはどこまで行っても素根の敵にはなりえない、と見立てていたのだが、今回は丁寧な組み手に加えて小内刈や出足払、支釣込足などの足技を、それも「取れる」水準で披露。かなり脅威レベルが上がって来た。柔道が素直なこと、そもそものパワーや圧力がまだトップレベルに達していないこと、素根とはケンカ四つである(釣り手操作や左右の組み立てといったテクニカルな部分で差がつきやすい)ことなどを考えれば現時点ではまだそれほど怖い相手ではない。ただしこの急激な成長が今後も続くようであれば要警戒。現時点で、素根・オルティスの2強に迫る存在として強く意識しておくべきだろう。

「頭脳派の階級」という側面が加速しているように思われた。牽引役はニヘル・シェイフ=ルーフー(チュニジア)と今回大活躍のホーテンス=ヴァネッサ・ムバラ=アタンガナ(カメルーン)のアフリカ勢ふたり。両者が対決した3位決定戦は地味ながら、互いがやりたいことを読み、罠を仕掛け合う見ごたえのある頭脳戦であった。オルティスにカイラ・サイートと現在のこの階級の上位陣はいずれも戦略面に優れた選手ばかり。一見典型的な大型×巻き込みの選手であるキンゼルスカも実は両方の組み手に左右の巻き込みを使いこなし、柔道自体が非常にロジカル。しかも自分の弱点をきちんと理解し、強化の方向も的確(明らかに下半身の強化とスタミナの増大を図っている)だ。地味な試合が多いゆえなかなか理解されにくいかもしれないが、もっかこの階級の様相は知力戦。考えない選手はもはや勝てない。ぜひその観点からも試合をウォッチしてみてもらいたい。

ベストスロー&ホールド。どうしても投げが映える階級とはいかないので挙げづらいのだが、準々決勝、前述ムバラ=アタンガナがジュリア・トロフア(フランス)を放った浮技「技有」は良かった。ケンカ四つの背中の差し合い、トロフアが右の前技から立ち戻ったタイミングをそのまま反時計回りに放った。シェイフ=ルーフーとムバラ=アタンガナらアフリカ勢はこの超級世界に、横捨身技という極めて階級特性に叶った技を持ち込んで地理的不利を克服してきた選手。体を連結したまま円運動で重心移動を強い、自らの大きな体を捨てるという強い力を利用して、足腰の弱い大型を効率よく放る。このところ警戒されて決まる場面が少なくなっていたのだが、久々、お手本のような素晴らしい一撃だった。

もう1つ、投げではなく「ホールド」から。これは逆にヨーロッパ選手がアフリカ選手を屠った試合。1回戦でアン=ファトゥメタ・ムバイロ(フランス)がソニア・アッセラー(アルジェリア)に決めた三角絞「一本」は見事であった。

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