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【eJudo’s EYE】「強さ」と「豊かさ」が女子柔道救う、皇后盃の価値再認識した大会/第35回皇后盃全日本女子柔道選手権評①

(2021年1月4日)

※ eJudoメルマガ版1月4日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】「強さ」と「豊かさ」が女子柔道救う、皇后盃の価値再認識した大会
第35回皇后盃全日本女子柔道選手権評①
文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

■ 選手の仕上り自体に、「皇后盃」の重み感じた1日
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開会式。この晴れ舞台に臨むべく必死でコンディションを作って来た、選手の仕上りの良さ自体に圧倒された大会だった。

前日の天皇杯(全日本柔道選手権)における熱戦の余韻冷めやらぬ中、翌27日に同じ講道館大道場で行われた皇后盃(全日本女子柔道選手権)。こちらも負けず劣らず魅力的な大会だった。筆者が生で見た皇后盃の中では、もっとも面白かった大会だったと思う。準決勝・決勝の戦いに胸躍らせた大会数あれど、ここまで一戦一戦に感じ入ることが続いた年はない。

まず、とにかく選手の仕上りが凄かった(ただし第一人者と目された朝比奈沙羅を除く。彼女の今大会での出来については稿を改めたい)。皇后盃というものはここまで選手にとって戦いがいのある場、価値のあるステージなのだと、こちらの認識の書き替えを迫るレベルだった。率直に言って、筆者は体格差の影響が大きい女子にあっては、男子ほどこの無差別に掛ける熱量が少なく、軽量級選手にとってはどこか「あれは別物」と冷めて捉える姿勢があるのではないかと勝手に思い込んでいたところがあるのだが、まったくもって意識をあらためさせられた。

仕上がりの良さ自体で唸らせた選手は髙山莉加、能智亜衣美、荒木穂乃佳、稲森奈見、寺田宇多菜、桑形萌花と枚挙に暇がない。荒木はコロナ禍で対人稽古が困難な警察の所属だが、その中で苦心しながらよほどの錬磨を重ねて来たのだろう。桑形も稽古環境が激変したと仄聞するが、その中で高校生ながらベスト4入りの快挙達成、ひたすら感じ入るしかない。皆、練習環境ままならぬ中、この皇后盃の晴れ舞台を目指して己を磨き、その仕上り自体を以てこの皇后盃が女子選手にとってどれほど重みのあるものなのかを示してくれた。志々目愛と角田夏実に至っては仕上りや試合のパフォーマンスはもちろんのこと、エントリーすること自体で皇后盃の凄さを語ってくれたと言える。どちらも独自の技術体系で柔道を突き詰めて来た「投げる」「極める」という柔道の本質に極めて感度高い選手。さてこの大きい選手をどうして投げてやろうか、試合場での一挙手一投足に「この人たち、よほど出たかったんだろうな」と思わせる喜びが溢れていた(余談ながら、推薦選手枠の拡大を聞いた中村美里さんは「ずるい!私ももっと出たかった!」と興奮していたそうである)。まずは皇后盃の価値と重み、その認識を大きく更新した大会であったとひとつ総括して、話を続けたい。

■ 令和2年大会が示唆する「豊かさ」、皇后盃は再び女子柔道を照らす光となる
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冨田若春との3回戦に臨む玉置桃。玉置の柔道は今大会の白眉、凄まじい仕上がりの良さを見せてくれた。

仕上りの良さ自体で魅せた選手たちの中で特に印象的だったのは玉置桃、鶴岡来雪、大辻瑛美の57kg級勢3人。先に結果を並べると、玉置はまず1回戦で体重100キロの白石麻葵佳からGS延長戦「指導3」で勝利、2回戦は推薦選手の48kg級角田夏実から同じくGS延長戦「指導3」で勝ち抜け、3回戦では優勝した冨田若春にGS大外巻込「有効」で敗れるも倍近い体重の相手に本戦4分間を戦い切った。鶴岡は78kg級の強者浜未悠を相手に「指導2」まで失いながらもGS延長戦の背負投「技有」で殊勲の1勝。大辻は70kg級の佐々木南からGS延長戦の大外落「有効」、続いて体重98キロの黒坂麻樹から大外落「有効」で勝利、3回戦は準優勝者の橋本朱未にGS延長戦「指導3」で敗れたが2勝を挙げてベスト16入りを果たしている。

それぞれ階級が上の選手から勝利と赫赫たる戦果挙げているわけだが、彼女らの戦いで特筆せられるべきは結果ではなくその内容。実に魅力的だった。

特に推薦枠で出場した玉置の出来は今大会の白眉。率直に言って、玉置の試合にこれほど惹きつけられたことはない。こんなに戦うこと自体が楽しそうな玉置を初めて見た。躍動感に溢れていた。減量がないゆえか動きの切れも素晴らしく、そして玉置独特の組み際のカン、組み手のカンは対重量級戦にこそ生きる。今大会の最強選手、登録体重102キロの冨田若春を相手にした試合では、「待て」が掛かるたびに、やりがいのあまり思わず顔が笑ってしまっていた。稽古で、将来のエースと見込んだ感度の高い選手に到底かなわない強者を当て続けたときに見せてくれる、あの顔だ。鶴岡は78kg級の浜を相手に戦略、スピード、気風の良さに技の威力とこちらも魅力あふれる試合ぶり。一挙手一投足の動きから溢れる「余り」が半端ではない。「鶴岡ってこんなにいい選手だっけ?」(もちろん体重別での強さは重々承知)と思わずペンを握る手にも力が入る。3階級上の相手に「投げなければ勝ちはない」とばかりにあくまで投げのための作りをダイナミックに行うその戦いぶり、そして実際に決めてみせた能力の高さ。端的に言って“ファンが増えそうな”柔道だった。大辻はむしろ無差別で輝く選手、相手の足元を崩し、剛体を作り出しては背負落と大外落の前後の大技の連携で攻める。この場こそ自分のフィールドと思い込んだものの輝きがあった。

玉置の試合ぶりに「これほど楽しそうに見えたことはない」「これほど惹きつけられたことはない」と書かせて頂いたわけだが。まず、選手がやりがいのある場を得るというのはこれほど大きなことなのか、というのが最初の感想。別人のパフォーマンスだった。次に抱いたのは、玉置や鶴岡の戦いぶりが、体重別とは全く違う光を放ったことから考える、この大会の価値である。

日本の女子柔道の特性の1つに、1人1人は個性たっぷりで尖った選手が多いにも関わらず、国内トップレベルになると途端に消耗戦が増え、選手の面白さほどの魅力が試合から放たれなくなることが挙げられる。刈り・担ぎ・跳ねそれぞれの業師、一発屋、寝技のテクニシャンと魅力的なタイプが揃いながら、レベルが上がると相手の良さを消すテクニックが相対的に優位となり、なかなか互いの長所を出し切れない。フィジカルに差が出にくい女子は大雑把に言って「相手の良さを消す技術」の効果が男子のそれと比べて高い面があり、ゆえに強者であってもある程度これに付き合って局所的優位を確保せざるを得ないところがある。レベルが上がれば上がるほどこの「相手の良さを消す」必要性も能力も上がり、消耗戦の割合は増える。これは仕方のない面もある。ただ、こう言った事情を超えて感じるのは、キャリアのあらゆる場面で負ければすべてを失う環境に置かれ続けた、日本女子柔道全体の閉塞だ。

日本の女子選手は、若年世代から「目の前の試合に勝たねば終わり」の極めて厳しい戦いの連続を強いられる。競技人口が少ない中、そしてゆえに指導者が野望を持ちやすいという事情もあって、小さい頃から「負けない」メソッド、「試合の勝ち方」を叩き込まれる。あらゆるカテゴリ、あらゆるレベルに染みこんだその弱肉強食感は男子の比ではない。もちろん代表クラスに辿りつくレベルの選手は飛びぬけた投技であったり圧倒的なフィジカルであったり単なるメソッド柔道に収まらない「尖り」を持つものばかりなのだが、現在の日本女子柔道競技全体のベースがこの「負けられない」文化にあることに異を唱えるものはほとんどいないはず。どんなに優れた選手でも、己を輩出した風土から無縁であることは難しい。トップレベルの「勝つ」選手同士の争いは、イコール、トップレベルの「負けない」選手同士の相克でもある。これが日本女子柔道の「世界で勝つことよりも国内で勝つことのほうが難しい」「競技人口は少ないがレベルが高い」という強さを担保するとともに、そのままイコール「長所を消し合う消耗戦が多い」「レベルは高いが競技人口が少ない」閉塞を生み出しているわけだ。

だから、この「光の消し合い」の効果が強い体重別、それもひときわその匂いの濃い軽量級から送り込まれた3選手の何かから解き放たれたようなこの日のパフォーマンスには、ひときわ考えさせられるものがあった。特にあの「一方的に組み、一方的に掛ける」ことの極北とも言える玉置、負けられない試合の連続に疲弊し切ったかのように失速して五輪代表に手が届かなかったこの選手の打って変わったイキイキとした進退には、単なる驚き以上に何かを感じさせるものがあった。ここから我々が導き出すべきものは何か。皇后盃という晴れの場に身を置けるという高揚感か、負けてもともとの「足し算」の試合と規定するがゆえの精神的な身軽さか。もちろんそれは確実にある。だがもう少し進んでその先にあるものを、考えてみたい。2つ提示する。

まず1つは、体重無差別というレギュレーションが具体的に示してくれるもの。これについてはこの日イキイキと試合をしていた選手たち、例えば玉置桃や角田夏実が、実はひときわ柔道の根源的な面白さに感度の高い選手でもあることにフォーカスして考えたい。玉置は正しい柔道を標榜し極めて体系的なメソッドを持つ三井住友海上チームにあって、下手をすると「邪道」と言われかねない「韓国背負い」等の変形技を工夫して、ひとり己が道を行く選手である(彼女のこの技はコーチに教えられたものではなく、自ら研究して得たものと仄聞する)。角田はご存じの通り、多種多様な理屈と形を持ち込んだ巴投においては「投げる」ことを、腕挫十字固に特化した固技技術では「極める」ことを追求した、他の誰とも違う技術体系を持つ選手である。2人とも、とかく勝敗だけがフォーカスされがちな女子柔道世界にあって、そのメソッドからはみ出した旨味の部分に興味を持つ面白い感性の選手であると言えるだろう。そういう選手が、体重差という問答無用のハンデを与えられたときに、その興味の矛先は、ある意味勝敗には向かなかった。余計なもの(負けてはならない体重別の軛)から解放された彼女らが本能的に目指したのは、目の前の人間を「どうやって投げるか」「どうやって極めるか」というこの競技の本質であったと思う。玉置は体重が倍近い選手を相手に、あくまで投げることを目指してアプローチを繰り返していた。我々の心を捉えたのはまさにその部分だったのではないだろうか。投げる、極めるという柔道の本質との向き合いが、我々を感じ入らせたのではないか。そして我々がここに感応して正しく評価し、彼女たちがこの部分を広げていくことは、競技成績だけで評価され己もそのことで閉塞しがちな女子柔道世界に、別のパースペクティブと希望を与えてくれることになるのではないだろうか。形式上の勝敗とは異なる柔道自体の魅力。無差別という世界はやはり、勝ち負けを超えた柔道の楽しさ、面白さを見せてくれるものなのである。

もう1つは、異なる文化があること自体の可能性。同じ文化と価値観を持つものだけが同じ壺の中にどっぷり浸かる、それ自体で完結した世界はどこまで行っても変わらない。日本の女子柔道が特殊な世界であることが、国際大会で他国の選手と錬磨することで初めてわかるように、自己理解にも、変化にも、カウンターカルチャーとなる「別の世界」の存在が絶対に必要なのである。皇后盃は、まさにこの、体重別世界に対するカウンターカルチャーとして機能し得る。

体重別の勝敗ヒエラルキーにベテランから若年カテゴリまでが縛られ、どうにも身動きの取れない日本の女子柔道競技世界(精神的に疲れ切ってもう続けようにも続けられないというエグジットの仕方は男子より遥かに多いと感じる)は実は崩壊の一歩手前にあると思う。新規参入者はもちろんこの世界観の中で生き続けようとするものの絶対数も確実に減り続けていて、もはや存亡の危機である。その中にあって、そのヒエラルキーと異なる世界がすぐ近くにあることの意味は大きい。体重無差別であることが生む種々様々なテクニカルな事情はもちろん面白いが、それ以上に「違う価値体系がある」と示すこと自体に意味がある。全柔道人が注目する最高峰と規定される場で、「多様性」を示す。いま目の前にある世界だけがすべてでないことを示す。勝敗以外にある、柔道自体の面白さを示す。男子の天皇杯とはまったく別の文脈で、皇后盃は日本の女子柔道に欠かせないものなのではないだろうか。

2つに共通するものはなにかを考えると、これは競技をテコにパイを拡大し、そして競技に頼りすぎたがゆえに細りつつある日本女子柔道に絶対的に欠けているもの、つまり「豊かさ」であることに気付く。皇后盃は、日本の女子柔道が競技技術の先鋭化と引き換えに失ってしまった、もう得ようにも容易には獲得出来ない「豊かさ」を提示し補完してくれる、貴重極まりないステージなのだ。

当日、「全柔連TV」の公式ライブ中継のオープニング。実況解説を務めた筆者は、皇后盃の来歴を簡単に紹介して欲しいとの依頼を受けて、冒頭このように話させて頂いた。「日本の女子柔道は戦前からの伝統あるものですが、競技化は遅く、当初は国際大会での戦いという意味でも、競技の普及という意味でも非常に苦しい時代がありました。その中にあってこの大会は、『唯一無二の王者を決める』という説得力の強さ、そしてなにより、この大会が『ある』ということ自体で、すべての女子選手を勇気づけた、現在世界最強と言われる日本女子柔道勃興の礎となった大会であります」と。創設から35年。日本の女子柔道が競技世界で爛熟しそして疲弊し切ってしまった現代にあって、皇后盃は別の形でもう1度、日本の女子柔道の光になってくれるかもしれない。女子柔道を救ってくれるかもしれない。そんな妄想まで抱かせる、玉置ら軽量選手の躍動ぶりであった。

■ 重量選手の活躍は皇后盃もう1つのアスペクト、「強さ」を示す
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準決勝、橋本朱未が桑形萌花から内股「一本」

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準々決勝、冨田若春が児玉ひかるから大内返「一本」

軽量・中量選手の活躍に沸いた1日であったが、ベスト4は冨田若春、橋本朱未、稲森奈見と超級選手が3名を占め、決勝は冨田と橋本が争った。皇后盃の「豊かさ」についてここまで延々書いて来たわけだが、今大会はもう1つのアスペクト「強さ」もしっかり満たしてくれた大会だったと言える。

「ベストスロー」も、超級選手から。まずは準決勝、橋本朱未が桑形萌花を放った内股「一本」。組み手で絡みかんとする桑形を相手に一瞬で引き手で袖、釣り手で奥襟を一方的に掴み、頭を下げさせたその上で、その上がり際に2ステップで飛び込んで振り回すように決めた。この日の台風の目桑形も、ここまで状況を積まれてはたまらない。手足をもがれたも同然のノーガード状態から、パワーと遠心力をまともに受けて畳に沈んだ。これまでの桑形の善戦があるだけに、本格派超級選手の強さが際立った一番であった。

準々決勝、こちらは重量級選手同士のぶつかりあい。冨田若春が児玉ひかるを相手に決めた大内返「一本」。思わず「強い!」と叫んでしまう体の強さと技自体の切れ味はもちろん、ケンカ四つの児玉に敢えて組ませておいて、徐々に釣り手の位置を下げてやり、引き手を得、「決まる」作りを終わらせてから誘うそのクレバーさも見事であった。超級らしからぬ運動性能と身体能力を誇る冨田、これを支える柔道頭の良さも見せた一番。

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3回戦、中原爽が高山莉加から大外返「一本」

重量級の強さということでは3回戦、中原爽が高山莉加を畳に埋めた大外返「一本」も外せない。78kg級のトップ選手である高山はこの日絶好調、この場面も体重125キロの中原を相手に相四つ横変形ガップリで組むと、釣り手をかみ殺されて下げられたことにまったく構わず、ケレン味なく、牽制技を挟むこともなく正面からの右大外刈一撃。しかし中原まっこう迎え撃ち、両足を踏ん張って止めると間を置かずに肩を入れ、足を高く揚げての巻き込みで思い切り返して豪快「一本」。高山の技はさすがに無茶であったが、この思い切りの良さこそこの選手の真骨頂。そして迎え撃った中原のこれぞ超級選手という確信に満ちた、そして質量を存分に利した返し矢も見事。まさに力と力のぶつかりあい、非常に見ごたえある攻防であった。相手の長所を消し合うのではなく、「良さを出し合う」という今年の皇后盃全体を支配した空気感を、もっとも端的に表した一番であった。

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準々決勝、稲森奈見が梅木真美から右足車「有効」

同じく重量級の強さという文脈で準々決勝、稲森奈見が梅木真美から奪った右足車「有効」。梅木の武器は「がっちり組むこと」自体にあるのだが、稲森はこの1階級下の世界王者に対してこの戦術を敢えて受け入れ、組ませたままの真っ向勝負を選択。ケンカ四つの梅木に奥襟を与えたまま、自らは引き手で襟、釣り手は後襟に四指を入れるという、互いに力がまともに掛かる形で勝負を挑み続け、腰を切って入ってくる梅木の技にはことごとく右小外掛の返し矢を狙う。この形でガッチリ組み合い、梅木に奥襟を与えたまま今度は一転前技。得意の右足車で投げに掛かる。引き手が襟ゆえ構造的に回旋運動が足りないのだが、これは自らも承知。相手が崩れるなり素早くその体を乗り越えて角度を増し、襟を引っ張り続けて無理やり天井を向かせ決勝点の「有効」奪取。最後まで両手は相手をガッチリ掴んだままだった。相手を投げるには体の連結が必要、そのためには相手に持たせても自分がしっかり持った方がいい、たとえ相手が世界チャンピオンでも。稲森の体の強さ、そしてすべてを受け入れてなお勝ってみせる超級選手の矜持を強く感じさせた一撃だった。出だしから好調、素晴らしい仕上がりを見せていたこの日の稲森のハイライトシーン。

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2回戦、鶴岡来雪が浜未悠を右背負投で攻めまくる。最後はこの技で「技有」獲得。

今度は軽量級が重量級を狩った一撃。2回戦、前述の鶴岡来雪が浜未悠から奪った右背負投「技有」。この試合はケンカ四つ、鶴岡は3階級上の相手を動きの良さと組み手の上手さで翻弄。釣り手一本の攻防から浜の釣り手を巧みに外に弾き出しては、相手を前にあおりだしながら時計回りに円運動。これをベースに浜が釣り手を内側に戻そうとする、あるいは引き手を求めて手を伸ばす動きに合わせて右背負投を連発。常に歩かされている格好の浜は横移動の瞬間を狙われるため踏ん張りが利かず、得意の小外刈でこの技を返すことが出来ない。それでも体の強さとバランスの良さでなんとか膝を着く、あるいは伏せるところまでに留めていたが、あくまでこの攻撃を止めない鶴岡の連続攻撃に疲弊。GS延長戦2分0秒、棒立ちになった浜の懐めがけて鶴岡が右背負投に潜り込み、「技有」奪取でついに勝負が決した。対重量級戦のお手本のような戦略、そして技術の高さだった。何より3階級上の選手に対しあくまで投げて決めんとしたその姿勢自体が見事。

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2回戦、大辻瑛美が黒坂麻樹から大外落「有効」。

これも前述、大辻瑛美が2回戦で黒坂麻樹からマークした大外落「有効」。体重差41キロ、それも圧を受けやすい相四つ(右組み)の相手に対し、先に両手で片襟・袖と抑えての時計回り運動を徹底。黒坂が掴まれた袖を切ろうと肘を引っ込めてもう一段時計回りに動いたその先、右後隅めがけて思い切って飛び込んで投げ切った。この体重差、もし脚を上げて返されれば大辻の軽い体はそれだけで吹っ飛んでしまう。絶対に脚を上げさせてはならない。それには相手の右足に重心を掛けておかなければならない。ために大辻は時計回り運動で相手が右足を動かす際を狙い続け、さらに直前に小内刈でこの右足を叩き、一瞬踏ん張りを強いることで体重を掛けさせている。さらに狙ったのは、相手が組み手を切り離そうとして肘を引っ込めた瞬間。肘が体に近い位置にあると人間の体はバランス調整が出来ず、特に同側の足を外側から攻められることには決定的に弱くなる。ここに片襟という強いツールで右肩を下げさせながら(=体重を右足に集めながら)全体重を打ち込んだ。大きい相手を投げるために、全ての要素を一点に集約させた理屈勝ち、そして最後に必要な思い切りを満たした度胸勝ちの一撃であった。

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2回戦、寺田宇多菜が鈴木伊織から内股「技有」

2回戦、講道館杯70kg級を制して勢いに乗る寺田宇多菜が1階級上の強者・鈴木伊織を斬り落とした左内股「技有」も素晴らしかった。この試合はケンカ四つ。右組みの鈴木は両袖、あるいは「逆組み」と相手の釣り手を落とすことに特化した癖のある組み手と、この形から仕掛けてくる高低織り交ぜた右袖釣込腰が特徴の難剣使い。寺田は一手目でしっかり前襟を掴もうと丁寧に対処したがゆえにこの罠に捕まり、釣り手で袖を落とされてしまうことが続く。ために先手を許して試合は鈴木のフィールドである消耗戦となっていたのだが、負傷中断の間に一計を案じた寺田は組み手を変更、釣り手で大胆に背中を叩く作戦を採る。鈴木が明らかに嫌がると見るや、これを撒き餌に相手のガードを挙げさせてついに前襟確保。窮した鈴木が膝つきの右大内刈に袖釣込腰と放つも崩れず、釣り手を跳ね上げ、勝負技の左内股に踏み込んで綺麗に宙を舞わせた。滞空時間が長い技自体の美しさもさることながら、的確に組み手を変えた戦術眼、きっかけ1つですべてが変わった展開の妙、チャンスを見逃さない思い切りの良さ、そして消耗戦から一転鮮やかな技で決まったカタルシス、と柔道の妙味詰まった一撃であった。

というわけで。天皇杯・皇后盃2日間を終えて。両大会共通して得られた結論は、体重無差別で争うこの大会は「強さ」ととともに、柔道の「面白さ・豊かさ」が存分に表現出来る場であること。そしてこれを最大限に表現するために、ルールや出場枠の設定など、工夫の余地がまだまだあること。そしてこれが出来れば、体重別世界の閉塞の解消にもつながり、一般ファンにも訴求力が生まれること。一貫して「全日本の再生は可能」「それが体重別競技世界も含めた柔道全体の再生に繋がる」と強く感じた2日間であった。

※ eJudoメルマガ版1月4日掲載記事より転載・編集しています。

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