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【eJudo’s EYE】変化することでこそ価値は守られる、「全日本」の復活確信した大会/令和2年全日本柔道選手権早出し評⑤

(2021年1月1日)

※ eJudoメルマガ版12月31日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】変化することでこそ価値は守られる、「全日本」の復活確信した大会
令和2年全日本柔道選手権早出し評⑤
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講道館大道場、嘉納治五郎師範の写真の前に選手が集う。全選手の大会に対するリスペクトが、今年も全日本を全日本たらしめた。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

今年の全日本選手権は、飛びぬけて面白かった。見逃していい試合など一試合もなかった。何より、これぞ全日本選手権という往時の華やぎを感じさせた。最強選手を決める緊張感、棲む世界(それぞれの階級)異なるものが交わることで生まれる時間と空間が捩じれたような感覚、普段とはまったく違う方法論のぶつかりあい、小が大を倒す驚き、際立って異なる個性の相克による意外な化学変化。そして、選手があまりにも真剣であるゆえに生まれる無数の勝負の綾。序盤戦で感じた「誰が勝ってもおかしくない」という皮膚感は、近年の全日本にはなかったもの。全日本の趣は時代によって少しずつ変わるが、「タイプの違う実力者が高いレベルでひしめき、誰が勝つかまったくわからない」というこの感じ、きっと昭和40年代前半の全日本選手権進行中の観客はこういう感覚を抱いたのだろうなと思わず妄想してしまう(色々考えたがその時代が妥当と愚考)ものがあった。

さて。まず、会場の変更や無観客試合というやむなき措置をものともせず、全日本の「格」が守られたことが非常に喜ばしい。舞台装置として提供された講道館大道場という場が、嘉納師範(の写真)の眼前という日本武道館とは異なる価値体系での磁場の高さを備えていたことはもちろんだが、何よりこれに寄与したのは選手全員のこの大会に対するリスペクトである。試合の格は、選手たちがその大会をどれだけ大事なものとして捉えているかという共通感覚で決まる。外野がいかにその価値を力説してもこれが伴わなければ「すべての柔道人が憧れる最高峰大会」などという言説は建前にしかなりえない(IJFが最強大会との触れ込みで企画し極めて高額の賞金まで用意した世界無差別選手権が、さして盛り上がらぬままフェードアウトしたことを思いだして欲しい)。出場選手たちの緊張した、それでいて誇らしげな表情、そして真剣な戦いぶりはこの大会が変わらず我々柔道人にとって唯一無二のものであることを何より雄弁に語ってくれた。会場が変わっても、観客がいなくとも、選手が「全日本は全日本」とその価値を信じてくれたから、我々の大事な全日本は守られた。それがまず嬉しい。まことに僭越ながら、すべての選手に感謝を申し述べたい。

さて、この先が本論。今年の全日本は「格が守られた」という引き算視点だけで語ってはならない。冒頭書いた通り今年度大会は「近年稀に見る面白い」特別な大会であり、かつて全日本に内在していた魅力が蘇った、全日本ならではの(そして近年失われつつある)妙味が堪能できた大会であったからだ。全日本柔道選手権の再興は十分可能と確信できた1日であった。明らかに史上のターニングポイント、この「潮目」を見逃してはならない。そして、この極めて全日本らしい大会の推進力となったのが、ことごとく今年取られた特別措置(「コロナ禍」を奇貨として)であったことをしっかり評価すべきだ。

「予想座談会」でも少し触れているが、この数々の施策は奇しくも一部の識者、あるいは強化関係者が唱えていた全日本選手権改革案と相似である。以下列挙する。

まず、時期。通常の開催日である4月29日は、五輪・世界選手権の最終選考会となる全日本選抜体重別選手権から僅か3週間後。かつ世界大会まで3か月弱しか猶予のない、体重別のトップ選手にとっては極めて出場の難しい時期である。これを五輪・世界選手権終了後の秋口あるいは冬(4月29日は昭和天皇の誕生日。上皇さまの誕生日である12月23日なら天皇杯という大会の文脈にもかなう)に移せば選手が参加しやすいのではないかという仮説があったわけだが、コロナ禍による大会延期という他動的な事情によって、これが実現出来てしまった。結果として五輪代表・補欠選手が大挙参戦する豪華大会が実現したのは、みなさんが目にした通りである。たとえ出場権があったとしても、代表争いが終わったばかりで世界大会を3か月後に控えるという従来の日程では、彼ら体重別のトップ選手の参加は難しかっただろう。

次に推薦枠の拡大措置について。今大会は、五輪代表・補欠選手に与えられた推薦枠によって60kg級から永山竜樹、81kg級から藤原崇太郎、90kg級から向翔一郎ら軽量選手が大挙出場(※73kg級の海老沼匡と90kg級の長澤憲大はエントリーしたが当日欠場)、大会を大いに盛り上げた。全日本選手権でしか見られない、極めてレベルの高い「小と大」の戦いの連続。地区予選を勝ち上がった81kg級の佐々木健志の大活躍もあり、例年以上に無差別の面白さが堪能できる大会となったのは皆さんが目撃した通りだ。「大」の強さに「小」の味。これぞ全日本柔道選手権絶頂期の姿である。

この推薦枠は続けるべきだ。単に「小さい選手にもチャンスを」という感傷的な理由ではない。そのほうが面白いから、そして何より、いまやその方が全日本選手権らしさを保てるからである。

全日本選手権の重要アスペクトである「多様性」は、かつて地区代表制によって十分担保されていた。日本は広い。それぞれの地方によって柔道文化も違えば、方法論も違う。結果輩出される選手のタイプも多種多様、隔絶された風土で育った選手が一同に会す本戦の戦いには「異なる出自と方法論を持つ者の衝突」という見どころがあり、それによって生まれる錬磨は選手相互のレベルを確実に高めていた。かつての全日本で繰り返し語られた「ありとあらゆるタイプが集い、そのすべてに勝ち抜く力がなければ優勝出来ない」という厳しさ、その源泉である多様性を確保する方法として地区予選制度は十全に機能していたのである。しかるに、現在は柔道メソッドの均一化が進み、地方予選に参加するものも学生時代に中央の大学で揉まれたものがほとんど。中央と地方の差は風土や方法論の違いではなく、単なる競技レベルの高低という貧しい上下関係に堕ちつつある。地区予選制度という1つのフィルタだけではもはや「ありとあらゆるタイプが揃う」全日本の面白さは確保しがたい。この状況を冷静に捉えれば、そして今大会の豊かさを考えれば、いまや「多様性」を確保するに最適な解は体重別の強者にも出場権を与えることだと断言してしまっても良いのではないだろうか。

それでは大会のレベルが下がってしまうのではないかと危惧する向きには、先に挙げた推薦枠出場の軽量級選手が全員いずれも勝利を収めたという事実を以て答えたい。

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※ eJudoメルマガ版12月31日掲載記事より転載・編集しています。

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