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【eJudo’s EYE】背筋寒くなる完封劇、技術の粋尽くした11分41秒/令和2年全日本柔道選手権早出し評②

(2020年12月28日)

※ eJudoメルマガ版12月28日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】背筋寒くなる完封劇、技術の粋尽くした11分41秒
令和2年全日本柔道選手権早出し評②
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1回戦、羽賀が体重135キロの黒岩貴信から内股「一本」。いきなり掛けてもこの技は決まらない。ここまで時間一杯積み重ねた「作り」にこそ羽賀の凄さがある。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

■背筋寒くなる完封劇、技術の粋尽くした11分41秒

優勝した羽賀龍之介の代名詞は言うまでもなく内股。初戦で体重135キロの黒岩貴信から「一本」、大締めの決勝でも「一本」を奪ったこの左内股こそが最後に振るうべき伝家の宝刀であるのだが、羽賀の凄みは技自体はもちろん、この内股というゴールに向かって、そして相手がそれを良く知っていることを存分に利して試合を組み立てていたこと。羽賀の内股が決まるシーンの前には、それまでの試合時間いっぱいを使った「作り」が利いている。知っていてなお前に出なければならない事情、あるいは一瞬足を止めなければいけない状況を押し付けられる。内股を警戒する側(そば)から飛んでくる足技に、右にも左にも動けぬがんじがらめの「マト」と化した自分を受け入れる瞬間が続き、心が折られる。そしてまっすぐ来るはずの内股が、あるいは3拍子で来るはずの内股が、斜めから、あるいはひと呼吸で飛んでくる。黒岩貴信戦の内股が決まったのは3分5秒だが、簡単にいって試合開始早々に同じ技を仕掛けたとしてもあの内股は決まらない。インサイドワークのレベルの高さ、これを具体的に可能ならしめる身体能力、そしてそのゴールに世界レベルの投げがあることが羽賀の柔道の基本設計である。

入りの1回戦と締めの決勝が派手な内股「一本」で決まったために羽賀の特徴の一側面である「技」が際立つ格好となったが、今大会で光ったのはむしろその賢さ、インサイドワークの方であった。まずそこから語りたい。ハイライトは間違いなく3回戦。2月に絶対王者テディ・リネールを破り、11月に講道館杯100kg超級に優勝し、間違いなく今年一番騒がれた最重量級選手、優勝候補筆頭の影浦心を畳に迎えた一番である。背筋が寒くなるような一番だった。

この試合は両者左組みの相四つ。映像を見返す機会があったなら、ぜひ「影浦の釣り手」に注目して羽賀の挙動を観察して欲しい。争点は、影浦がこの釣り手で左背負投を掛けられるかどうか。

背負投が仕掛けられる釣り手の条件をごく簡単に言えば、前襟をある程度高く把持し(低いと相手に力が伝わらない)かつこの手が相手の腕の重みを受けずに自由に操作できること。この「自由に操作」をもう少し詳しく言えば、肘が自分の意志で曲げ伸ばしできること、このために釣り手の角度を鋭角側に保っておくこと。この「角度を保つ」と「自由に動く」を担保するための端的な表現が、指導者がよく言う「襟を高く持って、手首を立てた状態」ということになるわけだ。

羽賀はあらゆる手立てを使って、影浦最大の得意技のそれも最大のポイントである、この釣り手を無力化した。この「あらゆる」という引き出しの多さ自体がこのレベルの戦いにあっては重要で、影浦は釣り手を潰される状況を打破するために乗り越えるべきハードルが具体的にはなんなのか、的を絞ることすら出来なかった。何をやっても羽賀が腕を絡ませ、重みを掛け、さりとて切れば下がったその分間合いを詰められ、羽賀必殺の内股を仕掛けるに最高の形である奥襟を与えることになってしまう。

影浦が前襟に手を伸ばす。一瞬、数センチ羽賀が下がり、ためにこの手は空を切る。すかさず影浦が腕をいったん引っ込めるその動作に合わせて羽賀の長い腕が影浦の脇を高く持つ。影浦は外側から僅かに、手首と手首が絡む浅い関係でしか釣り手を置けなくなってしまう。前襟を持っているはずの掌が掴んでいるのは、空だ。

影浦が前襟を持つ。その時にはもう羽賀が持ち返して腕の重みを掛けている。袖を掴んで力で引き落とすのではなく、敢えて襟を持って腕の重さ自体を使っているので下側へのプレッシャーが切れる瞬間がまったくない。把持を続ける影浦の手首の位置がわずかに下がる。同時に羽賀は拳一個分立ち位置を下げる。そうすると影浦の肘は鈍角となり、見た目持ってはいるがその機能は完全に死んでしまう。この手首が寝て腕が伸びた状態から背負投は絶対に仕掛けられない。この状態が出来上がると羽賀の引き手は本命の袖を掴む。次に襲い掛かるのは釣り手による奥襟確保、羽賀必殺の内股には最高の形だ。

羽賀のこの、複数の手立てを連動させて相手の釣り手を殺し、かつ自身の優位を作り出してしまうインサイドワークの高さが端的に表れた攻防を抜き出してみる。

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※ eJudoメルマガ版12月28日掲載記事より転載・編集しています。

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