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【連載】eJudoマンガ夜話 第6回 好評連載の強みと課題を徹底分析、ビッグ5に迫るには?「もういっぽん!」

(2020年9月29日)

※ eJudoメルマガ版9月29日掲載記事より転載・編集しています。
【連載】eJudoマンガ夜話 第6回「もういっぽん!」
好評連載の強みと課題を徹底分析、ビッグ5に迫るには?
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(c)Y.MURAOKA/秋田書店

世にあまたある柔道マンガを、「柔道」側からの視点でよもやま語って批評する「eJudoマンガ夜話」。第6回は貴重な現役連載「もういっぽん!」(村岡ユウ/秋田書店)の登場です。村岡ユウ氏の柔道連載はこれが通算4作目。過去作「ウチコミ!!」にも濃く言及しながらその戦略と長所、そして飛躍するための課題に迫ります。現代の女子柔道のリアルな皮膚感にあふれたこの「もういっぽん!」、ぜひ作品をご一読の上で、この評もお楽しみください。

※収録は2020年7月、第8巻発売直後に行われました

<<「もういっぽん!」 あらすじ>>
中学最後の試合で理想の一本勝ちをして柔道を引退するつもりだった主人公・園田未知だが、結果は初見の強豪相手に絞め落とされて一本負け。有終の美を飾ることは出来なかった。その後は柔道をあきらめて普通の女子高生ライフを満喫するつもりであった未知だが、進学した青葉西高校で最後の相手だった氷浦永遠と再会。氷浦の熱心な勧誘を受け、もつれて思わず出してしまった技に大好きな「一本」の快感を思い出し、青畳に戻ることを決意する。この時点で部員は2人のみであったが、まず中学時代からのチームメイトで親友の滝川早苗、のちには幼馴染で剣道の実力者南雲安奈も部に加わることとなり、未知と仲間の「一本みち」が始まる。「週刊少年チャンピオン」2018年第48号から連載開始、現在も継続中。

<<「ウチコミ!!」あらすじ>>
武蔵原高校1年生の光石練(レン)は身体が小さいことが悩みの種。小柄過ぎるゆえに小学校の頃から苛められ、高校でもパシリとして扱われる日々。そんな中、背を伸ばすためにと毎日木にぶら下がり続けて養われた握力とコンプレックスの強さゆえの執念に光を感じた2年生の祭田春樹が、レンを柔道部に勧誘。投げることの面白さと「一本」の魅力に取りつかれたレンは柔道にのめりこんでいく。祭田や同級生の結城飛悠馬らの手練れ、顧問でもと女子強化選手の八乙女真千華ら個性派に囲まれる中でレンはめきめき成長。インターハイ地区予選でも初心者とは思えない活躍を見せる。やがてストーリーの中心は祭田と、中学時代からの盟友で今は強豪・立川学園高校でエースを張る紅林宗吾との因縁へ移っていく。「週刊少年チャンピオン」2013年38号から2015年1号まで連載。

語り手:東弘太郎 古今の柔道マンガを「やたらに読み込んでいる」柔道マニア。大メジャーはもちろん泡沫連載のギャグマンガや知られざる怪作まであまねく読み込むその熱量は少々異様。その造詣の深さと見識に編集長が惚れ込み、たって登場願った。競技では「三五十五とも粉川巧とも一緒にインターハイ出場」の実績あり。ようやく涼しくなってきたので、「姿三四郎」などでおなじみ、すき焼きが食べたいきょうこの頃。柔道家はすき焼きです。

聞き手:古田英毅 eJudo編集長。自他ともに認める読書家でフィクション好き。ただし柔道マンガに関しても一貫して「いいフィクションは読む」「乗れないものは必ずしも読まない」という姿勢で接してきたため、このジャンルの積み上げは東氏に比べて薄め。まだ見ぬ良き柔道マンガを仕事で読ませてもらえるチャンスと、期待に胸を膨らませている。先日みなもと太郎版の「姿三四郎」読んで檜垣鉄心と源三郎の造型に大爆笑。即座に好きな柔道マンガ「敵役十傑」に入れることとする。これぞプロの仕事。最高だ!まだまだ凄い作品が隠れていますよ、柔道マンガ。

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前作「ウチコミ!!」と比較して読み解けることは多い。
(c)Y.MURAOKA/秋田書店

     *     *     *     

古田: 今回は「もういっぽん!」ということで。よろしくお願いします。

東: よろしくお願いします。作者は村岡ユウ氏、秋田書店「週刊少年チャンピオン」で2018年の第47号から連載開始、現在も続いています。

古田: 貴重な現役連載の登場ですね。…ここまでまず傑作「からん」、続いていわゆる「ビッグ5」作品の中から「帯をギュッとね!」「YAWARA!」の2つを論じて来ました。このラインナップに伍する水準で論ずるのは正直、どんな作品にとっても、かなりハードルが高いと思います。東さん、例によって今回も「ヒット作の条件は?」に沿って、入り口や上昇装置、日常描写といったところの検証から始める流れですか?となると、率直に言ってそれなりにシビアな展開が予想されますが。

東: いや、今回はちょっと趣を変えて。村岡ユウ氏の特徴を踏まえた上で、「もういっぽん!」の可能性を論じましょうという大きな視点に立って進めたいと思います。そのためにも、まずは前作「ウチコミ!!」(「週刊少年チャンピオン」2013年38号から2015年1号まで連載)も合わせて見ていくことで、彼の作品の強みと弱みを抽出してみるところから始めてみたいと思います。

古田: なるほど。作品としては成功したと言い難い「ウチコミ!!」ですが、比べることで成長が見えやすいということもありますし、「もういっぽん!」がどういう戦略で描かれているかというのもわかりやすくなりますね。

東: 大前提として「もういっぽん!」が「ウチコミ!!」よりだいぶ作品として成長していることがありますし。

古田: 仰る通りと思います。成長した部分と弱点を引き継いでしまっている部分、さらにこれをどう自覚してどうコントロールしているのか。今回あるべき論点がはっきり目に見えてくる気がします。

東: 「ウチコミ!!」を見ながら、そして必要に応じて「もういっぽん!」と比較しながら進めていくこととしましょう。

■ 強みは「あふれる柔道愛」と「バラエティー豊かな“萌え”系女子の描き分け」
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「ウチコミ!!」より。迫力ある柔道シーンを描きたいという衝動は村岡ユウ氏の大きな武器。(c)Y.MURAOKA/秋田書店

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「ウチコミ!!」より。ダンス出身の成美悟と主人公・レンの対決で示された柔道観は興味深かった。(c)Y.MURAOKA/秋田書店

東: まず、「強み」のほうから。村岡ユウという漫画家の柔道漫画を描く上での強みというのは、ご本人が柔道経験者ということもあり柔道に対する理解が深く、柔道愛にあふれているということですね。おそらくご自身が体験されたであろう高校柔道の空気感をうまく生かしていたり、取材をすることで最新の柔道のトレンドを取り入れたりと、非常に熱量が高い。いま実際に柔道をやっている人が、「なるほど」と思いながら、興味を持って見られる部分がたくさんあると思います。

古田: 同感です。柔道の試合や技術を描くこと自体が非常に楽しいんだろうなと思います。「ウチコミ!!」でも随所にそれが感じられますね。

東: 迫力ある投げを描こうとか、リアルな動きを表現したいという衝動が非常に強いですし、このあたりは柔道経験者の琴線に触れる部分も大いにあると思います。テクニックという部分はもちろん、随所に彼の柔道観が出てきますよね。これがなかなか良い。「ウチコミ!!」で言うと、例えば5巻から登場するナルシスト成美悟のダンスを取り入れた柔道を巡っての展開。実はこれまでの柔道漫画にはなかなかなかった。

古田: 成美の柔道は素直に面白いなと思いました。ダンスの身体性が柔道においては異次元の技として昇華されるという。絵としても十分その異様さと凄さが出ていて、ジャストアイデアの域を超えて、意図がきちんと表現として成り立っていました。技が唐突なタイミングで、ひと呼吸でもう防ぎようがない決定的な位置まで進んで出てくる。なかなか説得力ある絵でしたよ。

東: で、6巻でその成美と主人公レンが好勝負を繰り広げ、実力以上の非常に良い攻防をするんですね。お互いの力を出し合い、その衝突が、決着のモノローグに繋がる。えーと、「僕1人ではなし得ない、互いの力の技と衝突と流れが、躍動を高め合ってこそ描かれる、『自他共栄の美』、それが柔道」。こういった形で柔道の魅力を明確に打ち出した漫画は、これまでなかったと思います。

古田: この連載の2回目「からん」の回で、現実世界にあっての良い「一本」や良い勝負は1人だけで作り出せるものではなく、力関係とか場の熱量とかいろいろなものが揃ってこそ出来るものだ、という話をしたかと思います。確かに正面切ってそこ、柔道は「相手あって」のものであるということを描こうという作品は実はほとんどなかった。これはとても良い場面でしたね。相手の成美が押し出し的にはふざけたキャラで、テクニックもいわば邪道系であることで、逆にバランスが取れていた。キャラクターがメッセージ力を一段上げているなと思いました。

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同じテーマで描かれた「もういっぽん!」の氷浦永遠vsエマ・デュラン戦。攻防のレベル、展開、画面構成ともかなりの上積みが感じられる。(c)Y.MURAOKA/秋田書店

東: この「相手あって」こその一本については、同じテーマで、「もういっぽん!」の方でも描いていますよね。7巻、金鷲旗3回戦の氷浦永遠とエマ・デュランの試合でも「自他共栄の美」を描いています。こちらは高い才能がぶつかり合うことで生まれた素晴らしい勝負。決着の描写の意外性も含めて、やはりかなり上手くなっているなと思います。

古田: いずれの試合も、描写、メッセージどちらにおいても彼の良いところが表れているということですね。攻防や技術の描写に関しては、村岡氏が一番好きな部分であるからこそ成長がわかりやすい。こと、バトルシーンに関しては、予想の少しだけ先で展開を曲がらせたり、読者の読解スピードの少しだけ先を行ったりというエンタテインメントの基本が踏めていて、気持ちのいいテンポで運べるようになりましたよね。これが上手くない人だと、もう読者の理解が済んだ後に、後から絵や言葉が一瞬遅れて追いかけてくるというもどかしい読書体験になってしまうんですが。

東: こっちが思っているものと違う展開になるにしても、例えばガッカリしちゃう方向に持っていってしまう人もいるんですけど、今の村岡さんは「この選手、ここで負けちゃうんだ」「負けるにしてもこういう展開にするんだ」と、読む側、特に柔道をわかっている人たちを良い形で裏切ることが出来るようになっているなと思います。

古田: 同感です。

東: この文脈で言うとたとえば「もういっぽん!」の7巻、氷浦-エマ・デュラン戦は相当面白い。残り10秒から氷浦が先に大外刈にいって、エマの大外返を誘った上で支釣込足で切り返す。この技術はここまでの連載の中でライバル校の先輩選手が得意にしていて、それを学ぶという形で割と印象的に扱われてきた連携です。そういう伏線があるがゆえにどうやらこの技で決まるのだろうと思いきや、エマが驚異的な身体能力で手を着いて反転しながらさらに後の先の背負投で返す、と。良い意味で意外性のある展開であり、技術でした。…さらにもう少し言うと、これ、20年前だったら「ありえないよ」と言われた攻防かもしれませんが、いまの時代であればありえる「ギリギリの線での奇想天外」をうまく作っていると思います。

古田: 第1話で未知が偶然やれてしまった「ザンタライア大外返し」が実際に存在する競技世界が訪れているわけですからね。やっぱりよく勉強しているんでしょうね。

東: ちょっと脇道にそれますが、この攻防が読者に受け入れられる形で成立するというのは柔道マンガ史と競技史、両方の面から見てなかなか興味深いんですね。例えばかつて「柔道一直線」の作品世界では相手が投げにきたときに、とんぼを切って返すというのが標準装備になっていたわけです。現実の世界にあっては荒唐無稽だけど、スポーツマンガに必殺技が求められていた昭和40年代のフィクション世界では成立していた。で、その後「柔道部物語」以降、柔道マンガやスポーツマンガがリアルさを追求する時代になると「そういうのは現実的にありえないでしょう」と読者に受け入れられなくなってしまった。

古田: なるほど!ところが2010年代以降は現実の競技世界のほうが結構フィクション世界に追いついてきてしまって、ワールドツアーのトップレベルでは「トンボを切って返す」に近いようなアクロバティックな技術も現実的にみられるようになったと。結果、フィクションの中でのこういう攻防が「ありそうだ」という折り合いがつくラインまで降りて来たと読めるわけですね。

東: そういうことです。まあ、方向性としては高校生レベルでは危ない、真似して欲しくない技術ではあるんですが、あの、氷浦対エマ・デュランの攻防が「現実にあっておかしくないレベルの高い攻防」と受け止められることには、柔道マンガと柔道競技、両方のウォッチャーとしてはなかなか感慨深いものがあります。いまのマンガ家にとっては追い風なんじゃないでしょうか。

古田: こと「柔道パート」に関してはやっぱり悪くないんですよね。好きであることで自然に乗り越えられているものがたくさんある印象です。

東: 柔道が好きなので、「上昇装置」も悪くないものを仕込めているんですよね。「ウチコミ!!」で言うと、「アゲアゲ八乙女メソッド」とか。名前は極めていかがわしいというか、よくわからないんですけど(笑)、言っていることは決して間違っていない。

古田: 常に実戦をイメージして練習して、顧問の八乙女真千華先生を胴上げしてテンションを上げて。…主人公・光石練の「背を伸ばそうとしていつも木にぶらさがっていた」という資質部分と同様、ちょっとフワっとしてますが、やったほうがプラスになるのは確かです。ストーリーの芯に食ってくるだけの決定的なものでないのが惜しいですが。

東: そういうところも含めて、畳の上の描写の部分では非常に生き生きしている。

古田: はい。柔道愛にあふれていますし、この部分は非常に真面目だなと思います。

東: 以前もお話しましたが、柔道マンガというジャンルって、やはり畳の上の描写がすごく難しい。実は既にヒット作を持っている作家さんでも、浦沢直樹さん以外は成功していない。

古田: ビッグネームたちがいずれもこの部分に手が届かず、厳しい結果に終わりました。吉田聡、かざま鋭二、野部利雄…。枚挙に暇がないですよね。

東: この部分に納得のいくものを描けるのはやはり経験者というのはあるかなという気がします。小林まことさんしかり、河合克敏さんしかり。

古田: 村岡ユウさんもその経験者のアドバンテージをよく生かしていると。「ウチコミ!!」では柔道シーンを描くこと自体に淫してしまっている印象も受けるんですが、「もういっぽん!」では、それはあくまで自分のツールの1つであると自覚して次のステージに進もうとしていますよね。柔道を上手く描けることを標準装備と自覚して自信を持っているということでは、今後それ以外の作劇部分に注力することになると思いますし、期待が持てると思います。

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「もういっぽん!」より。可愛い女子を描き分けられるのは村岡ユウ氏の強み(c)Y.MURAOKA/秋田書店

東: というわけで、作者の村岡さんに柔道経験があって、柔道愛にあふれているからこそ描けるものがある。これが1つ目の「いいところ」。続いて長所の2つ目。やっぱり女の子の絵が上手なんですよね、萌え系のキャラクターで、色々なタイプの子を描き分けられる。本質的にキャラクターが掘れているかというのはまた別の話なんですけど。

古田: これは、スポーツマンガの作家としては実は意外に珍しいですよね。物凄くビジュアルもキャラクターも立った魅力的な人物がたくさん出てくるスポーツマンガでも、女性は絵柄もキャラも「1つしかない」とか、キャラクターが極端に薄いとか、そういうことが当たり前だったりしますから。……そういう作家さんはたくさんいますけど、僕の中でこの振れ幅の極まりは竜崎遼児さんの「どぐされ球団」だな。男性キャラクターはどいつもこいつも物凄く味があってキャラクターの魅力を描くこと自体が主眼の作品と言っていいくらいなのに、女性は極めて薄い。

東: あのマンガで唯一イキイキしている女性が「吶喊ばあさん」ですからね(笑)。…はい。特に柔道とかバトル系の漫画を書く人って、どうしても女性を書くのが苦手な作家さんが多いわけです。その中で色々なタイプの女性を可愛らしく描けるのは一つ大きな強みだと思います。

古田: このアドバンテージに対する自覚や周囲の評価が、次作の4コマ「やわらか」とか、いま連載中の「もういっぽん!」に繋がっていくわけですね。

東: そういうことだと思います。次作、次次作で女子を主人公にしていったというのは戦略として正解だと思いますね。

■ 最大の課題は「フィクションとしての弱さ」
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「ウチコミ!!」第1話冒頭の見開き。この回で示された「いじめへの抵抗」「極端な小柄」「把持力」「ヒロインとの縁」などの要素はいずれも回収仕切れずに終わった。(c)Y.MURAOKA/秋田書店

東:次に、課題について。大きく言うと、「フィクションとしての本質的な弱さ」ということですね。引き続きまず「ウチコミ!!」について話します。

古田: どこから行きましょう。入り口はキャラクター造形の掘りの浅さということになるんですかね。これがもろもろの根幹の気がしますが。

東: そうですね。大きくキャラクター造形ということでまず2つ。1つ目は「キャラ造形が深まらないまま、登場人物の数だけ増えていく」という点ですね。

古田:これは「もういっぽん!」にも引き継がれている点でもありますね。…まず、造型の不確かなキャラクターがどんどん増えていくことでストーリーのコントロールまでを失ったのが「ウチコミ!!」、この堀りが浅いまま人数が増えていくという宿痾を特徴として一種割り切って展開や関係性を整理したのが「もういっぽん!」と捉えています。

東: まったく、同意します。…で、まず主人公の「レン」こと光石練。これまでの作品の主人公を測る基準点に照らして話すと、まず「柔道との出会い」は「いじめられっ子がいつか仕返ししたいという動機」で、これはよくある形でもちろん納得できるものなのですが、柔道を始めた途端にこの仕返しというモチベーションはなくなってしまう。そして最後までここに整理はつかない。

古田: いじめっ子だった真壁のほうも、柔道部入るのかなと思いきや、牛乳たくさん置いていなくなっちゃって、よくわからないままでしたね。

東: 最終話ではマネージャー的なことやっていましたよ。タイム測ってたりとか。

古田: 出だしに大きく扱ったわりには、ちょっと回収として小さい。こういう、やっておいてフェードアウトしてしまったり、あるいは入り口と出口の大きさのバランスが取れないことがかなりあります。

東: 続いて。主人公の「資質」という要素に関しては、「背を伸ばそうとして木にぶら下がり続けることで得た把持力」がのっけに提示されていますが、これ、あまり効いていないし、やはり回収されていません。

古田: 着眼点は悪くないんですけど、これも物語を決定づけるようなところまで辿り着けるようなファクターではないですよね。物語の最初で割合に大きく出して、当初これを窓にして読者に物語を覗かせる形を採ってしまったので「そんなに効いていない」印象が強くなってしまった。「把持力」自体は悪くないし大事ですけどネタのスケール感や扱い方を誤ったなという気がします。

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「ウチコミ!!」第1話より。読者にヒロイン役と認識させたはずの幼馴染・佐倉希だが主人公と恋愛的文脈で絡むことは最後までなかった。(c)Y.MURAOKA/秋田書店

東: 次いで彼と絡むヒロイン、…まあ結果的にそこまでの扱いにもなりませんでしたが、ヒロインロールにあるべき佐倉希。小学校からの同級生でランドセル蹴られて気合いを入れられるくらいの関係性であることが描かれているんですけど、そういう部分がまったくストーリーに絡んでこない。そもそもレンも希がお互いにどういう感情を抱いているのかすらわからない。レンは彼女に対して、自分をどう見せたいとかそういう欲求がほぼなくて、柔道を始めた瞬間、「一本」の魅力に取り憑かれて、あとはそのままです、みたいな描かれ方になっている。これだと全然共感できないんですよね。健全な男子高校生としていかがなものか(笑)。一方で、希のセクシャルな露出はこれでもかというくらいに多め。単に「萌え要員」として用意されただけと言われても仕方がないと思います。

古田: なるほど。

東: で、主人公にまだ読者が感情移入が出来ないまま話は進み、同級生で体格が同じヒューマこと結城飛悠馬が登場。ということはレンとヒューマのライバル関係が当面の軸になるのかと思いきや、立川学園との練習試合ではヒューマのライバルとして小田桐神が登場し、結構濃く中学時代の話まで振り返る。

古田: 「疾風のジン」ことこの小田桐の高校進学の悩みとか、彼女との恋愛を断ち切ったエピソードとか、かなりの頁数が割かれましたね。

東: はい。こうなると、いったいどこに連れていかれるかわからない。そのエピソードが良いとか悪いとかを超えて、物語自体に乗れなくなってしまいます。

古田: 読者の脳内に、フィクションを追いかける線を作ってくれませんでした。何を軸に読み進めればいいのか理解させてくれない。どのキャラクターも扱いがフラットで、作品の中での優先順位が読み解けない。話の取っ掛かりを見出して片足を掛けると、その石がバキっと落ちちゃって足場がなくなっちゃう感じです。もし変化球を投げるとしても、それは読者が追いかけるべき「線」をしっかり把握した上であるべき。ストレート軌道を想像させるからこそ変化球が効く。読む側としては迷走感が強くなります。

東: キャラクター造形の観点からもう1つ。弱点の2つ目は「キャラクターの性格や位置づけに一貫性がない」です。飄々としたセクハラ先輩の祭田春樹が、かつての盟友・紅林宗吾との試合を意識するあまり、実力が大きく劣る初心者で、しかも自分がスカウトしてきたはずの主人公との乱取りを「無意味」と断じてしまう。まさに自分が憎む紅林と同じ振る舞いをしてしまうわけですが。

古田: キャラクターの造型やこれまでの経緯など積み上げた前提を一瞬でリセット、かなり唐突でした。

東: で、部内一の実力者の位置づけのこの祭田が、巨視的には通過点であるはずの大和東工業戦ではあっさり負けてしまう。この展開はちょっとないですよね。試合をもつれさせて、大将戦まで試合を引っ張りたいという展開上の都合はわかるんですけど、それをやると祭田という重要キャラクターが死んでしまう。また、このあとの展開を考えると、県大会で間違いなく立川学園と試合をすることになって、そこで祭田と紅林の因縁対決という作品全体を左右するような大山場を描かねばならないんだから、ここで安直に負けさせてしまってはいけないはずなんです。キャラクター的にも、展開的にも必然性がない。迷走です。

古田: このあたりには、キャラクター造形の浅さというテクニカルな事情以前に、自らが作り出したキャラクターへの愛のなさをどうしても感じてしまう。例えば、ではもし読者に祭田のファンがいて、この展開を見てどう思うかというところに心を配っていないと感じますし、そこまで想像しなくても自分が作った人物にきちんと感情を傾けていればこういう不自然な展開にはならない気がします。キャラクターをたくさん出すということでは「帯をギュッとね!」の河合克敏さんが泰斗ですが、彼は登場人物への愛情が物凄く濃い。河合さんの「全員にファンをつくようなマンガを描きたかった」旨の発言がありますが、それは彼のやさしさであるとともに、たくさんキャラクターを登場させることにちゃんと責任を持っているともいえます。

東: そう思います。…途中でヒロイン希の友達の純がマネージャーとして入ってきますけど、物語の中でどの役割を担うのかまったく見えないし、実際ストーリーに有機的に絡むこともない。テコ入れで単に萌え担当を増やしたとみられても仕方がないです。可愛いキャラは描くんだけど、可愛さに対する愛がないというか、生かし切れていない。

古田: 単にビジュアルが可愛い女の子が出れば喜ぶかというと、我々読者はそんなに簡単ではないですよね。全員がおでこに「頑張る主人公」とか「萌え担当」とか「ライバル」とか「クール」とか「コメディリリーフ」とかわかりやすいラベルを1枚貼って動いているようにしか見えないし、そのレベルで本質的な造型を止めて、あとは将棋の駒みたいに話の都合でポンポン動かすような感覚でないと、こういう不自然な展開にはならないと思います。現実世界でも、人は基本的に感情の量を傾けた分しか応えてくれないものだと思っていますが、フィクションだってそれは同じではないかと。

東: というわけで、いま挙げた2点、結構深刻で本質的な弱点です。まずキャラクターの造型が浅い、そしてそれを深めていくストーリーが作れない。

古田: このキャラ造型やストーリーラインを迷走させてしまった反省が、「もういっぽん!」に繋がるという見立てが出来ますね。

東: そう。「もういっぽん!」のシンプルな構成にはこの経験が反映されているんだと思います。…そして「ウチコミ!!」から読み解けるもう3つ目の弱点は、すぐにバトルモードに入ってしまうということですね。

古田: この「マンガ夜話」の中で一貫して禁忌とされている作劇パターンですね。

東: まだ受け身も出来ない初心者にいきなり乱取りさせるのはさすがにどうかと思いますし、全国有数の強豪のはずの立川学園との練習試合では白帯がいきなり最強の敵と戦って善戦する。ちょっとありえない展開です。

古田: 度々この連載で語って来たとおり、それを「凄い」とリアリティ持って読者に感じてもらうには、日常シーンの世界観の積み上げがなにより重要なはずですから、順番が逆になってしまっていますね。

東: 最終巻も初戦で立川学園と対戦という「すぐバトル」の展開が組まれましたが、ここでは「ああ、もう連載終わるんだな」という感想になってしまう。

古田: これは作者が前述の弱点2つを自覚していて日常シーンで世界観を深めることを敢えて避けたゆえなのか、それとも柔道シーンが描きたい欲望が勝ちすぎたのか。…バトルシーンを見せ場と捉えてゆえにキャラやストーリーが深められないままこれを繰り返す、というのは、かつてなら「少年ジャンプ」の新人短期連載11話で終わってしまうパターンですが、いまは雑誌側も懐が深いですね。コミックス7巻ぶん続けられたわけですから。

東: うーん。もしかすると、厳しい言い方ですが、読み手のレベルが下がっているという事情もあるかもしれません。

■ 読み解きのカギ、中継点としての「やわらか」
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「やわらか」は読解の上で重要な補助線。(c)Y.MURAOKA/日本文芸社

東: そして「週刊少年チャンピオン」2015年の1号で「ウチコミ!!」は終了。村岡ユウさん、柔道マンガとしてはその後「週刊漫画ゴラク」で「やわらか」を連載して、単行本1巻を出しています。それからいよいよ「もういっぽん!」が始まるわけです。「やわらか」は柔道部女子たちが主人公の4コママンガ、ちょっとお色気というか、セクシャルな要素の入ったギャグ4コマですね。ここで手ごたえを得たか、「もういっぽん!」では女子柔道部もののストーリーマンガに挑むことになるわけです。

古田: 東さん、村岡ユウ作品を読み解く上でこの「やわらか」結構大事な気がします。

東: お!

古田: 彼の作品の中で、読んでいてもっともストレスがないんですよ。読みやすい。

東: そこはまさに同感ですね。私も村岡さんに一番あっているのは「やわらか」の世界観だと思います。

古田: キャラクターの掘りと、やろうとしていることがバランスしていると思うんですよね。

東: はい。適性的にも、力量的にも、ちょうど合っていたと思います。

古田: さきほど、キャラクターの額に「頑張る主人公」とかラベルを貼ってそれでよし、という話をしましたが、4コマの「やわらか」は十分そのくらいの掘りの深さでやっていけるし、実はそのセンで小さいエピソードを細かく角度を変えて積み重ねていくと、それなりに世界が出来るんですよね。言い続けていれば最初は「書いただけ」だったラベルの色がだんだん濃くなっていく。

東: なるほど、「細かいエピソードの積み上げによる日常世界の構築」というストーリーマンガの重要条件が、4コマという形式で半強制的に課されるという側面もあるわけだ。

古田: 4コマでは「すぐバトル」をやるわけにもいかないですし。また、セリフの密度が薄くて上滑りがちなのも彼の課題ですが、4コマはどうしたってセリフを削り込むからここも割合に目立たない。伝えるべき情報とセリフの内容のバランスが半強制的に保てたと思うんですよね。「ウチコミ!!」が「もういっぽん!」分析の補助線になるというのが今回の構成の骨ですが、この東さんの見立てには、「やわらか」もかなり適うなと。

東: たいへん納得です。

■ 「もういっぽん!」に垣間見える戦略性の高さと成長
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「もういっぽん!!」では戦略的に、「萌え系女子を描く」ことに舵を切った。(c)Y.MURAOKA/秋田書店

東: では、「もういっぽん!」評に移っていきましょう。まずこの作品、大きく言うと、前段で挙げた村岡ユウさんの強みであるところの「萌え系の可愛い女の子が描き分けられる」、そして「柔道愛があって攻防や技術をしっかり描ける」という2つを抜き出して、掛け算させた作品と捉えられます。

古田: その総括、同意します。初読の感想は、「『けいおん』みたいなことを柔道を媒介にしてやろうとしているのかな」でした。日常系というか。

東: 「やわらか」がまさに日常系でしたからね。

古田: 複数の女子がモニャモニャしていること自体が好きなオタク層は一定数必ずいますから、まず彼らを確保して足場を固めようというのは戦略としては十分理解できます。前作の「ウチコミ」が傾向的には総花式の大作志向でターゲットを絞り切れなかったことに比べると、まずマーケットありきで、自分の得意分野を生かして出来ることを打ち出してきた。ずいぶん手堅く考えるようになったなと。で、その上で、媒介としては自分の好きな柔道を使う。「やりたいことをやる」から「やれることを見極める」にシフトして足場を固めようとしたのかなと、ここは評価するべきなのかなと思いました。

東: はい。客観的には一種手堅い戦略だと評価できます。ただ、村岡さんのFacebookを覗いたりすると、もっとブレイクしたいという野心を非常に強く感じるんですよね。そうすると本人的にはまだ物足りなさを抱えているのではないかと。

古田: うーむ。メジャー志向であれば、やっぱり足りないものはありますよね。そもそも組んだ土台が、構造としてニッチ狙いですから、この土台と骨組みのまま大ヒットを狙うのはちょっと無理がある。

東: また、マーケットの話で言うと、「萌え系の女子絵」と「柔道」は、それぞれ好きな層が分かれていて、必ずしも掛け算にならないという事情もあります。例えば私の知人で、強豪大学の柔道部出身のかた。娘さんが「もういっぽん!」を読んでいるんだけど、30代男子が手に取るにはやはり腰が引ける絵柄であると。読んでみたら面白かったそうですけど、かなりハードルが高いのは間違いないですよね。読み手をかなり選別する絵柄ではある。

古田: 私は紛うことなき中高年、いまでもキャラクターの絵柄やセンス自体に惹かれて読んでいる現役連載マンガはいくつかあるんですが、「もういっぽん!」はそこには、いわばたまたまヒットしなかった。世代性はもちろん、確かに好みの分かれる絵柄であるとは思います。読めばそれなりに面白い内容ですけど、おそらく私はこの仕事をしていなかったらそもそも頁を開くまで辿り着かず、内容を評価するには至らなかったと思います。…この「もういっぽん!」回。作品評であるとともに、大ブレイクにはこの先何が必要か、という話にもなりそうですね。

東: 絵柄は好みがありますからそれはそれとして、やっぱり大ブレイクするには一般にヒットするフィクションの王道構図が必要ではないかと。本質的なところで言うと、いままでで一番売れた柔道マンガって、「柔道一直線」世代を除くと、一般社会的には間違いなく「YAWARA!」なんですよね。

古田: 間違いないです。でもたぶん、柔道やっていたファンの認識はそことずれていますよね。

東: はい。アニメになり、映画になり、社会現象を巻き起こした「YAWARA!」はやっぱり、トータルとして作品の力が図抜けている。絵柄もストーリーもメジャー志向。一方柔道経験者に一番人気の「柔道部物語」は言ってしまえば業界内人気なんですよね。「帯をギュッとね!」ですら大きく見れば、実はそう。この3つの作品が同時に人気だった時代、私のソフトボール部の友人は「柔道部物語」はちょっと読めないし、「帯をギュッとね!」でもピンと来ないと言っていました。私たちからすると意外かもしれませんが、やっぱりその2作品の面白さって、柔道部員出身だから共感できるものに負っているところが大きいんですよね。

古田: ウーム。確かに。…私の家内は完全なインドア派の文系ですが、やはり「YAWARA!」は全巻読んで評価もポジティブ、「帯をギュッとね!」は世代的に当時の少年サンデー人気の波を被っているので一応目を通してくれますが、「柔道部物語」になるとそもそも読むところまで辿り着いてくれませんね。

東: 小林まことさんが「週刊少年マガジン」にスカウト受けたときに「『柔道部物語』を『週刊少年マガジン』に引っ越しましょうか?」と申し出たら「あれはいらない!」と言われたそうですから(笑)。

古田: 私もそれ読みました!吉田豪さんの「レジェンドマンガ家列伝」(白夜書房)ですね。「一般的に受ける」ことと「業界内人気」の差異を考えるうえで、我々「柔道部物語」が大好きな柔道人にとっては物凄く説得力あるエピソードですよね。

東: そういう意味では村岡さんがあえてオタク層、もしくは柔道好きにターゲットをある程度絞って一定の地盤を確保しているのは非常に手堅いけれども、であるがゆえに、逆に大衆に爆発的に広がるのはなかなか難しいのではないかなと思っています。

古田: なるほど。「YAWARA!」は、この連載の第5回でも指摘した通り、誰にでも受け入れられる柱をきちんと立てていますからね。絵柄はもちろんプロットが秀逸。勝負、恋愛、「父探し」と複数の魅力ある王道エピソードが同時進行して複雑に絡み合って、瞬間的にも長いスパンでも常に読者の欲求をゆさぶり続けて、と。ジャンル特性を超えて、まずエンタテインメントとしての骨組みの位相が物凄く高い。柔道経験者の共感は満たしながらも、それ以前の大前提として一般受けする王道フィクションとしてのスコアが圧倒的に高いわけです。そう考えると、「もういっぽん!」がメジャーを狙うにはそもそも土台作りの段階で削ぎ落してしまったものが随分ありますね。

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第1回の冒頭で主人公・未知が偶然披露した大外返は、ゲオルギー・ザンタライア(ウクライナ)独特の技術がベース。未知の身体能力の高さや「天然」ぶりなど、技術の選択がキャラクター紹介としても効いていたと言える。(c)Y.MURAOKA/秋田書店

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もと「1人部員」の3年生・姫野紬の復帰と活躍は評者の東・古田ともに高評価。乗れるキャラ立てとエピソードだった。(c)Y.MURAOKA/秋田書店

東: 話を戻して。「もういっぽん!」におけるいいところ、成長した部分の話を続けますと、柔道愛があって技術がしっかり描けるという長所は、確実に成長していますよね。

古田: 国際競技シーンでも流行している内村直也さんばりの後ろ回り捌きからの背負投、エマ・デュランの抱分、のっけにお話しした「ザンタライア大外返し」など先端の技術をよく勉強していますね。

東: 「やぐら投げ」や「腹包み」など、現代競技の標準装備もきちんと押さえています。

古田: 普段現場で試合を観ている皮膚感に非常に近い。また、現代女子柔道のリアルな実情を描けているところも見逃せない。女子柔道部がことごとく人数少ないとか、金鷲旗の序盤戦で相手方のゲッターで出てくるのが「中堅県の78kg級2位」の子であるとか、その子のビジュアルと繰り広げる柔道とか、たいへんにリアル。柔道知らない人にも、こういう皮膚感を伝えてくれているのはいい。また、チョイ役のビジュアルは、周囲にいる人をモデルにしているのか、いったいに良いですね。

東: 立川学園のやられ役の重量級の子とかね。「ウチコミ!!」に「もういっぽん!」と実は2作またいで出ています。

古田: あの子、例えば国士舘高校の百瀬コーチみたいな鬼軍曹に怒鳴られまくっている絵が浮かびますよ(笑)。…なるべく日常を描いて世界を作っていこうという姿勢もはっきり見えますし、エピソードも「乗れる」もの、読みやすいものが増えました。

東: かつて1人柔道部員だった3年生の姫野紬が部に復帰して、後輩に刺激を受けてという挿話はとても良かった。姫野さんに関しては造型もかなりうまくいっていますよね。辞めていく過程とか、戻ってくるところの葛藤とか、後輩のためにも勝ちたいとか、一番感情移入しやすい。

古田: 同感です。僕は姫野さんのエピソードから作品世界に入っていけました。南雲安奈が幼馴染の主人公と部活動をやるために柔道部に転部する、そしてデビュー戦でその天才性を発揮するというのも凄く良かったですし、コミュニケーションが苦手な天才・氷浦永遠を巡るエピソードもなかなか乗れる。金鷲旗で登場した博多南高のむくつけきOB達が、女子ばかりで復活した今の現役を尊重しなければと気づくくだりは相当好みです。個々のエピソードはそれぞれなかなか惹きつけるものがある。確実に面白くなっているし、1つ1つ丁寧に描けていると思います。…ただ、点が線にならないんですよね。

東: はい。その通りと思います。ここまでは成長した部分、良い部分を見て来たわけですが、今度は課題を引きずっている面、あるいはそれを埋めるために無理が出ている部分という話になってきます。

■ いまの戦略は大ヒットにつながるか?
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画力を生かした「拡大路線」がもっかの戦略と読み取れる。
(c)Y.MURAOKA/秋田書店

東: 「ウチコミ!!」では「キャラクターが深まらないまま登場人物が増え続ける」という課題を指摘しましたが、実はこれ、「もういっぽん!」ではむしろ加速しています。これがいま古田さん仰ったエピソードの「点が線にならない」部分に繋がってくるんですよね。…まず、キャラクター造形に関しては、実はむしろ深めるのをやめている。「ウチコミ!!」で祭田先輩とか、周辺キャラの造型に半端に突っ込んで深手を負ったこともあるのかもしれないですが、古田さんいうところの「額にラベルを貼った」状態で敢えて止めている感じがありますよね。

古田: はい。キャラクターの人間っぽくなさは前作より増しています。この人間としてのリアル感のなさも、「1つのラベル」まで造型を止めるということも、例えば南雲さんの「この神童・南雲安奈が」という決まり文句によく表れているなと。こういう貼り付けたみたいなセリフを効かせるの、凄く難しい。普通の人間はこんなこと言わないですから。

東: で、「ウチコミ!!」では複数のキャラクターが絡むストーリーラインという、良いフィクションには絶対に必要な、でも得意ではない分野に頑張って手を突っ込んで、結果としては収拾がつかなくなった。その反省があるのかもしれませんが、今回はそういう事故を起こさないようにストーリーのラインは1つのみで基本的には1本完結。良いエピソード、いわば感動ポエムを1つ繰り出し、それが終わったらまた次の感動ポエム、という形が続いています。自身の課題であるキャラを深く掘っていけないことと、複雑なストーリーラインの構成が得手ではないという特徴を勘案して、こういうシンプルな構成を選んだのかなと思います。1人を徹底して掘り下げるより、多人数の感動できるエピソードを順番に描いていく。ご本人か、編集側の作戦かわからないですけれども。

古田: だからわかりやすいし、読みやすいんだろうけど、話が進んでいる割には意外と世界観が積みあがらない。村岡さんの特徴を生かす戦略としては十分理解できますが、これで果たして息切れせずに続くのか、村岡さんが望む大ヒットにつながるのか。この先が少し心配です。

東: 同じ登場人物が多い柔道マンガでも「帯ギュ!」のライバルキャラの出し方はストーリー上の必然性がありますが、「もういっぽん!」のライバルの増やし方は、次に繋がりにくい。現状では違う萌えキャラを増やして目先の燃料として消費するだけになりつつあります。

古田: 主人公の未知が、絡みにくい、成長を見せにくいキャラクターであるというのもこれを加速していると思います。…「もういっぽん!」のキャラクターは全員毒がなくて欲望が薄くて、セリフも立ち振る舞いも人間っぽくない。それが物語を深めにくくしているところもありますが、わけても…、

東: はい。「もういっぽん!」も「ウチコミ!!」も、もっとも中身が薄い人物を主人公に据えてしまっている気がします。

古田: どちらも、毒がなくてひたすらポジティブで目に邪気がない。さきほど姫野さんの造型がうまく出来ていて感情移入しやすいという話が出ましたけど、未知やレンみたいな空虚な人格に思い入れることはなかなか難しい。こういう、無垢というか、ひたすら頑張るキャラが好きなのか、ちょっと感情移入しにくいタイプを主人公にする癖があるんじゃないでしょうか。

東: 1巻の帯のキャラクター紹介では「園田未知、前向きで明るい15歳、一本の気持ちよさが好き。」、7巻では「明るく裏表のない性格で、一本の気持ちよさが好き。早起きが苦手」。貼り付けたラベルが変わっていないんですよ。この属性のキャラクターで、本人の成長や変化を積み上げることはやっぱり難しいのではないかと思います。

■ この先の「もういっぽん!」と村岡ユウ作品への期待
東: 課題ばかり指摘していってもあまり建設的ではないので…。古田さん、この先、「もういっぽん!」が浮上していくためには何が必要ですかね?

古田: 小さいところから言うと、村岡さんの得意分野を生かしてもっとキャラを立てていけるところはあるのかなと。

東: 柔道を使うということですね。

古田: はい、日常の描写でキャラが立つことは大前提ですが、その上で技術体系とか体格を絡めてキャラを深めていく余地はあると思います。また、他のマニアック極まったジャンルを見ると「好き」というだけでももっと突き詰められると思います。情報量だけでなく「こだわり」というところまで見えてくるとさらにいいですよね。

東: たとえば「帯をギュッとね!」のキャラクター立ては、魅力的なビジュアルやストーリーの必然性はもちろん、柔道面での特徴や体格に負うところも大きいですからね。

古田: 仰る通りです。滝川早苗が寝技を志向し始めているとか、南雲杏奈がおそらく瞬発系の天才とか萌芽はあるんですけど、まだやれます。現実世界の女子柔道はオールラウンダーが多くてみな手堅く寝技を鍛えていて、破れのない選手が多い。取材すればするほど逆に殻を破る難しさが出てくるとは思うんですが、ここは彼自身が好きな部分でもあるし、もっと頑張れる気がします。

東: この先に期待するもの、大きいところで言うと?

古田: 柔道がしっかり描けて、女子の絵が得意で、となると、率直に言えば、大家の原作者にしっかりした原作書いてもらって仕切り直した大作をいずれは見たいと思うんですが、あくまでこの作品ということになると。…やっぱり、主人公あるいはメインの登場人物が成長すること、それを巡って複数のエピソードが有機的に絡み合って点を「線」にすること、あとは、物語に毒や欲望を必要に応じて入れてそのストレスを読者と共有することだと思っています。極めて地味な言い方になってしまいますが、こうなれば物語もキャラクターも勝手に走り出し、頁をどんどんめくらせるだけのバイタリティがある作品になる可能性も出てくるのかなと。

東: なるほど。

古田: 最初の2つ、「成長すること」と「有機的に複数のエピソードが絡むこと」について。序盤、おそらくある程度事前に企んでいる段階の話ってそれなりに密度も厚みもあるし、キャラクター同士が絡めているんですよ。天才・氷浦の抱える孤独とか先輩からの誤解と氷解とか。南雲を巡るエピソードも、最初から未知と一緒に高校生活を過ごしたいという欲求をある程度きちんと見せているから、時間が経って巻数を重ねても彼女のパートはそれなりに機能する。物凄く厚みがあるとまでは言えませんが、射程の長いエピソードを同時進行で進めるということが出来ているわけです。東さん仰るところの「感動ポエムの単発連続」が本格的に始まったのはこういう事前に企んだもののストックが尽きてからですので、ちゃんと企めば、ある程度濃い話が作れるんだし、複数のストーリーラインが同時進行するような一段上の展開も作れる可能性があるということなんだと思います。ぜひここに挑んで欲しい。‥‥しかし具体的にイメージしようとすると、やっぱり主人公はレンや未知じゃないなあ。無からは何も生まれないというか。脇キャラとしてはうまく機能しそうなんですけど。

東: 「ウチコミ!!」だったら、紅林との因縁込みで普通に祭田が主人公で良いと思いました。実際エピソード的には「祭田の回」が多かったですから。

古田: 「もういっぽん!」も、乗れそうなキャラクターはいますからね。個人的には、氷浦さんが乗れるかな。

東: 氷浦って超天才ですよね。中2で柔道をはじめて、中3で全中に出て。で天才ゆえかコミュニケーション能力が低めで、誤解もされやすい。そういう人間が変わっていくっていうのも、できなくはないですね。…主人公と周囲の関係では、4コマの「やわらか」のほうが座りの良い配置だったと思います。キャプテンが変わり者で、入ってきた新入生がヘンな柔道部に毒されていくという形でした。

古田: はい。「もういっぽん!」になるともはや登場人物全員が善人で、毒がない。チームメイトもライバルも敵方の指導者も良い人ばかりで、吐くセリフは良くも悪くも「きれいごと」。一見ネガティブなセリフがあったとしても、それすらきれいごとの範疇です。悪意のある人物や企みがないから、読者が「この展開を避けて欲しい」と強く危機感を覚えることも、逆に激しく「こういう展開になって欲しい」と願うこともない。感情の量を掛けさせず、テンションを一定のラインで保ったまま上下の振れ幅少なく読ませるという感じです。読者にストレスを与えて、それを開放してあげるというカタルシスがない。敢えてライトな感覚で読ませようとしているのかもしれませんが、そういうものが総体として圧倒的なパワーを持つことは難しいと思います。

東: 「ウチコミ!!」の紅林は毒を出そうとした感じがありましたが、それを処理しそこねたという反省もあるんでしょうね。「もういっぽん!」ではそういう部分は全てカットしていますね。

古田: 「毒」とは登場人物についてももちろんですけど、作家として村岡ユウ氏が持つべき毒のことでもあります。紅林に毒を持たせてそれがうまくいかなかったのは、作家が自身の本音の欲望や毒を吐いていないからではないか、読者から見た毒とはだいたこういうものだろうという想定ラインが読み手側の水準を下回っているからではないか、つまりはそこに嘘があるからではないかと思うんです。クリエイターとしてパンツを脱いでいない。

東: なるほど。…たとえば「花マル伝」がなぜ我々にあそこまで響き、ヒットしたかというと、やはり花田徹丸の造型が、中学男子が誰でも抱くけどなかなか表に出せない本音の欲求を描いているから。

古田: まさにそこが一般読者の共感を呼んだと思うんですね。自分の表に出せない嗜好や本音を露にするというのは大変なことだけど、やっぱりクリエイターとしては必携の覚悟だと思うんです。作家の資質とか性格によってこの精神的ハードルの高さは変わっていきますけど、モノを描くにはこれがどうしても必要だと思います。

東: 「花マル伝」だと、中学生男子が抱く強烈なライバルに対する劣等感とか、異性に対して、自分をどう見せたいとか、そういう欲求。

古田: はい。また、「花マル伝」の話が出たので言いますと、いわしげ孝さんは、絵柄的にもキャラクター的にもまさしく女子をたくさん描き分けられない不器用なタイプ。それでも彼が描く女性がどの作品でも凄く魅力的なのは、いわしげさん本人が「こういう女子が好きだ」という欲望をちゃんと見せてくれているからだと思うんですね。クリエイターとして必要なものをきちんとわかっている。人は欲望の量に惹きつけられますから、これはやっぱりかなりの吸引力を持ちます。村岡マンガの登場人物は、一見セリフも行動も凄く生一本でまっすぐなことを言ったりやったりするんですけど、それがあまり響いてこない。作家が欲望に対してストレートでないなと感じます。そうするとどうしてもセリフも上滑りするし、共感しにくい記号的なキャラクターも増えていく。村岡さんは技術的にはここまで描ける人なんだから、やっぱりパンツを脱いで、建て前の範疇に収まらない、魅力的なキャラクター、乗れるフィクションを描いて欲しいですよ。

東: さらにいうと、村岡さんが「パンツを脱いだ」として、果たしてそこで彼には見せるべきものがあるのか、ということすら問われます。

古田: そこはシビアに問われると思いますし、ひょっとすると現状の「萌え系の女子絵」「全員が善人」「毒を持ち込まない」「綺麗で前向きなセリフで構成する」「敢えてキャラを深掘りしない」「単発エピソードで感動を描く」というこの組み合わせは実は絶妙にバランスしていて、1つを変えると世界がまるごと壊れてしまうのかもしれない。敢えて恋愛要素を持ち込まないあたりには、このバランスが意図したものであるという戦略性も感じます。ただ、もし彼が時折言うようにもっと高いところを目指すのであれば、この位置でのバランスに甘んじてはいけないなと思います。

東: なるほど。

古田: また、これはエールとして言うんですけど、いまは彼のキャリアの中の踏ん張りどころというか。…勝手な思い込みですけど、村岡さん本当はやっぱりスポーツマンガが描きたいのではないかと思うんですよね。「萌え」属性マンガではなく。

東: 最初に描こうとしたものが、明らかにそうですからね。

古田: 描写からもそこは感じるんですよね。柔道部分には「描きたい」という気持ちが溢れていて理屈抜きに読ませるものがある一方、「萌え」部分は達者だけれどもそこまでの思い入れは感じない。まったくの想像ですが、本当は王道のスポーツマンガを描きたいんだけど、苦手なストーリー部分を補完する要素として自分の武器の1つである「萌え」を骨組みにガッチリ組み込んだところ、意図通りに、あるいは予想を超えて、成功を得た。しかしある程度成功してしまったがゆえに、後戻りできなくなったという悩みがあるのではないかと愚考します。あくまで想像なので、失礼なことを言っているかもしれませんが。

東: 柔道部分も萌え系女子も彼の得意分野ですが、確かに「やりたいこと」と「出来ること」という熱量の差は感じます。

古田: そしてやっぱり、「萌え」と「スポーツ」って東さんが仰った通りなかなか掛け算にはなりにくいと思うんです。それは単にファンの多寡というマーケット的な問題ではなく、作者が力を出しやすいかどうかというコンテンツの本質的な部分で。「萌え」のブレイクの水準が、変な言い方ですけど、同人誌で不健康な消費のされ方をするくらいがひとつのラインだとすると、残念ながら「もういっぽん!」の「萌え」はそこまで至っていない。そこまでいけない理由としては、作者の熱量や力量を超えて、やっぱりスポーツというものと「萌え系」の相性があると思います。端的に言ってたとえば「けいおん!」には勝ち負けがありません。「可愛い女の子がモニャモニャしている」という部分にいい意味で緩く、徹底注力できる面があるわけです。そう考えると、スポーツという白黒はっきりつけなければいけないジャンルで、「萌え」という全員緩く尊重するというスタンスの世界を描かなければいけないというジレンマが、村岡さん本来の力を削いでいる部分もあるのではないかと。今回私が時折発言している「毒のなさ」とか「人間ぽくなさ」には、こういう構造上どうしても嘘が混ざりやすい、作家が全力を出しにくいという構図もあると思うんですよ。

東: この先の作品で得意分野のどちらを主にするか、というところになってきますね。

古田: そう思います。ですから、頑張ってきちんと「もういっぽん!」をヒット作として最後まで着地させて、誰にも文句を言わせない状態を作ったその上で、一番力が出る形で「やりたいこと」を思い切りやってもらいたいなと。ヒットを出して認められれば勝ちですから、まさにいまが踏ん張りどころと思います。…今回ここまでストーリーに「乗れる」「乗れない」、登場人物が「成長する」「しない」という話を延々してきましたけど、私、村岡ユウという作家自体の「成長」には大いに「乗れる」んですよ。まだまだやってくれるんじゃないかと期待しています。

東: 具体的に「もういっぽん!」のこの先を考えるとすると、現状採っている登場人物拡大路線でどこまで行けるかですね。締めは2年次か3年次の金鷲旗であろうということは予想出来るんですが。

古田: なるほど。これまでの流れから、そこがゴールなのかなとは読み解けますよね。

東: ようやくギリギリの人数の部員が入って復活したばかりの1年生チームが、いきなり福岡まで行って金鷲旗に出るという、現実的にはちょっと頑張らないと実現できない展開を敢えて描いているわけですから。これは明確な伏線でしょう。

古田: 金鷲旗ならではの5人制がカギになるわけか。1年時は「人数が足りない」ことで1つ物語が出来ましたが、

東: はい。今度は「誰が出るか」になってくるでしょうね。いま、新人戦の3人制の戦いの中で白帯の南雲が台頭して、主人公の盟友の滝川早苗が選手からこぼれる展開が既に出て来ているわけです。真面目でいい子だし周りを慮る子だから、彼女のからみは感動できるエピソードを作りやすい。新入生が入ってくる中で、メンバーに残れるか、残っていい働きが出来るか。2年か3年の金鷲旗がマイルストーン、そのくらいのスパンでやると雑誌側とも打ち合わせしているのかなと想像します。

古田: 「席」を巡ってのやりとりというベースがはっきりあるわけですから、これはまだまだ濃く、太く話を展開していけますね。…少なくとも、立川学園をはじめ、「年度」の巡りに従って何回か登場することが分かっているライバルたちがいるわけですから、彼女たちが出るたび、前回の積み上げを土台に毎回より密度の高い話が展開するようになってほしい。

東: そう思います。

古田: そして拡大路線もいいのですが、やはり、私たち読者を、この子もこの子も使って欲しい!チームメイト全員に見せ場があって欲しい!と身もだえさせるような、濃いキャラクターの積み上げと密度の高いストーリーを期待したいです。

東: そうですね。…この作品は中学で一度は柔道を卒業しようと思った少女たちが、「一本」の魅力忘れがたく再び柔道に挑む物語です。きっとそれは、作者自身にとっても「ウチコミ!!」ではまだ力及ばず描ききれなかった柔道の魅力を、今度こそはめいっぱい表現しようとする挑戦の物語でもあるはずです。

古田: 締めに、素晴らしい見立てを頂きました。園田未知や滝川早苗、南雲安奈に氷浦永遠。彼女たち、そして、村岡ユウ氏の進む先にどんな物語が待っているのか、とても楽しみです!

※ eJudoメルマガ版9月29日掲載記事より転載・編集しています。

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