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アン・チャンリン ロングインタビュー③ 「試したことの多さこそ本番の武器、大野将平との6戦を振り返る」

(2020年9月8日)

※ eJudoメルマガ版9月8日掲載記事より転載・編集しています。
ロングインタビュー「世界王者アン・チャンリンの過去、現在、そしてこれから」(全3回)
第3回 「試したことの多さこそ本番の武器、大野将平との6戦を振り返る」
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写真は2018年アジア大会決勝、大野将平との大一番に向かうアン・チャンリン。試合は11分を超える大熱戦となった。「ジャカルタの死闘」である。

2018年バクー世界選手権73kg級金メダリスト、韓国代表のアン・チャンリン(安昌林・韓国)選手のロングインタビュー、最終回をお送りする。今回は来るべき東京五輪の対決に向けてライバル・大野将平選手との過去6戦を振り返って頂き、パンデミック下における現在の活動について話をお聞きした。

(聞き手・古田英毅)

※インタビューは7月下旬に行われました

―――リオ五輪の金メダリスト、大野将平選手についてお話頂きたいと思います。日本では、大野将平選手の最大のライバルはアン選手だと認識されていますが、アン選手から見た大野選手は?

韓国でも日本でも一番聞かれるのがその質問なんですよ。

―――それはそうでしょう。誰がどう見ても、金メダル争いの軸はこの2人ですから。

皆、まず、大野選手をどう思いますか、と聞いてくるんですが、本当にどうとも思っていないんですよ(笑)。もちろん滅茶苦茶強いですし、オリンピックチャンピオンですし、それはその通りに思ってはいるんですけど。僕はあくまで普通に「日本の73kg級代表で内股と大外刈が上手くて強い選手」そのくらいの位置づけ。特別に強く意識するということはないんです。僕としては、「相手」自体と戦っているというよりは、相手の「戦術」とか「スタイル」と戦っていると思っているので、大野選手だからどうだとか、何回負けているかとか、そういうことを特別に考えることはないです。…誤解されてしまうと困るんですが、もちろん、すごく強い選手だとは思っていますよ。その上での話です。

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来る東京五輪、大野将平の最大のライバルがアンであるのは誰もが認めるところ

―――では、少しだけ質問を変えて。大野選手のどんなところが強いと思っていて、どんなところに付け入る隙があると考えていますか?

まず。みんな攻撃に目がいきがちですけど、一番凄いのは防御ですよね。見ていてもなかなかわからないと思いますけど、大野選手は何より防御が凄い。よく「攻撃が防御」とか「攻撃こそ最大の防御」という言葉がありますが、あの人の場合、「防御が攻撃」であり「防御こそ最大の攻撃」なんですよ。担ぎ技でも、あの人が防いだらそれだけで仕掛けた側に「指導」がいってしまう。そういう強さが凄いですね。

―――大野選手に勝つためにどんなことを考えているか、お話出来る範囲でいうと?

僕の良さ、大野さんより僕が上回っているのは「6回も負けている」というところ。直接対決で一杯負けているというのは、一杯パターンを試して、一杯失敗を起こして来ているということですから。それを復習して予習して、その上で対策するという感じですね。試したことの多さが僕のアドバンテージ。さらに色々な角度を攻撃していきたいというか、潰していきたいですね。

―――大野選手を特別に意識しているわけではない、という中で恐縮なのですが、これまでの大野選手との6戦を簡単に振り返って頂けませんか?

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初対決は「指導1」の僅差だった。

【1試合目・2014年GS東京準々決勝】
大野将平〇優勢[指導1]△アン・チャンリン
ケンカ四つ。大野が首裏を捕まえるとアンは左体落で対抗。大野は両襟を持って引き起こし右内股を連発、これを警戒するアンは腰を引き気味でなかなか手が出ない。1分39秒アンに「指導」。アンはここから手を激しく動かして反撃開始も、的確に技を打ち返す大野の前になかなか技が芯を食えない。残り1分24秒、大野の左背負投をアンが返さんとするが、大内刈の形に繋がれて振られ、逆にピンチ。終盤、アンの左大腰を大野が肘を極める形で被り、腕挫十字固を狙う。アンはそのまま技を続けて被り落とすがノーポイント。大野が序盤優位、アンが終盤持ち返すが間に合わなかったという体で終戦。(戦評・eJudo)

―――まずは2014年グランドスラム東京準々決勝、「指導1」で大野選手の勝利となった試合からお願いします。

…この試合が皆が言うには、一番惜しかった試合だと。

―――間違いないと思います!

ただ、大野選手って、1回目の対戦の時はどんな選手が相手でも慎重に試合を進めるんですよ。その上で、ちょっと苦手そうだなという選手には見た目のスコアでは危うかったりもするわけです。たとえばジョージアのタタラシビリとかも初めての対戦(※2014年チェリャビンスク世界選手権団体戦)では「指導1」での勝利だったりしますが、2戦目はちゃんと投げている(※2015年グランプリ・デュッセルドルフ決勝、内股「技有」・小外掛「一本」)んですね。1戦目はじっくり見る傾向があるんです。その中でのこの1回目の対戦は、大野さんというビッグネームとの対戦でこちらは「まあ、普通にやればいいっしょ!」という感じであまり考えずに当たっていったらああいう感じになった。こちらにとっては普段通りにやったら接戦という印象、ただその裏には大野選手の「初見は見る」という傾向があったわけです。そして、この試合を受けて2戦目では「いけるな」と思い過ぎてしまうんですよね。

【2試合目・2015年グランプリデュッセルドルフ準決勝】
大野将平〇優勢[技有・大内刈]△アン・チャンリン
大野は両襟から右払腰。アンは釣り手一本を軸に左背負投、さらに流れて左体落と攻め返す。59秒、良い左一本背負投を見せたアンは以後腕一本で攻防。大野が両襟を掴めばアンが外して片手という構図。大野の内股にアンがたたらを踏み、アンは片手から左背負投で攻め返す。2分25秒、アンが左小内刈から左背負投と芯を食った連携を見せるが大野まったく揺るがず。流れを掴んだ大野が両襟の内股を連発、残り1分55秒でアンに「指導」。大野は攻め続け、アンが釣り手を持ち替えて上に滑らせたところに右大内刈を突っ込む。股中高い位置に腰を入れて投げ切り「技有」。そのまま終戦。(戦評・eJudo)

―――初戦は終盤激しく追いかけたけど間に合わなかったという形、2試合目は拮抗の展開が続いた末の一発でした。

さきほどお話した通り、初戦とは逆に、「いけるな」と思い過ぎてやられてしまった格好でした。…あまり詳しくは言えませんが、ここからの3、4戦は言ってしまえば全部同じ負け方なんですよね。

―――組み手の駆け引きのことを仰っています?

まあ、それもあります。…2戦目くらいから「この内股どうしたらええんやろ」と思っていましたが、この試合も最後は内股ではなかった。答えは内股にはなかったんですよ。内股で投げられたのではなく、自分がそこを意識し過ぎることで違う失敗をしているんだなと。それに気づいたことが、ジャカルタアジア大会に繋がっていきます。

―――この試合は、アン選手が左小内刈から左背負投を仕掛けるも、大野選手が揺るがなかったという場面が印象的でした。見ていても、相当良い作りが出来たように見受けたのですが。

そうです。2戦目くらいからそのパターンがありましたね。さっき言ったように、過程を作って作って、よしこのタイミングで投げられると思って入っても上手くいかなかった。大野選手の「防御がそのまま攻撃になる」という部分ですね。このあと、アジア大会で戦った時にも、そこは変わらないんだなと強く思いました。

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この大会は大野が優勝、抜群のパフォーマンスを見せていたアンは3位入賞だった。

【3試合目・2015年アスタナ世界選手権準決勝】
大野将平〇裏投(4:29)△アン・チャンリン
大激戦。まず大野がスタートダッシュ、両襟から右内股を連発。アンは居場所であるはずの片手状態がなかなか作れないが、1分10秒に袖を持たせたまま良いタイミングの左背負投を見せて反撃開始。以後良いタイミングでの掛け合い、返し合いが続く。2分2秒に腰の入れあいからアンが釣込腰気味の左背負投、大野がこれを切り返して右内股で回し込み、乗り込んで「技有」。以後もリードを背に大野が良く攻める。アンは大野の内股を返しかかるが後手に回り、2分30秒「指導」失陥。しかし残り1分31秒、大野の右大外刈をアンが隅落気味に返して「技有」奪回。試合は一気にわからなくなる。終盤、アンが飛びついて釣り手で上から背中を抱く。大野は後襟を四指で下から掴んで対抗。アンこの形のまま左小内刈でつついて寄せるも勝負が長くなってしまい、大野あっという間の裏投「一本」。(戦評・eJudo)

―――3戦目はアスタナ、投げ合いとなりました。

先ほどもお話しましたが、この大会は柔道人生で一番調子が良かったんです(笑)。何と言ったらいいのか、もう、ここに技入れ!という声が聞こえて来るような気がした日ですね。その通りに入るとパンパン投げれるものだから、本当に柔道していて面白かった1日ですね。

―――迎えた大野選手戦。釣り手を持ち替えて腰の入れあい、そこから釣込腰に入って返された。この形の攻防は結構目立つ気がします。

はい。ご指摘の通りだと思います。つまりは、なぜそうなるか、ということですね。

―――アン選手は襟を持っているときがもっとも怖いと感じるのですが、最後は違う形で勝負に行きました。

「指導1」を取られていたことが影響しましたね。ラスト30秒で、それもリードを背に戦っている大野選手の防御を崩して「指導」はなかなか取り返せないなと思って、練習していた背中を持っての技に行こうとした。ただ大野選手が一枚上手でした。これも、「そうさせられてしまった」ということです。

―――背中を抱いてまず小内刈、その後考えていたバリエーション、聞いてもよろしいですか?

払腰、大腰や釣込腰をイメージしていました。その時はまだ出なかったですね。

―――大野選手を投げた返し技、狙っていましたか?アン選手が左小外刈でつついたところを、大野選手が思い切って踏み込んで右大外刈。釣り手の状態も良く「投げたか!?」と思った瞬間もうアン選手が返して投げていました。あまりにスピーディーな攻防、「企んでいた」感もかなり漂うのですが。

狙ってませんでした。もともと、大外刈を返すのが得意だったので咄嗟に出た感じですね。正直言うと「一本」かなーっ?と思いました!(笑)

―――あれが咄嗟とは。このアスタナ大会のコンディションの良さ、まさに納得です。

【4試合目・2016年グランプリデュッセルドルフ準決勝】
大野将平〇優勢[技有・内股]△アン・チャンリン
「はじめ」が宣せられるとアンが膝を一回屈伸して大一番がスタート。大野が右、アンが左組みのケンカ四つ。アンが左背負投に入り込もうとするが大野の圧に頭を下げられて潰れ、続けて放った右一本背負投も大野が腹を出して耐えるとアンは自ら潰れてしまう。続くシークエンスでは大野が組み立てを変えて引き手から持ち、釣り手で奥襟を掴むことに成功。アンは体をゆすって巴投に打って出るが大野完全に持ち上げて封じ「待て」。技を放っているのはアンだがここまで3度の攻撃はいずれも投げる可能性が感じられず、手数の上ではアンが先行も地力はどうやら大野が上という様相。
大野、引き手で手首を持ち、次いで内側ながらも袖を掴むことに成功。釣り手で横襟を高く持って引きずり出しの内股を狙う形で横滑りを始めると、苦しくなったアンは腰を入れて左前技の形で対処。しかし大野は腰を入れ直して右内股、間合いが遠くアンは早々に畳に伏せようとするが、着地直前に大野がその体を乗り越えて回旋を呉れる。引き手の牽引が最後まで良く効いた一撃は「技有」。
リードを得た大野、両襟を握って相手を寄せると「巴十字」の大技。ほとんど極まったと思われたが、アンは畳に伏せて必死の防戦「待て」。
以後もペースは一貫して大野。組み力に勝る大野に対しアンは刻々手立てがなくなっていく印象で、残り1分30秒にはケンケンの大内刈、残り1分では右内股と得点の可能性漂う技を繰り出すのは全て大野。アンは残り30秒を過ぎてから一段攻撃スピードを増し、ここまで出せなかった「韓国背負い」をついに繰り出すがこれもあっさり潰されてしまう。クロージングの段階を迎えてどっしり構える大野に対しアンは激しく動いてチャンスを作ろうとするが、大野が両襟を持つと途端に動けなくなってしまいやはり力量は大野が上の印象。そのままタイムアップ。大一番は「技有」優勢で大野が制した。(戦評・eJudo)


―――我々が、大野選手のリオ五輪における最大のライバルはやはりアン選手だな、と再認識した大会でした。戦評は当時の記事から起こしているのですが、本番に向けて「アンと大野の力関係」を見極めんとする意志が、やはり行間のそこかしこから匂っています。

決まった技は内股ですが、基本的にはこれまでとまったく同じ負け方と捉えています。この時にはもう、なぜこうなるのか気づいていたのですが、やはり自分のしたいようにはさせてもらえずに嵌ってしまった。組み手の問題が大きかったですね(編集部註・詳細については略します)。結果としては相手に持たれたままの苦しい形になり、巴投にいっても「指導」を取られるなと考え、得意にしている、相手に持たせたままの立ち背負いに行こうとした、その瞬間に投げられたと記憶しています。もう4試合目、これだけはやらないでおこうということを明確に持って臨んだんですが、やはりそれをやらざるを得ない状況に持っていかれてしまったという試合でした。

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死闘は11分以上に及んだ。

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アンが大野の左背負投を隅落様に返すが、大野の技の空転と解釈されたかノーポイント。

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勝負を決めた大野の内股。アンはほぼ伏せて落ちたが、再開から数十秒経過したのちに「技有」が宣された。

【5試合目・2018年アジア大会決勝】
大野将平〇GS技有・内股(GS7:09)△アン・チャンリン(韓国)
大野が右、アンが左組みのケンカ四つ。アンは大野に引き手を持たせず右一本背負投と巴投で攻め、一方の大野は相手に圧を掛けながら威力ある内股を撃ち込む。両者一歩も引かぬまま試合は延長となり、大野はこれまで見せなかった右大外刈で一発勝負、さらに左背負投に一本背負投様に腕を抱えた左小内刈まで繰り出して投げに掛かり、アンもここまで取り置いた伝家の宝刀「韓国背負い」を繰り出して試合は総力戦の様相。大野の左小内刈をアンが抱分で返して会場を沸かすも大野バランス良く逃れ、大野の支釣込足あわやポイントも、押し込まれたアンが必死に逃れて勝負はつかず。両者死力を尽くし、まだ試合が続けられるのが不思議なほどの熱戦11分超、大野が組み手の手順を変えてまず釣り手を片襟に差し、たぐるように引き手で同じ側の襟を持ち右大外刈。背中を抱いて耐えたアンが自身の後方にずれたとみるや乗り上げるように右内股に連絡、勢い良くアンを畳に這わせる。アンが伏せた、あるいは肩から落ちたか微妙だったが、試合が1シークエンス進んだところで主審が「待て」を宣告。この左内股に「技有」を宣告して大野の勝利が決まった。(戦評・eJudo)

―――さきほどから何度もお話の中に出てくる大一番。「ジャカルタの死闘」です。試合時間11分9秒。本当に熱い、どちらが勝ってもおかしくない試合でした。現地で見ていたのですが、まさに鳥肌ものの接戦でした。戦後大野選手は「自分の良いところをすべて殺されていました」とコメント。アン選手の言葉で振り返ると?

色々な人から審判のジャッジがどうこうと言われることが多い試合ではあるんですけど。僕があの時背中を持って対処してしまったことで内股に入られてしまったというだけ。あの場面、僕が妥協せずに釣り手をちゃんと(襟を)持っていたらあそこまでは浮かずに、普通に対処できて試合は続けられたと思います。あとは…。1回背負投を返して投げているんですけど、もう少しアピールしておけばよかったなとは思いましたね(笑)。その時、これはたぶん行けるなと思い、さらに延長になった瞬間にもこれは勝てると思ってしまい、少し油断があったと思います。

―――ところで、その、大野選手の背負投を先回りするような形で返したシーン。あれは狙っていたんですよね?

狙ってませんでした(笑)。

―――あっ。狙ったものだと思い込んでいました。現場ではなぜだか、次に大野選手が担いだらあの形になる絵が想起できたんです。ということは、たぶん、それまでの攻防にあの形を喚起させるものがあったのだろうと。

アスタナの大外返と同じであれも得意技の1つ。得意な形が咄嗟に出たという感じですね。「『技有』やろ!」と思いましたが、このまま延長でも十分行けるなという手ごたえがあったので、すぐに切り替えることは出来ました。

―――延長に入る時間帯は、間違いなくアン選手の流れでした。

はい。自分でもこれは行けると感じていました。でも大野選手はさすがですね。バテてはいましたけど、常に前に出て来ていましたし。さすがだと思いました。

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背中を叩き合っての攻防から決勝点が生まれた。

【6試合目・2020年グランドスラムデュッセルドルフ決勝】
大野将平〇優勢[技有・内股]△アン・チャンリン(韓国)
アンが左、大野が右組みのケンカ四つ。アンは片手で押し込み、大野は押されながらも右内股、さらに両襟の右出足払、巴投と技を積む。抗したアンが左出足から巴投と繋いだ1分24秒、アンに偽装攻撃の「指導」。かなり厳しいジャジ。数合拮抗の攻防ののち、アンは引き手で袖、釣り手を大胆に背中に回して肉薄。一瞬呼吸を整えるとここから引き手を腰に回し、左小外掛の大勝負に出る。しかしいなした大野、腹付近を持っていた引き手をいつの間にか前襟まで引き上げ、背中を下から抱き返したまま右内股に切り返す。アン片手を着いて耐えるがたまらず押しつぶされて1分55秒「技有」。ビハインドのアンは突進も、大野は引き手を内中袖、襟、腹付近と自在に変えてプレッシャーを与えながら余裕を持って対峙。アンは2分45秒に良いタイミングの左背負投、しかしこれに手ごたえを得て打ちこんだ組み際の右一本背負投に主審がまたもや厳しい裁定、3分4秒偽装攻撃の咎で「指導2」。大野は引き手の優位をテコに以後も危なげなし。残り20秒でアンが釣り手を背中に回して迫るが大野いなして展開は動かず、再び背を抱いたアンの浮技が潰れたところでタイムアップ。大野、難敵アンを寄せ付けず優勝決定。(戦評・eJudo)

―――少し時間が空いて、今年2月のデュッセルでの対戦となりました。

いままでとは一切変えて、1回背中勝負をやってみようと思った試合でした。大野さんは背中を持たれても上手く対処できるんだな、と再認識した一番ですね。日本の選手は変則に極端に弱い傾向にあるので、そこを突くとほとんどの選手が弱点を見せてくれる。でも大野さんはそこでも明確に自分のスタイルを持っていました。前からわかってはいたんですけど、背中を持たれてもこんなに自信を持ってやっているんだなということをあらためて確認出来た試合でした。

―――オリンピックに向けて試すべきところは試した?

と思っています。色々な状況を尽くして来て、色々な負け方をしているわけですから。ちゃんとおさらいして、復習して、予習して。勉強と同じですね(笑)

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ガンバータル・オドバヤル。ここまで8戦6勝も、常に消耗を強いるそのスタイルは面倒とのこと。

―――オリンピックに出る世界王者はアン選手と大野選手の2人のみ。対戦が本当に楽しみです。…せっかくのチャンスですので、ここで、世界王者のアン選手から見た他選手ということで少しお話を伺ってよろしいでしょうか。まず、73kg級の選手で、敢えて他に気にしている選手、強いと思っている選手を強いて挙げるとすれば?

やりにくいというか、こいつはヤバいなと思ったのはモンゴルのガンバータルですね。

―――たびたび対戦していますね。

8回くらい試合していると思うんですけど、力がもう滅茶苦茶に強いんですよ。怖くはないんですけど、とにかく消耗戦になってしまう。初めて組んだときはバケモノかと思いました。試合を見ていても、調子がいい時は単に相手を圧殺して終わっている。組むことだけで勝っている。最近調子を落としていますが、「力」ではガンバータルですね。あとは、いるかなあ…。

―――ほとんどすべての選手に勝っていますものね。

階級を上げましたけど、サギ・ムキ(イスラエル)は嫌でしたね。彼は「はじめ」が掛かったあと、回らないんですよ。「はじめ」のあとこう、普通の選手はトン、トンと(跳ねるような動きで間をとって)組み合うじゃないですか。それがない。黙ってまっすぐ組みに来る。相手に休む隙を与えない。とにかくすべてのターンでそうなので、相手がどんどん消耗していく感じです。

―――癖のある技術というお話かと思ったら、そこではないんですね!

凄い角度から入ったりと技術も高い選手なんですが、嫌なのは技よりもむしろそういうところでした。あとは、投げられない。ものすごく柔らかくて、投げられる瞬間に上半身を折ってお尻だけで着地したり。

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強い選手はとの問いに「永瀬!」と即答。2人は筑波大で同学年、ともにレギュラーを務めた2013年の全日本学生柔道体重別団体優勝大会は、見事母校を初優勝に導いている。

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アンが強いと認めた2人、永瀬貴規とキム・ジェブンは2014年グランドスラム東京準々決勝で対決。永瀬が大内刈「技有」で勝利している。ちなみにこの時、隣の試合場では同時進行でアンと大野将平が戦っていた。

―――階級にこだらわず、組んでみて「これは強い!」と思った選手がいたら教えてください。

永瀬!(笑)

―――即答ですね!筑波大の同級生。

それまでも、同じ階級でも(秋本)啓之さんとか「どうやって勝てばいいの?」というような人もいたんですけど、永瀬は本当に、マジで強かった。他の海外の81kg級の選手と練習すると結構普通に投げることが出来るんですけど、永瀬だけはものが違います。力と、懐の深さが半端ではない。本人は「俺、アンみたいな左の担ぎ技には弱いんだよ」とかいうんですけど、全然そんなことはない。とにかく強いです。永瀬と、あとはキム・ジェブンかな。

―――2人のスタイルはかなり違いますよね。キム・ジェブンは試合ではとにかく組み手と状況に全力注ぎ込むイメージ。

彼は試合では落ちるんですよ。絶対冒険しない。リスクを取らない。安定する方向に振り過ぎて技にもあんまり入らなくなるんですけど、練習ではガンガン掛けて来て本当に強い。僕と稽古するようになったのはキャリアの終わりごろだったので安定志向はさらに強くなっていましたが、それでも、メチャクチャ強かったですよ。それでいて、相手の嫌がることを一番に考えますね。投げることよりも、相手を跪かせたり、バテさせたり、その中で投げられたらいいな、という感じですね。

―――韓国チームの仲間のことをお聞きしてもよろしいでしょうか。この人は、と尊敬している選手がいたら教えてください。

チョ・グハン選手ですね。自分が持っていない人間性の高さを持っています。ものすごく優しい、めちゃくちゃいい人です。後輩からすごい尊敬を集めています。ここぞというタイミングでひとこと後輩に声をかけてあげるだとか、こうやって頑張ろうと皆を励ますリーダーシップとか、ちょっと真似できないものがある。もちろん柔道も強いですけど、そういう人間性の部分が素晴らしいです。

―――ガク・ドンハン選手とキム・ミンジョン選手はどんな人ですか?

ガク・ドンハンさんは、普段何を考えているかわからないですね(笑)。寡黙にやるタイプ。物静かな人です。キム・ミンジョン選手、あれは凄いやつですね。メンタルが強い。韓国は上下関係が厳しく、年長の人が「こうやれ」と言ったら従わなければいけないという圧力があるので若い選手は大変。上の人の視線を気にして、空気を読むことだけで神経がすり減ってパフォーマンスを落とす子もたくさんいます。それがあんなに若くて注目されているわけですから、普通は目の前の結果や回りの視線を気にして物凄くプレッシャーが掛かるはず。下手をするとそれだけで潰れてしまってもおかしくない。ただ、彼は大して気にしないんです。高校の時からスーパースターだったので、高校生同士の試合なんかは勝って当然とみられてるんですけど、もし格下に負けてしまっても「こういうこともありますよ、また頑張ればいいんですよ」みたいな感じで一切自分のペースを崩さない。図太い。物怖じしない。大物だと思います。

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インタビューはリモートで行われた。選手村は出ているが、一貫して稽古はきちんと積めているとのこと。

―――ありがとうございます。試合だけではうかがい知れないところがあるものですね。それぞれ意外だったりなるほどと思わされたり、とても面白いです。…続いて、直近のアン選手の状況をお聞きしたいと思います。いわゆる「コロナ禍」以降の稽古や韓国社会の状況など、教えてください。

2月末にグランドスラム・デュッセルドルフが終わってドイツから韓国に戻り、空港から乗ったバスの中で、これから2週間は外に出られないよと言われて、そのまま選手村に入りました。で、2週間のはずの隔離がそのまま7週間まで伸びて、缶詰め状態が続きました。それまでと変わらず練習は出来たんですけど、逆に土日も一切外出は出来ず練習漬け。それが1ヶ月くらい続いて、3月末に選手村を閉鎖することになっていったん所属に戻りました。市役所のチームに戻って、そこから2週間くらい、柔道の稽古は出来ずにランニングやウエイトトレーニングなど基本的な練習のみの期間があって、3週間目に4,5人の少人数で柔道を始めて、いまは選手村にこそ入れていないんですけど、普段と同じようなスケジュールでちゃんと練習しています。大学にも出稽古に出ていますし、稽古はバリバリやっています。つまり、柔道自体が出来なかったのは実質2週間だけで、あとはずっと普通に稽古しているという感じです。

―――大会開催の状況は?

8月の後半に、実業個人みたいな位置づけの試合があるんですけど、それはたぶん延期になるのではないかと見込んでいます(註・インタビューが行われたのは7月下旬)。9月に行われる実業団の大会が最初になるのではないかなと思っています。韓国って、ものすごく試合が多いんですよ。春夏秋冬の単位でもありますし、その他にもたびたび選抜試合もありますし、色々な括りで大会がありますし。だから、この大会をやらないともう代表を選べないとか、強化を選べないとか、切羽詰まった事情があまりないんです。大会休止の影響も、日本と比べればかなり小さいのではないかと感じています。韓国の中では無観客でサッカーも野球も始まっているので、野外競技のあとに室内競技という順番で再開されていくはずです。

―――韓国チームの国際大会参加は?

IJFが現状9月、10月からやるとは言っていますが、そのあたりは微妙かなと。韓国内でもしっかり収まって、海外の状況を見てと思いますので、これはなんとも言えませんね。

―――アン選手自身の、オリンピックまでのプランは?現時点で一番こうしたいと思っている理想の形を、お話出来る範囲で教えてください。

コーチとも話し合ってリオからの4年間をどうするかというプランを綿密に立ててきたわけですが、僕としては、今回のことでいままでの3年間は完全にリセットされたと思っています。これからのやり方はそれぞれの選手で違うはず。試合に沢山出ることでポイントを獲ってカンを取り戻そうとしてくる選手もいるだろうし、これぞの機会をじっくり選んで、出る試合を絞って調整してくる選手もいるでしょう。あまり細かくはお話し出来ないんですが、僕としては、しっかり試合を選んでいこうと思っています。少なくとも連発で試合に出るということはないです。

―――話をお聞きしていると、ポジティブですね。日本の他競技のアスリートには、ポジティブな姿勢の人が多い一方、例えば「あと1年代表の名前を背負うのは重い」というようなしんどさを吐露する人もいます。

いきなりではなく、徐々に状況が煮詰まってきて延期になったわけですので、僕はそこまで衝撃を受けなかったです。それはもちろん東京に向けて4年間一生懸命やってきたし、自分の競技人生においてもオリンピックは一番上に置いているものではあるんですけど、たとえもし来年中止になったとしても、僕はすぐに切り替えて次のオリンピックを目指すだけです。なんと言えばいいのか、そこまで気持ちにブレはないですね。全然まだまだやるつもりですし、普段からトレーニングも練習も最善を尽くしてやっていますし、オリンピックが来年なくなったとしてもその最善を尽くし続けるという日常は変わらない。動揺している選手もいるのかもしれませんが、自分はそこでブレることはない。まだまだ代表の座は渡さないよ、という感じですね。

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後援会作成の新ポスター。アンはブレずに東京オリンピックの金メダルを目指す。
(写真提供:AN CHANGRIM official supporters)

―――アン選手の人生設計、大きくこうしたいというビジョンがあったらぜひお聞きしたいです。

結構、色々ありますね!趣味が珈琲なので、珈琲専門店を開きたいなとも思っていますし、あとは、もちろん指導者もやりたい。僕が尊敬しているエツィオ・ガンバさんとか、早川憲幸さんとか、彼らは柔道によって国を変えた人間と思っています。カッコイイな、僕もそういう風になりたいなと思いますし、在日のアスリートで行き場に困っている選手がいま多いので、柔道だけじゃなくてサッカーとか、そういう人たちをマネジメントする会社も作りたい。

―――夢一杯ですね!いいですね!

そうなんです。やりたいことが一杯あるんですよ。1つ1つ、全部やっていきたいですね(笑)

―――あらためて、オリンピックへの思いを聞かせてください。

もちろん日本は自分が生まれ育った場所ですし、そのことで周りからは特別な思いがあるのではと言われますけど。僕としてはいつもと変わらず、一戦一戦、死ぬ気で頑張るだけだな、と今から思っています。

―――最後に、日本のファンにひとこと、メッセージをお願いします。

日本の皆さん、大野選手よりも僕を応援してください!(笑)

―――今日は長い時間、ありがとうございました!

インタビュー協力:AN CHANGRIM official supporters

→第1回「試合は『死合い』、木村政彦本を貪り読んだ中学時代」
→第2回「必殺の一撃を突き詰める必要はない、プロセスとバリエーションがもっとも大事」

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