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アン・チャンリン ロングインタビュー②「必殺の一撃を突き詰める必要はない、プロセスとバリエーションがもっとも大事」

(2020年9月6日)

※ eJudoメルマガ版9月6日掲載記事より転載・編集しています。
ロングインタビュー「世界王者アン・チャンリンの過去、現在、そしてこれから」(全3回)
第2回 「必殺の一撃を突き詰める必要はない、プロセスとバリエーションがもっとも大事」
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2018年バクー世界選手権で優勝、ついに世界の頂点に立ったアン。
(写真提供:AN CHANGRIM official supporters)

2018年バクー世界選手権73kg級王者アン・チャンリン(安昌林・韓国)選手のロングインタビュー、第2回をお届けする。韓国渡航までの経緯と思いを追った前回に続き、今回は得意技の背負投を端緒として、その柔道観を中心に話をお聞きした。

(聞き手・古田英毅)
※インタビューは7月下旬に行われました

―――ここでいったん、柔道スタイルやポリシー、アン選手の現在地についてお聞きしたいと思います。基本的なことからですが、龍仁大学卒業後、いまの所属や立場から教えてください。

スウォン市役所所属を経て、いまは別の自治体、ナミャンジュ市の職員というのが社会的な立場で、OK BANKのスポンサードを受けて活動しています。強化選手は全員選手村で合宿生活を送っており、強化に入り続けている限りはここに住んで、稽古を続けるという形ですね。

―――代表の選抜は、変則の非常に厳しいトーナメントが行われると聞きました。

いまはその制度は廃止されていて、高校生以上全カテゴリの選手がオープンで出られる予選が、年2回実施されます。基本的にはここで優勝した選手が海外の大会に送り込まれます。2位の選手でも優勝者と同等の力があったりすれば出られることもありますし、オリンピックの出場ポイントがある選手は3位でも出られる場合があるんですけど、基本的には、国際大会に出られるのは1位の選手だけです。

―――厳しいですね。韓国代表の試合を見ていると、ここ数年かなり雰囲気が変わったような気がしますが、練習も相当厳しいですか?

おそらく軍隊式の厳しい練習をイメージされるかと思うんですが、さきほどお話した通り、リオ五輪後はこれを大きく見直しました。最近は選手が自主的にやるという雰囲気が非常に強くなっています。かつては24時間体制でコーチが横について練習させるという感じで、問答無用の激しいトレーニングをしていましたが、いまは監督も代わって、自主性を重んじるようになって、選手たちが1人1人考えて自分でやるようになりました。監督やコーチの変化というよりは僕たちのほうが変わったという感じですね。コーチはコーチ、自分のことはあくまで自分で考えてやらなければならないと、選手たちに自覚が芽生えた。特にリオでボロ負けを経験している僕たち7人はまったく変わったと思っています。自主的にやることはもちろん、目の前の1試合ではなくて4年間を通して考えられるようになった。これは確実に階段を1つ上がった部分だと思います。リオに出た7人に関しては、かなり気持ち的にも余裕が出来ているかなと思います。

―――ここ2年くらい、外から見ていると韓国のトップ選手の怪我が多いように思えますが、このあたりについては?

2016年までは怪我しても「出ろ」と言われる状況があったわけです。いまは大韓柔道会側で怪我を考慮して練習させないとか、試合を回避させてくれたりと配慮してくれるようになったので、外から見ると欠場が増えたということですね。自分自身の裁量で体調管理を出来る幅が広がっているので、試合を休むことは増えましたが、むしろ怪我は少なくなっていると思います。

―――2018年のバクー世界選手権で優勝した後に怪我をして、2019年東京世界選手権は欠場。日本のファンも非常に心配していました。この期間について教えてください。

2019年に首を怪我してしまったんですね。もともと頭から突っ込む癖があったし、中学校の頃からブリッジで着地して回転して逃げるというのをやっていたりしていたこともあり、強い衝撃を受けるたびにムチ打ちみたいな症状が出るようになっていた。もちろん普段からケアはしていたんですが、疲労がたまると出てくる。僕としてはいつも通りのことだからと練習を続けながら治していところが、2019年春のスペインの合宿で海外選手と激しい稽古をしている中で、一週間の間に3回くらい首を突っ込んで強いダメージを受けてしまった。ここで稽古を休めばよかったんですけど、せっかくの機会で勿体ないと思って続けてしまった自分がバカでした。首の力が抜けない状態になってしまったんです。力を抜いたら痛いという状態になって、ずっと力を入れていなければいけなくなった。で、痛みが引いたところでウエイトトレーングをやろうとしたら、左腕だけ10キロのダンベルすら持てなくなっていた。力を入れたくても入らない。すぐに病院で診てもらって、首のヘルニアだと診断が下りました。注射して、基本的には保存療法で治すしかないと言われたのですが、僕としては、癖にならないようにしっかり治した状態で、かつとにかくすぐに練習に臨みたかった。接骨院をやっている父の知り合いで、すごく有効な手術方法を持っている方がいるという話を聞いて、その方にお願いすることにして大阪で手術することになりました。で、 9月に手術して、即効性のある方法だったのですぐに本格的に柔道を始めることが出来ました。その後かなり練習量が積めたので12月のワールドマスターズを復帰戦に考えていたんですが、一番良い状態だった11月に今度は足首の靭帯を切ってしまって。それでマスターズも出られなくなって、本格的に柔道を始めたのが1月、グランプリ・テルアビブの3週間くらい前ですね。試合をすることでしか養えない感覚的な部分もあるので、ひとまずこの大会にはどうしても出たかった。なのでここを復帰戦に選んだ。…まあ、怪我に関してはこんな感じです。

―――2月のデュッセルドルフの戦いぶりを見る限り、ほぼ完全という印象でした。

そう考えて頂いてよいと思います。いまは怪我もなく、良いコンディションです。

―――テルアビブでは、珍しく、変則の相手の奇襲技に嵌ってしまいましたね 。怪我の影響はありましたか?(※マルティン・ホヤックの変則谷落で崩されてブリッジで耐えてしまい、一本負け)

自分は普段から凄く研究するタイプで、試合前も箇条書きにまとめたメモを見返します。でもこの日は1回戦で「技有」取られる場面があって、「今日はちょっと緊張しすぎているな。やっぱり試合を離れていたからな」と、浮足立っているのがわかった。なので、今日は相手のことを気にせず自分のやりたいことをやろう、自分が課題としていることをきちんとやろうという方向に切り替えたんですけど、

―――その時の相手が、まさに研究してるかどうかが勝負の変則技選手だった。

そうです。いつもならメモ帳を見てから臨むはずなんです。谷落もわかっていたんですよ。サギ・ムキが一発食らった試合も見ていましたし。投げられた瞬間、あーそうだった、コレ(腕を固める動作)をやる選手だったと(笑)

―――なるほど、やっぱり聞いてみるものですね。事情、よくわかりました(笑)。次に、アン選手の技と柔道について。僕たちは現役ナンバーワンの背負投遣いはアン選手だと思っていますので、まず背負投を取っ掛かりにしたいと思います。背負投を掛けるに際して、もっとも気を付けていること、大事にしているポリシーは?

ありがとうございます。でも、僕自身は、背負投はまったく上手いと思っていないんですよ。もう少し言うと、「背負投」単体は上手くない。

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※ eJudoメルマガ版9月6日掲載記事より転載・編集しています。

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