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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第103回

(2020年7月27日)

※ eJudoメルマガ版7月27日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第103回
柔道の道場において、この畳の上の躾(しつけ)をすることとならば、学校教育に大いに裨益あることであろう。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

※裨益(ひえき)・・・助けになり役立つこと。

出典:「師範および中学教育と柔道」
「中等教育」第10号 明治44年3月 (『嘉納治五郎大系』5巻140頁)

平成24年度から、中学校において武道が必修となり10年近くたとうとしていますが、今回は、柔道が「学校教育」において、どういったことに役立つか、師範の考えの一端を紹介します。

師範は、講道館柔道の学校教育導入に尽力していますが、その一方で具体的に、柔道がどのような点において学校教育に役立つかをテーマにした論考を残しています。例えば、今回の「ひとこと」の出典である「師範および中学教育と柔道」、または、「中等学校の一教科としての柔道を論ず」(中等教育55号 大正15年4月)等です。
講道館柔道が、日本国民はもちろん、全人類にとって有益と考え、普及振興を志していた師範ですが、そのための方策の1つが、学校教育への導入だったのでしょう。現在のように、柔道が普及した要因の一つとして、こういった組織的な導入(他にも警察・海軍等)があげられます。
しかしながら、新規採用、あるいは採用され続けるには、それぞれの組織におけるメリットを示さなければなりません。

そういった特化されたメリットの1つが、今回の「ひとこと」となります。

師範がおっしゃるには、当時、官庁や兵営(兵隊が日常生活をおくる所)、学校、会社では、イスに腰をかけて、事務等を行うことが日常となっていました。生活様式の西洋化です。そういった当時の様子を踏まえながらも、師範は、あえて「今日日本人は上下を通じて、畳の上に生活しているのである」と断言します。
しかし、一方で、畳文化の中にありながら、 「畳の上における日本人必要の礼式、万端の心得を親しく教えておるところあることを知らない」とし、学校教育において<畳の上における訓練がないのは、1つの欠点>としています。

そして、その学校教育の欠点を、冒頭の「ひとこと」のように、柔道が補う可能性を示しています。生活様式が変わりつつある中でも、畳とそこでの座作進退、立ち振る舞いといった文化を大切にし、柔道を通して、学校で教育されることを期待していたと取ることが出来ます。
 
ところで、ここで言う「畳の上の躾」あるいは「日本人に必要の礼式、万端の心得」とは何でしょうか。そして、それを柔道において、具体的にどのように指導することが出来るのでしょうか。
 
ここまで引っ張っておきながら、恐縮ですが、師範は、今回の引用の後に、「しかしその任に堪うる柔道教師は、教師のはなはだ欠乏している今日多く得難いゆえ」に実施は難しいと言います。学校教育の欠点をうめる可能性を見いだしながらも、それが出来る柔道教師が足りていないため実現出来ないというのが、師範の考えでした。もっとも、完全に諦めていたわけではなく、「他日適当なる教師の多数出来た暁を待って実施するように希望する」とも言っています。
 
今の日本は、師範の時代に比べて、一段と生活様式が変化しており、畳に接する機会はさらに減少しています。ただ、機会が減ったとは言え、畳の上で過ごすのは日本の文化です。学校の中で(ビニール畳ではありますが)、柔道を通して教えられたら、柔道(場)の学校教育における価値も高まるのではないでしょうか。
 
最後に、本文で言っている師範の「畳の上の躾」がどのようなものかは残念ながら、不明です。柔道で伝統的所作というと、すぐに浮かぶのは左座右起とよばれるものですが、これが決して伝統と呼べるものでないことは、本連載36回でふれたところです。また、我々が普段行っている立礼や座礼、礼の後に一歩出る、下がるといった所作は「柔道試合における礼法」に基づいたものですが、師範の時代には見られない様式も多く含まれています。

畳の上の所作とは何か、そして、それをどう現在の柔道と結びつけるか。「伝統と文化を尊重し」これからの講道館柔道を考える上で、課題の1つとなるでしょう。


※引用は、読みやすさは考慮して、『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版7月27日掲載記事より転載・編集しています。

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