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【連載】eJudoマンガ夜話 第4回 描かれなかった金鷲旗とインターハイを妄想レポート!「帯をギュッとね!」(後編)

(2020年7月1日)

※ eJudoメルマガ版7月1日掲載記事より転載・編集しています。
【連載】eJudoマンガ夜話 第4回「帯をギュッとね!」(後編)
描かれなかった金鷲旗とインターハイを妄想レポート!
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「帯をギュッとね!」
©Katsutoshi Kawai/小学館

世にあまたある柔道マンガを、「柔道」側からの視点でよもやま語って批評する「eJudoマンガ夜話」。今回は第3回に続く、「帯をギュッとね!」(少年サンデーコミックス・河合克敏)の後編です。

<<「帯をギュッとね!」 あらすじ>>
中学3年生の昇段試験で出会い、揃って「抜群」の6人抜き昇段を果たした実力者たちが、まだ柔道部のない新興校の県立浜名湖高校で再会を果たす。主人公の粉川巧、同じ北部中学の杉清修、南部中学の斉藤浩司、東部中学の宮崎茂と三溝幸宏の5名である。これに巧の幼馴染の近藤保奈美とその友人海老塚桜子を加えた7人が同じクラスとなり、担任である倉田龍子を顧問に迎えて新たに柔道部を立ち上げる。出来たばかりの1年生チームは巧を軸に奮闘、最初の地区予選でベスト4に入る活躍を見せ、コーチとして関わる倉田典膳の導きもあって全員が徐々に強くなっていく。丁寧な柔道シーンの描写はもちろん、「NEW WAVE JUDO COMIC」と銘打たれた通り、当時の週刊少年サンデーらしいスタイリッシュな絵柄に軽妙なストーリー運び、随所に交えられるギャグ、そして「楽しんで強くなる」という新たな価値観を以て、スポ根のイメージが強かったそれまでの柔道マンガと一線を画し、人気を博した。連載は1988年から1995年まで。

語り手:東弘太郎 古今の柔道マンガを「やたらに読み込んでいる」柔道マニア。大メジャーはもちろん泡沫連載のギャグマンガや知られざる怪作まであまねく読み込むその熱量は少々異様。その造詣の深さと見識に編集長が惚れ込み、たって登場願った。競技では「三五十五とも粉川巧とも一緒にインターハイ出場」の実績あり。ラーメンを食べるなら、「YAWARA!」でジョディが5人前注文した「中華満腹軒」か、「帯をギュッとね!」斉藤の実家「サッポロラーメンさいとう」か、「いでじゅう!」のヒロイン森さんの実家「ラーメン笑福軒」か、思案中。

聞き手:古田英毅 eJudo編集長。自他ともに認める読書家でフィクション好き。ただし柔道マンガに関しても一貫して「いいフィクションは読む」「乗れないものは必ずしも読まない」という姿勢で接してきたため、このジャンルの積み上げは東氏に比べて薄め。まだ見ぬ良き柔道マンガを仕事で読ませてもらえるチャンスと、期待に胸を膨らませている。競技では三五十五と同級生、「片手背負い」をマネして肘を痛め、インターハイの時は右背負投が掛けられませんでした。

(前回から続く)

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少ない女子と男子が同じ道場で共存していた。
©Katsutoshi Kawai/小学館

80年代末から90年代前半の地方柔道部の空気を体現

東: さて。魅力の4つ目、ということでこのトピックに移りたいと思います。これもここまでの話で既にかなり出てしまっているのですが、当時の地方柔道部の空気感が良く描けている。まずは女子部員の存在をきちんと描いているところ。少ない女子と、男子が同じ道場で共存して一緒に稽古するのが、あの時代のリアルなんですよね。

古田: 意外にみなそこに向き合って描いていないですよね。まだ女子が部として独立して活動しているところは少なかった。…また、来留間麻里ちゃんが一気に福岡国際まで辿り着いてしまうというのもあの時代の空気感。女子はまだまだ競技人口が少なく、大会も整備され始めたころで、才能のある選手は短い時間であっという間にトップに駆け上がれる土壌があった。上のレベルは高いけれども、中間層が薄くて、制度的に門戸が開かれていた。今以上に夢が持てる時代でした。いまだと若い選手がどんなに強くとも、カテゴリ内の大会を勝って、その上位の大会を勝って、というプロセス自体に時間が掛かりますから、夜が明けてみたら突然スター誕生というああいう感じはない。まさに草創期ならでは。当時はあんな空気感でしたね。

東: 現実に田村亮子というスターが出現した直後でしたからね。

古田: さらに、「ありそう」感は増したと。…田村亮子の出現はまさにマンガ並みの鮮烈さだったなあ。麻里ちゃんの福岡国際はまさに、田村亮子-ブリッグス戦があったあのときを意識して描かれているわけですものね。

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アマレス・長谷がインターハイで披露した「パンケーキ」。宮崎との対戦は作品内でも屈指の名勝負だった。
©Katsutoshi Kawai/小学館

東: 次は2つ目。他の格闘技をうまく取り入れている。

古田: 当時の格闘技ブーム、熱量を反映していると。

東: レスリングの長谷とか、柔術の技とか。…実は「帯ギュ!」を連載していたときって、まだブラジリアン柔術は本格的に入ってきていない頃、グレイシー柔術と呼ばれていたころなんです。端的にいうと「バイタル柔道」などを駆使してうまくレベルの高い技術を入れ込んで来ているんですね。これで格闘技マンガとしての奥行きを出しています。さきほど古田さんが仰っていた宮崎-長谷の対決など、私たち柔道側、レスリングを知らないものからすると「あ、こんな技があるんだ」という驚きもあるし、実際にレスリングの選手の身体能力の高さって物凄いわけで。そういったところに目を開かされました。

古田: リアルタイムで、素直に「へー!」と驚かされたことを覚えています。よく研究していますよね。寝技も、あの時代に絵3枚でオモプラッタをきちんと描くなど感心します。…描写が難しいので、斉藤の声で巧を指示して動かすシーンなどは逆に「寝技っていま言われてすぐ動けるもんじゃないよ、習熟してきた動きしか試合では出来ないんだから、実際の試合では声による寝技のアドバイスなんて無力だよ」と冷めてしまったりという難しさはあるんですが、あれはつまり読者をガイドしているんですよね。

東: 玉城を抑え切るところなんかはそうですよね。

古田: はい。アドバイスが読者に今の争点を伝えて盛り上げる、ナビゲーションとして機能していました。

東: あのシーンでは高専柔道でいうところの「ベンガラ」という技術を使っていました。相手に乗り過ぎずに、自分の襟を引き出して相手の首を抑えて。体が大きい相手に肩から取りに行くとどうしても体が浮いてしまうので、首一点突破で抑え切る。技術の選択も上手です。

古田: さて、この「当時の空気感」の項。まず女子部員の存在、そして他の格闘技や技術の導入、と進んできました。

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心優しき大巨人・三溝が身に着けた「裏技」は、「立ち関節」(腕挫手固)。
©Katsutoshi Kawai/小学館

東: はい。次は、これもこれまで既にいくつか例が出ているんですが、浜高の戦い方が「弱者の兵法」であるということについて。王道でない裏技、奇襲技をそれぞれが工夫する。教えられるのではなく自分に適ったものを工夫するというのがポイントですね。実績があって手練手管を持った指導者がいない学校で、生徒たちが自分たちでそれこそ「格闘技通信」から他の格闘技の情報を得たり、逆に「バイタル柔道」という古くからのバイブルを探してきて、頁をめくりながら、お互いああでもないこうでもないと言いながら試してみたりする、その空気感がいかにもあの時代なんですよ。

古田: 指導者を通じたルート以外からも「使える情報」が得られ始めた頃。…上がっていく方法としてもリアリティがありましたね。…浜高の柔道って、例えばいまこのチームが全国大会でベスト8とか4に上がって来たとして、王道で教えている先生方とか私たちみたいな柔道記者から褒められるような柔道かというと、決してそんなことはないんですよね。でも、実はそこにリアリティがある。こうじゃないと上がってこれないという現実味がある。そして、その中に、粉川巧という本物の天才が1人いて彼は王道の背負投一発を最後の技として持っている。それが今度はカタルシスを生んでいる。凸凹の個性の締めとして粉川巧という本流のエースがいることで、我々記者の目で見ても応援したくなるチームになっていますね。単に面白いチーム、変なチームで終わってしまいかねないところが、芯にどこからどうみても才能がある本物の天才がいることで「この代の日本一をあげてもいいかな」と精神的に味方出来るなと思いました。

東: 弱者の兵法で戦うチームの中で、巧だけが桁違いの才能を持っているからああいう決め方が出来るという。

古田: リアリティとカタルシスを両立させていますよね。実は巧ですら、しっかり組んで両手の操作と足技で崩して王道の技で投げ切るというような、伝統的な「良い柔道」ではないんですね。掛けられりゃ躊躇なく切るし、ダメだと思ったら離れるし、片手柔道を厭わないし、組み際で勝負するし。ただ、異常な技の切れ味の恐怖を晒しながらガンガン左右に攻めて、その中で活路を見出していくタイプであることはわかる。これも、90年代の柔道が良く表現されているという面でもありますね。主人公・巧のスタイルが実は90年代の空気感そのものなんです。90年代の軽中量級の強者の一典型。

東: まさしく。

古田: 巧がいれば、今の高校柔道でも僕は浜高を応援できますね。粉川という凄いのを軸に、周りを面白いので固めて色々やってくるチームだな、と。ただ、巧なしだと、…面白いチームだけどこういうチームに最後まで勝たせるようでは今代の高校柔道は厳しいねという評価になるかな(笑)。周辺でいうと、この「色々やってくる」というか、何らかのハシゴを掛けて強者を倒すというディティールにはことごとく説得力がある。宮崎が重量級を投げるときに使う巴投が両袖であったりとか。理由なく凄いことが出来ちゃうというのではなく、いちいちちゃんと技術的に説得力あることを仕込んできますよね。

東: 個々の裏技もよく考えられていますよね。宮崎のレスリング技は長谷との出会いがあったからですし、三溝の「立ち関節」とか、

古田: 小川直也だ(笑)

東: それもそうなんですが、河合克敏さん本人が語っているように、これは相手に怪我をさせる可能性のある技なんですね。ここに注目したい。そもそもの三溝の気の弱さや優しい性格というところからいくと、相手を壊しかねない技を仕掛けるというのは一つの大きな壁だと思うんですよね。相手に怪我させるかもしれない、周りの先生から邪道だと言われるかもしれない技を仕掛けられるようになる。…立体大に出稽古にいったときに、大学生に仕掛けているじゃないですか。

古田: 現実にやったら生きて帰れないかもしれない(笑)

東: まあ、このやろう、とその後ひどい目に合うパターンですよね(笑)。そこまで考えて描かれたかどうかはわかりませんが、私たちの妄想内では、三溝がそういうものを乗り越えて身に着けた技なんだ、と。そこを評価したい (笑)。

古田: なるほど!これは鋭い観察。技の選択に「キャラクターの成長」が仕込まれている。あの弱気な三溝が、相手を怪我させるかもしれないような荒技を、その後「生きて帰れない」かもしれない大学の出稽古で目上のものに仕掛けるようになっていると。

東: このチーム、体格的に一番強いのは三溝なんですよね。本当は裏技も何もなく、王道の技を磨いていけば大エースになるはずなんですよね(笑)。

古田: 間違いないです。大学のスカウトが群がるのは三溝だと思いますよ。柔道にも伸びしろ十分。それが「裏技」に頼るあたりも、うちに来れば間違いなく伸びる!と先生方の琴線に触れそうです(笑)。

東: さて、そろそろこの項もまとめを。粉川たちと、「柔道部物語」の三五十五とでは2学年しか違わないわけなんですけど、描かれている物語は対照的です。「柔道部物語」はどちらかというと80年代前半までの、まだ女子が部活動に入ってくる前の世界で、柔道という技術体系以外の技は基本的に出てこない。柔道としては基本的に王道志向。「帯ギュ!」は作者本人が「邪道」と言っているように、「柔道部物語」とは対照的ですよね。そして、そこが逆に魅力になっているわけです。

古田: 「柔道部物語」登場以前はまだまだスポ根ものや必殺技ものが幅を利かせていたわけで、この作品も史上のエポックとなった革新的な作品。「柔道部物語」は格闘技マンガの形態をその「以前・以後」でまったく変えてしまったといっていいくらいの転換点だったわけですが、

東: そうです!

古田: そのすぐ後に、これだけ違う価値観の傑作が生まれているわけですね。あの頃の私たちが幸せだったなと思うのは、「柔道部物語」「YAWARA!」「帯をギュッとね!」の三大傑作が同時に連載されていて、毎週読める環境にあったことですよね。そして「柔道部物語」「YAWARA!」という王道の2本が先行していたことで、河合克敏さんという才能が敢えて変化球を投げようとしてくれた。傑作の積み上げは、方向性の異なる次なる傑作を生む。これぞ好スパイラルであり、当時柔道人は豊かな文化に恵まれましたよ。これ、野球やサッカーというメジャージャンルでは綿々と続いていくわけですけど、柔道でそれがあった時代なわけですよね。河合さんは「To-Y」というバンドマンガの嚆矢のアシスタントをやった経験をテコに、「帯ギュ!」のあとは、「モンキーターン」「とめはね!」と新たなジャンルの「最初の型」を作る仕事をやっている。その彼をして、変化球を投げさせるだけの豊かさが柔道マンガにあったわけですなあ。

東: 柔道マンガの歴史的な位置づけでいうと、「柔道部物語」が、それまでの必殺技構図から脱却して、より身近な、シンパシーの抱ける「ある!ある!」が一杯ある学校の部活ものの名作として出てきた。一方の「YAWARA!」は実は「小よく大を制する」という柔道人の永遠のロマンを描いた姿三四郎の系譜に連なる作品なんですよね。

古田: なるほど。媒介にしたのが可愛い女の子だったり恋愛であったりするので見えなくなりがちですが、系譜として、本質的には非常にクラシカルな作品なわけですね。

東: 新しい形の部活動マンガである「柔道部物語」、伝統的な系譜に連なる「YAWARA!」があった上で、さらにまた、柔道部物語とは違う、より時代にあった、時代の空気を体現した、よりシンパシーを感じられる作品である「帯ギュ!」が出て来て、これがすべて同時代にあったという格好ですね。異なる3つの魅力的な柔道マンガがあった、豊かな時代であったと思います。

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永田の左内股を、斉藤が右内股で切り返す
©Katsutoshi Kawai/小学館

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「バイタル柔道」より引用。おそらくこの技術が参考になっている。

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藤田が決めた「巻き込む形の内股」
©Katsutoshi Kawai/小学館

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「バイタル柔道」より引用。柏崎克彦氏の内股を経由する捨身技。

技の参考書としての「バイタル柔道」

東: さて、ここからはおまけです。柔道という競技は技術的に専門性が高いですから、当然技を描く際にはタネ本が重要になります。その中で圧倒的に使われる率が高いのが、岡野功先生の「バイタル柔道」(日貿出版社)です。連続写真で、しかも実戦的な技の掛け方を紹介しているから。絵的にも非常に決まりがいいんですね。

古田: 「岡野小内」の登場率などはかなりのものですね。よく使われるのが、この投技編の「小内刈」のアゴを突き上げて刈り切る絵ですが、何度見てもため息が出るほど美しい。(※投技編・新装改訂版9ページ「小内刈A」)

東: はい。ご指摘の小内刈は本宮ひろ志の「姿三四郎」で三四郎が仕掛けたり、山上たつひこの「JUDOしてっ!」でも使われていますね。

古田: あれだけ絵柄が違うのに、どちらもすぐさま「岡野小内」だとわかるのが凄いですよね。山上たつひこの「こまわり君」絵柄でもすぐわかる(笑)。やはり際立ったワザです。

東: あのインパクトは凄かった(笑)。岡野先生の小内刈が絵的にいかに力があるかということでもありますね。…で、その「バイタル柔道」、河合克敏さんももちろん使っています。印象的なのはまず、1年秋の高校選手権地区予選準決勝、斉藤が暁泉学園の永田の飛び込み内股を内股で打ち返すシーン。あれは絵的にも非常に格好いい、二人がともに空中に飛び上がるという現実でもなかなかない形なんですが、実は本当にやっていた人がいるという(笑)。…松田博文さんの、相手の背負投を飛び越しての内股を参考にしていると思います。(「バイタル柔道」を取り出して)このあたりのコマが参考になっているんだと思います。(※投技編・新装改訂版84-85ページ「背負投を内股<変化技>」)

古田: さすが、よく見ていますねー!自分の方がいったん高く浮き上がる、かなり特異な技ですね。連続写真2枚を並べて見ると、参考にして描いているのが良くわかります。このあとのコマで斉藤が着地する表現も、「読んで描いたな」というのが濃く匂います。

東: 完全にこれ使っているなというのは、コミックス第8巻。2年夏のインターハイ予選で藤田と平八郎が戦ったときの、作中では「巻き込む形の内股」となっている技ですね。「バイタル柔道」寝技編で柏崎克彦先生がやっている技術です。寝技編、新装改訂版では42ページと43ページ。

古田: これはまさにそのままですね。かなり特殊な技術。作中でも絵をがっちり見解かないといけない、戸惑う一発でした。

東: なかなか内股という解釈にはならないと思いますが、知らない人がみたらなんだこれは、という技術ですよね。

古田: 「バイタル柔道」でも捨身技扱い。「捨身技と寝技は切っても切れない関係にある」という文脈で紹介されている技ですから。…しかしこれを藤田にやらせるのは面白いですね。藤田が努力家で研究熱心であることが透けて見える格好になっています。きっと藤田も「バイタル柔道」を見て勉強したんでしょうね(笑)

東: あとは例えば、「河合克敏本」というムックの中でブラジリアン柔術黒帯のライターである近藤さんが指摘していたオモプラッタ。連載は、まさにブラジリアン柔術が入ってきたばかりの頃ですからね。

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斉藤が決めた「オモプラッタ」(腕挫膝固)
©Katsutoshi Kawai/小学館

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「バイタル柔道」より引用。斉藤の技は仕掛けから決めまで、この佐藤宣践氏が紹介した手順を綺麗に踏んでいる。

古田: 今見ると、ああ、きちんと描いているなというくらいの感想になるのですが、当時はかなりきちんとアンテナを張っていないと手が出なかった技術のはずです。

東: 第1回のUFCが開催されたのが1993年の11月、PRIDEが始まったのが97年。斉藤のオモプラッタの場面が描かれたのは94年ですからね。ほぼ日本にはこの技の情報はなかったということになるんですが、実際は「バイタル柔道」でも解説されていますし、吉田秀彦さんも得意にしていた技なんです。吉田さんは高校時代に講道学舎で教えられていたので、使えていたんですね。それで、「バイタル柔道」の中でオモプラッタを披露しているのは佐藤宣践先生です。最後から6コマ目の写真などは斉藤が決めた場面そのままですね((※寝技編・新装改訂版140ページ「仰向けになった姿勢からの攻め」内)。どの作家がどの柔道本を参考にしているかを想像しながら読むのも楽しいかもしれません。

古田: バイタル柔道は登場率高いですが、他にも結構「あの本を使ったな」と思う場面、多いですもんね。…時に、三溝のバンドワール投げ、じゃなかった、「ヴァン・デ・ヴァル投げ」のもとネタは?私はわからなかった。

東: ベースボール・マガジン社からコバチェビッチさんの本(「勝負 わが柔道の技と心」)が出ていたのですが、その中で紹介されていますね。

古田: さすが!(笑)

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浜高は全国高校選手権に優勝。以降の試合は描かれなかった。
©Katsutoshi Kawai/小学館

妄想企画・掲載されなかった金鷲旗とインターハイを予想する

東: では、おまけの2つ目。本編では高校2年終わりの「春の選手権」(全国高等学校柔道選手権)優勝までしか描かれません。

古田: 「高校三冠」このあとの2つ、金鷲旗とインターハイはテキストのみの説明で処理されていますね。

東: この項ではマンガ本編に描かれなかったこの幻の2大会の展開を妄想してみようと思います。

古田: いいですね!作中の説明では、金鷲旗は決勝で千駄ヶ谷学園に敗れ2位、インターハイでは千駄ヶ谷に雪辱して再び頂点に立ったことになっています。浜高と千駄ヶ谷のチームとしての組成、そして残る2大会のレギュレーションを考えるとまたこれが「ありそう」な結果なんですよね。

東: そうなんです。レギュレーションに応じて両校がどういうオーダーを組むか。そしてそこから予想を展開出来ればと思いますが。まずは金鷲旗からいきましょう。参考に、まず浜高が勝利した高校選手権決勝の結果を見てみましょう。

【[参考]全国高等学校柔道選手権・決勝】
浜名湖高(静岡)〇一人残し△千駄ヶ谷学園高(東京)
(先)宮崎茂〇一本背負投△御厨太郎(先)
(先)宮崎茂△出足払〇滝川澄之(次)
(次)杉清修〇合技[谷落・崩上四方固]△滝川澄之(次)
(次)杉清修△内股〇安藤忠(中)
(中)三溝幸宏〇合技[体落・崩上四方固]△安藤忠(中)
(中)三溝幸宏△大内刈〇橘大樹(副)
(副)斉藤浩司×引分×橘大樹(副)
(大)粉川巧〇背負投△鳶嶋雅隆(大)

古田: 高校選手権決勝における浜高の配列はかなり完成度が高いですよね。抜き試合としてはこれしかないくらいにきっちり嵌めて来ている。ただ、金鷲旗は初戦からオーダー順固定ですから、ここ一番の相性の良さだけでなく、そこに辿り着くまでの疲労度を考えて配列を組まなければいけない。体が軽くて取ったり取られたり属性の宮崎は上位対戦だけを考えればやっぱり先鋒が適切なんだけど、あれだけの巨大大会では到底持たないですね。

東: そのあたりは同意見です。先鋒も最終的には宮崎しかないと思うんですけど、まず仲安・石野をフル稼働させて、宮崎は準決勝と決勝のピンポイント投入でしょう。

古田: うーん。もちろん序盤に仲安と石野がフル稼働するしかないわけですけど、2人の戦闘力と全員柔道的なチームのタイプを考えると、ベスト16、頑張っても8くらいからは宮崎が入らなきゃいけないでしょう。そうすると、宮崎はこの時点でかなり疲労していると思うんですよね。…しかしこの展開だと、後ろも消耗してくるか。仲安・石野、そして宮崎の前衛が取って取られたところをその後ろが複数枚抜きで打ち返して、という展開だと、次鋒中堅に負担が来てるかな。

東: そう!杉や斉藤、三溝には疲労が溜まっているでしょうね。

古田: 展開を考える上では、高校選手権決勝における浜高の勝ち方が、対千駄ヶ谷戦としては一種これしかないという究極の形であったということも留意しておきたいですね。総合力としては千駄ヶ谷が上ですから。あれがなぜ起こったかというと、まず、ここまで千駄ヶ谷の斬り込み役を存分に果たしたあの日のラッキーボーイ・御厨を、宮崎が短い時間で3回立て続けに投げるという「一発先に殴る」スタートダッシュが切れたこと。2試合目では1階級上の滝川に小内刈「技有」に出足払「一本」で負けてしまいますが、その前に「有効」ポイントを挙げて追撃し、単に「負け」では片づけられない勢いをつけています。強豪相手に戦うにはスコア的にも精神的にも先手を取ることがキモですから、僅かの時間であっても「あっという間に2点差」が想起しうる時間帯を作れたのは大きい。また、千駄ヶ谷側からすれば、自軍の戦力を考えれば、ソリッドに、手堅い展開になればなるほど勝ちが近づくはず。その中で浜高の得意である乱戦に持ち込み得る、場の荒れを演出出来たことも大きかった。軽量選手が善戦の末に脳震盪を起こしての退場という終わり方までも、この「場の荒れ」に寄与しています。実際、その後の展開では「裏技」がまだ知られていないことを武器に浜高が大暴れ、様相としては取ったり取られたりの拮抗となり、大将・粉川に襷が繋がります。つまりは「スコア的にも精神的にも先手を取って、乱戦の土壌を作った」「相手に知られていない『裏技』というハシゴがあった」、とこの2点が大きい。

東: 千駄ヶ谷がオーダーを変えて来ている可能性もあると思うんですね。

古田: ではここで千駄ヶ谷のオーダー順を考えてみましょう。…配列順固定の金鷲旗で骨がらみの構成まで変えられるか。こちらも、対浜名湖1試合だけなら効くオーダーが、勝ち上がりの段階で「消耗を抑える」観点と両立するかですね。

東: うーん、金鷲旗なら橘の大将があり得るかなと思いましたが、そこを考えると、やはり決戦要員としては鳶嶋を最後に置かざるを得ないかな。千駄ヶ谷もサイズがないので、勝ち上がりの段階で鳶嶋に仕事をさせてしまうと、肝心の決勝で体力が残らないと考えるか。

古田: …千駄ヶ谷は補欠についてはどうなんでしたっけ?

東: 作品内で描写はないんですよ。

古田: 講道学舎イメージで作ったチームなら層はそれなりに厚いと想定しますか。おそらくあのチームであれば補欠にもそれなりの強者を揃えているはず。序盤戦は補欠を前衛に置いて、上位対戦までは御厨を取り置いてそんなに疲労させずに決勝まで上がってこれるかな。配列的には、複数枚抜けてしまう、仕事が出来てしまう橘をどこに置くか。

東: 大将戦の延長戦ありを見込んで、最強の大駒である橘を大将にするという考えはあるなと思ったんですよね。

古田: もちろん選択肢に入ると思います。いずれ金鷲旗のレギュレーションであれば大将は鳶嶋か橘。その中でどちらを選ぶか。準決勝まで「消耗させてしまう」抜き役ロールと、決勝の最後の砦のロールの2つ、これをどちらに振り分けるかですね。

東: 高校選手権を分析すると。斉藤が橘を止められたのはサイズの差による柔道の違いがあったからじゃないですか。逆にあれが体格の近い鳶嶋相手だと止められないだろう、ということを加味すると、本当に対浜名湖1試合だけを考えれば、鳶嶋を出しておいて大将橘というのは、非常に効くオーダーになる。

古田: 同感です。対浜名湖カスタムであれば、鳶嶋を中堅か副将に前出しして最後に橘ですね。さてしかし、小型チームの千駄ヶ谷が金鷲旗の長丁場を戦うにあたってそこまで思い切れるか。先ほど東さんから指摘があった通り、体の大きくない鳶嶋が前で仕事をして準決勝までで消耗してしまうと、肝心の決勝で働けないという元も子もない状態も考えられる。…副将橘、大将鳶嶋が妥当かな。確変・御厨の大働きでスルスルっと勝ち上がった高校選手権を考えると、「後に仕事を回さないだろう」と指揮官に確信させるだけの経験値的な信頼が、他の3人にはまだない気がします。

東: このあたりで、1度浜名湖の方も考えてみますか。…古田さんおっしゃったように高校選手権決勝から配列を動かしがたい。

古田: そうですね。僕はあのまま固定を支持。うんと控えめに言っても、先鋒宮崎、大将粉川は変えられない。

東: 宮崎・杉・三溝・斉藤・粉川。基本的には私もこの並び順を支持、先鋒と大将を変えられないのも同意です。あとは、試しに交換可能なポジションがどこかと考えてみましょう。間の3人は考え方次第ですよね。たとえば三溝をもう1個前に出して前重心、杉は受けが強いという属性があるので後に持って行って、斉藤を中堅。前から宮崎・三溝・斉藤・杉・粉川。

古田 バランス型から、これだけで一気に攻撃型オーダーになりましたね(笑)。

東: こういうのもあるかなという気がしています。

古田: 千駄ヶ谷の橘と同様、勝ち上がりの中でかなり仕事を「してしまう」であろう、三溝の疲労度をどう考えるかですね。前衛に置かれた大駒は、抜けてしまう力があるぶん試合数をこなさざるを得ないですから。

東: そうです。こちらも勝ち上がりを意識するか、対千駄ヶ谷戦に絞るか。

古田: 勝ち上がりを意識してバランス型にして、斉藤までの4枚をフルに使って負担を分散させるか、それとも三溝の消耗を覚悟で彼に枚数を抜かせて、決勝に先手必勝の前重心オーダーで臨むか。当たり前ですが、現実の金鷲旗の悩みどころそのままですね。もう1枚補欠に大型選手がいればだいぶ違うんだけどな。…新興校が「地獄の金鷲旗」に挑むにあたって、この大会のキーである「層の厚さ」という課題にぶつかった格好と見てもいい。実は春以降の仲安の成長如何に掛かる大会なのかもしれないですね(笑)。

東: 行きつ戻りつ、だいぶ見えて来たところで再び千駄ヶ谷の側を考えましょう。御厨先鋒は確定でしょう。

古田: はい。宮崎と同じで、先鋒で一番生き、そこでしか使えないタイプだと思います。

東: 滝川と安藤は取り換え可能、副将大将の橘-鳶嶋ブロックをどう考えるか。私は橘を次鋒とか中堅とかに持って来ることはないと思います。副将か大将。鳶嶋もここは同じ。

古田: 納得です。

東: そうなると、千駄ヶ谷は、逆に高校選手権と同じですかね。

古田: そんな気がします。杉・三溝・斉藤は比較的柔道が読みやすい。となると千駄ヶ谷は不確定要素の宮崎をまず潰しておくというのは考えに入るんじゃないですかね。宮崎先鋒は確実だから、そうなるとやはり次鋒に体格もスピードも宮崎より上で足技がある滝川を入れて保険を掛けておきたい。御厨が抜かれても確実にここで展開を取り戻す、とここは高校選手権の経験から、あの布陣を踏襲しておくのではないかしら。それだけ、両軍の高校選手権決勝のオーダーはよくできています。

【金鷲旗高校柔道大会・決勝】
浜名湖高(静岡) - 千駄ヶ谷学園高(東京)
(先)宮崎茂 - 御厨太郎(先)
(次)杉清修 - 滝川澄之(次)
(中)三溝幸宏 - 安藤忠(中)
(副)斉藤浩司 - 橘大樹(副)
(大)粉川巧 - 鳶嶋雅隆(大)

東: では高校選手権と両軍オーダーは同じと仮定します。しかし結果は違いましたと。どんな展開を予想されますか?

古田: 僕、御厨が強くなっていると思うんですよね。

東: なるほど!

古田: 性格的にも柔道タイプ的にも学年的にも、高校選手権から7月までの3か月に確変的な伸びが来るのではないかと。また、高校選手権決勝の蹉跌が一段彼のスケールを上げると思います。加えて、宮崎の柔道が良くも悪くも取って取られての超攻撃型であることと、ここまでの疲労蓄積度を考えると、ここで事故を起こしたんじゃないかと。連続攻撃の応酬というスピード合戦の展開に応じてしまい、ポンと御厨が取ってしまうのではないか。しかも宮崎に勝つなら先に「一本」取るしかないから、これは「一本」と仮定する。となると先制、しかも勢いづく投技一発での得点。…この先手をテコに、以降は千駄ヶ谷が一種手堅く試合を運んだんじゃないかというのが大きな見立てです。河合先生が描くなら、取って取られてという形の拮抗展開になるのかもしれないですが。

東: なるほど。…次鋒の杉の「裏技」は掬投ですよね。

古田: はい。いわゆる大沢式。

東: これは小さい御厨には掛からないんじゃないかと思うんですよね。そうすると普通に内股や大外刈で攻めたとして御厨を取れるか?

古田: そこまでのキレがある感じではないですね。

東: 引き分けの可能性も高いのでは。

古田: さきほどの大きな見立てには、高校選手権で浜高の面々が奇襲の裏技で取ったけど、その奇襲技を既に知ってしまっている千駄ヶ谷から改めて取るのは難しいという分析が含まれています。その大局観察にも沿いますね…ではここは引き分けと。

東: 次の対戦は中堅三溝と次鋒滝川。滝川は奥襟ファイターではないので、三溝の裏技である「立ち関節」は使い難いですね。しかも滝川には足技がある。

古田: 三溝が踏み込まんとするたび、滝川がバチっと足技を入れて出籠手を封じる絵は、結構見えやすいですね。重心を片側に載せて思い切って踏み込むことは危険だし、かといって細かい足技合戦に付き合って裏を取り合うような展開はさらに危ない。三溝はだんだん手立てがなくなっていく。三溝の柔道はそうじゃないのに、というような回りがジリジリしちゃうような静かな試合になるんじゃないかしら。この構図を崩すような緻密な方法論は、三溝にはないですね。

東: 平成6年の全日本選手権で吉田秀彦さんが、絶妙な小外刈りで関根英之さんから技有を奪った試合が思い浮かびました。相当体格差あっても足技なら投げられますからね。とは言いつつも、ここも引き分けと。第4試合は副将斉藤と中堅安藤の試合となります。ここは斉藤が取りますかね。

古田: 安藤も切れ味のある選手ですが、ここは斉藤が取るでしょう。ただし消耗は避けられない。

東: 間違いないですね。斉藤は瞬殺できるタイプではない。

古田: 安藤は、高校選手権で杉の谷落を切り返したように、「わかっている技にはしっかり対処する」型のクレバーなタイプで、手練手管でやってくる相手には対処が利く選手ですからね。斉藤はまさに方法論で相手の上を行こうというタイプですから、安藤は敗れるにしても簡単には終わらせないでしょう。圧を掛け、寝技をやらせ、存分に体力を奪うと考えます。

東: で、第5試合の副将対決。前回は斉藤が橘と分けているわけですが、ここはその消耗もあって橘が斉藤を取ると見立てますか。

古田: 賛同します。高校選手権の様相からも、休養十分の橘を、勝ち上がりの過程でもそれなりに試合をした上に安藤を倒すところまで力を出した直後の斉藤が抑え切れるとはなかなか思えない。で、橘が取って。

東: 最終戦で橘が粉川と引き分ける。

古田: 相当な体格差がありますからね。引き分け前提でこの体格差であれば、もっとも可能性が高いのは引き分けでしょう。

【金鷲旗高校柔道大会・決勝】
千駄ヶ谷学園高(東京)〇不戦一人△浜名湖高(静岡)
(先)御厨太郎〇背負投△宮崎茂(先)
(先)御厨太郎×引分×杉清修(次)
(次)滝川澄之×引分×三溝幸宏(中)
(中)安藤忠△優勢[技有・崩上四方固]〇斉藤浩司(副) 
(副)橘大樹〇足車△斉藤浩司(副) 
(副)橘大樹×引分×粉川巧(大)
(大)鳶嶋雅隆

古田: 仮に技名まで入れてみました。想定としては、斉藤は何度か抑え込むも、体の力の強い安藤のあおりでなかなか抑え切れない。何度かこの展開を続けて、25秒経過の「技有」を得るも大消耗。

東: 橘の足車もいいですね。安藤をなんとか抜いたものの体力を失った斉藤は、続く橘の位攻めを封じきれない。体格差が生きる足車で、膝を固定されてグルっと回される、と。全日本柔道選手権決勝の小川直也-古賀稔彦戦想定ですな。

古田: さすが。そういうイメージです。

東: 千駄ヶ谷優勝、鳶嶋は座り大将で出番なし。

古田: 作者の河合先生が「負け」と結果を定めている、その枠の中でシナリオを考えるとすれば、たとえばこういう展開じゃないですかね。手前味噌ですが、結構面白いじゃないですか(笑)

東: それで試合のなかった鳶嶋が、「粉川、決着はインターハイだ!」と(笑)。

古田: いいですね!そうなると、インターハイにおける浜高勝利は、この鳶嶋の感情が試合を揺らす要因として絡んできそうだ。いいドラマの匂いがしますよ。

インターハイの浜高雪辱、そのシナリオは?

東: さて、そしてそのインターハイです。設定では浜高が勝って高校選手権に続く優勝を飾ったこととなっています。

古田: まずオーダーということですかね。レギュレーションは配列固定の点取り試合。

東: チームの志向をまず見てみましょう。前年のインターハイを見ると、両軍とも精神的支柱を大将に置くタイプのチームです。静岡インターハイでは千駄ヶ谷が大将に鳶嶋兄を置き、浜高は粉川でした。

古田: 点取り試合において、この時代こういう「型」や癖を持ったチームはそれを踏襲する傾向にありましたね。

東: というわけで、大将が粉川-鳶嶋というのは、そんなに不自然ではないかなと思います。

古田: 東さんも僕も「本当にこの試合だけに勝とうと思えば、まだまだ打つ手はあるんだけどな」と思いつつ、ではありますが、ここは大将のメンバーはこの2人と決めてかかりましょう。

東: さて、まずは先鋒。勝ち抜き試合であった前2大会と変わり得るか。

古田: 浜名湖は、結構ここは弄れるんじゃないですか?

東: 三溝か斉藤。

古田: さすがいいところを突きます(笑)…。もし三溝を先鋒に持って来る用兵が出来るとしたら、相当レベルが高いですけどね。策そのものとしても、その策が取り得るくらい後の面子に信頼がおける力を養えているという意味でも、かなりのハイレベル。これが出来るならもう1回日本一になるチームだなとは思います。どう考えるか。……しかしオーダーを組むうえで、やはり宮崎はアキレス腱ですね。強さ弱さでなくあの軽さは計算が立てにくい。置けるポジションが限られる。

東: そうなんですよ。おそらく御厨以外とやると誰とやっても取られる。

古田: 宮崎は、軽くても歩留まりがいいという方向の「団体戦タイプの軽量級」ではないですからね。

東: 前年の千駄ヶ谷戦では重量級とやって「技有」取り合って、引き分けています。

古田: そういう意味では、純個人戦タイプでもない。つまりは、

東: そう。相手が極端に大きければ取れる可能性がある。

古田: 団体戦における攻撃型軽量選手あるあるですね。苦手なのは中量とか軽重量の、動けてサイズもあるタイプ。私も軽量級で団体戦に出ていましたから、このあたり染みます(笑)。

東: しかしですね、この代の千駄ヶ谷には所謂「デブ」、アンコ型の重量級がいないんですよ。

古田: 宮崎にとっては、まさに、自分より大きくてかつ動けるという嫌なタイプばかりが揃うわけか。

東: これでは宮崎は厳しいわけです。御厨と当たれば御の字、あとは取られると考えるしかない。

古田: 浜名湖、これはなかなか厳しい。千駄ヶ谷相手に1点呉れてやる計算からのハイスコアゲーム志向は相当ハードルが高い。得点力が高いとは言えない浜名湖は「どこでどう取って勝つか」という最善シナリオよりも、まずこの最大リスクである宮崎をどう扱うかを決めた上で取りどころを考えるべきですね。御厨がどこで来るかで宮崎の位置を決めるくらいがいいのかもしれない。

東: ここは読み合いですよね。

古田: とはいえ両選手とも、後ろはありえない。後衛で使える軽量級は歩留まりがいいのが大前提ですから。2人ともそのタイプではない。

東: 両方とも相手を外して、次鋒でかち合うというのはあるかもしれないですね。

古田: 渋い観察!なるほど。三溝先鋒、宮崎次鋒は「いいオーダー」とチーム内の納得感得られるかもしれない。ただ、これ、ブロックとしてみるとかなりギャンブル性が高くないですか?

東: そうなんです。確実性を高めるという意味ではもうここは斉藤なんですよね。先鋒から斉藤、宮崎、三溝、杉…。杉は取られないから計算が立ちやすいところがある。斉藤と宮崎でリードして、繋いでいく。

古田: 団体戦のレポートのオーダー批評で私がよく使う「ブロック」という概念で見ていくとこれもいいオーダー。どのブロックもマイナスで終わることはないし、真ん中に攻撃カードとしても使える三溝がいて、ここで前段の結果に応じてモードを切り替えられるのが効いている。攻撃型の前衛、で中堅三溝・大将粉川と1つ飛ばしで軸があって、バランサーの杉が間に入る。どこで切ったブロックでも試合を優位でまとめて進められる可能性が高い。試合の流れをコントロールできる斉藤を先に消費しちゃうのは怖いところもあるんですけど、

東: ここは副将の杉が少なくとも繋ぐ役割はしっかり出来るということで。

古田: これ、いいオーダーじゃないですか?

東: あとは三溝と斉藤をひっくり返すとか。

古田: 先に出てきた三溝先鋒案ですね。これは考え方次第ですね。魅力的だがギャンブル性も半端ない。私の好みは三溝先鋒ですが、より勝つ可能性が高いのは斉藤先鋒案かな。

東: 選手権優勝チームは三溝を先鋒にしない気がするんですよ。

古田: おっ!なるほど!

東: かなりチャレンジングなオーダーになりますから。

古田: 自分たちを格上と規定して力をしっかり発揮できる斉藤先鋒案で臨むか、何も失うもののない格下として三溝先鋒案で賭けに出るか。なるほど。自己評価の高低がここを決めると。

東: そうすると、斉藤先鋒かなと。斉藤先鋒のアドバンテージは、御厨が来ようが滝川が来ようが安藤が来ようが引き分け以上と計算できること。つまり橘と鳶嶋以外なら負けることはない。

古田: このあたりで、対する千駄ヶ谷のオーダーを考えてみますか。こちらも、ポイントゲッター以前に、キーマンでありアキレス腱でもある御厨のポジションをどうするかですね。

東: 先鋒にするか、次鋒に置くか。

古田: …基本姿勢として、千駄ヶ谷は、自分たちの力をきちんと発揮出来れば勝てる、地力では負けないと自分たちを規定しているのかどうか。

東: それこそ、当たり次第ですよね。

古田: 自信があるんだったらオーソドックス陣形を組み、ここにもし相性的に浜名湖戦を「間違う」要素があるんだったらそこを土台に、大枠のポリシーを崩さない形で配置を入れ替えるという作り方はひとつ考えられますね。しかし、そもそもいかなる変則オーダーをとっても御厨を後衛には置けないか。いい選手だけどリスクあり、取り得る戦術の幅が狭い。前で御厨、大将鳶嶋というところは決めて、橘をどこに置くか、この三軸だな。

東: 基本的な考え方として、オーダー順固定のインターハイでは逆にポイントゲッターを固めることはしないと思います。鳶嶋を大将に置くのであれば橘は中堅だと思うんですね。

古田: 妥当なところですかね。前でめくられることもなければ、後ろで間に合わないということもない。

東: 同じロジックで、滝川を副将に置くのではないでしょうか。

古田: これまでの戦い方を見る限り、後ろに置くのであれば確かにクレバーな滝川かなと思います。安藤に後ろを任せるのはリスクがある。

東: 安藤はどちらかというと「イケイケドンドン」のタイプですからね。そうすると先鋒安藤、次鋒御厨で以降を橘、滝川、鳶嶋とするのがまず一案。もうひとつは先鋒御厨、次鋒安藤でここから橘、滝川、鳶嶋とつなぐ案。

古田: 後衛の3枚は固めて、前をどう選択するか。…金鷲旗が始まる前に、インターハイのオーダーは提出しているはずなんですよね?金鷲旗で勝ったあとだったら御厨先鋒は決定なわけですけど。

東: そうなんですよ。金鷲旗を経て、宮崎との力関係で御厨が上だと思えば当てに行くと思うんですけど、そうでないとしたら。前半千駄ヶ谷は少なくとも2敗は避けたいじゃないですか。

古田: 金鷲旗を見ていない段階であれば、一方的に3回投げられた高校選手権の対戦をもとに考えて、御厨を宮崎に当てることは危険と考えることはありえますね。大事な緒戦を落とす痛さは高校選手権で経験済み。「前を失敗してそのまま走られた」という記憶はかなり鮮烈なはずだから、オーダー配置に影響しないはずはないという考えはあります。

東: 御厨と相性がいいのは、これも逆に体格がある選手。浜高でいうと三溝とか杉とか。斉藤だと苦しい。経験値が違う。という風に千駄ヶ谷が考えたとして…。でも御厨を例えば中堅に出せますかね?

古田: それはかなりの「勝負」ですね。結構なギャンブルです。やっぱり前2つが妥当ですよ。

東: そうすると、トータルで考えて先鋒安藤、次鋒御厨か。

古田: 星取り計算的にはこれがいいはず。…ただ、私は、千駄ヶ谷のようなチームであれば、自軍の一番いい形を崩さずに布陣しがたると思いますね。チームの中に、御厨で勢いをつけるアドバンテージよりも、勢いをつけられることを警戒してディフェンス陣形を組んだ、というような雰囲気が生まれるのは好まないんじゃないかな。いちばんいい形でいちばん力を出させる、精神的にも掛け算で力を出させるようなオーダーを組む指導者ではないかなと。まず大将に精神的支柱を置くというような思考をするタイプであれば、やっぱりこの部分でも「いちばん力が出る」型に惹かれる気がします。

東: では、先鋒を御厨、ここから安藤、橘、滝川、鳶嶋という布陣を想定しましょうか。

【インターハイ柔道競技・男子団体試合決勝】
浜名湖高(静岡) - 千駄ヶ谷学園高(東京)
(先)斉藤浩司 - 御厨太郎
(次)宮崎茂 - 安藤忠
(中)三溝幸宏 - 橘大樹
(副)杉清修 - 滝川澄之
(大)粉川巧 - 鳶嶋雅隆(大)

古田: 盛り上がって参りました(笑)

東: 斉藤-御厨。これは斉藤が取りますね。

古田: そうですね。浜高にとっては一番いい出だしだ。斉藤が御厨から取るなら最後は寝技に嵌めていくでしょうから、「一本」の可能性も高いです。

東: 次鋒戦、安藤と宮崎の試合は安藤が取る。これで1-1。

古田: 異論ありません。宮崎がなんとか「一本」取られずに終わって欲しいところですね。もしここで攻めて攻めて、引き分けに持って来れるなら最高ですが、事前予測として「分け」を想定するのは厳しいでしょう。続いて三溝-橘。勝負どころです。

東: 橘が取る。

古田: ここは致し方ない。まっこう力勝負では無差別王者の橘に分があり、かつタイプ的にも噛み合います。「一本」で橘と読むべきでしょう。2-1、この試合初めて千駄ヶ谷にリードが移ります。

東: ここで杉が取れるかなんですよね。

古田: 追いかける展開で杉が滝川から取れるかというと、かなり厳しい。

東: 内容差決着が見えてくる展開ですね。遡って、次鋒戦で宮崎が一本負けせずに戻って来れるかどうかが、非常に影響が大きいですね。…杉と滝川、高校選手権では杉が勝っていますが、滝川も、もう相手のやり口がわかっている。

古田: はい。杉の奇襲は想定内だと思います。高校選手権の一番は、まさに相手が知らないから取れたという一撃でした。この試合は引き分けると見ます。

東: 同意します。そうなると、1-2。千駄ヶ谷の1点リードで大将決戦ということになります。

古田: いいですねー。宮崎が一本負けしていないと仮定して。千駄ヶ谷の内容は「一本」1つに、優勢が1つ。浜高は「一本」が1つ。

東: 引き分ければ千駄ヶ谷の勝ちという状況です、ここで鳶嶋が引き分け狙いの試合をするかどうか。

古田: 三冠大会の最終戦としてこの上ない設定じゃないですか?いいドラマになりますよ。

東: どんな展開になるのか?鳶嶋は行くのかな?チームの勝利を最優先するなら引き分け狙いということになりますが。

古田: 鳶嶋が手堅く試合を進めんとするところを粉川が攻めに攻めまくり、相手のいいところも自分のいいところも引き出すという自身の属性を余すところなく発揮して試合を揺らしていくと。

東: そこで鳶嶋が勝負に応じてしまうのか。それとも鳶嶋が徹底防御する中で、粉川が覚醒していくという展開か。

古田: なるほど、「覚醒」!いいですね。最終決戦にふさわしい見せ場になりますね。河合先生が上手く「これを乗り越えられるかどうか」というハードルを提示して、それを、粉川巧が、僕たちや読者の予想をさらに上回るジャンプ力で超えていくと。…最終話の「その後」、大学生以降のエピソードにもぐっと説得力が出ます。そして、最後は背負投で「一本」取ってもらわないとですね。

東: そう思います!

【インターハイ柔道競技・男子団体試合決勝】
浜名湖高(静岡) ②-2 千駄ヶ谷学園高(東京)
(先)斉藤浩司〇崩上四方固△御厨太郎
(次)宮崎茂△優勢〇安藤忠
(中)三溝幸宏△内股〇橘大樹
(副)杉清修×引分×滝川澄之
(大)粉川巧〇背負投△鳶嶋雅隆

東: しかしこの金鷲旗とインターハイを描くと、単行本あと15冊くらいの量になりそうですね(笑)。

古田: 間違いない(笑)。しかし、こういう遊びが出来るのも、登場人物それぞれのキャラがしっかり立っているからですね。柔道スタイル的にも、人物像的にも。ここは河合先生の丁寧な描写に感謝です。

東: どのくらいの読者に楽しんでもらえるかわからない遊びですが(笑)

古田: いやいや。のっけに言いましたが、作家・河合克敏と「帯をギュッとね!」はマンガ批評的には語られつくしていますから。フィクションとしての魅力だけでなく、「柔道」という視点に寄せた今回の批評とこの「金鷲旗とインターハイを予想する」遊び、とっても良かったと思います。ありがとうございました!

東: では次回も「ビッグ5」から。いよいよ「YAWARA!」(浦沢直樹)行きましょう。

古田: これまた、マンガ批評で語られつくされている大家の作品。ちょっと緊張しますね(笑)。

東: 我々のスタンス崩さず、あくまで「柔道」側からの視点でいきましょう(笑)

古田: 29冊、久々ガッチリ通読して臨みたいと思います!

※ eJudoメルマガ版7月1日掲載記事より転載・編集しています。

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