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【連載】eJudoマンガ夜話 第3回 いまこそ読むべき、柔道界浮揚のヒントがここにある!「帯をギュッとね!」(前編)

(2020年6月29日)

※ eJudoメルマガ版6月29日掲載記事より転載・編集しています。
【連載】eJudoマンガ夜話 第3回「帯をギュッとね!」(前編)
いまこそ読むべき、柔道界浮揚のヒントがここにある!
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「帯をギュッとね!」
©Katsutoshi Kawai/小学館

世にあまたある柔道マンガを、「柔道」側からの視点でよもやま語って批評する「eJudoマンガ夜話」。第1回の序章「ヒット作の条件は?」、第2回「からん」に続き、今回はいよいよ傑作「帯をギュッとね!」(少年サンデーコミックス・河合克敏)を取り上げます。粉川巧の技に、浜高の面々の躍進に、そして海老塚さんや近藤さんのビジュアルに胸ときめかせた90年代の若者たち、特に必読です。

<<「帯をギュッとね!」 あらすじ>>
中学3年生の昇段試験で出会い、揃って「抜群」の6人抜き昇段を果たした実力者たちが、まだ柔道部のない新興校の県立浜名湖高校で再会を果たす。主人公の粉川巧、同じ北部中学の杉清修、南部中学の斉藤浩司、東部中学の宮崎茂と三溝幸宏の5名である。これに巧の幼馴染の近藤保奈美とその友人海老塚桜子を加えた7人が同じクラスとなり、担任である倉田龍子を顧問に迎えて新たに柔道部を立ち上げる。出来たばかりの1年生チームは巧を軸に奮闘、最初の地区予選でベスト4に入る活躍を見せ、コーチとして関わる倉田典膳の導きもあって全員が徐々に強くなっていく。丁寧な柔道シーンの描写はもちろん、「NEW WAVE JUDO COMIC」と銘打たれた通り、当時の週刊少年サンデーらしいスタイリッシュな絵柄に軽妙なストーリー運び、随所に交えられるギャグ、そして「楽しんで強くなる」という新たな価値観を以て、スポ根のイメージが強かったそれまでの柔道マンガと一線を画し、人気を博した。連載は1988年から1995年まで。

語り手:東弘太郎 古今の柔道マンガを「やたらに読み込んでいる」柔道マニア。大メジャーはもちろん泡沫連載のギャグマンガや知られざる怪作まであまねく読み込むその熱量は少々異様。その造詣の深さと見識に編集長が惚れ込み、たって登場願った。競技では「三五十五とも粉川巧とも一緒にインターハイ出場」の実績あり。暑くなってきた今いきたいのは「柔侠伝」の駒子が勤める「カフェロミオ」か、「大樹の道」の瑠璃ちゃんがバイトしている「珈琲コア」。ビールが飲みたい。

聞き手:古田英毅 eJudo編集長。自他ともに認める読書家でフィクション好き。ただし柔道マンガに関しても一貫して「いいフィクションは読む」「乗れないものは必ずしも読まない」という姿勢で接してきたため、このジャンルの積み上げは東氏に比べて薄め。まだ見ぬ良き柔道マンガを仕事で読ませてもらえるチャンスと、期待に胸を膨らませている。好きな女性キャラは、「からん」の高瀬雅と「帯をギュっとね!」の袴田今日子。同級生の高瀬さんに上手に褒められて、先輩の袴田さんに激しく叱られたいものです。

     *     *     *

古田: というわけで、eJudoマンガ夜話第3回、「帯をギュっとね!」です。私たちが言うところの「ビッグ5」の一であり、世の中的には「3大柔道マンガ」の一であるこの作品。eJudoのユーザーは皆さん既に読んでおられるかと思いますので、既読を前提にその魅力を語っていただこうかと思います。東さん、今回も宜しくお願いいたします。

東: 了解しました。

古田: マンガ批評としては既にたくさん優れたものがある作品でもありますので、

東: そうですね。我々がやる以上、この企画の趣旨に沿ってなるべく「柔道」側の視点に傾けてやっていきたいと思います。…さてこの作品。河合克敏先生本人も語っておられるんですが、後発の3番手として始まった作品だったんですよね。

古田: はい。同じ時代に「柔道部物語」(週刊ヤングマガジン・1985~1991)と「YAWARA!」(ビッグコミックスピリッツ・1986~1993)、というそれぞれ画期的な柔道マンガふたつの連載があり、既にかなりの人気を博していました。「帯をギュッとね!」の連載開始が1989年ですから、両作品はもう脂が乗り切って、揺るぎない地位を確立していましたね。

東: 河合先生いわく、その状況の中で自分が挑む意義、描く意義としては敢えて邪道を志向して、先行する2つの作品にないものを描こうとしたと。そしてそのご本人が「邪道」とおっしゃっている要素が、結果としては「帯をギュッとね」を極めて正統派の部活ものとして、そして面白い柔道マンガとして成立させたなと思います。

古田: まさに同感です。

河合克敏の「誠実さ」と「信念」

古田: さて、今回は東さんより、まず作品の魅力を斬るキーワードとして作者の「誠実さ」と「信念」という2つを挙げて頂きました。ここから行きましょうか。

東: まず誠実さ。これは河合克敏作品すべてに言えることなんですが、作者の極めて誠実な人柄、そして作劇の姿勢が作品全体を覆っている。具体的には多様なディティールを様々な方向に、それも実に丁寧に積み重ねていく。ご本人は作品の方向性を「邪道」と仰ってますが、この部分に関してはむしろケレン味なく、魅力的なディティールをひたすら重ね塗りしていきます。この積み重ねが作品世界を読者にとって極めて身近なものにしている。まるで自分たちがその場にいて同じ青春を送っているように感じられる。これがこの作品の最大の魅力かなと思います。

古田: 「その場にいて同じ青春を送っているように感じられる」。80年代後期という時代に感覚があっていたこともあり、呼び起こす共感性は半端ないものがありました。そのディティールの積み重ねは、例えばキャラクターの造型の部分に顕著ですよね。このあたり、描きだす前にかなりキャラクターや設定をじっくり作るタイプだとご自身語っていますし、また、「TO-Y」の上條敦士さんのアシスタントをしていた時代に、あの作品の「全員にファンがつくように造型したい」という姿勢に影響されたとの発言もあります。浜名湖高の5人とヒロインたちを考えるに、これはスッと納得できます。みな個性的で魅力的。

東: 「全員にファンがつく」。言うはたやすいんですけど、人数も多いですし、これはなかなか難しい。そして、それぞれのキャラクターが際立ってしかもファンがつくというだけの描き込みは、試合場の描写だけでは不可能ですからね。

古田: なるほど!ここは大きなポイントです。

東: それぞれの性格なり来し方なり、バックボーンに共感できる部分があって初めて魅力的なキャラクターが成立するわけで、ここに対してきちっと誌面を割いているんですね。これが他の柔道マンガと「帯をギュッとね!」を比べたときにもっとも凄いと思うところですね。「ビッグ5」の中でもここは際立っています。

古田: 描き込みの絶対量。人気キャラクターが多いという「帯ギュ!」の特徴は、「バトルだけでなく日常まるごとを描く」という作劇の姿勢が反映された結果ということですね。

東: という「誠実さ」と、もう1つは、「信念」というところですね。

古田: 作品を貫くテーマ。

東: はい。作者自身が中学、高校と柔道をされていて、その時の体験から、体育会系の悪しき習慣を断ち切っても全国に行けるんだ、それをファンタジーでなく描きたかったんだと発言しています。この姿勢を終始一貫させていることが、「帯をギュッとね!」という作品独特の空気感を作っていると思います。

古田: このテーマが身近な、我々がいる現実の競技世界と繋がっているものだと感じさせるために、手を変え品を変え、技術的なディティールを重ね塗りして世界観を補強していますね。…ご本人は高校2年生、弐段を取るまで柔道をされたんですよね。

東: 世代的には私や古田さんの10歳くらい上なので、ちょうど世田谷学園が勃興してきたころに高校時代を過ごしたという感じですかね。

古田: その時代を生きた人なのだなと頷ける描写が随所にあります。

東: つまり世代的には小林まことさんとそれほど違わない世代の空気感の中でやっていた方だと思います。ただ小林さんの「柔道部物語」は、例えば「セッキョー」に代表されるように、その体育会的な慣習をしんどかったんだけど印象深いノスタルジーとして描いているんですけれども、河合克敏さんは、一種苦い思い出というか、そこは変えるべきだという強い信念を持って描いていると思います。そこが例えば、上級生がいない高校に中学時代に出会った仲間が集って新しい部を立ち上げるというスタートになっていったんだと思います。

古田: 設定上、まずは先輩というくびき、上下関係がないスタートを組んだ。

東: そうですね。

古田: ご指摘の「体育会の悪しき慣習を断ち切っても、全国に行ける」と信念を描かんとする設定の話、例えば指導者の造型にもよく表れていますよね。倉田典膳と西久保さんという指導者が2人出てくるんですけど、どちらも専任の先生ではないんですよね。

東: そうなんです。専任の先生は剣道は経験しているけど柔道は素人という状況で。そうすると、古くは「キャプテン」(ちばあきお)のように学生の自治というか、

古田: 学生が自分たちでやり方を決めていく。

東: はい。これはすごく美しい学生スポーツのありかたであると思うんですけど、そこが成功している。

古田: コーチたちから学べるものはあるんだけど、彼らは学校生活や生き方まで強制して変えさせるような権力はないわけですね。

東: そうですね。そこはあくまで自分たちで自発的に話し合って決めていくと。…ここで、初回で話した「いい柔道マンガ」の条件という視点に沿ってすこし話を進めます。まず「素質」については明確に描かれていないんですよね。中学時代まだ鍛えられていない原石状態であっても昇段審査で5人がそれぞれ「抜群」の6人抜きで昇段してしまう、その時点で素質がある5人なんだよということまでは提示されます。その上で、高校に入ってから柔道部生活の具体的な描写がスタートすると。物語づくりの本来の形であればここで5人それぞれの柔道との出会いが描かれて然るべきなんですけど、そこには敢えて触れない。あんまりそこが気にならないのは、うまいところだと思います。で、そこからそれぞれの個性が日常生活を含めて丁寧に描かれていきます。そして、1巻の4コママンガで「ゴレンジャー」として描かれているように、最初からそれぞれのキャラクターを凸凹に造型しているんですよね。…これは作者自身が語っているんですが、それぞれのキャラクターにはモデルがいると。

古田: 部活の仲間から名前を貰ったところはインタビューなどでも語っておられますね。

東: そのインタビューで、業師・斉藤のモデルは七人の侍に出てきた宮口精二、軽量級の宮崎は「リングにかけろ!」の石松、大巨人・三溝は、「アストロ球団」の球八と明かしています。

古田: 言われてみればなるほど、と思い浮かぶキャラクターばかり。

東: こういうキャラクター像をうまく柔道のスタイルや、それぞれのキャラが主役になる回のドラマに巧みに繋げていく。そして色々なエピソードが一回りして、登場人物それぞれの性格が読者にも十分理解されたところでいよいよドライブが掛かって話が面白くなっていく。

古田: 2年生春以降の加速ぶりは凄い。一気に作品の吸引力が上がったと感じます。

東: 俗に小説などでよく言われるところの「キャラクターが勝手に動き出す」という状態ですよね。ご指摘の通り、2年生くらいからそれがうまく起こっていると思います。

古田: 2年の夏のインターハイ個人戦決勝トーナメントにおける、宮崎とアマレスあがりの神奈川県代表・長谷選手の戦いなど、脇のキャラであそこまで密度の高いエピソードはなかなか描けない。しかも専門性の高い柔道競技というフィールドで、ですからね。性格、そして柔道スタイルと、まさに「日常と競技」の両方でキャラが立った、この作品の成功をよく表した戦いのひとつであったと思います。

東: そうですね。これは後で話しますけど、あの試合はその当時の格闘技の流行とうまくリンクしていて、しかも同時代で連載していた小林まことさんや浦沢直樹さんは描かなかった世界なんですよね。彼らの作品の中では柔道は柔道である程度完結しているんですけど、色々な格闘技の影響を受けるというのは、それ自体が読んでいて「リアルタイム」な感じを受けましたね。

古田: 「帯ギュ」成功の因の大きな枠組みである、時代と呼吸が出来ている、というところがこういうところにも表れていると捉えられるかもしれません。ディティールでいうと、この強豪県・神奈川の代表にあって「1人だけ無名校」の長谷が60kg級の選手というのも、非常にありそうな設定でリアルでした。一部の強豪校が全階級席捲するような県でも、最軽量級と最重量級は素質のある子が一点突破で出てきたりしますからね。

東: はい。いい作品の条件、に話を戻しますと。上昇装置がその都度非常に丁寧に描かれるんですね。

古田: 「生来の素質」の次の段階、後天的な上昇装置のお話ですね。

東: 最初はただの1年生の寄せ集めだったところが、県警の倉田典膳にコーチに来てもらう。倉田さんは達人ですが、1人だけで、かつもう現役とはとても言えないお年で、全員が存分に稽古をつけてもらうというわけにはいかない。技術的なもの、背負投を少し見てもらって「技を磨く」という概念を提示されたりはするんですけれども、

古田: 1年夏の、粉川巧がコーチしてくれと頼みこんだあたりの展開ですね。

東: まあ、それだけでは強くならないよねというところだったんですが、今度は県警に出稽古にいく。これは質・量ともに非常にハードな世界。で、さらに今度は西久保さんという若くて体も動いて、より実戦的な、技を極めるというよりも「試合で勝つ」という方向で手練手管もあり野心もある型のコーチが来てくれるようになる。その上で、最後は本人たちがイデオロギー闘争をして、

古田: 2年夏の静岡インターハイ後の、

東: そうです。それで「楽しく強くなる」と自分たちの活動を規定して、よりトレーニングの強度を増していく方向に進む。かつ、ここからが河合さんらしいのですが、普通のマンガだったらそれぞれが得意技を磨くという本道を志向するんですけど、敢えて奇襲技的な「裏技」の開発という方法論を選ぶんですね。

古田: そこですね。

東: これが、ある意味、そんなに強くない高校のリアルなんですよね。

古田: そうなんです。リアルタイムで読んでいた柔道競技側の読者は「裏技を作る」という方向に掛けたこのハシゴには賛否両論色々思うところがあったと思うんですが、これが、新興の学校が2度目の出場で強豪校をどんどんなぎ倒して全国優勝までたどり着いてしまう、とちょっと現実ではありえないことを「ありそう」なリアルに見せる装置として非常にいい。…いまお話頂いた「適切な時期に適切な上昇装置」という話でいうと、指導者と出会う順番が非常にいいんですね。最初のコーチの倉田典膳さんは社会的地位もあって、既に功成り名遂げた人で、ちょっと油気が抜けたステージにいる達人。大きく進むべき柔道の方向を指し示す人です。次に出会う西久保さんはまだルサンチマンというか競技に思い残したことや辛い思いがあって、指導することで自らも上がっていけるんじゃないかという野心もあって、さらにいまの競技柔道で具体的に勝つためのノウハウを持っている。古いタイプのマンガだと、競技世界で優勢な現代的なメソッドに対して敢えて旧い王道の技を以て「そのほうが正しいんだ」とチャレンジするという型がひとつありますが、「帯ギュ!」はまったく違うんですよね。かつて存在した王道への郷愁に訴えかけるというようなファンタジーではなく、リアリティのある価値観で勝負に出ていますよね。

東: その通りですね。もうすこし補足すると、倉田先生は柔道の奥深さを教え、憧れを喚起する役割。「柔道ってすごいぞ。極めていくとこんなことまで出来るんだぞ」ということを教えてくれる。あの最初のレベルにはこれが適切だと思うんですよね。のっけに試合に勝つことを教えてしまうのではなく奥深さを示し、憧れを喚起して、そこで本人たちの意欲が沸いたところで、今度は西久保さんを連れてくる。つまり倉田先生が彼らの成長度合いを見極めた上で、次はこういうコーチングが必要なんだろう、というものを提示したということになるんだと思いますね。

古田: 現実世界に即して考えると、最初から若いコーチが即効性がある技術を教え込んだり有無を言わさずフィジカルを上げることでいますぐ県内のベスト1を目指すというような教え方をしたなら、このチームの組成だと早々に潰れて地区でそこそこの成績を残した1代限りの新興勢力ということで終わってしまったかもしれない。高校2年夏のインターハイが終わったあとの「イデオロギー闘争」はこのマンガの一大転換点であり、実は柔道マンガ史上における価値観のターニングポイントでもあるわけですが、もし最初から勝つことを教えられていたらあの「楽しくやって強くなる」ことを自分から選び取っていくという結論にはリアリティがなかったかもしれません。あれは彼らが柔道が好きで、自発的に強くなる意欲を持てたからこそのイベントであったわけで、最初から「勝ち方」のみを教わるような道のりではそういう選手たちは涵養できないわけです。適切な指導者に適切な時期に出会った、倉田典膳という射程長く柔道修行を捉えられるガイド役の導きが最初にあったから、まず柔道の奥深さを指し示してくれる人がいたから、競技という壁にぶつかったときに、採るべき道を自分たちで選び取れた、ということですね。ウーム。‥‥あの時代リアルタイムで読んでいるときにはまったく考えませんでしたが、まさにいまわれわれ柔道人が直面している問題と、その答えを指し示しているような気すらします。

東: そうなんですよ!再読してみて、今回私が一番言いたかったことはこれかもしれません。

古田: 2020年のいま、ここで取り上げるに足る作品だとあらためて思いました。

東: 今、勝利至上主義、早い段階から競技にのめりこむ結果として柔道界の裾野が凄く狭まってしまい、柔道をやる人間自体が減っている。そこを見直すべきだという意味でも、この「帯をギュッとね!」という作品をぜひもう1度読んで欲しい。こんなの理想論だよと言われてしまうかもしれませんけれど、こういう大きな視点で全体を見つめることが大事なんじゃないかなと、強く思います。

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試合以上に密度高く描かれているのが部活動の「日常」
©Katsutoshi Kawai/小学館

印象的な日常の描写

東: さて、すでにこれまでもいくつか話に出て来ていますが、2つ目の魅力。次は「印象的な日常の描写」ということでお話していきます。…とにかくすごいのは、この作品、スタート時では単行本1巻ぶんのお試し連載だったらしいんですね。

古田: デビュー連載。

東: そうです。デビュー連載であり、「好評だったら連載継続」という条件つきのスタートだったわけなんですが、その9話のうち、第3話、第4話、第5話,第6話と、4話ぶんはまったく柔道をしていないんですよね。

古田: クラブを作ったり、街で藤田と出会ったり。

東: これは物凄く思い切ったことだと思うんですね。柔道マンガとして売り出すのであれば早々と試合のシーンに持っていきたいはずなんですが。

古田: 例えば同時期の「少年ジャンプ」の11話お試し新連載のスポーツマンガであればほぼ間違いなくバトルの連続という形を採ったと思います。それでまず瞬間的に人気を得た上で次に何をやるか、という感じですよね。

東: あまり柔道をしないという変則的なスタートで幸いにも人気を博して連載は続いていくわけですが、その後も柔道シーンの割合は決して高くないんですね。

古田: 連載継続になって、復帰1回目の話(※2巻1話目)が、文化祭でお芝居やる話ですもんね。三溝が女装してシンデレラ役やって(笑)。まさに80年代のサンデー!

東: ああいったところが懐の深さなのかなと思います(笑)。そのあとは、最初のバトルステージである地区予選、これは当然かなりの巻数を割いて描いているんですけど、これが終わるとまた日常が長い(笑)。夏合宿であったり、三溝の弱気を克服するためにヤンキーにメンチ切りにいったりとか。

古田: そこでイロモノの暁泉学園も出て来て。

東: そうです。さらに大会前日の家族との様子まで描いて、大会に関わらないところで単行本2巻分くらいの日常描写を積み上げているんですよね。もしかするとその時読んでいる肌感覚だともどかしく感じたのかもしれないんですけど、この時の描写の積み上げが2年春以降のドライブに繋がっていく。

古田: 柔道というよりも、高校時代まるごとを描こうとしてる感じです。それが単に面白いだけでなく、中盤以降の「ドライブ」の助走としても十全に機能した。

東: その中でも印象的なシーンがいくつかあったので、2つほど挙げさせて頂きます。…2年生のインターハイ前にハードな練習をしてみんなぶっ倒れてる中で、道場に吹き込んでくる風に涼しさを感じるシーン。あれなんかは実際に柔道をやっていた人たちには物凄く肌感覚としてわかるところですよね。

古田: 杉の「もう10分だけこのままでいようか」というセリフが出るところですね。私も、わかるなあ~、と道場の下窓の前でひっくり返っていた高校時代を思い起こしました。

東: そうです、そうです。・・・あと、3年生になって練習の合間に進路について話をして、マネージャーの近藤が「ずっと高校生のままでいたい」というシーン。実際に高校生のままでいたいかどうかはともかく、あんな感じで練習終わったあと進路についてみんなで話し合ったり、そういうことはみな実際の経験としてあるはずなんですね。いま、コロナウイルスの影響で大会がなくなることが色々なところで話題になっています。それは大会も大事なんですけど、本当に記憶に残るのはこういう何気ない日常の場面であって、まずはこういったことが今の子どもたちにきちんと機会として与えられることが一番大事なことではないかと。普通に部活が出来て、友達としんどい思いを一緒に乗り越えて、そのあとくだらないことを喋って、充実感を持って1日を終える。そういうことにも、このマンガから受け取るものがあるなと思います。

古田: そうですね。本当は、大会がなくてかわいそうという感情は自然なものですが、まず我々はそういう時間、友達と過ごす時間がなくなってしまったことに思いを馳せなければいけない。普通に学校に行けて、普通に部活動が出来て、大会云々はあくまでその先の話だと思います。順番を間違ってはいけない。・・・今回のコロナ禍で、色々な人が抱えている様々な本音が出てきたと思うのですが、こういうことや準備期間をすっとばして、まずなんとしても大会をやろうという態度は明らかに本末転倒だと思います。この文脈からも、いま、まさに2020年初夏のこの時期に読んで欲しい作品でもありますね。

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浜高の5人は敢えて凸凹のある造型で描かれている。©Katsutoshi Kawai/小学館

日常生活描写に裏打ちされたキャラクターたちの個性

東: さて。これもここまで既にいくつか出ていて重複してしまいますが、登場するキャラクターの個性の豊かさ。これはまさに出色です。ありていに言うと、あの金字塔「柔道部物語」ですら実は個々のキャラクターについてはここまで詳細に描写が積み上げられてはいません。…「柔道部物語」は先輩がいることで、同級生イコール団体戦のメンバーということにはならないんですね。

古田: 「ともに戦う仲間」、つまりは描き込むべきキャラクターの組成のお話ですね。

東: 三五十五の同級生で常時試合に出ていたのは内田だけ、時々村井が入り、

古田: あとから一時、秋山がメンバー入りするくらいですか。

東: そうです。ゆえに、どちらかというと1学年上である鷲尾、平尾、小柴の代のほうの描写が濃い。その点、「帯ギュ!」の場合は同学年が5人で先輩がおらず、全員が仲間として試合に出られる。これがやっぱり、スタートとして上手かったですね。

古田: メインキャラの描写を積み上げる上では、どうしたって密度が濃くなりますものね。試合、日常と絶対的な描写の「量」が確保できる。そういえば、河合克敏先生のインタビューの中で、1学年下の仲安たちの代を設定するときに、あまり強い後輩を入れてしまうと誰かレギュラーからこぼれてしまうから、そこには気を配ったという旨の発言があったのを思い出しました。この5人でやりたい、と。同級生5人が全員ともに戦う団体戦の選手というところはかなり意識的にやっているんですね。

東: 文庫版の2巻で「うしおととら」の藤田和日郎さんが解説をしているんですが、ここでかなり興味深い記述があります。藤田さんが河合さん本人に「巧って結構冷たい感じがするときがあるよね」と聞いたそうなんです。それに対して河合さんが即答したと。巧は天才ゆえに他人の心がわからなかったり冷酷に見える描写を敢えてしているんだ、と。

古田: ハハア。単にちょっと鈍い、という造型ではないわけですね。

東: 天才すぎてちょっとズレちゃっているところがあると。結局脇のチームメイト4人であったり近藤であったり海老塚であったりというところが、天才粉川巧を一匹狼として天に切り離してやらない、「うるさいくらいまといつき、面白おかしく地に足をつけさせるのだ」と。

古田: なるほど!

東: そういう目論見で動かしていたようです。

古田: キャラの立った周囲のメンバーが「絡む」ことで、天才を現実につなぎとめる役割を果たしていたわけか。…粉川巧、我々リアルタイムで読んでいた柔道小僧たちにはなによりも「なんと最初から、それもすごくかわいい彼女がいる主人公」という造型がまさに驚天動地だったわけなんですが、これもこの「絡む」観点から企まれたことだとすると非常に納得がいきます(笑)。

東: 最初の頃はまだキャラクターにも揺れがあるんですよね。三溝が、杉と宮崎のほうにつく「三バカ」になっていくのかどうかとか(笑)。のちには落ち着いたキャラとしてのポジションが確立されていきますが、まあ、そういう揺れも連載の中で徐々に消化されていく。結果として出来上がった凸凹のあるチームという特徴が、全国高校選手権決勝の千駄ヶ谷学園との戦いで結実しますよね。

古田: 既に出た「ありそう」という文脈でここ少し話しますと、出来たばかりの新興のチームが、1世代目で頭角を現して全国大会でトップチームと優勝を争うというレベルには、このくらい凸凹があるチームでないと到底たどりつけないんですよね。

東: おっしゃる通りです!

古田: 同じメソッドで一種均一的に優れた選手を量産するという伝統的な強豪校のやりかたでは、実はてっぺんを獲るには何年もかかる。新興校がこのやり方をしても1世代目は間に合わないですし、そもそも大学生と日常的に稽古が出来る環境にある中央の強豪校には土台からして絶対に太刀打ちできない。新興校が彼らに勝つには、凸凹の個性がある5人がそれぞれ違う方向性で強いというチームしか、実はありえないわけです。王道で鍛えぬいて優秀な量産型を揃えたとしても、地方の新興校の環境で可能な到達ラインでは、ありとあらゆるタイプの挑戦を跳ねのけなければならない全国大会で勝ち抜くことは出来ない。「裏技」と合わせて、このキャラクターの凸凹は作品の魅力そのものであるとともに、浜名湖高校の躍進を、リアルな、「もしかすると現実にありえそうなおとぎ話」に昇華している重要ファクターですよ。この肉付けは素晴らしい。

東: 何年も現場で高校柔道を取材している古田さんが、いちばんリアリティを感じる方法を採っているということなんですよね。

古田: ということですね。リアリティ、というところからもう少し話しますと。「帯をギュッとね!」の初期の大会のディティールって、実は意外に「それはないでしょ」と引いてしまう描写が多いんですよね。県内の勢力図ってもっとガッチリ固まってるでしょとか、優勝に絡む学校は会場でそういう振る舞い方はしないでしょうとか。その中の1つに「投げられすぎ」というのがあるんですが。

東: わかります。

古田: 浜高の面々も、相手方も、投げるくせにやたら投げられる。実際は強いチームの選手ってそうじゃないですよね。投げることが出来る相手にそうそう自分が投げられるもんじゃない。ただ、これが実は「ありそう」に繋がるんですね。こうやって、受けはともかくとにかく投げるという特殊な「強くなりかた」をしていく連中じゃないと、全国大会のトップにはたどり着かないなと。投げと受けが平均的に上がっていくという普通のルートだと間に合わない。

東: なるほど。

古田: ベースはまだ弱いかもしれないけど、めちゃくちゃ「取れる」。異能の連中だという見せ方になるわけですよ。もう、実際にこういうチームを見たいですよ。現場で浜高の取材したいですもん(笑)。体格もタイプも凸凹でそれがゆえに強い新勢力ということでは、近年ではベイカー茉秋代の東海大浦安高を思い出します。こちらは伝統ある強豪校ではありましたが。…あと、まあ、投げたり投げられたりはやっぱり面白いなと。

東: (笑)

古田: 作者はピンチがあって逆転があってという展開のほうが盛り上がるからそう描いたんでしょうけど、まず1つはいま話した通り、それが新興チームが一世代目で全国優勝しちゃうというおとぎ話の肉付けとしてうまくいった。もう1つは、やっぱり柔道というのは投げて投げられてが面白いということですね。いまのIJFルールが「組んで投げ合いなさい」の方向で8年やってきて、結果試合が明らかに面白くなっている。IJF間違ってないなと、意外なところで感心したりしました(笑)。

東: キャラクターの凸凹でいうと、試合では宮崎の使い方が非常に上手いですよね。無差別の団体戦で軽量級で出るんだから5人の中ではいちばん不利ですし、ほぼほぼ負けるところが多いんですけど、だけどそれが、例えば、高校選手権決勝の千駄ヶ谷学園戦では、

古田: そうそう。

東: うまく機能させるわけですよね。そう来たか、と思いました。

古田: 「取ったり取られたり」を担うパートの最たるものである宮崎が、向こうの攻撃型でこの日のキーマンである御厨を圧倒して、取って、取って、3回投げて勝つ。そして空気を作っちゃう。そしてまた、次の試合で階級が上の選手の足技に負けてしまうのもリアリティがあった。

東: 県予選で、宮崎は2年とも真ん中以降に出されて藤田とやって負けるんですけれども、これもそうですよね。もう仕方がないんですよね。体格の小さい選手が後衛で出るなら、どうしてもこういう風になってしまう。

古田: 強い選手なのに体の小ささゆえに取られてしまうという一種不可抗力的なこの形で、キャラクターを傷つけずに話の展開を動かせているんですね。さきほど話した2年夏のインターハイの宮崎主役のエピソードは、いつもきついところをやらせている宮崎への、作者からのお礼のような気がします。ホントは強いのにいつも団体戦で負けさせることになってすまん、見せ場を1つ作るから、という感じ。

東: その宮崎を連載の最後、いちばん大事な大会でああいう形を持って来るのはさすが。配役の妙と思いました。

古田: さきほど、宮崎は「リングにかけろ!」の石松、三溝は「アストロ球団」の球八がモデルという話が出ましたが、こういうイメージを、頭でっかちにならずに具体的な柔道のディティールに落とし込んで語れる消化力は、さすが、「やってた人」だなとも思います。

東: はい。体格、体力に応じた技術というものが当然あるわけで、そこと乖離すればするほど悪い意味で「必殺技」に近くなってしまうわけですね。

古田: まさに。

東: たとえば「ひかる!チャチャチャ!」の鬼跳腰とか、その体格で跳腰はないだろうと。そうなるとリアリティというよりも、山嵐とかの必殺技一発、車田正美的な世界になってしまう。そういう意味では、さすが「帯ギュ!」は無理のない設定が出来ていると思います。

古田: 斉藤を頭脳派であり技巧派であると位置付けたわけですが、専門性の高い競技でこういうキャラクターを立てていくのは難しいはず。そこで斉藤に寝技をやらせたのは上手いですよ。

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最初に登場したライバル・藤田は最後まで最大のライバルであり続ける。
©Katsutoshi Kawai/小学館

東: はい。…この項、ここまではまず仲間の造型についてお話しました。次は「ライバル」ですね。柔道マンガ、あるいは格闘マンガあるあるとして「ライバルのインフレ」という現象があるわけですが、「帯ギュ!」はこの問題に対して非常にうまい対処をしています。最初に藤田という最大のライバルを出しておいて、この藤田が結局最後の最後まで最大のライバルとして立ちはだかる。この構図を成立させるためには当然ながら藤田自身も成長しなければいけないわけですが、そこの描写も回を追うごとにきちんと積み重なっていく。いちばん最初に出てきたときには嫌味な天才キャラだったわけですが。

古田: そうでした。

東: モデルは江口寿史「エイジ」のライバルキャラ・草薙。

古田: 作者ご本人も明言していますね。リアルタイムの読者ならなんとなく江口寿史っぽさ、感じていましたよね(笑)

東: 実はそれが単なる天才ではなく努力家であることもわかっていく。

古田: 彼の成長のハシゴとして描かれるのは、岡田弘隆式の「掛け倒す小内刈」や変則の内股など技術的な上積みですからね。

東: 描写の積み上げとしては、例えばスピンオフ的に藤田家の格闘三兄弟ぶりも描かれましたね。お母さんのビジュアルに笑ってしまいました(笑)。ああ、こういう家庭ならああいう性格になるかなと思える。結果として最後は凄く魅力的なキャラクターになりましたよね。

古田: なぜ個人戦に出ないんだと浜高に乗り込んで来るところで、「燃えよドラゴン」のテーマに思わず乗ってしまったりして、人間味も出てきました(笑)。巧との「負けたら撮ってやる」というやりあいも良かった。…河合さん本人は「ライバルがフェードアウトする展開にはしたくなかった」との旨発言していますが、ということは、最初に一番のライバルを登場させる、これは自覚的にやっているんですね。

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最終巻のカバー。登場人物へのまなざし優しい、作者の特徴が存分に表れたものとなった。
©Katsutoshi Kawai/小学館

東: 結局、ここも河合克敏さんの誠実さということになると思うんです。登場人物への眼差しが優しく、決して見捨てない。この「誠実さ」でいうと、藤田に辿り着くための様々なライバル、石塚であったり平八郎であったり一杯いるわけなんですけど、彼らに関しても、本編の最終回であったりコミックスの折り返しの4コマであったりと使えるものは全部使って後日談をしっかり描いていますからね。

古田: それぞれのファンに対しても優しい。…後日談の話が出ましたので、「柔道側」からこのあたり話しますと。浜高の5人や藤田らライバルの進学先が、現実世界で非常に「ありそう」なところになのには笑ってしまいました(笑)

東: そうそう(笑)。

古田: 一番伸びしろがありそうで柔道も体もスケールが大きい三溝は天理(作品中では天味大)、これはもうなるほど。藤田と宮崎が明治(同・明政大)、本格派の軽重量級と軽量級の強者という二方面で取りに行くのがいかにもです。…杉は一浪して東大だから七帝大戦に出るのかな(笑)。

東: 杉の頃の東大は岡野功先生が師範の時代で、七帝大戦は不出場じゃなかったかな?

古田: なんですか、そのマニアックな情報は(笑)。いずれ、連載が終わって「ロス」に陥りそうな僕たちファンに幸せな後日談を用意してくれて、やっぱり、誠実なんですね。作家としての「誠実さ」と「信念」、これが「帯ギュ!」読解の柱になるという東さんの見立ては納得です。

東: 河合さんは次作の「モンキーターン」でも、「とめはね!」でもやっぱりこのあたり誠実なんですね。「モンキーターン」では、最終回で同期生を同じ場所に集めてレースをやると。それぞれが強くなって、レースに出場する6艇すべてが同期生で組めると。で、ちょっと力が劣っていた女の子は解説で呼ばれるという。うまく拾って、それぞれのキャラクターをしっかり描いてくれる。また、そもそも「モンキーターン」の主人公って、野球で結果を出せなくて、高校を卒業してまったく違うジャンルに飛び込むんですよね。

古田: あ、なるほど!

東: そうです。河合さん本人が語っているんですが、「あれは粉川巧に負けた子たちの代表なんだ」と。そこまで目配りしているのかと感じ入りました。

古田: これも「誠実さ」だ。彼は、初期の「ドカベン」や「1、2の三四郎」が好きだという文脈で、その時の感覚を「1週間に1回会える友だち」と表現しています。で、週1回読者を友だちに会わせてあげる、と。キャラクターの深彫りという特徴の中に、こういう思いや、やさしさがあることは間違いないですね。

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女子キャラの魅力が作品世界を彩る
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海老塚桜子に近藤保奈美、作品世界を彩る女子キャラの魅力

東: さて、仲間、ライバルとやってきましたが、河合克敏さんのマンガの大きな魅力である「女性キャラクター」、これを外すわけにはいかない。初期の日常風景が続く展開を支えた要因の一つであり、素直にここに惹かれた人も多いのではないでしょうか。なんというかこう、たとえば小林まこと先生の描く女性というのは、

古田: はい(笑)

東: ヒロインは美人に描くんですけど、あとはもう本当にこう、個性的(笑)。そういうキャラクターに敢えてするじゃないですか。

古田: 物語作りのクラシックな類型である紅一点主義というか、この人がヒロインというのをハッキリさせる傾向はあると思います。

東: 浦沢直樹さんもそういうところがありますよね。ヒロインは美人、美少女に描くけれど、他のサブキャラは敢えて控えめに描いて差別化を図る傾向がある。一方河合克敏先生はとにかく色々なタイプの女性キャラを次々出してきて、そしておそらくどのキャラにもファンがつくだろうなという。

古田: まさに。そして、スポーツマンガあまたあり、かつ多くの作家が女性のキャラクター像を「描き分ける」「複数の魅力的な人格を用意する」ことを実は苦手とする中で、この点河合克敏さんは特異です。しかもぶっちゃけ言って、女の子の絵だけでメシが食えるくらい、河合さんが描く女子はかわいい!

東: のちに、ほぼ女子だけの「とめはね!」を描くくらいですからね。その魅力を推し進めた感があります。

古田: 女の子がかわいくて描き分けも上手い、という属性を生かすという方向で考えるならば、女の子がいっぱいいる部活動のマンガをやるというのは納得だ。

東: さて、ざっと「帯ギュ!」の主な女性キャラを挙げると、近藤保奈美、海老塚桜子、倉田龍子、袴田今日子、杉薫、来留間麻理、松原渚、別所愛子、乙淵ふね、ドミニク・ミリアン、薩川佐代子…。ちなみに古田さんのお気に入りは?

古田: それがですねえ、人生のどの時期に読むかで毎度推しキャラが変わるんですよね(笑)。いまだと、袴田さんかなあ。お姉さんキャラ。

東: 連載当時は、やっぱり海老塚さんが一番人気があった。

古田: 近藤さんとか袴田さんなど彼氏持ちも多い中、彼女は「帯ギュ!」という作品全体のヒロインという位置づけですよね。人気投票も2回連続で巧をしのいで1位だった。

東: 途中で柔道を始めたことで海老塚人気にターボが掛かった。海老塚さんが柔道を始めたことによる一番の功績として挙げたいのは、いきなり試合に出されて「これが一本勝ちか!」とブルっと震えるシーンがあるんですけど。

古田: あ、なるほど!要素を補完しているんだ。

東: そうです。実は「帯ギュ!」でそれまで描かれなかった「柔道との出会い」、柔道をすること自体の根源的な魅力をここで描けたのは大きいと思います。最初の試合ってテンぱってるしひたすら無我夢中じゃないですか。その中でよくわからないけど「一本」取っちゃったという感じ、喜び。柔道やっていない人には、あの感覚を知ってほしいんですよね。

古田: 柔道をやっていない普通の読者と作品世界の橋渡しをしている。また、彼女が柔道をやることで女子キャラも出しやすくなり、後輩である来留間麻理登場のインパクトも大きくなりました。…ちなみに、東さんのお気に入りは?

東: 連載当時ビジュアル的には袴田さんが良かったんですけど、惹かれていたのはやっぱり海老塚さんですかね。ムードメーカーで明るく、石塚と平八郎が「浜高のチームカラーだね」と海老塚さんを評する場面がありますけど、ああいう子が身近にいるといいなあ、と思えるキャラクターですね。

古田: 薩川さんが海老塚さんを見て「浜高みたいになれないものか」と言う場面は、この作品のテーマ語りの重ね塗りですね。手を変え品を変え、楽しんで強くなること、を語る。…それにしてもこうして並べるとどのキャラも魅力的ですね。乙淵ふねですら魅力的。

東: ある意味対極ですよね(笑)。勝つためには手段を選ばないという。またこの選ぶ手段がセコいんですけど、これまたリアリティがあって。手にサロメチールを塗るという話、実際に聞いたことがありますからね(笑)

古田: ええー!?(笑)

東: 昔、神奈川の中学生の大会でそういうことをする人がいたそうです(笑)

古田: なんちゅうこった(笑)。…乙淵さんの猫だましがビンタになってしまって麻理ちゃんが泣いちゃう、というのはキャラクター描写の極まりですね。

東: 上手いですよね。

古田: 扉絵とか4コマとかまで使って、これでもかとキャラを立ててくる。近藤さんの好きなタイプがリバー・フェニックスとか、ホンマに彼女らしくて笑ってしまいました。

東: 近藤さんで好きなのは、インターハイで巧が日置に背負いで一本勝ちした後「あんなにカッコいい男の子が私の彼氏」と投げたシーンをうっとり反芻するんだけど、絵がものすごく曖昧なところ(笑)

古田: あれ、良かったですねー(笑)。私もとっても好きなシーン。

東: 近藤保奈美というキャラクターをよく表していると思います。

古田: 私、さっきもお話した通り、実は最初このマンガ、ディティールに引くところが多かったんですけど。腕挫十字固を「腕ひしぎ逆十字」と言っちゃうとか、新興の1年生チームが地区大会でそう簡単にいかないよ、とか。言い出せば他にも当初は弱点が結構あったマンガだと思うんですが、それを超える魅力があると連載は続くし僕らも読んでしまうし、そうこうしているうちに作家も成長出来るんですよね。この点、女の子がかわいい、というのはエンジンとして非常に大きかったと思います。

東: 魅力的なキャラクターが多いということで、巻末企画の「絵筆を持ってね!」も充実していますよね。

古田: 読者から送られてくるイラスト紹介。

東: 割と主要キャラは描かれるから敢えて脇キャラに行ったり、これも豊かです。

古田: 「全員にファンがつく」物語づくりの姿勢がここにも反映されているということですな。…実は、結果的には若手漫画家の登竜門でもあったんですよね?

東: 有名なのは第1回のグランプリが「烈火の炎」の安西信行さんで。で、第21回のグランプリが、この方なんです(頁を開いて見せる)。

古田: 三重県「森田医師」?

東: これ、のちに「いでじゅう!」を描くモリタイシさんなんですね。後年、河合さんに挨拶したときに「グランプリのイラストをまだもらっていません」と訴えたそうですよ(笑)

古田: 繋がっていくものですねえ。

<つづく>

後編「描かれなかった金鷲旗とインターハイを妄想レポート!」
」は7月1日配信、7月29日に全文公開予定です。

※ eJudoメルマガ版6月29日掲載記事より転載・編集しています。

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