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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第101回

(2020年6月22日)

※ eJudoメルマガ版6月22日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第101回
いかに融和的態度を取ろうとしても、おのれに実力がなければ、勢い卑屈になり、外国の侮りを受けることになります。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「精力最善活用自他共栄」
『精力善用』 大正14年7月 (『嘉納治五郎大系』9巻61頁)

今回は、講道館柔道の二大テーゼの1つである「自他共栄」のもつ<厳しい>側面についてです。皆さんは、「『自他共栄』とはどう意味ですか?」と聞かれたら何と答えますか?

読むのを止めて、一度、考えてみてください。

筆者が、簡単に答えるのであれば<自分も他者も、共に栄えようとする行動方針>とします。そのままですが、漢字が読めれば、簡単にイメージ出来ます。大変、分かりやすく、受け入れやすい。このシンプルさがあるからこそ、現在まで柔道界にこの言葉が受け継がれているのでしょう。その一方、このシンプルさ故に人々を思考停止に陥らせがちです。
 
実践のレベルで考えた時、「自他」とは、個人はもちろんですが、組織・国家と様々な規模が考えられます。今回は国家の話です。

国際関係のあり方は、日本という国の存亡を掛けた重要な課題です。現在と形は違っていても、それは師範の時代も変わりありません。むしろ、「戦争」というものは、今よりもずっとリアルだったことでしょう。そんな中、師範が国家間の問題を重視し、その解決策として「自他共栄」を考えていたことは、注目すべきです。師範の「自他共栄」は柔道修行者同士の国際交流のレベルにとどまっていません(もちろん、そういった修行者間の国際交流の有益さも認めています。第85回参照)。

今回は、前回に続き、国際関係における課題を、「自他共栄」で解決するという文脈からの引用です。どうやって、国際間で「自他共栄」を実現するか。そこに必要なものとされるのが「おのれの実力」です。「ただ仲良くしましょう」ではなく、自身が侮られない実力を有していないと、融和的な態度をとっても、「自他共栄」は成立しないということです。
 
師範が「自他共栄」という理想(本人も理想であると言っている史料もあります)を掲げながらも、リアリストとしての考えを持っていたことは、第31回でもふれましたが、今回の「ひとこと」からも、同様の一面がうかがえます。
 
しかしながら、人が人と助け合い、共存していく時、そこにはお互いを認め合うことも必要でしょうし、高いレベルの人に、自らを認めさせようとすれば、その実力を高める必要がある。これは、ある意味、自然なことではないでしょうか。

「自他共栄」という字面だけを眺めていると、その背景にある、師範のこのような考えについて知ることはできません。師範から、学ぶことはまだまだ沢山ありそうです。


※引用は、読みやすさは考慮して、『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版6月22日掲載記事より転載・編集しています。

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