PAGE TOP ↑
eJudo

【新連載】eJudoマンガ夜話・第1回「ヒット作の条件は?」

(2020年5月12日)

※ eJudoメルマガ版5月11日掲載記事より転載・編集しています。
eJudoマンガ夜話・第1回「ヒット作の条件は?」
eJudo Photo
語り手・東弘太郎氏の書架の一部。柔道人にはこれだけのフィクションを「人一倍楽しめる」ポテンシャルがある!

稽古自粛期間のお供に、ぜひ「柔道マンガ」を―。

自主稽古もよし、トレーニングもよし、勉強に勤しむのであればなおよし。でもせっかくだからより柔道を知り、色々な形で柔道を楽しむことがあっていい。ここまで一生懸命柔道をやってきた人間だからこそ、その知識や経験をベースに、実際に「やる」こと以外でより深く柔道を味わえる。そんな発見のある期間でもあってもらいたい。そのための手立てを用意したい。

この観点からeJudoでは複数の企画を準備しているところですが、そのひとつとしてこの「eJudoマンガ夜話」をお送りします。古今の柔道マンガを1回1作取り上げて紹介し、それについてよもやま語って批評するという対談連載企画です。隔週を目途に更新の予定です。

語り手:東弘太郎 古今の柔道マンガを「やたらに読み込んでいる」柔道マニア。大メジャーはもちろん泡沫連載のギャグマンガや知られざる怪作まであまねく読み込むその熱量は少々異様。その造詣の深さと見識に編集長が惚れ込み、今回たって登場願った。競技では「三五十五とも粉川巧とも一緒にインターハイ出場」の実績あり。好きな女性キャラは「柔侠伝」の駒子。今気になっているのは本宮ひろ志版の「姿三四郎」中途でのキャラクター造形変更の背景に何があったか。

聞き手:古田英毅 eJudo編集長。自他ともに認める読書家でフィクション好き。ただし柔道マンガに関しても一貫して「いいフィクションは読む」「乗れないものは必ずしも読まない」という姿勢で接してきたため、このジャンルの積み上げは東氏に比べて薄め。まだ見ぬ良き柔道マンガを仕事で読ませてもらえるチャンスと、期待に胸を膨らませている。好きな女性キャラは「からん」の高瀬雅。結婚するなら高瀬で、付き合うのなら「花マル伝」の山咲純。

ヒット作の条件は?

古田: 「eJudoマンガ夜話」という新企画を始めさせて頂くにあたり、古今の柔道漫画を読み込んでいる東さんをゲストにお招きすることとしました。

東: よろしくお願いいたします。

古田: 毎回1作品、柔道マンガを紹介してよもやま語ったり、分析したりという企画の対談連載です。便宜上対談という形を取るのですが、時折このトピックで2人で話をするにつけ、東さんが先生、私が生徒というくらいの知識量の差があると感じ入っております。ですので、語り手の東さんにお話頂いて、私が感想を述べる形になるのではないかと。ここまで柔道とフィクションの両方に造詣が深い方とじっくりお話出来る機会はなかなかないので、私も非常に楽しみです。

東: 私はマンガ評論の専門家ではないので、評論の王道やあるべき議論の作法からは離れるかもしれないですし、必ずしも正しくないのかもしれませんが、そこはご容赦頂いて。

古田: もちろんです。マンガそのものというよりも柔道に特化した、あるいは傾けた批評がこの企画の旨味になっていくででしょうから、そのあたりは気にしすぎる必要はないかと思います。…あらためて読者の皆様にこの企画を説明いたしますと。あまたある柔道マンガ、たとえば殿堂入りクラスには皆さんご存じの「柔道部物語」(小林まこと)、「YAWARA!」(浦沢直樹)、「帯をギュッとね!」(河合克敏)、「花マル伝」(いわしげ孝)、「柔侠伝」(バロン吉元)などあるわけですが、

東: いま挙げられた作品、まさに「ビッグ5」と言ってよいかと思います。

古田: この企画ではこれら大メジャーマンガはもちろん、知られざる、実は非常に数も多い柔道マンガについて毎回1作品紹介し、その魅力についてよもやま語ったり、分析していきたいと思います。で、初回ははまず序章として「ヒット作の条件は」と題し、柔道マンガが魅力的なものとして成立するために何が必要なのか、何が作品の生死を分けて来たのか。これをお話し頂くことで、読者の方々にこの先の評価の「基準」をまず示してみたいなと。


柔道マンガ固有の構図、実は「バトルシーン」に頼れない


東: はい。・・・まず柔道マンガ、それに限らずスポーツマンガの基本的な構造としては、強敵に出会って、それを倒すために何らかの練習なり特訓なりをして、で、その成果を試す場がやってくると。基本的には、その繰り返しなんですね。

古田: 柔道に限らず、少年スポーツマンガの王道構図ですね。

東: 週刊なり月刊なりのマンガ連載、エンタテインメントとしてやっていく以上は、主人公が、あまり内省ばかりしていても面白くないわけです。

古田: 大河ドラマ的面白さに先んじて、まずは毎回読者をひきつける瞬発力が求められる。

東: そうするとこの「強敵と出会う(課題の設定)、練習や特訓(課題克服のための努力)、試合での戦い(課題を乗り越えられたか)」という繰り返し、これはエキサイティングなルーチンですから、一種不可欠なものと規定してしまってよいかと思います。ただ、その繰り返しだけだとどうしても単調になるので、もう1つの要素としてその合間の部分。日常生活であったり、キャラクターの造形が深まっていく方向の描写を加えることで厚みを増していかねばならない。この部分が非常に重要です。

古田: その後やってくるバトルが魅力的になるような世界観が築けるような、キャラクターに感情移入できるようなディティールがしっかり提示できるかどうか。

東: そういうことです。それで、ここからは柔道固有の事情がこの大きな構図にどう影響してくるかという話になってきます。まずひとつ考慮しなければならないのは、柔道が個人競技であること。たとえば、「ドカベン」みたいな野球漫画のように、相手の個性に応じて集団の中の誰かが活躍することでストーリーに変化を加えるというような有機的な展開が仕組みづらい。バトルシーン自体でストーリーに変化が起こしにくいので、相手の凄さや誰と戦うか自体ということに寄りかかりがち。そうするとどうしても、敵の“インフレ”が起こりやすくなるんです。

古田: なるほど。少年マンガの禁忌でもある、安易に「前の敵よりも強い敵」を出してしまうことを繰り返す無限ループが、宿命的に起こりやすいジャンルであると。

東: はい。さきほどの「ドカベン」で言うと、決して敵がどんどん強くなるというわけではない。ただ相手に色々なタイプがあって、簡単に言うと相手の打線が強くて投手の里中がピンチになると他の選手が打つほうで頑張るとか、逆に1点を争うような展開だと里中の踏ん張りがキーになったり。

古田: いわき東高校の緒方のフォークが打てないと、悪球しか打てない岩鬼がいきなりホームランを打ったり。

東: というようなバトルそれ自体の中で変化があるというシナリオが個人競技ではなかなか作りにくい。・・・そして柔道の特徴、もう1つは「試合時間が短い」ことです。これは例えば、同じ格闘技マンガの一大ジャンルであるボクシングものとの大きく違うところですよね。

古田: ボクシングはラウンドがありますものね。

東: そうなんです。ラウンド数がたくさんあると、そこで展開を作りやすい。伏線を張って回収するというようなことが1試合の中で仕掛けやすいわけです。

古田: 確かに。矢吹丈とホセ・メンドーサの1試合で1巻まるごと使うというのは柔道競技ではちょっと考えられない。右目が霞んで当たらないはずのパンチが当たる、カーロス・リベラがリングサイドに来てホセが動揺する、矢吹のパンチがコークスクリューになる、矢吹の不死身ぶりにホセの精神が蝕まれていく。てんこ盛りです。

東: はい。圧倒的に強い相手でも、長く戦っているうちに心理的に揺さぶられたり、スタミナが切れたりして徐々に展開が変化していく。こういう機微を4分なり3分なりの試合時間で、説得力を持って描くことはなかなか難しいですよ。

古田: ちょっと脇道にそれますが。短い時間はもちろん、柔道は競技特性として、非常にアップセットが起こりにくい競技でもありますよね。

東: おっしゃる通りです。

古田: たとえば野球は離れた力関係でも、色々な要素で補ってアップセットを起こしやすい競技。プロ野球で優勝するチームの勝率が5割から6割の間、こういう競技はあまりない。マンガ云々を超えてそもそも試合自体がリアルにドラマチックな競技ですよね。一方柔道は基本的には強いものが圧倒的に強いし、力関係が離れていれば勝負はあっという間に終わってしまう。個人競技、アップセットのリアリティが薄く、かつ試合時間が短くてそもそも変化がつけにくい。・・・話を戻しつつ横滑りさせますが、試合時間の短さでいうと「YAWARA!」は秒殺が多いですよね。

東: そうなんです。仰る通りです。

古田: 盛り上げに盛り上げた本阿弥さやかとの大一番が一瞬で決着したりする。あれ、マンガとしても面白いですけど、僕たち柔道人のリアリティに沿っているんですよね。「実際こういうもの」というリアルさがある。

東: あと、これはもう少し後でまとめてお話した方が良いかもしれないんですけど。柔道の技術の構造上、勝負をつけるには「組んで、投げる」という手順が必要なんですよね。寝技ならばなおのこと。立っても、寝ても、かなり手数が掛かる。

古田: なるほど。文脈に関係ない一発が出せない。

東: はい。いきなり車田正美的な必殺技一発「BAGOOOON!」とはいかないわけです。そこにある程度のリアルティがないと、読者の側が柔道に興味があって詳しければ詳しいほどストレスを感じてしまうわけです。

古田: 専門性が強い競技でもあるので、「リアリティ」は柔道をしたことのない作家がこのジャンルに参入する上で非常に怖がる部分だと思います。経験者に軽んじられないようにディティールを描き込もうとすることで、ネーム過多になったり頭でっかちになってストーリーテリングのテンポが保てなかったり、もっとも大事な「マンガとしてのバランス」が崩れてしまうケースが多々ありますね。自明のものを一生懸命描き込むことでかえってリアリティを失なってしまったりすることも多い。

東: そこのリアリティであったり、技術をどう描くかは作品の個性と密接に関係がありますね。


主人公、感情移入の糸口をどう設定するか?


東: リアリティ、構図。いずれにしても、共通して向くべき方向は「共感してもらえるか」というところですね。読者が主人公に感情移入してくれるかどうかがものすごく大事。

古田: ここからはキャラクター、「主人公の設定」というところに話が移るわけですね。

...続きを読む

※ eJudoメルマガ版5月11日掲載記事より転載・編集しています。

→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る
→「書評・DVD評」に戻る