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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第98回

(2020年4月13日)

※ eJudoメルマガ版4月13日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第98回
精力最善活用ということは、何事をするにもその時その時の現場を起点として、それから出発して最も善いと信ずる途(みち)をたどって進んで行くというのである
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「禍を転じて福とせよ」
柔道2巻10号 大正12年11月 (『嘉納治五郎大系』未収録)

新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)の猛威は、戦争を体験していない世代にとって未経験の脅威となり、日本中を襲っています。そんな中、柔道修行者が、「精力善用」「自他共栄」を合い言葉に、SNSで、様々な情報発信を行い励まし合っているのを目にするようになりました。まだまだ、先が見えない状況で長期戦になりそうですが、喜ばしい動向ではないでしょうか。

このような危機的状況下、もし師範が生きていたら、どのようなことを伝えようとしたか。そんなことを考えても不自然ではありません。もちろん、師範は昭和13年(1938)に亡くなっていますから本人には聞けません。ですが、師範が残した言説から、ある程度の推測や想像をすることは許されるでしょう。

講道館柔道と時事問題を絡めた言説を滅多に目にすることがない、我々にはイメージしにくいことかもしれませんが、講道館柔道のことを扱いながら、当時の社会状況・時事の問題に踏みこんだ師範の言説は少なくありません。講道館柔道は手段であり、その応用を目的としている以上、当然のことかもしれませんが。

そんな残された言説から、師範なら、どんなことを言ったか推測(想像)するのに参考となる史料として、真っ先に思い浮かぶのが、関東大震災直後に発表した「禍(わざわい)を転じて福とせよ」です。

大正12年(1923)9月1日に発生した死者・行方不明者が10万人を超えるという大災害。この災害に対して、師範がどのような活動をしたか、昨年の大河ドラマ「いだてん」内で虚実入り混じった形(※)で紹介されました。また、同ドラマのスポーツ史考証をした真田久氏や大林太朗氏の論考内でも取り上げていますが、未曾有の大災害について、師範がどのようなことを語ったか、具体的に分かるのが、今回の引用元となる史料です。

史料をかなり大まかな要約をすると、「禍を転じて福とせよ」というタイトル通りで、災害を1つのきっかけとして捉え、さらなる成長をするべき、といった内容になります。
当事者じゃないから、そんなことを言えるという、うがった見方も出来るかもしれませんが、師範もその家族も、東京に住んでいましたし、高弟の1人であり、講道館入門第一号である富田常次郎は救出され九死に一生を得たものの、倒壊した家屋の下敷きになっています。決して他人事だったわけではありません。

そういった自身も大変であったであろう時に、あえて「禍を転じて福とせよ」と語る師範の根幹にあったのが、やはり、「精力善用(精力最善活用)」です。

師範は震災の被災者に対して、同情を示しつつも、残念に思ったり、悲観したりしても、それは精力の悪用だと言います。また他人のしたことが気に入らないといって怒ったり不平を言ったりすることも、精力善用ではないと言います。

自身が生き残っても、親しい人を亡くしたり、衣食住が不十分な状況では、人は不安定になり余裕をなくします。そうすると、物事に悲観になったり、他者に対して、些細なことで怒ったり、不平を言ったりします。そんな時でも、他の人がどのようなことをしようと意に介さず、最善と信じることを行うこと、これがとるべき道であり、「精力善用」だと言います。
 
はっきりと言えば、他の言説で語られることと、何か大きな違いがある訳ではありません。
逆にいえば、どのような状況下でも、とるべき道は1つということです。ただ、非常時だからこそ、どれだけ本当に身についているかが、試されるのかもしれません・・・。

今の状況がいつ終息するか分かりません。ただ耐えるしかないという考え方もあるでしょう。ですが、正に今、この時、この場所を起点として、自分が出来る、さらに、終息後という未来を見据えた有用な活動を行うこと。これこそが「精力善用」であり「禍を転じて福となす」ことになるのではないのでしょうか。

※無粋を承知で1つ紹介すれば、「いだてん」では関東大震災発生時、師範は在京していましたが、史実では、樺太方面に出張中で東京を留守にしていました。号外で震災発生を知り、急遽、東京に戻り、講道館で指揮にあたったとのことです。ちなみに、この時、講道館は罹災者収容のため道場を解放しています。

※今回の「ひとこと」は田中・石川「嘉納治五郎の言説に関する史料目録(2)」で紹介されている史料から引用しました。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版4月13日掲載記事より転載・編集しています。

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