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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第97回

(2020年3月22日)

※ eJudoメルマガ版3月23日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第97回
柔道を道として学んでもこれを体得する手段として用うる術は自然におぼえられるがこれを術としてのみ練習する時はいつまでも道には達し得られぬのである。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「いかにすれば今日の柔道を国民の柔道となし得るか」
柔道3巻1号 昭和7年2月 (『嘉納治五郎大系』1巻298頁)

「術から道へ」。
講道館柔道の成立とオリジナリティーを、柔術との比較で語る上で、よく使われる言い回しです。ただ、講道館柔道の基となった起倒流には、すでに、「術」より「道」を重んじる思想が存在したことは第10回で紹介したとおりです。決して嘉納師範のオリジナルではありません。とは言え、技術を通した人間形成を目的とした「講道館柔道」という文化を産み出し、これを世界に広めたことは偉大な業績で、このことを以て、その功績が揺らぐわけではないと筆者は考えます。
 
そんな師範が、講道館柔道の修行が「技術」にとどまることに対して、常に警鐘を鳴らしていたことは、本連載でたびたび紹介してきたとおりです。今回の「ひとこと」も、それらと軌を一にするものです。

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※ eJudoメルマガ版3月23日掲載記事より転載・編集しています。

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