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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第96回

(2020年3月9日)

※ eJudoメルマガ版3月9日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第96回
自分の利益のみを図り、他人のことを考慮に加えずに行動するものがあるとすれば、その結果は、他日大なる利益の妨げになる
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「本会の主義より見たる人間の向上発展」
作興6巻8号 昭和2年8月 (『嘉納治五郎大系』1巻364頁)

今回の「ひとこと」、よく見ていただきたいのですが、文末に「。」がついていません。実は続きがあります。

・・・妨げになるから、やはり他人のためを図り、他人の妨害をなさずして、自分の利益を図るようにしなければならぬ

文章は、この「ならぬ」の後も続くのですが、今回は割愛します。気になる方は、是非、資料に当たって読んでいただければと思います。

さて、<自分のことだけを考えて行動すれば、逆に自分のためにならないことになる、だからこそ、自分のための行動でも、他人のことも考えなければならない>意訳すれば、こんなところでしょうか。

本連載の読者はすぐにお気づきになると思いますが、一連の流れはまさに「自他共栄」です。師範が利己主義を否定していないことは、第33回でも紹介しました。詳細はリンク先を見ていただきたいのです、おおむね、今回の「ひとこと」と同様の流れです。

師範が「精力善用」「自他共栄」の原型を発表したのは、大正11年(1922)頃とされています。当時、明治維新を経て、世界の舞台に立った日本は、日清・日露戦争、さらに第一次世界大戦を経験し、帝国主義の渦中にいました。
「精力善用」「自他共栄」共にそのルーツは、明確になっていないと、筆者は考えていますが、「思想」が当時の社会状況に影響を受けず、成り立つことはありえません。「自他共栄」の誕生にも影響を与えたはずです。世界を自らの目で見る機会があった嘉納師範であれば、なおさらです。
 
一歩間違えれば、他国の支配下に入る弱肉強食の世界情勢。自分たち、あるいは自国のことだけを考えざるを得ない状況です。そんな中で、自分と他者、あるいは日本と他国が、同時に栄えるという発想にどういう経過で至ったのかは、非常に興味深いことです。今後の研究が待たれますが、それはさておき、そのような危機的状況下で生まれた「自他共栄」思想。その「凄み」が平和な時代に過ごす今の我々(日本人)に、どこまで実感できるでしょうか。

今、世界は、嘉納師範の時代とは異なる危機的な状況にあります。

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※ eJudoメルマガ版3月9日掲載記事より転載・編集しています。

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