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【eJudo's EYE】東京五輪代表12階級内定「評」②各階級評

(2020年3月9日)

※ eJudoメルマガ版2月26日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】東京五輪代表12階級内定「評」②各階級評
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発表の約2時間後、代表内定選手の会見が始まった。

→①総評
文責:古田英毅

総評に引き続き各階級評をお送りする。

繰り返すが今回の選考はフェアだ。五輪で戦うためのシミュレーションの場として位置付けた世界選手権の実績を最重要視し、2019年の世界選手権終了時までで暫定1番手を確定。しかし結果を残せなかった2番手以降にそれでもチャンスを付与すべく、五輪を意識して「大一番」という設定のもとでハイプレッシャー下で戦う場(グランドスラム大阪)を設定し、男子はここまでの成績を以て、女子はワールドマスターズまでを見て、実質上の最終予選となった欧州シリーズの派遣陣形を決めた。この時点で「1番手は優勝すれば内定」というアドバンテージと、「2番手は優勝しなければ脱落」のハードルが設定されたのは既報の通りだ。

この序列設定にも無茶なものはほとんどない。実は8月の東京世界選手権以降(出場していない選手は4月の選抜体重別以降)、2番手以下と位置付けられた選手の中で、ここまでの選考対象大会を全勝で終えたものは66kg級の阿部一二三ただ1人のみ。そして彼はその戦績の褒賞としてきちんと「1番手との同時派遣」という処遇を与えられている。選抜体重別終了時点では制度上2番手(世界選手権の代表から漏れる)だった81kg級の永瀬貴規も、この間全勝したことで序列の逆転に成功して1番手として欧州シリーズに乗り込むことになった。強化は筋を通していると言っていいだろう。

強化委員会の進行は、まず強化サイドから内定選手の推薦とその理由の説明が行われ、強化委員がこれを討議。質疑応答を経て記名投票で決を採る(所属の委員は投票から外れるので票の総数は増減する)というもの。各階級、その様相をお伝えした上で評を挟む形で稿を進めたい。階級の実情に沿って、分量にかなり差がある(女子はまったくの無風である)がご容赦を願う。

■ 60kg級
代表内定選手:髙藤直寿(パーク24)

強化側によって為された説明の趣旨は、

・ともに3度のチャンスを与えた世界選手権で、髙藤は優勝2回、一方の永山は優勝0回。
・永山が髙藤の実績(世界選手権優勝)に追いつくには2019年世界選手権での優勝が必須と伝えていたが、結果的に優勝出来なかった。
・続いて、チャンスを得るためには優勝必須と伝えたグランドスラム大阪でも、永山は勝てず、髙藤は優勝した。
・最終ステージとなった欧州シリーズでは両者とも優勝、ゆえに差は縮まらなかった。

強化委員から、実力の接近ゆえもう少し丁寧な説明が欲しいとの旨要望があり、それに応えた内容は下記。

・大舞台での勝負強さにフォーカスした。
・過去3度の世界選手権、さらに両者に「大一番」と説明したグランドスラム大阪と公平にチャンスを与えてきたが結果を残したのはいずれも髙藤の側。
・永山には世界選手権3大会を踏ませたが、全大会で優勝候補に挙げられながらも結果としては1度も勝てなかった。2019年の世界選手権は特に大事な大会だった。
・安定感にもフォーカスした。永山の失点率は髙藤の倍。
・以上から、五輪での金メダルにより近いのは髙藤の側と判断した。

この説明に、隙は見出しがたい。
とはいえ両者の実力が拮抗しているのは誰もが認めるところ。制度上ここまでの差がつき、欧州シリーズに同時派遣が為されるに至らなかった背景には、上記語られた「大舞台での勝負強さ」を重視するという強化陣のポリシーによる節目節目での評価の傾斜がある。

筆者もこの点は強化サイドの姿勢を支持する。五輪という「異常な場」での勝利を目指すにあたり「大舞台での勝負強さ」にフォーカスして世界選手権での実績を最重要視するこの姿勢はまっとう、そして実はこの60kg級においては他階級以上に、この項がひときわ重要と考えるからだ。

この点についてしばし筆を費やす。まず、リオデジャネイロ五輪における60kg級の選手たちの異常なまでの巻き上がりぶりを強調したい。当日のレポートにも書かせて頂いたと記憶しているが、まさに異様、全員が一段も二段も明らかに強くなっているサイボーグ状態だった。トーナメント最初の一巡で「これは、髙藤の金メダルはちょっと無理ではないか」「全階級こんな様子ならいったい日本代表はどうなってしまうのか」と現地で戦慄したことをよく覚えている。

五輪での異常な巻き上がり自体は全階級共通の現象だが、60kg級にはひときわこの色彩が濃い。これについては、真逆の景色として平時のワールドツアーにおけるこの階級の「意外な平穏ぶり」を指摘しておきたい。幾度かレポート記事等で書かせて頂いたが、この3年間、ワールドツアーの60kg級は「面子の豪華さの割に盛り上がらない」大会が頻発していた。最軽量級の減量の厳しさゆえか、あるいは金メダル歴のあるガンバット・ボルドバータルと同銀メダルホルダーのダシュダワー・アマルツブシンらモンゴル勢の一貫した低空飛行ゆえか。世界大会でのメダル獲得者がずらり居並びながらいまひとつ試合が白熱せず、「指導3」決着連発の末に、これぞという大爆発を見せる選手のおらぬまま「だいたいあるべきメンバー」が表彰台を占めるという煮え切らない大会が頻発していたのだ。プレビュー記事は盛り上がるが、大会レポートではさして言及することなしというルーティンの繰り返し。あたかも選手間に「この時期の大会はこのくらい」という暗黙の「契約ライン」が存在するがごとし。極めて減量の厳しい最軽量級で試合に出続けながらサバイブしていくためにはそうならざるを得ないのであろう。この3年間、特に最後の1年はそれでも新たな強者がツアーで頭角を現して階級の序列上位に割って入って来たが、その交代スパンも他階級と比べるとかなり緩やかだ。その中にあって日本代表はどの大会でも変わらず爆発的な力を出し続けるわけだが、こういう特性のある階級で「五輪当日の異常な巻き上がり」についていけるかどうかの評価軸は、どうしても年間最大のイベントであり誰もがそこに合わせてコンディションを整える世界選手権に置かざるを得ないだろう。

その上、永山は不運なことに一貫してワールドツアーの対戦相手に恵まれなかった。端的な指標は例えばフランシスコ・ガリーゴス(スペイン)。永山は2017年2月からこの選手と5戦5勝0敗、うち2017年ワールドマスターズ決勝、2018年グランプリ・ブダペスト準決勝、2019年グランドスラム・デュッセルドルフ決勝、2019年ワールドマスターズ決勝と、優勝した4大会でいずれもメダル決めの大一番で戦っている。しかしガリーゴスが世界大会でメダルに届く選手かといえば、その実力はおそらく決勝ラウンド進出スレスレ(過去3回の世界選手権はいずれも予選ラウンド敗退、東京世界選手権では初戦でルフミ・チフヴィミアニに敗退)。この選手は2019年だけで10大会をこなしている超皆勤型で、コンスタントに力を発揮するのが何よりの特徴。早い段階の敗戦もあるが、出場メンバーの面子や前述の「契約ライン」の水位が下がったときには必ず上位に顔を出すという歩留まりの良い選手だ。であれば、ガリーゴスとメダル決めを戦うことになった大会の評価が、強化陣の中で高かったとはちょっと思えない。2019年12月のワールドマスターズの永山の戦いぶりはもはや「相手がまったく弱く見えてしまうほど、自身が飛びぬけて強くなっている」可能性があると思わせるものであったが、対戦相手がガリーゴスではなかなかそうは評価されにくいだろう。この、対戦相手に恵まれぬ不運。やはり永山は世界選手権、そして強化に「ここが大一番だ」とトクと言い聞かされた2019年グランドスラム大阪で勝利して、大舞台での強さを証明するしかなかったのだ。永山が大舞台のプレッシャーを追い風にしてパフォーマンスが吹き上がるタイプであれば話は別であるが、むしろ評価は逆になってしまったものと考える。

強化陣が「60kg級の異常な巻き上がり」を警戒している証左として、1つの風景をお伝えする。筆者は昨年末にTV番組の仕事として井上康生監督にインタビューさせてもらった。各階級の状況を俯瞰し、その上で海外有力選手を挙げてもらうという企画であったのだが、監督は、この60kg級だけは過去の世界大会上位者の名前(≒一般的に認知された強者の名前)を1人も出さぬまま、いきなりダークホース2人の名前を挙げたのだ。彼らは面白い柔道をする選手ではあるががいまだにワールドツアーでの表彰台は1度もない。強化陣はもはやその立ち振る舞いや伸びしろが分かり切っているこれまでの強者たちではなく、「当日いきなり力を増してくる」確変の可能性がある選手を徹底マークしている、五輪の勝負は平均値の力比べではなく「大一番でどこまで吹き上がれるか」のジャンプ力で決まると見込んでいる、と強く感じさせる場面であった。

長くなってしまったが。というわけで、強化のポリシーと、彼らが設定し、事前に選手たちに説明していたルールからして、今回の選考結果は妥当。少なくともルールを逸脱するようなものではまったくなかった。それでも永山を選んで欲しかったというのであれば、話題を選考の制度設計の方に移すべきであろう。決戦投票は有効票が28、内定支持と不支持の票数は25対3であった。

■ 73kg級
代表内定者:大野将平(旭化成)

強化が挙げた選出根拠を要約すると、下記。

・大野将平は2年間負けなしの無敗
・橋本壮市はグランドスラム・パリとワールドマスターズで優勝しているが、グランドスラム大阪では2位。大野が無敗の過去2年間で、海外選手に延べ5回(4名に)敗れている。グランドスラム・ブラジリア(3位)と2018年ワールドマスターズ(2敗で7位)、2018年グランプリ・フフホト(2位)、このうちフフホトではターゲット選手のアン・チャンリンにも負けている。(※筆者註。2018年世界選手権決勝でもアン・チャンリンに敗れている)
・ワールドランキングの上位18名との対戦成績は、大野が14戦14勝無敗の勝率100パーセント。対する橋本は18戦して13勝5敗の勝率72.2パーセント。
・本人同士の直接対決は大野の1勝0敗。

ここまでを説明した上で「国際競技力の差は歴然」との表現があった。文句のつけようがない。再度の直接対決のチャンスがあれば相性的にも橋本勝利の可能性はあったと思う。しかし橋本がそこまでたどり着くだけの成績を残すことが出来なかったということだ。決選投票の結果は、27対0。大野内定に反対する票はなかった。

■ 81kg級
代表内定選手:永瀬貴規(旭化成)

永瀬貴規がグランドスラム・デュッセルドルフで初戦敗退した報告を皮切りに、候補者2人の成績が比較された。

・永瀬は2019年4月の選抜体重別に優勝した後、グランプリ・モントリオール、グランプリ・ザグレブ、グランドスラム・ブラジリア、グランドスラム大阪と国際大会4つに連続優勝。いずれも評価ランク(※註:出場者の顔ぶれで決定される)Aの大会である。
・藤原崇太郎は昨年5月のグランプリ・フフホト2位ののち、東京世界選手権で初戦敗退、グランドスラム大阪では永瀬との直接対決に敗れて3位、ワールドマスターズでは初戦敗退、グランドスラム・パリは3位。この間1度も優勝はない。
・ゆえに直近1年に関しては永瀬が上。一昨年は藤原が上回るが、永瀬は2017年の負傷によりそもそも2018年シーズンは試合をこなせていない。
・過去2年間のワールドランキング上位18名との対戦成績は、永瀬が15戦して12勝3敗、勝率80パーセント。一方の藤原は13戦して8勝5敗、勝率61.5パーセント。
・本人同士の直接対決の成績は、永瀬の2勝0敗。

これも異論は出なかった。欧州シリーズ派遣陣形決定の時点で大勢が見え、藤原がグランドスラム・パリで優勝出来なかったことで1番手永瀬の内定はほぼ決していたと言っていいだろう。最終的には投票の結果、27対0で永瀬の選出が決まった。

■ 90kg級
代表内定選手:向翔一郎(ALSOK)

強化陣の説明シナリオは、
・向は2019年の世界選手権代表で2位。
・2019年選抜体重別から2020年グランドスラム・デュッセルドルフまで5大会に出て4度メダルを獲得している。
・特に東京世界選手権での決勝進出は大きな戦果と捉える。
・対する2人のうち、長澤はグランドスラム大阪とワールドマスターズでともに5位、村尾はいずれも7位。いずれもメダルがない。世界選手権が終わってのちに出場した2大会ともにメダルを獲得している向との差は埋まらなかったと認識する。

これも委員から特段の異論はなく、強化サイドの提案通り向の内定が決まった。投票結果は28対0、白票が1。欧州シリーズ派遣決めの強化委員会までで既に議論は尽くされていたということだろう。ここについては、総評で書かせて頂いた通り、向のデュッセルドルフ大会での戦いぶりについて強化の見解をただして欲しかった。長澤憲太については、バクー世界選手権の3位入賞や2019年グランドスラム・パリ3位決定戦における直接対決の一本勝ちなど個別に高い評価要素があるはずなのだが、節目節目で少しづつつけられた制度上の差が広がってしまい、選考シナリオ上、点が線になり切れなかった。ただし、決定打となってしまったグランドスラム大阪での5位が3位決定戦の負傷棄権によるものであることに端的だが、これまでの「節目」で都度内容面まで踏み込んだ議論があったかどうかは少々気になるところ。結果重視の評価システムが浸透したことは幸い、この先はこれを土台にして、内容面まで踏み込んだ議論が都度為されること、その文化の醸成を期待したい。

総評でも書いたこの節目ごとに都度差をつけて、実力的な小差が制度的な大差になってしまうという「シナリオ重視」の選考形態について。客観的に立場の差が可視化されやすいということではフェアではあるが、向がこの早期内定をゴールとして組み立てられた制度と傾向の最大の受益者であるということは指摘しておきたい。

■ 100kg級
代表内定選手:ウルフアロン(了徳寺大職)

強化陣の説明要旨は下記。

・ウルフアロンのこの1年間は全日本選手権優勝、選抜体重別2位、東京世界選手権3位、グランドスラム大阪3位、ワールドマスターズ2位。
・飯田健太郎は全日本選手権出場、グランドスラム・ブラジリア優勝、グランドスラム大阪3位、グランドスラム・パリ初戦敗退。ウルフとの直接対決の成績は0勝4敗。
・羽賀龍之介はグランプリ・モントリオール7位、グランドスラム大阪優勝、グランドスラム・パリは3回戦敗退。選抜体重別では優勝も海外勢に成績を残せず。

ウルフがリオ五輪後の3大会すべてで世界選手権の代表を務めていること、2017年ブダペスト世界選手権で優勝しているという事実を持ち出すまでもなかった。実績上も、選考シナリオ進行上も差は歴然。飯田と羽賀がグランドスラム・パリで優勝を逃した段階で既にウルフ内定は事実上決していたと言っていい。投票の結果は26対0、白票が1であった。

■ 100kg超級
代表内定選手:原沢久喜(百五銀行)

強化陣は原沢久喜を内定選手に推薦。説明は、

・原沢久喜は東京世界選手権で2位、ワールドマスターズで優勝、グランドスラム・デュッセルドルフは欠場。
・影浦心はグランドスラム・パリでテディ・リネールに勝利したが、原沢でも十分勝利が可能

というもの。強化委員からは、影浦の対リネール戦の勝利をどう位置付けるのかという質問があった。これに対する答えは、

・10年無敗の相手に勝利したことは高く評価したいが、1年間の成績を見た場合に影浦は1度も優勝がない。
・対1人という考え方は危険。トータルで考えた。
・同時出場のワールドマスターズを大きく考えた。(※原沢は優勝、影浦は3位)

ここまでで議論は終了となり、記名投票へ。結果は28対0、白票1で原沢の内定が決まった。

■ 48kg級
代表内定選手:渡名喜風南(パーク24)

ここからは女子。強化サイドから、グランドスラム大阪の後で欧州シリーズの「1番手と2番手のセパレート派遣」陣形が組まれたこと、グランドスラム・パリに派遣された2番手選手たちは優勝が絶対条件であったことがまず説明された。

48kg級は無風。渡名喜風南が東京世界選手権2位でグランドスラム大阪優勝、グランドスラム・デュッセルドルフで2位の成績を残したこと、国内ポイントも1位であること、ゆえに2番手以降との差が歴然であることがまず語られた。投票の結果は28対0で渡名喜内定支持。異論はまったく出なかった。

この1年間、高校生古賀若菜の台頭に52kg級銀メダリスト角田夏実の参戦となかなか話題の多かったこの階級であるが、総合的に見て渡名喜の強さが飛びぬけていたということだろう。成績というエビデンスも伴い、満票獲得はまことにもって妥当。

■ 52kg級
代表内定選手:阿部詩(日本体育大1年)

思えば贅沢な3年間だった。2017年ブダペスト世界選手権では志々目愛と角田夏実が、2018年バクー世界選手権では阿部詩と志々目愛と日本人選手が2大会連続のワンツーフィニッシュ。そして2019年東京世界選手権で2連覇を達成した阿部詩が、この階級の最終勝者となった。成績の説明の上、議論の紛糾なく28対0のフルマークで阿部の東京五輪代表が内定した。

■ 57kg級
代表内定選手:芳田司(コマツ)

強化サイドからまず、芳田司の直近1年間の「東京世界選手権2位、グランドスラム大阪5位、ワールドマスターズ5位、グランドスラム・デュッセルドルフ欠場」の成績が紹介された。次いで昨年末に対抗馬として急浮上した玉置桃について「グランドスラム大阪優勝、ワールドマスターズ2位、グランドスラム・パリ3位」という成績の紹介、そして「コンスタントにメダルを獲得している」という評が付された。ここに「ただし」と言葉が続き、グランドスラム・パリで(ターゲット選手の)出口クリスタと戦う前に敗北を喫し、ワールドマスターズでキム・ジンアに敗れたという事実、そして、これを以て「3年間の芳田の実績を上回ることが出来なかった」との見解が続く。

芳田の過去3年の実績とはすなわち「世界選手権3大会連続の決勝進出、1度の金メダル獲得」を指す。これは圧倒的だ。世界選手権個人出場の経験がない玉置がこれを覆すには、すくなくとも芳田が低調だった2019年後半~欧州シリーズの間だけでも、まさに無謬の成績が必要だった。強化の説明は納得できるもの。

投票結果は27対0。圧倒的支持で芳田の五輪代表内定が決まった。

■ 63kg級
代表内定選手:田代未来(コマツ)

強化の説明は、
・田代未来は東京世界選手権で2位入賞
・鍋倉那美はグランドスラム大阪3位、続くワールドマスターズで世界王者のクラリス・アグベニューに勝って優勝して有望株に浮上したが、グランドスラム・パリで再び勝つことはできなかった。
・国内ポイントも田代が上、よって田代のこの時点での内定を推す。

強化の説明は妥当。土壇場で鍋倉の対アグベニュー戦勝利というビッグポイントがあったゆえに説明は丁寧になったが、過去3年間の実績の差は歴然である。唯一のライバルとして急浮上した鍋倉が完璧な成績を残すことができず、かつ、田代が最終戦のグランドスラム・デュッセルドルフを勝利したことでこの序列は確定した。投票結果は27対0。筆者もこれを支持する。

■ 70kg級
代表内定選手:新井千鶴(三井住友海上)

・新井千鶴は世界選手権2連覇、直近の成績は東京世界選手権出場、グランドスラム大阪3位、ワールドマスターズ3位、グランドスラム・デュッセルドルフ優勝。
・大野陽子の成績はグランドスラム大阪優勝、ワールドマスターズ初戦敗退、グランドスラム・パリ優勝。
・大野は優勝もしているが初戦敗退が多く、安定感に欠ける。

新井の圧倒的な実績に加えて、予想通りここ1年間だけで3度の初戦敗退を喫した大野の不安定感が指摘された。大野は2018年12月のワールドマスターズも初戦敗退を喫しており、ここから起算すると4回の初戦敗退に4回の優勝が挟まっている形となっている。グランドスラム・パリの優勝で意地を見せたものの、これでは強化が1人代表として推すことはやはり難しい。リオ五輪後すべての大会で世界選手権代表を務め、2度の金メダルを獲得している新井は過去の実績では圧倒的。グランドスラム・デュッセルドルフで致命的な失敗さえしなければ代表に決まった情勢と思われるが、同大会では過去最高に近いパフォーマンスで金メダル獲得。代表決定に花を添える形となった。投票は27対0、白票が1。文句なしの選出である。

■ 78kg級
代表内定選手:濵田尚里(自衛隊体育学校)

強化サイドから濵田尚里の世界選手権2位、グランドスラム大阪2位、グランドスラム・デュッセルドルフ優勝の成績と、梅木真美のグランドスラム大阪優勝、ワールドマスターズ初戦敗退、グランドスラム・パリ3位という来歴が淡々と紹介され、次いで「追撃者の梅木が濵田を上回るだけの成績を残せなかった」との見解が語られた。

梅木がグランドスラム大阪決勝の直接対決で濵田を破ったことでにわかに風雲急を告げた代表選考であったが、以降の梅木の失速とグランドスラム・デュッセルドルフにおける濵田の完璧な試合ぶりでその穴は完全に塞がる形となった。投票結果はこれも27対0、白票1。波乱なく濵田の代表内定が決まった。

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グランドスラム・デッュルドルフ決勝。濵田尚里の寝技は紛うことなき「柔道の寝技」だ。

少々話が逸れるが、他に書く機会がしばらくないのでここで書かせて頂く。デュッセルドルフ大会後、報道で濵田の寝技を「サンボ仕込みの」あるいは「柔術ばりの」という表現で、あるいは見出しで語るものを複数見たのだが、これには違和感を感じる。ミスリードである。

まず濵田はサンボに特化した練習をしていない。濵田のサンボ大会出場と優勝は旧い時代から続く「強い柔道選手がたまたまサンボの大会にも出た」典型的ケースの一であり、当の濵田が囲み取材等で何度も「特にサンボの練習はしていません」と答えている。それは、繰り返し「サンボをやって何か変わった?」と聞き続ければ「技が掛かるようになりました」とサービスとして応えてはくれるだろう。しかしこれに「サンボ仕込みの」とラベルを貼ることが実相を伝えるとは到底考え難い。

濵田は鹿児島南高の出身である。あの時期の九州は、鹿児島南高や阿蘇中央高、長崎明誠高などの強豪校が激烈な合同稽古を繰り返して寝技を鍛え上げ、高校女子柔道界を地域丸ごとで席捲していた黄金時代の最初期だ。寝技になればちょっと九州には勝てない。時代は少々下るが、ある東京の指導者が「太刀打ちできない」と悲鳴を上げていたことをよく覚えている。濵田の技術のベースは間違いなく鹿児島南高時代に体に染みこませた「九州合同稽古」仕込みの寝技であり、山梨学院大を経て自衛隊体育学校で指導者に恵まれてブラッシュアップに成功した寝技である。いずれも紛うことなき「柔道」である。

なによりこのデュッセルドルフ大会決勝で展開した寝技が、どこからどう見ても「柔道の寝技」だ。あの寝技の攻防のポイントはまず何よりも「腕を括った」ことにあり、括った腕を起点にしたまま相手の動きに応じて形を変えながら種々様々の手立てで体重とプレッシャーを掛け続け、「待て」を掛けさせる間を与えぬままゴールにたどり着いた巧さにある。その体捌きと手立ては、抑え込みをまず第一義として体を捌く「柔道の寝技」の技術そのものだ。1981年マーストリヒト世界選手権65kg級決勝の柏崎克彦氏の試合を思い起こしたファンも少なくないのではないか。繰り返しての攻めにフォーカスした視点の伝え方もあったようだが、しつこく回し続けること自体は寝技の乱取りでも頻発する日常的な攻防。それを試合で「待て」を掛けさせぬまま次々繰り出す濵田の迷いのなさとしつこさ、引き出しの多さが凄いということだ。

であるので「柔術ばり」という表現にも違和感を覚える。抑え込みで最終的な勝敗が決しない柔術の体の使い方は柔道とは異なり、またポイント競技でもあるため背中を取るために攻防はもっとめまぐるしいものとなる。「柔道の寝技」とはまったく様相が違う。

他競技のラベルを貼ることでわかりやすくしているということかもしれないが、あたかも他競技が柔道の上位概念であるかのような印象を与えかねないこのラベリングは、柔道側の人間にとってはあまり面白くない。まだ柔道の寝技がきちんと出来ないものが生半可にサンボや柔術の寝技を「齧って」アドバンテージを得んとし、乱取りでコテンパンにされるのは我々の競技の「あるある」の1つでもある。もちろん勉強は大事だが、柔道の寝技で勝つには、あくまで柔道の寝技が一番適しているというのは、寝技の熟達者が口を揃えて語るところ。同じようにサンボのルールであればサンボの、柔術のフィールドであれば柔術の技術が間違いなくもっとも強い。ぜひ、濵田が展開する寝技の強さを、本来の「柔道の寝技の強さ」として伝える術を編み出して欲しい。

完全に話が逸れてしまったが、どうしても言っておきたかった。ご容赦願いたい。以上で「各階級評」を終えさせていただく。

※ eJudoメルマガ版2月26日掲載記事より転載・編集しています。

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