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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第95回

(2020年2月24日)

※ eJudoメルマガ版2月24日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第95回
柔道の修業において最も戒むべきは躊躇逡巡(ちゅうちょしゅんじゅん)にあり。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「精神修養と柔道 明治40年7月7日の講話大要」
嘉納塾同窓会雑誌27号 明治40年11月 (『嘉納治五郎大系』2巻43頁)

躊躇逡巡(ちゅうちょしゅんじゅん)。
難しい漢字が並んだ熟語ですが、意味を調べますと<決心がつかず、ためらってぐずぐずすること>とあります。このことを師範は講道館柔道の修行において「戒む(いましむ)べき」と言います。
<いましむ>と言えば第93回で師範が油断をいましめていることを、取り上げたばかりですが、今回はどのような理由で、躊躇逡巡をいましめるのでしょうか。

結論から言うと、躊躇逡巡することによって<決心>しないことを強く戒めているようです。
例えば、稽古で相手が強いからと言って、あきらめて全力を尽くさない。そのため、勝つチャンスがあっても、それを見逃してしまう。あるいは、相手が弱いと慢心した結果、油断しなければ負けない相手に不覚をとる、といったことがあるとします。

このような態度が良いものではないことは、言うまでもないでしょう。
どんな相手でも、自分のベストを尽くす修行態度と言えば分かりやすいでしょうか。これが修行上、大切なわけですが、この<どんな相手でも全力を尽くす>(※)ために、必要なものが、そうしようという「決心」だと師範は言います。
 
そして、この「決心」を妨げるのが、ためらってぐずぐずすること、というわけです。

「決心」は、人が行動をする上で、必要不可欠なものです。当然、道場以外の人生においても大切なことは言うまでもありません。むしろ柔道修行者の多くにとっては、道場以外での「決心」の方が人生に大きな影響を与えるのではないでしょうか。
その「決心」。程度は様々ですが、ありとあらゆる場面で行う必要に迫られます。そして、後々の人生に与える影響が大きいと思えば思うほど、人は躊躇、先延ばしし、結果、失敗したり、チャンスを逃したりすることがあります。
だからと言って、何も考えず、闇雲に決心して、行動をしろと言っているわけではないことは注意が必要です。講道館柔道の教えとして、「熟慮断行」を取り上げているくらいですから・・・。
 
もちろん、師範は、この「決心」の大切さを道場内にとどめません。社会生活においても、決心が大切であること、この決心が出来ないばかりに被る不利益は少なくないと述べています。
そして、この社会生活でも欠かせない「決心」、さらには、その後、決めたことに全力を尽くす、といった習慣を磨くために柔道の修行は有効だと師範は主張します。
ただ、普段から意識して、修行しなければ、効果は十分に顕れないことは容易に想像が出来ます。

こういったことは、目の前の相手に勝つことを主に考えている修行者には、なかなか分からないものです。だからこそ、指導者の役割が一層大切になってくる、と筆者は思うのですが、いかがでしょうか。

※このあたりは師範が「柔道の奥義」として紹介した<いかなる状況でも、ただ一筋の道を行け>という教えとも共通するでしょう(第18回)

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版2月24日掲載記事より転載・編集しています。

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