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【eJudo’s EYE】濵田尚里圧巻の全試合一本勝ち、新井千鶴は雲を払うような好パフォーマンス/グランドスラム・デュッセルドルフ女子7階級「評」

(2020年2月27日)

※ eJudoメルマガ版2月24日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】濵田尚里圧巻の全試合一本勝ち、新井千鶴は雲を払うような好パフォーマンス
グランドスラム・デュッセルドルフ女子7階級「評」
→[参考]女子全試合結果

文責:古田英毅

グランドスラム・デュッセルドルフ2020、男子につづいて女子の評をお送りする。前回冒頭に書いた通り、78kg級濵田尚里の圧倒的な強さと、不調下にあった70kg級新井千鶴の素晴らしいパフォーマンスが印象的だった。

■ 48kg級 渡名喜意外な敗戦、ビロディド対策に一抹の不安
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決勝、渡名喜風南は長身のシリーヌ・ブクリを相手に腰を引いて苦しい進退。

日本代表選手:渡名喜風南(パーク24)

渡名喜思わぬ敗戦。準決勝までは完璧な出来であったが、決勝でフランスの21歳シリーヌ・ブクリに屈し、2位に終わった。速報ニュースでお伝えしたとおり、ブクリはグランドスラム・パリ準決勝でダリア・ビロディド(ウクライナ)と総試合時間8分を超える激戦を演じて注目を集めた新鋭。ただし世界ジュニア決勝では古賀若菜、グランプリ・テルアビブ決勝では角田夏実と日本人選手に連敗中の選手でもある。現在のフランスチームの育成力の高さといまが伸び盛りの旬であるその勢いを勘案してなお、渡名喜が負けるような相手ではない。ダリア・ビロディド(ウクライナ)以外には無敵という渡名喜のあるべきイメージを壊してしまった、少々残念な一番だった。

気になるのはこの試合の内容。長身選手を相手に拘束されたまま(後帯を掴まれていた)体を捨てるというタブーを犯し、小外掛で足元に座り込んだところを2階からの圧で押しつぶされて空振り、そのまま立ち際にブクリの隅返を食って「技有」を失っている。息もつかせぬ連続攻撃と技自体のスピード、そして立ちから寝の移行の早さで攻防を塗りつぶし、相手に駆け引きさせぬまま勝ち切るのが渡名喜の良さだが、積年の課題である状況判断の面で弱さを見せてしまった形だ。失点以降は、東京世界選手権決勝で見せた手札の少なさ(再びスクランブルを掛けて追いかける手立ての不足を感じさせた)を再現してしまったわけだが、気になるのはブクリが背の高い選手であること。右と左の違いはあるが、身長173センチのダリア・ビロディド戦を想定して策を練ることに全リソースを傾けているはずの渡名喜にとってはむしろ打つべき策が次々見えねばならない試合であったのではないか。明確な作りなく、ほぼ終始腰を引いたままの進退と切所の加速というその戦型から見いだせたのは、「組み負けても、際さえ出来ればそこで取ってしまう」というような緩い方針。渡名喜の長身選手対策は、実はさほど進んでいないのではないか。そう首をひねってしまう一番ではあった。

ただし代表争いという観点では、もはや渡名喜の内定は確定的。きょう27日の強化委員会で、ほぼ間違いなく五輪代表として選出されるであろう。

■ 52kg級 阿部詩しっかり勝ち切り、五輪代表選出は確定的
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阿部詩がアモンディーヌ・ブシャーを下してしっかり優勝。

日本代表選手:阿部詩(日本体育大1年) 優勝

阿部詩が全試合一本勝ちで優勝。決勝はグランドスラム大阪でまさかの苦杯を喫したアモンディーヌ・ブシャー(フランス)を手堅く「指導3」で下した。

ここまでで、この52kg級の様相は必要十分である。ブシャーを倒し、あの敗戦をスポット的なアクシデントの枠に押し込めて天敵を作らぬまま五輪を迎えることに成功した。阿部は満点でミッション達成。五輪代表内定は確実だ。

ただし、阿部対ブシャーの決勝は、お互いの命を削り合うようなテンションの高さがあったあの大阪決戦とは少々様子が違った。互いに本当の勝負は五輪と理解しあい、どこかリミッターを外さぬままの5分37秒。ゆえに通常運行の地力比べでは阿部の方が明らかに上ということが再確認出来た試合ではあったが、ブシャーの怖さは平均値の地力ではなくそのジャンプ力の高さである。阿部がブシャーの戦略的な組み手を次々壊したという事情があるにせよ、それでも大阪とは打って変わったブシャーの「大人しさ」は不気味。勝負は次、と割り切っているかのようである。五輪での再対決に向けて双方駒を一マス進めた、そういう戦いだった。

■ 57kg級 クリムカイト優勝、五輪代表あきらめる気配なし
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決勝、ジェシカ・クリムカイトの袖釣込腰「一本」

ジェシカ・クリムカイト(カナダ)が優勝。ノラ・バンネンベルク(ドイツ)から背負投「一本」、ナホミス・アコスタ=バッテ(キューバ)から後袈裟固「一本」、アナスタシア・コンキナ(ロシア)から背負投「技有」、そしてドルジスレン・スミヤ(モンゴル)から背負投「技有」とこの日は持ち味を十分発揮しての勝ち上がり。決勝は今大会最強の敵サハ=レオニー・シジク(フランス)を袖釣込腰「一本」に仕留めて今季ワールドツアー初優勝を飾った。

勝負どころと目された2週間前のグランドスラム・パリでは代表争いのライバル出口クリスタが見事優勝する中、2連敗を喫して7位。昨年終盤からの漸進的退潮のからついに我慢が利かなくなってズルリと一気に滑り落ちてしまった格好だったが、五輪決めの直接対決を前にしっかり体勢を立て直してきた。カナダの代表争い、最後まで目が離せない。

ほか、ムラ気を見せていたシジクが徐々に安定感を得つつあること、長い低調にあったドルジスレン・スミヤ(モンゴル)がパリ大会に続いて復調気配を見せていることが目立ったトピック。また、この階級では2回戦でマリカ・ペリシッチ(セルビア)が所謂「肩三角グリップ」から投技を施すことによるダイレクト反則負けを食らっている。筆者は、実際に見たのはこれが初めて。全日本柔道連盟のウェブサイトにもルール変更点の和訳が載っているのでぜひ確認してみて欲しい。文言は「(立技において)肩三角グリップの状態で故意に投技を施した場合、反則負けが与えられる」。

日本代表争い。芳田司は欠場したが、2番手選手の玉置桃のここに来ての退潮で、過去の実績の差から芳田の選出は確定的だろう。現代表は「五輪で勝てる選手を選ぶ」ことをまず絶対の価値基準として挙げているが、この基準において世界大会の実績ほど説得力のある材料はない。芳田は世界選手権過去3大会ですべて決勝に進み、1度優勝も飾っている。一方の玉置は世界選手権個人戦の出場自体がなく、かつこれを覆すほどの国際的実績を最後まで積めなかった。国内大会である選抜体重別ただ1試合を残す現在の状況では、序列の逆転はもはや不可能である。

■ 63kg級 田代手堅く優勝、五輪選出はほぼ確実
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田代未来は手堅く優勝

日本代表選手:田代未来(コマツ) 優勝

クラリス・アグベニュー(フランス)がエントリーせず、蓋を開ければマルティナ・トライドス(ドイツ)も姿を消した。敵なきトーナメントを順当に勝ち上がった田代未来が、決勝で過去9勝のティナ・トルステニャク(スロベニア)を下してみごと表彰台の真ん中に立つこととなった。

昨年12月のワールドマスターズ優勝でにわかに追撃者として浮上した鍋倉那美が既にグランドスラム・パリを落としており、田代に残されたミッションは今大会の優勝のみ。苦手の日本人選手がおらず、唯一最大の敵であるアグベニューがいない今大会は設定ハードル低いものとなったが、これが3年間実績を積み上げて得た1番手のアドバンテージということに他ならない。ソツなく、破れのない戦いには、日本代表1番手という重い立場を背負って戦い続けてきた田代の経験値の高さが濃密に感じられた。27日の強化委員会で、東京五輪代表に選出されることほぼ確実である。

■ 70kg級 新井復活、キャリアベスト級の出来でみごと優勝
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新井千鶴、得意の内股が切れに切れた。

日本代表選手:新井千鶴(三井住友海上) 優勝

新井千鶴が素晴らしい内容で優勝。得意の内股を、それも素晴らしい切れ味で決めまくった。昨年8月の東京世界選手権(3回戦敗退)、11月のグランドスラム大阪(3位)、12月のワールドマスターズ(3位)と成績、パフォーマンスともに振るわなかった閉塞感を一気に打開。雲を払うような出来栄えだった。

対戦相手のレベルは他大会に比べると一段下がるが、新井ほどのレベルになると問題は周囲の敵云々より自身の中にあり。戦いぶりに技術的な光明が見えたことを何より高く買いたい。エレン・サンタナ(ブラジル)に決めた2発目の追い込み内股、強豪マルゴ・ピノ(フランス)を前に引きずり出しながら決めた引き出しの内股、いずれも出色だった。この日決めた内股は相四つ相手に首を抱えて、ケンカ四つ相手に横襟でと、持ちどころ違えど、共通していたのは無理に胸を合わせにいくのではなく、自身の長所である腕の力を生かして釣り手で相手の頭を鋭角に落としに行っていたところ。ケンケンでひとまず追って体の力で解決しようとしていた不調時とはまったく違う。何をやりたいかの着地点が極めて明確だ。結果、体捌きの良さと的確な力の使い方が掛け算され、相手の防御圧力をスキップしたまま体の力が伝わり、素晴らしい技の切れ味が生み出されていた。追い込み、引き出しともにちょっと女子ではありえない力強さと切れの良さ。高校時代に見せていたあの電光石火の技の切れ味がついにシニアのトップレベルで発揮されつつあると感じた。新井が組み手の閉塞や成績の低下にめげず、水面下で技術的な向上をしっかり期していた、これも非常に嬉しい。ここ一番で開き直った精神的な強さも買いだ。

大野陽子が素晴らしいパフォーマンスでグランドスラム・パリを制した直後ではあるが、リオ五輪からの3年間で2度の世界制覇という実績は圧倒的。強化を不安がらせていたであろう低落傾向もついに上向きに転じた。五輪代表内定、まず確定であろう。

プレビュー記事でも取り上げさせていただいた昨年の世界カデ王者アイ・ツノダ=ロウスタント(スペイン)は健闘したが、トップ選手マルゴ・ピノ(フランス)との3位決定戦を落として5位。しかし第1シードのミヘイラ・ポレレス(オーストリア)をGS袖釣込腰「技有」で狩り、ポテンシャルの高さを垣間見せた。柔道の筋の良さは相変わらずかなりのもの、大人のパワーがあればすんなり「一本」獲れたであろう場面が頻発しており、この先も注視すべきかと思われる。

■ 78kg級 濵田尚里圧勝、他を寄せ付けぬ全試合一本勝ち
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決勝、濵田尚里は腕を括るとこのままマイラ・アギアールを2度と立たせず。

日本代表選手:濵田尚里(自衛隊体育学校) 優勝

速報ニュースで既報の通り、濵田の勝ちぶりは圧倒的であった。中途、明らかに立ち勝負を期したアナスタシア・タルチン(ウクライナ)戦では剛体タイプゆえの後技への脆さを一瞬見せてしまった(大内刈にガクリと崩れた)が、寝勝負に徹した他試合は圧倒的。試合が始まるなり袖釣込腰に潰れたヨワナ・ペコヴィッチ(モンテネグロ)の肘を淡々と極めた2回戦、最強の敵であるマイラ・アギアール(ブラジル)をすぐさま寝技に引き込み、2分近くの寝勝負の末に抑え切った決勝などはまさに真骨頂であった。

さて、プレビュー記事で提示した、濵田この試合の観察ポイントについて。ほぼ満点であった。かねてより指摘していた立ち勝負から寝勝負への移行の手立ての少なさを一気に解消、今大会では組み勝っておいての巴投に引込返、敢えて大きく振り抜けての一本背負投と、寝業師定番の引き込みメソッドを、それも複数種しっかり繰り出していた。明らかに意図して準備してきたものだ。寝勝負においては、特に引込返の頻度を増していたことが買える。回転を拒否した相手がかならず腕を出してくるので、濵田の必殺技にしてすべての技術の起点である腕緘が仕掛けやすい。理に叶っている。

2番手梅木真美との差はもはや圧倒的。濵田の五輪代表内定、この時点でまず間違いないだろう。

■ 78kg超級 朝比奈沙羅が意地の優勝
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朝比奈沙羅。この日は久々本来のパフォーマンスを発揮。

日本代表選手:朝比奈沙羅(パーク24)

朝比奈沙羅が全試合一本勝ちで優勝。絞った体と柔道のバランスが取れてきた印象、精神的な安定も感じられた。動き良く、圧を掛けては払腰と支釣込足(膝車)の表裏2方向の技を組み合わせて投げ切る、これぞ朝比奈という柔道で序盤から「一本」を連発。詳しくは速報ニュースの通りだが、ラリサ・セリッチ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)を支釣込足「一本」で下した準々決勝、イダリス・オルティス(キューバ)を合技「一本」で下した準決勝は出色だった。イリーナ・キンゼルスカ(アゼルバイジャン)相手に攻めが止まり、相手のブロッキングという「敵失」で勝った決勝は画竜点睛を欠いた感否めなかったが、もと世界王者の力を存分に見せつけた大会であった。この階級は既に素根輝が五輪代表に内定しているが、意地を見せた格好だ。

アフリカ勢から久々面白い選手が出現。ホーテンス=ヴァネッサ・ムバラ=アタンガナ(カメルーン)がフランスの2番手アン=ファトゥメタ・ムバイロと同3番手ジュリア・トロフア、そして長年アフリカの「顔」であったニヘル・シェイフ=ルーフー(チュニジア)をも破って見事3位に入賞した。横分に横車と捨身技を使いこなし、大きく振り返しての浮落も駆使するという、まさにシェイフ=ルーフーの系譜に連なる、バージョンアップ版。女子超級の新たな好役者として、注目しておきたい。

※ eJudoメルマガ版2月24日掲載記事より転載・編集しています。

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