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【eJudo’s EYE】大野将平の無敵ぶり際立つ、阿部一二三の不出来は怪我のせいでも「調子が悪かった」わけでもない/グランドスラム・デュッセルドルフ男子7階級「評」

(2020年2月26日)

※ eJudoメルマガ版2月24日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】大野将平の無敵ぶり際立つ、阿部一二三の不出来は怪我のせいでも「調子が悪かった」わけでもない
グランドスラム・デュッセルドルフ男子7階級「評」
→[参考]男子全試合結果

文責:古田英毅

グランドスラム・デュッセルドルフ2020、男女14階級の評をお届けする。明日27日には五輪代表内定の強化委員会が持たれるので、早出し。拙速の感否めないがご了承願いたい。

14階級に19人を送り込んだグランドスラム・パリで優勝3階級のみと苦戦した日本代表、今大会は10人を送り込んで優勝8階級と大会を席捲。出場選手のレベルなどディテールの違いはあるが、「さすが一番手は違う」と総括すべきだろう。この厳しい代表レースを勝ち抜き、最有力候補としてここまでたどり着いたのは伊達ではない。

わけても73kg級の大野将平の無敵ぶりと、髙藤直寿の異次元感溢れるパフォーマンス、78kg級濵田尚里の圧倒的な強さには強烈な印象を受けた。70kg級新井千鶴の雲を払うような鮮やかな勝ちぶりも頼もしかった。

一方で66kg級の阿部一二三は、優勝こそ果たしたものの内容は決して褒められたものではない、というよりも率直に言ってかなりよろしくないパフォーマンスだった。これは単に「調子が悪い」と切ってしまえるものではなく、巷間伝えられる怪我(引き手親指)のせいでもないと考える。柔道自体の質が下がっているというのが正直な感想だ。90kg級の向翔一郎の負け(敢えて3位入賞とは書かずこう書く)は論外。メディアはいったいに「ミスにめげずによく3位を確保した」という論調だが、とんでもないミスをした場合はまずその酷さ相応の批判を為し、その上で評価すべきところを拾い上げるという順番が筋だろう。まず1度徹底的に批判されて然るべきだ。もしオリンピックで、日本代表選手が、弱いから負けるならともかく「ルールを知らないから」あるいは「マナーが悪いから」(今回はこの2つの掛け算だ)負けたとなったらいったい国民はどう思うだろうか。背筋が凍る。個人的には、強化選手取り消し(ありえないが)レベルの失態であったと評しておきたい。

では、まず男子から。

■ 60kg級 髙藤の柔道は異次元の高み
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髙藤直寿は抜群の内容で優勝

日本代表選手:髙藤直寿(パーク24) 優勝

髙藤直寿の柔道は凄まじかった。全試合一本勝ちという結果はもちろん、勝ったとか負けたとか、強いとか弱いとかの一般的評価だけでは到底括れない内容。勝ち上がりの詳しくは速報ニュースを参照頂きたいが、まさに達人のパフォーマンス。相手より僅かに先に動き、動くこと自体で相手を制して自分のペースに持ち込み、相手が捕まえたと思った瞬間にはもう自分が仕掛けている。相手がどう動こうとも少しずつその先を行くことで「棲める」場所、居心地のいい拠点を決して与えず、そして嫌がったその動き端を的確に仕留めていく。キム・ウォンジン(韓国)に右構えを強い、打開しようと左にスイッチして奥を叩いてくるところを一発で右袖釣込腰に仕留めた準決勝、ケムラン・ヌリラエフ(ウズベキスタン)を異なる技法の小内刈2発で沈めた3回戦などはまさに真骨頂。刹那の間を、自分だけが動いている。どう表現するのがいいのか。髙藤はスタンド使いである、DIOのスタンド「世界(ザ・ワールド)」で時を止めながら戦っている、というのがその日思いついた例え。恥ずかしいのだが、いまだこれを超える表現を思いつかないのでここに記しておく。

私は、髙藤が孤独なのではないかとすら思った。これだけ違う世界を知り、位相の違う駆け引き、違う時の流れに棲みながら与えられる評価は世俗の最大公約数である「勝った」「負けた」のみで、その凄さには例えばテレビが好むようなわかりやすいラベルは貼られにくい。技術の粋を尽くした懐石料理が「おなかいっぱいになるかどうか」だけで測られるような、理解されない孤独を感じているのではないか。

ともあれ今大会の出来は文句なし。ここまで異次元感ある柔道は海外専門メディアをして「違う世界にいる」と呆れさせた2018年世界選手権以来。相手が動けば動くほど、揺らされれば揺らされるほど「速さ」を発揮できるのが髙藤。果たしてどこまで上がるのか、動きの切れ味で勝負するヤン・ユンウェイ(台湾)との決勝対決が見られなかったことが残念なくらいか。

髙藤は満額回答。しかも上記の内容はあくまで「足し算」。そもそも世俗の指標である「勝ち負け」でも3回の世界選手権で優勝2回、第1候補として臨んだ最終戦で全試合一本勝ちの優勝と「土台」の時点で文句なしである。永山竜樹はすさまじく強い選手だが、髙藤が残したもの、見せたものが高すぎる。あす、髙藤に内定が打たれることはまず、ほぼ確実だろう。

■ 66kg級 阿部一二三優勝もパフォーマンスは悪し、原因は「コンディション」でも「怪我」でもない
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準決勝を戦う阿部一二三

日本代表選手:阿部一二三(日本体育大4年) 優勝

ワールドマスターズを制したマニュエル・ロンバルド(イタリア)はエントリーせず。ツアー2連勝中のアン・バウル(韓国)もドロー直前に姿を消し、蓋を開けてみれば第1シードのデニス・ヴィエル(モルドバ)に面倒なヨンドンペレンレイ・バスフー(モンゴル)も連戦の疲れゆえか早期敗退。そして、肝心の阿部一二三も滑り出しからパフォーマンスが良くない。丸山城志郎が「これなら怪我をしていても出た方が良かった」と思ったかどうかはわからないが、ともあれここは、「出た」阿部がしっかり果実を得た形となった。グランドスラム大阪に続いての優勝、これで選抜体重別への最終決戦に駒を進めることとなること間違いないだろう。

しかしそのパフォーマンスはよろしくない、というよりもちょっと酷いものだった。内容は速報ニュースおよびリアルタイムのtwitter速報で簡単にお伝えさせて頂いたとおり。格下相手に組まず、下がり、前技(背負投)に入れず、入っても決められない。引き手一本から片襟を差しながらの右背負投「一本」で決めたモハメド・アブデルマウグド(エジプト)との初戦あたりは「ああ、今回も半端に新しいことをやるのではなく手持ちのモードでしっかり勝ち切るつもりだな」とポジティブに受け入れられたが、以降は攻め切れぬ、あるいは常に陣地を譲りながらの戦い。まったく無名のボジタル・テメルコフ(ブルガリア)に「足取り」で「指導」2つを失い、圧を掛けられ捲った準決勝などはそのまま負けてしまってもまったくおかしくなかった。準々決勝までは相手の動き際、あるいは組んでくる刹那を狙った後技で突破、準決勝は勝ち慣れていない相手の焦りに付け込んだ返し技一発で事なきを得たが、とにかく自分から作って仕掛けることが出来ない。不出来を、瞬間芸の巧さ(これは実に巧み。センスあふれていた)で糊塗してなんとか勝ち上がったという体だ。

阿部は、巷間評される通り調子が悪かったのだろうか。私は決してそんなことはないと考える。決勝では、これまた瞬間芸的ではあったが、この日最強の挑戦者であるヴァジャ・マルグヴェラシヴィリ(ジョージア)から大内刈「技有」に大腰「一本」と連取して勝利している。調子の悪い選手がマルグヴェラシヴィリを投げることはできない。腰技に入っての投げ合いからも、体自体の力の減退はともかく、コンディション的な不備はさほど感じられなかった。

阿部の不出来は、コンディションの良し悪しではなく柔道自体の質の低下によるものだと考える。あたかも1990年代のような「切った、張った」の組み際柔道。阿部が片手と両袖ベースの変則選手であることは世界選手権時のコラムで書かせて頂いた通りだが、この先鋭化がさらに進んで(あるいはコンディションに自信がない、もしくは絶対に負けられないプレッシャーゆえ)、リスクのある「組み合う」ことが怖くなり、ゆえに組まないまま下がり(自分から組みに行くシーンの少なさは特筆ものだった)、ただし瞬間的に技を合わせるセンスは抜群なので、これを以て「勝ち上がれてしまった」というのが今回の見立てだ。

相変わらず技術的な引き出しは増えていない。たとえば実は見るたびに「使える技」が増えている大野将平あたりと比べるとこれは対照的で、特に寝技がまったく積めていない。シハリザダ戦の後半、時間稼ぎのために相手に被り、ただ単に体を振っているだけの様は強化選手としてはちょっとありえないレベル。そこで時間を稼ぐのであれば、何か1つ明確に取りに行く技術を持ち、その手順を踏むことで審判にウォッチさせたり、あるいは相手を怖がらせてリアクションさせることで次の展開を取るべき場面。寝技がないことがわかっている阿部がこれをやっても、さらに「ない」と次の相手を安心させるだけだ。

簡単に言って、周囲が力を上げているのに阿部が技術的に停滞しているから、相対的にその差が詰まっているという構図と感じる。そもそもトーナメントを見直してもらえればわかる通り今大会の対戦相手、マルグヴェラシヴィリ以外に水準以上の敵はいない(ニジャット・シハリザダがぎりぎりくらいか)。阿部の力を以てすれば、組んで、翻弄して、投げてと本来短い時間で圧勝して然るべき敵ばかりだったのだ。2017年、2018年にあった圧倒的な体の力というアドバンテージも次第に減っていると感じる。あの神通力がもう感じられない。

戦いに連続性が見えないことも不安。世界選手権までの、特に対丸山戦における不利は「下がり癖」がついていたこと(巴投を食ったのはこれが遠因)、そして大会の都度この病勢が進んでいたことに起因するものだが、一転グランドスラム大阪では苦手の丸山に対して勇を鼓して前に出、これで展開を取って最終的な勝利に繋げた経緯がある。しかし今回の戦い方の中に、この成功体験をどう捉えて、いかに今回の大会に生かさんとしたのかというストーリーが見えないのだ。

怪我があったから、という向きもあるかもしれないが、親指負傷が序盤戦であったとしても上記の「どういう成長を期すか」「何を試合に持ち込み、どう組み立てるか」という部分の評価には影響しない。結果は得たが、内容は悪かったし成長は見せられなかった。内容は悪かったが、結果だけは得た。そういう大会だった。

ともあれ、五輪代表争いは最終戦の全日本選抜体重別にまで持ち込まれることは確実。そして実はこれまでの来歴から考えると、条件分岐は多いはず。単に勝った方が代表なのか、追いかける立場の阿部は内容までが求められるのか、それとも出るべき大会に出られなかった丸山になんらかペナルティが与えられる形で内容が求められるのは実は丸山なのか、そしてそもそも両者の対決が実現しなかった場合はどうなるのか。ここはもう強化の意向次第、現時点では読みがたい部分である。筆者も情報を集め、しばし黙考してあらためてなんらか発信させて頂きたい。

■ 73kg級 無敵感漂うパフォーマンス、大野将平に死角なし
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大野将平の強さは圧倒的だった

日本代表選手:大野将平(旭化成) 優勝

大野将平、圧勝V。決勝では五輪最強の挑戦者と目されるアン・チャンリン(韓国)を内股「技有」で退けた。速報ニュースでもお伝えさせて頂いた通り、この日の大野はむしろスローペースで、ガンガン投げにいくというよりは「負けない戦い」。しかしゆえに、組んでそこに立つだけで、前に出るだけで次々展開が転がり込み、最終的には投げてしまうというその絵ゆえに、無敵感は際立った。「不動の強さ」という感じだった。

もう少し踏み込んで。大野の柔道の強さの所以は、圧倒的な技の威力はもちろんのこと、実は抜群の「受け」の強さにあり。このアスペクトを存分に見せた大会であったと言える。大野の引き手の位置は基本的に脇下。本来守りに強いこの形からブンブン威力ある技を繰り出すのが大野の凄さなのだが、当たり前の話ながらこの「守りに強い形」を本来の仕事である「守り」に使ったときの堅陣ぶりには舌を巻かされた。サンボ式体落という変則技を持つマルティン・ホヤック(スロベニア)、長身で懐の深いトミー・マシアス(スウェーデン)、リードされて一発スクランブルを掛けに来たアン・チャンリン、いずれも、なにをやっても弾き返されて手がかりすらつかめなかった。まさに難攻不落である。

それでいて、引き出しの豊かさも見せる。ホヤック戦で見せた左小内巻込は鮮やかだった。大野は極めて慎重なタイプで、新しい技は長いスパンでしっかり練り、十分通用するところまで研ぎ澄ましてから初めて実戦に投入する。この技も、きのうきょう練習を始めたインスタント技ではないのだ。圧倒的な地力、異次元の技の威力に加え、常に進化し続けるこの貪欲さ。死角なしと評してしまっていいだろう。ライバルの橋本壮市はこれまた間違いなく世界を取るに十分な実力を備えた強者だが、ちょっと大野の位置が高すぎる。積み重ねた結果からも、大野の五輪代表内定は確定的だろう。

後付けで1試合見るなら、ファビオ・バジーレ(イタリア)戦がおすすめ。バジーレが得意の送足払を仕掛けんと横に動けば、応じた大野が先に出足払でぴたりと制す。大野が内股から外側に膝で詰める必殺の決めを見せんとすれば、予期したバジーレが敢えて逆の釣り手側に逃れ、大野がこれを追って大内刈も「待て」。大野が大外刈を狙えば察知したバジーレがなんとか間合いを外して試合継続。しかしこうした丁々発止の攻防も趨勢は誰の目にもあきらか。ドッシリ構えた大野の重量感を前に、バジーレの攻めは戦車に当たる石礫。最後は「指導2」を失ったバジーレが振り子式の左内股で乾坤一擲の勝負を試みるも、大野が透かし、どころか股中で弾いて叩き落とし、背筋を伸ばしたままずしりと畳に埋めて勝負あり。見ごたえのある一番であった。

■ 81kg級 永瀬破ったグリガラシヴィリが優勝
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ツアー2度目の優勝を飾ったタト・グリガラシヴィリ。

日本代表選手:永瀬貴規(旭化成) 2回戦敗退

永瀬貴規が2回戦敗退。層極めて厚いジョージア若手世代の旗手タト・グリガラシヴィリをほぼ完封、「指導2」まで奪ってあとは仕留めるだけという情勢であったが、残り0秒にまさかの裏投一発「技有」に沈んだ。ここまでグリガラシヴィリの種々様々の仕掛けはことごとく永瀬に吸収され、弾き返され、もはや出来ることなどなにもないかと見受けられた。この「あとは仕留めるだけ」という表現は単にスコア上のアドバンテージから書き起こした機械的なものではなく、ある程度客観性のある評であるのだ。

これは完全に永瀬の油断。グリガラシヴィリの裏投は異常なまでの反りの角度といい、後帯を持っての巧みな脚の持ち上げといい素晴らしいものではあったのだが、何より永瀬、これまで1度も与えていなかった引き手を持たせてしまっていたことが決定的。これでアプローチの手がかりを得させ、一方的に力を加えられる形まで歩を進められてしまった。GS延長戦を前に、たとえ1回持たせてもあとは僅かな残り時間を過ごせばいいという気持ちの緩みがあったのだろう。完敗である。そして、あきらめなかったグリガラシヴィリの粘りと集中力の高さを褒めるべきだろう。

優勝すればほぼ五輪内定の大一番で、初戦敗退という失態。ただし敵役のグリガラシヴィリが優勝したことでひとつエクスキューズがついた形にはなった。「優勝者と初戦でぶつけられ、思わぬ負けを喫する」ことは、この世界におけるアクシデントの典型パターンであり、そして再現性は決して高くない。強化委員会が紛糾する可能性はあるが、永瀬がマークしたワールドツアー4連続優勝という圧倒的な成績、ライバルの藤原崇太郎が1年間の6大会で5度のV逸、かつまさにシャロフィディン・ボルタボエフ(ウズベキスタン)に連敗するという「再現性のある負け」を演じたという相対的事情から、この時点で内定が打たれる見込みも十分とは考える。

グリガラシヴィリは強かった。ジョージアには東京世界選手権代表のルカ・マイスラゼがいるが、技術的な引き出しの多いグリガラシヴィリのほうが敵としては厄介な印象。地元開催のグランプリ・トビリシ、そしておそらく代表決めとなる5月初旬の欧州選手権から目が離せない。

■ 90kg級 向のミスは論外、代表選手にあるまじき失態
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向翔一郎は3位を確保も、準々決勝ではありえないミスで敗退

日本代表選手:向翔一郎(ALSOK) 3位

冒頭書いた通り、向の「勝手に帯を解く」遅延行為による反則負けはまさに最悪。ノーエクスキューズだ。まずこれは今年のルールセミナーで明文化されたばかり、全日本柔道連盟のサイトにも2月17日付で和訳が記載されている罰則規定の最前線である。曰く「仮に選手が時間を稼ぐ目的で、柔道衣もしくは帯を乱した場合、『指導』を与える」。この、もっともホットなトピックの反則を、審判がもっとも厳しく取るであろうこの時期の大会(ショーケースである)で犯したことを、まず重大な過失として指摘したい。ルールを理解してそれに則って戦うことはアスリートとして最低限の条件。ルールを解していない選手が公の資金を得て日本代表として戦うことなどあってはならない。きちんとルールを落としこんだのかとチーム全体の責任すら問われかねない、決してあってはならないミスだ。

次に、この「帯を解いて時間を稼ぐ」と取られる行為があったこと自体に根源的な恥ずかしさを覚える。報道には「良かれと思って直したところが」というような表現も見られたが、私はそうは取れなかった。息を弾ませ、寝っ転がって天井を見上げたまま自ら帯を解き、審判に背を向けて完全に帯を体から離す。悪質な時間稼ぎと取られかねない行為(少なくとも私にはそうとしか見えなかった)だ。

そもそも。ルールに触れる以前に、競技マナーとしてこの「審判の指示なく帯を勝手に解く」ことは長年の御法度。結ぶ行為は「服装を正す」ベクトルのアクションだが、解くのは「乱す」方向。審判の心証を害すること間違いなし、競技者の側にも実は百害あって一利なしの遅延行為である。審判からは「勝手に解くな」と注意を受けて疎んじられるし、例えば高校生がこんなことをしたら監督から「くだらないことはやめろ」と叱責されること確実。向はこの日の試合でも、偽装攻撃を犯してしまった際に後頭部を抑えて「相手の体が当たった」と痛がって転がることで「指導」を回避しているが、普段からこういう視野の狭い行動原理で試合をしているから、肝心なところでとんでもないミスを犯してしまうのではないだろうか。向はルールを知らなかったわけだが、ルール云々を超えて、そもそも位相の高いところにいる競技者ならマナーとしてこんなこと(勝手に帯を解いて時間を稼ぐこと)はしない。IJFが、そういう目先の小さな利得を得んがための潔くない行為は反則として明文化しましょうと決めた瞬間、その訴えに耳を貸さず、いつも通りの行動でそこに引っかかった選手がいる。それが日本代表の選手であったということだ。恥ずるべきだ。

そして。向の行為自体は論外だが、冒頭書いた通り、「ミスがあったがしっかり3位を確保した」というメディアの伝え方も少々納得しかねる。これだけとんでもない失敗をしたのだから、まずはしっかり批判を為し、その上で次の評価に進むべき。もし地元開催のオリンピックで、日本代表選手が「弱いから」でなく、「ルールを知らないから」「マナーが悪いから」負けてしまったら国民の我がジャンルに対する思いはどうなるのだろうか。まさに背筋が凍る。こんな不毛な失敗を繰り返させないためにも、批判すべきところは相応のテンションを以てきちんと批判すべきだ。向とIJFのルールの解釈に相違があるような書き方のものまで見掛けたのだが、今回は100-0で向が悪い。IJFは無謬だ。悪いものは悪い。ここはしっかり批判することこそ日本代表を前進させる道であるはずだ。

1万時間の努力も、たった1つのミスで無駄になる。強化は代表選手に向けて「過去の凡ミス敗戦集」の上映を考えたほうが良いのではないか。過去、たとえばミュンヘンオリンピックとロサンゼルスオリンピックでは「待て」があったと勘違いしての悔しい敗戦があった。バーミンガム世界選手権では片襟の反則をアピールしようとした瞬間投げられてしまったこともあった。代表選手に向けた新ルールのセミナーが行われなかったはずがないから、向は講習をきちんと聞いていなかったのだろう。そういう選手に耳を傾けさせるのは、まずここから始めるべきではないのだろうか。

すっかり長くなった。この90kg級、グローバルなトピックはダヴラト・ボボノフ(ウズベキスタン)の圧倒的なパフォーマンスに尽きる。準々決勝、僅か27秒で絞め落とされたベカ・グヴィニアシヴィリ(ジョージア)が激しく痙攣、救護班が走り寄る絵は衝撃的であった。変化球ではなく、地力そのものをぶつけるような正面勝負で勝ち上がるその戦い方、もはや完全に上位陣の一角。ぜひ映像で見て頂きたい。

それにしても日本の90kg級は難しい。同じ階級のベイカー茉秋にせよ、女子70kg級の田知本遥にせよ、リオ五輪で駆け上がった選手にはこの時期既に確変を予感させるものがあった。いまのところ、その気配はない。代表争いの行方は、私にはもうわからない。東京世界選手権における向の出来は、確かに日本代表に値するものであった。筆者もその時点では、五輪は向に託すべきだと思えた。ただ、たとえ過去の実績から向の内定があるにせよ、感情的には「ここまでのミスをしたのだから、逆転の可能性の有無にかかわらずここで内定は出してほしくない」。そのくらいインパクトのある負け方であった。

■ 100kg級 フラモフ驚きの優勝、ウズベキスタン勢の躍進いよいよ顕著
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優勝はムハマドカリム・フラモフ

日本代表の出場はなし。最大のトピックは90kg級に続くウズベキスタン勢の優勝。ウルフアロンやヴァーラム・リパルテリアニ(ジョージア)やツアー連勝中のペテル・パルチク(イスラエル)ら主役級が欠けたとはいえ、ランキング22位、アジアパシフィック選手権3位が代表的戦歴であるムハマドカリム・フラモフの優勝は驚きであった。グランドスラム最終日の3階級のうち、2階級をウズベキスタンが制したのだからこれは「揚がるウズベキスタン」とラベルを貼っていいだろう。

ただし、今大会が、連戦の中で出来上がったエアポケットであったことも否めない。フラモフが上位に座り続けるかどうかの評価は次戦以降に持ち越し、が妥当かと思われる。

■ 100kg超級 ツシシヴィリ貫禄の優勝、ヨハネス・フレイの健闘光る
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決勝はグラム・ツシシヴィリが得意の袖釣込腰で「一本」

速報ニュースでお知らせしたとおり、2018年の世界王者グラム・ツシシヴィリ(ジョージア)が全試合一本勝ち。貫禄の優勝を遂げた。

敢闘賞はなんといっても、ランキング23位ながらこの豪華陣容で決勝まで進んだ地元ヨハネス・フレイ(ドイツ)。1回戦ではグランドスラム・パリを制したばかりのヘンク・フロルを「指導3」、準決勝では東京世界選手権3位のロイ・メイヤーを体落「技有」と激しい代表争いの渦中にあるオランダの強豪2人をいずれも退けている。この日は組み際の体落が冴えわたり、メイヤーに決めた一撃と準々決勝でリヒャルト・シポッツ(ハンガリー)に決めた「一本」はいずれも大会ベストスロー十傑に入ってもおかしくない出来。映像を見るならおすすめは準決勝。前述の体落はもちろん、「技有」リードの終盤メイヤーの背中に食いついてタイムアップを待ちながらうれしさに笑いだしてしまい、終わると感涙にくれて審判に注意されるその姿が大変に愛せる。兄のカールリヒャード・フレイとはまた違った、味のあるキャラクターが垣間見える。

3位入賞のキム・ミンジョン(韓国)も素晴らしかった。東京世界選手権銅メダル獲得以降はちょっと疲れ気味であった印象だが、この日は同大会に迫るパフォーマンス。代名詞の背負投はもちろん、この日はガク・ドンハンばりの内股が素晴らしかった。視聴おすすめは3回戦のロイ・メイヤー戦。メイヤーらしい「すべて全力」の大技を受け切り、切れ味ある回しこみの内股で幾度も浮かせ、最後は横落で捉え切る。実に見ごたえのある攻め合いだった。

もう1人。2019年世界ジュニア選手権3位のリヒャルド・シポッツ(ハンガリー)も健闘、3位決定戦まで進んだ。覚えておられるであろうか、グランドスラム・パリでテディ・リネールの初戦の相手を務めて6分善戦「俺なぞが勝ってもいいのだろうか」と一瞬困惑の表情を浮かべていたあの若手である。人は、稽古のみにて成長するにあらず。リネールと「やれた」あの経験がこの日キム・スンミン(韓国)を釣込腰「一本」(!)、バトトルガ・テムーレン(モンゴル)を浮落と腰車の合技「一本」と連破した躍進に繋がったと見る。

※ eJudoメルマガ版2月24日掲載記事より転載・編集しています。

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