PAGE TOP ↑
eJudo

【eJudo’s EYE】大一番の大量欠場、誰が出るのかわからないジャンルは「観るスポーツ」として未成熟/グランドスラム・デュッセルドルフ

(2020年2月19日)

※ eJudoメルマガ版2月17日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】大一番の大量欠場、誰が出るのかわからないジャンルは「観るスポーツ」として未成熟
グランドスラム・デュッセルドルフ
eJudo Photo
グランドスラム大阪決勝、阿部一二三vs丸山城志郎。この再戦は、デュッセルドルフでは実現しなかった。

文責:古田英毅

4年に亘る長い戦いについに訪れた終曲、いよいよ来るグランドスラム・デュッセルドルフで2020年東京五輪代表がほとんどの階級で決まる。全階級に1番手が送り込まれ、唯一候補者同時派遣が組まれた66kg級などは世界が注目するまさに大一番。

とファンが胸躍らせたこの大会であったが、日本代表から欠場者が続出。男子66kg級の丸山城志郎、100kg級のウルフアロン、100kg超級の原沢久喜、女子57kg級の芳田司と実に4人が、代表リストの公式発表(1週間前の午後2時)と同日に欠場を表明した。いずれも理由は、負傷のため。

丸山を除く3選手の階級はいずれも2週間前のグランドスラム・パリで「敵失」(2番手選手が優勝出来ず)があった階級。2番手選手との差と自身のコンディションを睨んでの「後出し」であろうとは、それは当然、誰もが推測する。

怪我があったら休むのは当然。そして「後出し」策が採れることこそこれまでしっかり勝って来た1番手選手の権利。ここで敵失を待つ、あるいはベストコンディションで4月の選抜体重別でしっかり勝つことが現時点での最善の策、と考えたのだとしたらその戦略も十分理解できる。

だが、そういった「理屈」とは別問題としてのファンの「感情」は処理しきれない。初心(うぶ)と言われようがなんだろうが、他ならぬ私自身が、デュッセルドルフの地で、丸山と阿部の日本人世界王者2人が雌雄を決する頂点対決の実現に胸躍らせていた。強化と連盟が多大な労を乗り越えて獲得した「早く決める」権利、これに応えるべく次々選手たちが五輪内定を勝ち取るその雄姿を想像して、胸を高鳴らせていた。

強化サイドと連盟が、中継局を説得し、既得利権と戦い、数年間に亘るタフネゴシエイトの末ついに実現した「選抜体重別を待たずに五輪代表を決める」という地元五輪で勝つための最善制度。選手のコンディション調整のためにと万難を排して異例のシステムを用意してくれたこの男気に「ちゃんと応えろよ」という気持ちも勿論あるが、それよりなにより、上記のファンとしての率直正直な「がっかり」という感情に沿って、その感情のやり場を求めて少し書きたい。

まず、選手を責めるつもりは一切ない。上記の通り「五輪で勝つ」という極めて困難なミッションに臨むにあたり、その時点で採り得る最善戦略を選んでいくのはアスリートとしては当然の権利だし、極めて正当な行動だからだ。

ここでは、ちょっと目を薄目に閉じて巨視的に、「観るスポーツ」としての柔道競技の意識の低さと未成熟についてものしてみたい。

まず。さしたる理由なく(今回のことを指すのではない)選手が大量欠場することが常態化するスポーツは「観るスポーツ」として決定的に信用されない。北京五輪の前年、嘉納杯国際大会に出場予定だったトップ選手たちが本番直前に大量欠場したことがあるが(そもそもその時期にトップを駆り出すことがロジカルな行動であったかはさておき)、こういうことが文化として根付く競技は、ファンとメディアの信用を失って「観るスポーツ」としては衰退していく。

eJudo Photo
IJFによるドロー。通例、競技前日の現地時間14時から行われる。

これは日本だけの問題ではない。現在、IJFワールドツアー大会の組みあわせ抽選は大会前日。1次エントリーはまさに「仮エントリー」で、「とりあえず入れておいて枠を確保し、大会直前に欠場するか入れ替える」ことはどの国も普通に行っている。大会前日14時の組み合わせ抽選が終わるまでは、実際に誰が出るのか、ファンにはほとんどまったくわからない状態だ。

毎回弊サイトでは、15時に開示された組み合わせを基に、翌日9時の試合開始までに各階級(計14階級)のプレビュー記事を書く。手前味噌ながら、各階級ごとにこれが出来ているメディアは世界を見渡してもほとんどない。当然だ。柔道競技という決して大メジャーとは言えないジャンルに対して、そんな拙速仕事に付き合えるスキルも興味も根気も紙幅も他のメディアには持ちようがない。当然ながら、盛り上げは、薄い。

アスリートサイド(選手と連盟)の側から見れば、これは当然普通の措置。出ると言ってはおいても結局怪我があるかもしれないし、1年間のランキングポイント獲得スケジュールを睨めばここで敢えて強豪が集まり過ぎた大会に出る必要はないかもしれない。出場選手を読まれると先んじてターゲット選手をぶち込まれる(あるいは外される)可能性があるからブラフの選手も入れておくし、どの大会に選手を送り込むかは可能な限り(各国国内の事情によるが)秘匿する。厳しい国際大会を勝ち抜くためには当然の行動だ。直前の組み合わせ抽選は、フェアネスの観点からも非常に重要。

しかるにこれをファンの側から見ると。いったい誰が、どの選手が出るかわからない大会のために数か月前に航空券のチケットを抑えてドイツやフランスまで足を運ぶだろうか。あるいは地方から、東京に出てくるだろうか。どんなメディアが、事前に大会を盛り上げてくれたり、記者やカメラマンを遠い会場まで送り込んでくれるというのだろうか。筆者は、ワールドツアー中継局関係者がぼやいているのを耳にしたことがある。編成の都合で何か月か前には放送枠を確保せねばならないのだが、「どの選手が出るか」「そもそも自国の選手が出るかどうか」がわからないので社内で交渉の手札がない、と。どの国でも、事情は似たりよったりだろう。

決定的なことは「がっかり」するのは、柔道なんか4年に1回しか見ないという通りすがりの一般ファンや、親族縁者の試合しかみない「観戦でなくて応援」が好きないずれ離れていく一時的なファンではなく、もっとも大事にするべき「柔道を観ること自体が好きな良質のファン」であることだ。柔道自体を観ることが好きで、時間とお金を投じて現地まで足を運んだり、あるいは徹夜を覚悟して仕事のスケジュールを調整して深夜にTVにかじりつく、こういう熱心なファンであればあるほど深く傷つく構図だ。

IJFは「観るスポーツ」への脱皮を図るべく、組み合って投げ合う柔道を志向してルールを改変し、柔道衣規定を変え、審判制度を整備し、ワールドツアーを組んでたくさんの場所で、数多くのメジャー大会が行われるよう奮闘してきた。結果それは奏功し、試合の内容は明らかにエキサイティングとなり、海外選手の「顔」も見えるようになり、大会と大会を繋ぐドラマも生まれ、我々は「柔道競技は面白い」と胸を張って言えるようになった。中身は面白くなった。これは大いに評価したい。

だがコンテンツの周辺がよろしくない。いまだに「どの選手が出るか」はわからず、当日行ってみるとお目当ての選手が消えていることなど日常茶飯事だ。せめて出られないことが分かっているならその時点で教えてくれと言いたい。IJFが傷つけているのは、柔道なんか代替の効くいくつもある趣味の一つなんですよという人たちではなく、まさにあなたがたが最大のターゲットとして涵養してきた、柔道を観ること自体が3度の飯より好きな「良質なファン」なんですよ、と言いたい。マーケティングとしてもこれは決して良策ではない。

柔道がもっとメジャーで人気のある競技であれば、これは既に相当叩かれていたことであろう。これまでこの状況が放置されていたことこそが、柔道の「観るスポーツ」としての弱さを端的に示している(筆者ですら、五輪決めという大一番での大量欠場という事件があって、ようやくこのことを稿に起こさねばならないと思ったくらいだから)。

アスリートファーストは当然のことであるが、ファンやメディアへの配慮も必要。現行の制度と文化は明らかにバランスを欠いている。

だからどうしろ、という具体的な代案があるわけでもないし、選手は事前に出場大会をコミットしろなどという非現実的なことを言いたいわけでもない。のっけに言った通り、私は巨視的に、薄目で「前の日まで誰が出るかわからないイベント、おかしくない?」「出ると思ってた人がごそっといなくなったら、がっかりするでしょう?」とここで問題提起しておきたいのだ。どんな理屈があったとしても、ファンの「がっかり」という感情には胴元はある程度誠実であるべきだ。

アスリートファーストも、「お客様は神様です」のファンへのおもねりも、いずれも絶対善ではありえない。要は、バランス。IJFは「観るスポーツとしての柔道」を掲げながら、まさにこの競技を「観て」くれるファンたちへの制度的配慮にまだまだ意識が足りないと感じる。

最後に、欠場発表から6日の時間を掛けてようやくこの稿をアウトプットしたことについて。まことに初心(うぶ)な話だが、私は本当に「がっかり」していたのだ。期待が大きすぎたぶん、理屈ではわかってもその衝撃を消化するのにこれだけの時間がかかってしまったのだ。

私の感情のやり場を探す、拙い稿に最後までお付き合い下さった方に感謝を申し上げたい。そしてやっぱり、私は、彼らの試合が見たかった。これは理を超えた感情の話だ。このまとまりのない文が、せめてなんらか皆さんの議論のたたき台になることを望む。

※ eJudoメルマガ版2月17日掲載記事より転載・編集しています。

→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る
→「書評・DVD評」に戻る