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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第94回

(2020年2月10日)

※ eJudoメルマガ版2月10日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第94回
浮腰の理論が分かればほかの腰業の理論は自然に理会することが出来る
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「講道館柔道概説(8)」柔道1巻10号 大正4年10月 (『嘉納治五郎大系』3巻153頁)

「浮腰」。投の形に含まれていますので、初段、あるいは弐段へ昇段する際、必ず学ぶ技です。ところが、この技、厳密にとらえると非常に難しい。形は「大腰」に似ていますが、理合いの困難さから、「浮腰」のつもりでも「大腰」や「釣腰」になりがちです。
醍醐敏郎十段の著書『投技』(余談ですが、「文化」としての技を学ぼうとする人に、ぜひ手に取っていただきたい名著ですが、惜しいことに絶版となり、古本として出てくるのを待つしかない状態です)の中で、両者の理合いの違いを
  大腰:両膝を伸ばして腰を上げ、受の体を抜き上げて投げる。
  浮腰:後ろ腰を支点として捻って投げる。
としています。簡単に言うと、持ち上げて投げるか、捻って投げるか、ということになります。ところが、やってみるとすぐに分かりますが、普通の崩しでは、(足のバネを使わずに)捻るだけで相手を投げることは出来ません。とにかく、難しい。
 
「浮腰」が師範の得意技だったことは、以前、紹介している通りです(第77回)が、講道館創設時、門人との稽古の過程で、この「浮腰」が起点となり、「払腰」や、「釣込腰」が使われるようになったというエピソードは有名です。

その師範の浮腰。解説しながら実演する映像が残っています(ネット上で、出回っているものは、権利的に問題があるものだと思われますのでリンクは貼りませんが、検索すれば、すぐに見つかります)。非常に残念なことに、音声は入っていませんので技の説明を聞くことは出来ませんが、師範の技を見ることが出来る貴重な史料です。

さて、映像内の「浮腰」。見ていただけると分かりますが、年齢を考慮すると、十分すぎる動きですが、現在の一流選手の技のスピードや切れを見慣れている我々には、少し物足りなく感じるかもしれません。

大腰や払腰、袖釣込腰、移腰などの腰技は乱取や試合で目にすることがありますが、「浮腰」を目にすることは皆無といって良いでしょう。一体どういう接点があるのでしょうか。
浮腰の理論が、他の腰技に共通するため、浮腰でその理論を身につければ、他の腰技も理解しやすい、というのが「ひとこと」の趣旨です。
筆者自身、関連する箇所を何度も読んでみましたが、残念なことに、いまだに実感を伴った理解には程遠い状態です。
師範はこう言っているけど、「浮腰」なんて、形でしか練習しないし、今の柔道と合致しない過去の遺物なのか、はたまた筆者の理解力・経験が不足しているのか・・・。

我々は今回の「ひとこと」を、一体どう受け止めれば良いでしょうか。

「師範の言葉」に限りませんが、私たちは、他者の言葉・考えに接したとき、否定と肯定、このどちらかに偏りがちです。例えば「嘉納師範とは時代も違うし、今の技術とも違うのだから(あるいは、今の技術の方が発展しているという考えから)」という否定。逆に「嘉納師範が言うことは間違いない!」と何も考えずに肯定、いわゆる盲信です。
両極端な考え方ですが、共通することがあります。「思考停止」です。そこからは何も生まれません。

肯定できないけど、否定したい気持ちをいったん脇に置く。そして、師範が言うからには、何かあるのではないか、という姿勢で、自身の経験や思考と併せて、考えてみる。これは師範が言う「大量」に通ずる考えです。さらに言えば、嘉納師範がどうしてこういうことを言ったのか、その「どうして」に思いを馳せること、想像してみることが大事なのではないでしょうか。
 
「形」も同様ですが、技やテキストといった古典で、理解できない箇所があったとき、簡単に拒否するのではなく、一度、受け入れて考えてみる。こういった行為を先人たちとの対話と捉えてみるのも面白いのではないでしょうか。
それが「競技における強さ」以外の指標で、技を磨く(ねる)ことになり、ひいては講道館柔道という文化の楽しみ方が広がる、筆者はそう思うのです。


※本稿の考え方は、内田義彦氏の著作『読書と社会科学』における<二つの信じること>に強く影響を受けたものであることを付記いたします。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版2月10日掲載記事より転載・編集しています。

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