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【eJudo’s EYE】ワールドマスターズ青島2019・女子7階級「評」

(2019年12月30日)

※ eJudoメルマガ版12月23日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】ワールドマスターズ青島2019・女子7階級「評」
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63kg級決勝、クラリス・アグベニューと戦う鍋倉那美

文責:古田英毅

遅くなってしまったがワールドマスターズ青島2019、女子の「評」をお届けする。先に男子評で書かせて頂いた通り、当日は予選ラウンドの映像が配信されず、ゆえに事後試合を大量に見直すこととなって時間が掛かってしまったが(JSPORTSの中継に携わっていたため、筆者も現地ではなく日本国内にて観戦)ご容赦願いたい。なるべく予選ラウンドの様相にも触れ、速報記事・全試合結果と合わせた総体でレポート記事として機能することを目指す。

大きなトピックは、63kg級決勝の鍋倉那美によるクラリス・アグベニュー打倒と、57kg級でキム・ジンア(北朝鮮)が見せた圧倒的なパフォーマンス。鍋倉に関しては、個人的に中学3年時以来のベストパフォーマンス大会と評したい。決勝のアグベニュー戦はその戦いぶりに再現性が感じられることがなにより素晴らしい、代表争いの様相を1試合で変え得る内容と結果だった。後者キム・ジンアに関しても、東京五輪における57kg級勢力図を一気に塗り替えるくらいのインパクトがあった。

もう1つ、70kg級のわが国1番手・新井千鶴の状態の深刻さがよく見えた大会であった。成績だけを見ればライバル2人が初戦敗退のなか3位入賞で1歩五輪に近づいた形だが、サンネ・ファンダイク(オランダ)に足車で放られた「技有」失陥には、積年の新井の課題がこれ以上ないほどよく表れていた。決してアクシデントではなく、繰り返される可能性のある、理由のはっきりある、非常に乾いた論理の、技術的なミスだ。そのシーンを具体的に検証する。

<参考>→女子全試合結果 <参考>→女子最終日速報
<参考>→女子第2日速報 <参考>→女子第1日速報

■ 48kg級 クラスニキのパワーがトーナメント席捲
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決勝、クラスニキの豪快な払腰「技有」

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2年連続優勝を決めたクラスニキ

ディストリア・クラスニキ(コソボ)が2018年大会に続くマスターズ連覇。この詰まったスケジュールの中、減量が厳しい最軽量級はどうしても強豪各選手出来不出来の凹凸が激しくなるが、その中にあってパワーベースのこの人の安定感は際立った。相手を組み止め、蹴り崩し、内股に大外刈と順方向の大技で投げ飛ばす。ひと昔前の欧州型男子中量級選手のような柔道でトーナメントを席捲した。初戦はまずカタリナ・メンツ(ドイツ)を圧を掛けて蹴り崩し、左小外掛の形から捩じっての浮落「技有」優勢で勝利。そしてこの日の白眉、準々決勝はガルバドラフ・オトゴンツェツェグ(カザフスタン)に引き手を持たせたまま吹っ飛ばす右内股「技有」。続いてムンフバット・ウランツェツェグ(モンゴル)を、まず引き手で襟を持ったまま先に刈り足だけ引っ掛け、次いで釣り手を片襟に入れながら刈り込んでの大外刈「技有」。そして決勝は新進のガンバータル・ナランツェツェグ(モンゴル)をGS延長戦、ほとんど大車に近い払腰一発で豪快に放って「技有」。前述の通り、どの選手も調整に苦労する中でほぼ平時の出来を保ったこの人が、周囲の引き潮の中で一人同じ岩場に立ち続けたという印象だった。

とはいえガルバドラフとムンフバットを立て続けに投げ、全試合で投げを決めての優勝は見事。力を見せつけた大会だった。現時点での調子の向き、柔道の方向性、年齢、もろもろ勘案すると東京五輪のメダル争いはダリア・ビロディド(ウクライナ)と日本代表(おそらく渡名喜風南)が主筋、脇を固めるのはまずこのクラスニキではないかと思われる。

グランドスラム大阪で大活躍したフリア・フィゲロア(スペイン)は元気なし。少々精神的な糸が切れてしまった印象で今大会は7位。3週間前とはまるで別人、正確な力の測定が難しい出来だった。

■ 52kg級 志々目さすがの優勝、ブシャーは2大会連勝ならず
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決勝、志々目がブシャーから隅落「技有」

準決勝に残ったメンバーがアモンディーヌ・ブシャー(フランス)、オデット・ジュッフリダ(イタリア)、志々目愛(了徳寺大職)、ナタリア・クズティナ(ロシア)という豪華大会。ジュッフリダとクズティナはここで敗れると糸が切れたように3位決定戦も敗れてしまったが、ブシャーと志々目は倒した面子といいその内容といいまさに貫禄の戦い。

グランドスラム大阪を制したばかりのブシャーは初戦でチェルシー・ジャイルス(イギリス)とマッチアップ。この売り出し中の強豪が振るう内股の鉈に、得意の肩車で一歩も引かずに対抗。最後は、浅い入りながら手ごたえを得たら絶対に離さぬとばかりにあくまで決め切りGS延長戦肩車「技有」。受けにも攻めにも自信満々、精神的に乗っているなと素直に思わされる戦いぶりだった。準々決勝はエヴェリン・チョップ(スイス)をいまやフランス女子共通の武器となりつつある「ネクタイチョーク」に斬り落とし、準決勝はジュッフリダをGS延長戦小外刈「技有」で仕留めて決勝へ。

一方の志々目はパク・ダソル(韓国)を所謂「秋本返し」からの崩袈裟固「一本」で退け、準々決勝はケンカ四つのアストリーデ・ネト(フランス)の小外掛に反応し、引き手一本の状態から片襟を差しながらこれぞ志々目という左内股「一本」。準決勝もクズティナを左内股「技有」で下して決勝進出決定。

決勝は試合時間6分を超える長い戦い。ブシャーは阿部詩相手に決めた「逆手の肩車」を狙う構えを度々見せるが志々目は動ぜず、試合は我慢比べの様相。肩車狙いと、背中を抱えての前技と隅返狙いという2つのモードをベースに迫るブシャーに志々目はあくまで淡々と対峙、一時追った反則差のビハインドも取り返して双方「指導2」のスコアのままじっくり試合を煮えさせていく。最後は耐えきれなくなったブシャーが強引に放った内股巻込の潰れ際を見極め、冷静にめくり返して隅落「技有」。これで志々目の勝利が決まった。

ブシャー、この場面までは非常に落ち着いた戦い。良く練り込まれた、そして出口をしっかり定めた組み手で丁寧に試合を進めていたが、志々目に捌かれ続けると突如判断を誤った。このあたり弱点であるムラ気がまだまだ克服し切れていないとみる。そして志々目がここでブシャーの頭を1度押さえこんだことは大きい。乗りやすい性格のブシャーが今年度の最終2大会、それもレベル極めて高いこの2大会を全勝で終えてしまったらその加速はいかばかりであったろうか。五輪に向けて、国としてしっかり楔が打てた大会であった。この場面で世界王者・志々目というカードを切れる日本の陣容の厚さが生きた大会であったと総括出来る。

■ 57kg級 キム・ジンアが衝撃的な強さ披露、勢力図一気に塗り替える
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決勝、キム・ジンアが玉置桃から隅落「技有」

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57kg級の勢力図を塗り替える優勝だった。

東京世界選手権に姿を見せなかったキム・ジンア(北朝鮮)が衝撃的な強さで優勝。挙げた首級は東京世界選手権金メダリストの出口クリスタ(カナダ)、サハ=レオニー・シジク(フランス)、レン・チェンリン(台湾)に、グランドスラム大阪を制したばかりの玉置桃(三井住友海上)と錚々たるもの。出口戦でのGS延長戦、裏投にかぶり返しての「技有」は微妙なものだったが、終わってみればもっとも善戦したのはこの出口。シジク戦で見せた左背負投「技有」に、クラシカルでパワフルな引込返「技有」と技も見事だったが、とにかくいちいちの立ち振るまい、攻防の端々に垣間見える体の力が尋常ではない。出口の両襟大外刈を弾き返し、組み際の技にまったく崩れず逆に「指導」を押し付ける。玉置が組み力をスキップしようと仕掛けた組み際の難剣を背筋を伸ばしてことごとく弾き返す。2018年アジア大会決勝(キムが内股「技有」先行も、玉置桃が「韓国背負い」で逆転の一本勝ち)時とは、もはや別人である。

出場大会少ないながらも今季は国際大会4大会全勝。大会を絞るがゆえの仕上がりの良さは割り引く必要はあるが、それにしても凄まじいパフォーマンス。五輪前年にこの選手の強さが判明したのは幸いであるが、では研究して果たしてこの選手に勝てるのかとなると非常に心もとない。そのくらいの強さだった。芳田は調子を落とし、対抗馬として急浮上の玉置が直接対決でキムに完敗。リオ以降世界選手権3大会連続で決勝に進んで有望階級と目されていた日本の57kg級だが、ここに来て潮目が変わりつつある印象だ。

芳田司は不調から脱せず。ダリア・メジェツカイア(ロシア)との初戦は圧を受けるも巴投をかわして決定的なパス、そのまま抑え込んで最後は崩上四方固「一本」。ジャン・ウェン(中国)との2回戦は極端に腰を引く相手から小外掛「技有」、その後もたついたが終盤「横返し」から抑え込んで崩袈裟固「一本」。準々決勝はテルマ・モンテイロ(ポルトガル)の「フォンセカ」(大内刈から払釣込足の連携)で「技有」を失ったが片袖を抱える左内股「一本」で逆転勝ち。ここまでは細かいミスを攻撃力で収拾するという形でなんとか踏みとどまったが、準決勝で玉置に谷落「技有」で敗れると、3位決定戦はグランドスラム大阪に続きまたもジェシカ・クリムカイト(カナダ)の背負投に捕まりGS延長戦「技有」で敗北。今大会は実に3度投げられての5位という厳しい結果、このところの不調から抜け出す兆しが見えない。

一方の玉置は決勝を落として画竜点睛を欠いたものの、これでライバル芳田に国際大会3連勝。グランドスラム大阪優勝にワールドマスターズ2位と成績も残しており、57kg級の日本代表争いは先が見えなくなってきた。世界選手権3大会連続ファイナリストの芳田といえども、もはやその1番手の座は「暫定」と言ってよいところまで2人の差は詰まってきているのではないか。

キムが圧倒的な力を示した一方で、日本のエース級は国内の代表争いにリソースを割かねばならない状況。57kg級、日本勢の置かれた状況は非常に厳しい。

■ 63kg級 鍋倉那美がアグベニュー撃破、中学以来のベストパフォーマンス
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決勝、鍋倉がアグベニューから右内巻込「技有」

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アガタ・オズドバ=ブラフを攻める鍋倉。この試合は取り消されたポイントを含めて4度違う技で投げている。

鍋倉那美が絶対王者クラリス・アグベニューを撃破。快挙である。日本に見えた新たな光明という点にフォーカスすれば、2019年国際大会ベストと言ってしまってもいい一番だったのではないだろうか。

何より買えるのは、この勝利の道筋に再現性が感じられること。直接勝利を決めた右内巻込「技有」は片袖を両手でつかんだ右背負投でまず360度回転、この「背負い抜け」からすぐさま再度の一本背負投、相手にまたがせたまま首に袖を抱き込んでもろとも引き落とし「技有」というもの。この「担ぎの連続」という決め技がまず良し、GS開始直後の低い右袖釣込腰で動きを止めてからのドロップ右体落もこの「担ぎの連続」という戦い方に可能性を感じさせたし、足技での楔(アグベニューが奥襟を叩こうとスタンスを開いた瞬間に抜き上げた本戦2分40秒の「引き小外」は絶品、GS1分の右小内刈に、序盤のアグベニューの腰車を外すなりの出足払も良かった)も効いていた。さらに驚かされたのはその受けの強さ。鍋倉が稽古時に見せるパワーは伝え聞いていたが、ケンカ四つのアグベニューに引き手で襟を持たせたまま、片手で腰を抱いて封殺した本戦終盤の攻防は地味ながら出色。あれをアグベニュー相手で出来る選手はいないし、この形でアグベニューを止め得るのであれば仕掛けられる駆け引きの引き出しは格段に増える。

本格派を倒すに担ぎ技という大きな立ち位置の確かさがあり、片手になっても、またたとえ自身が左組みを強いられてもそのまま戦える組み手の流動性と図太さがあり、足技が効き、一撃をしのぎ得る受けの強さがある。2017年のワールドマスターズ決勝、田代未来が真っ向勝負でアグベニューを投げたあの一番は試合としても面白く、ここまで全敗の田代が王者との精神的な距離を詰めたという非常に意味のある一番であったが、以後期される戦い方の方向性との一致が見られるかどうかという点がこの試合とは異なる。アグベニューと相四つ選手が奥襟を叩き合った末に勝利するという方向性に再現性は薄いが、ケンカ四つの選手が担ぎ技の放列で戦える(しかもアグベニューにはまたぎ癖がある)可能性は高い。鍋倉が為した仕事は大きい。

決勝に限らず。この日の鍋倉は素晴らしかった。個人的には中学3年時の全国中学校柔道大会以来のベストパフォーマンス、一段大きく階段を上った大会であったと感じた。

この先は完全に私見であるが。中学時代に組み手の形厭わぬ切れ味鋭い内股で「一本」を連発、会場を沸きに沸かせていた鍋倉がついにその内股の呪縛から完全に抜け出した、キャリア上のターニングポイントになり得る大会であると感じた。以降高校、そして実業団と、組み手を磨き、寝技に舵を切り、あるいは突如巴投に挑み、と試行錯誤を続けてきた鍋倉の柔道から一貫して感じられたのは「こんなはずではない」という違和感。あの閃光のような内股が厳しい組み手で潰され、あるいは力が伝わらず、あるいは警戒されて、かつてのようには掛からない。個人的には、鍋倉の試行錯誤はどこか、あの素晴らしい「内股の代わりを探す」という精神的な作業であるとすら感じていた。それでもなかなか内股が決まらないのは、初学で組み手に巧み過ぎたゆえの地力の不足なのか(あまりのバネの強さゆえ、そして相手の徹底警戒を縫ってこの力を伝えんとするがゆえ、中学後半の鍋倉の内股は、オーソドックス型ではなく片袖を両手で掴む変形の形が目立っていた)、それとも他の技の獲得を含む「作り」の引き出しの不足なのか、そもそも鍋倉は本格派に立ち戻るべきなのかオールラウンダーを期するべきなのか、答えが見出せぬままここまで時代は進んでしまったわけだ。

しかしここでの試行錯誤は無駄ではなかった。私はこの大会、おそらく中学以降初めて、内股の残像を感じさせない鍋倉の試合を見た。長年蓄積した足技があり、担ぎ技があり、寝技があり、組み手の手立てがある。すべての手札をフラットに見据えた鍋倉はいまこそ適切な引き出しを状況に応じて出せるようになり、この日は憑き物の落ちたような試合ぶり。

初戦はアガタ・オズドバ=ブラフ(ポーランド)を内股からの背負投「技有」(取り消し)、横変形の大外刈から繋いだ払巻込「技有」、巴投「技有」(取り消し)、そして相手の右払腰の戻りに引き手で腕を抱え、釣り手を肘下に入れての豪快な右大外刈「一本」。続いてキャサリン・ブーシェミン=ピナード(カナダ)を相手に「指導」2つをもぎ取ると相手の左袖釣込腰の起こりを止め、その戻りに右小外刈を合わせて「一本」。この前半2試合は前襟を持って決して離さぬ右の強さが印象的だった。準々決勝はティナ・トルステニャク(スロベニア)と両袖を絞り合ったまま駆け引き、これを嫌って横移動したトルステニャクの動きを増幅し、絶妙の右送足払「技有」。さらに気落ちしたトルステニャクの裏投を制し落とし、手堅く縦四方固に抑え込んで「一本」。そして準決勝は田代未来を片手抱きで制し、両襟組み手の田代が釣り手の肘を入れ込んで左内股に飛び込むと、待ち構えてまたいで内股透「一本」。そして前述の決勝へと進む。

グランドスラム大阪でのV逸後(あの時点では五輪代表を争うに、決定的な事態であった)、なんらか精神的なブレイクスルーがあったのであろうか。繰り返しになってしまうが、私は、鍋倉が、中学以来のトンネルをついに抜け出した大会のように感じた。すべての手札がフラットにあるこの状態であれば、おそらく、内股も、掛かる。ついに戦うべきスタイルを見つけた印象だ。以後が非常に楽しみである。

夏の時点ではほぼ勝負ありと思われていた63kg級日本代表争いであるがこうなると事情は変わってくる。現在の63kg級は絶対王者のアグベニューと日本選手、そしてトルステニャクが為す3強と、「それ以外」という二極分解の勢力図。そしてトルステニャクが調子を落としかつ日本選手を極端に苦手にするこの中では、つまりは日本代表クラスの選手ほぼ全員が「アグベニュー以外には勝てる」銀メダル濃厚の立ち位置にある。東京五輪であくまで金メダルを狙うなら「アグベニューに勝てるかどうか」はまさに決定的なファクターなのだ。

欧州シリーズ派遣の陣形で、強化がこの試合をどう捉えているかがわかるはず。東京世界選手権銀メダルの田代、直接対決でその田代に勝ったばかりか唯一のターゲット選手であるアグベニューを倒した鍋倉、そして日本代表4人が参加するグランドスラム大阪を制した土井雅子。果たして誰がどう扱われるのか、注目である。

■ 70kg級 新井千鶴の組み手は深刻、失点シーンはノーエクスキューズ
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優勝したポリング。憑き物の落ちたようなしあいだった。

キム・ポリング(オランダ)が完全復活。大会を席捲した。グランドスラム大阪では準々決勝まで素晴らしい柔道を披露しながら以降突然委縮。まるで別人のように柔道が小さくなってしまったのだが、この日は何かが吹っ切れたように自分の持ち味を発揮。サリー・コンウェイ(イギリス)を内股「一本」、スン・シャオキアン(中国)を小外掛と巴投の合技「一本」、ミヘイラ・ポレレス(オーストリア)を裏投「一本」、マルゴ・ピノ(フランス)を大外刈と袈裟固の合技「一本」、そして決勝はサンネ・ファンダイク(オランダ)を一本背負投と袖釣込腰の合技「一本」と全試合一本勝ちで表彰台の真ん中に立った。持ち前のパワーを目詰まりさせていたメンタル面に、何らかのブレイクスルーがあった模様。これも憑き物が落ちたような試合ぶりだった。

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3位決定戦を戦う新井千鶴

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3位決定戦、遠間から踏み込んで見事に投げ切った新井。

その一方で、世界選手権2連覇者の新井千鶴は閉塞から抜け出せず。現役世界王者マリー=イヴ・ガイ(フランス)を倒しながらも準決勝で敗れて復活Vはならず。最終結果は3位だった。

課題はやはり組み手だ。格下のサンネ・ファンダイク(オランダ)に右足車を食った準決勝のシーンにはこれが凝集されていた。非常にわかりやすい場面なのでしばし字数を割いて解説する。

ケンカ四つのファンダイクが両袖から右袖釣込腰、立ち上がるなり自ら右釣り手を切って左引き手一本で袖を一方的に得る優位の形を作り出す。ここですぐさま対処すべきだった新井はしかし、腰を引いたままこれをウォッチ。続いてファンダイクが釣り手で背中を抱くとこれも看過してひとまず前襟を掴むものの圧の方向がずれて空を押す形になる。結果、腰を引いたまま前に「バンザイ」するというもっとも弱い形で、ファンダイクが引き手を腹に抱いて放った右足車をまともに食うこととなって「技有」。これが決勝点となった。

破綻に至るまでに、いくつもシナリオを変え得るゲートがあった。まず引き手で一方的に袖を掴まれた「片手バンザイ」の場面。100-0で持ち負けて、なおかつ「持たせておいて持ち返す」ための軸(釣り手の優位など)がないのだから危機管理としてはひとまず切ってしまえば良いわけだが、なんらアクションを起こさず単に距離を取って次の手の襲来を待ってしまった。今の標準的な対処なら、残る左手を持たれた右にクロスに重ねる形で持ち切ってしまうのが一般的(両手切りでも叩き切りでもないので反則ではない)な方法。すくなくとも「相手だけがやりたいことを出来る」この状況で単に次の手を待つ場面ではない。

次のゲートは、釣り手の「横抱き」の襲来。決して深く背中を掴まれたわけではないこの状態なら、今の組み手のセオリーはすぐさま釣り手の脇を締めて挟み込み、「持っているけど効かない」状態を作ってしまうこと。釣り手が動かせない状態を強いて、これを橋頭保に相手にやり直させるなり不利な引き手を直してしまうなりしてしまえばいい。しかしここで新井が採ったのは、腰を引きながらひとまず前襟を掴むという刹那的な手。相手と間合いを取るため(≒背中抱きを無効化するため)に襟を掴むなら角度を取って押す方向と離れる方向を揃える、つまり相手の体を物理的にきちんと押せる方向に力を籠めねばならないのだが、新井は典型的な「持っているけど力がこもらない」方向、つまりは相手の体の前にある中空の空間を横から押してしまっていた。実質的にはどこも掴んでいない手ぶら状態。よくある形ではあるが代表選手レベルが犯すようなミスではない。単に「背中を抱かれたら襟を持つ」というオートマティズムに従ってひとまず前襟を持っただけのように見受けられる。

結果、新井は前述の通り、「腰を引いたまま、どこも持たずに前に向かって両手でバンザイする」という考え得る限りもっとも弱い形で相手を待った。また、ファンダイクは投げを打つ前に数度釣り手の手首を伏せる方向に返して試しを入れている。これは相手と間合いが遠いまま、相手の釣り手との引っかかりを外して回旋を呉れる方法なのだが、最悪でもこれに気付けばなりふり構わず切り離すという最後の手段もあったはず。あまりの組み手の状況の悪さに頭と体が固まってしまったのだろうか。新井はここでも動けず、もっとも弱い形で、相手のもっとも強い理の技を受けてしまった。いかに体が強い新井でもこれではたまらない。

いくつかあるゲートをすべてスルーで通してしまった結果、決定的な破綻まで身を運んでしまったわけである。どの時点であっても、一般的な手立てで、たったひとつ楔を打てば状況がここまで至ることは絶対になかった。

縦四方固「一本」で勝利した3位決定戦のミヘイラ・ポレレス戦にも新井の来歴がよく表れていた。引き手の袖は持っているが相手の釣り手が内側に入ってしっかり突かれ、間合いが遠い状態。できればこの釣り手を潰して体を寄せたいところであるが、新井は自身の釣り手がほぼ伸び切ったこの不安定な状態から無理やり刈り足を伸ばし、左大外刈で膝を殺して前に出るなりそのまま力足を踏んで回旋、左払腰で一気に投げ切って「技有」を得た。最終的には縦四方固「一本」(相手が「参った」したので合技にはならず)で勝利したのだが、普通ならあの遠間から踏み込んで、しかも踏ん張る相手を到底投げ切れるものではない。新井の凄まじい身体能力の高さとパワーが現れた場面であるわけだが、こういう「理のないまま力で突破してしまう」場面の積み重ねが、前述の準決勝、組み手で失敗して鎧が全て剥がされた丸裸の状態でも体の強さだけで受けきろうというミスを生んでしまうではないかと考える。

新井の投げ自体は本当に素晴らしい。この日も、引き手でしっかり袖を持っていたマリー=イヴ・ガイ(フランス)戦では釣り手不十分ながら縦に転がし切って「技有」を奪っているし、前述3位決定戦でもつまりはほぼ引き手1つの優位だけですべての不利を乗り越えて、遠間から投げ切ってしまっている。これで、寄せて、力がダイレクトに伝わる状況があればほとんど無敵なのではないかと考える。

しかし新井の組み手にはこの「寄せる」引き出しがほとんどない。新井の組み手、特にこの「寄せる」方法論の不足は積年の課題なのだが、新井はこれを一貫して「パワーを増す」方向で突破してきた。結果、結局組み手の引き出しは豊かにならぬままである。

グランドスラム大阪の評でも書かせて頂いたが、組み手をレベルアップするには、豊かな引き出しを持ったグループとの継続的な稽古が必要。組み手の文化厚い集団との錬磨なしに、豊かな組み手の獲得はありえない。方法論の不足はもちろんだが、新井の柔道にはこういうグループの稽古相手の決定的な不足を感じる。具体的手段の検証と獲得はもちろん、練れた集団との分厚い交流が必要なのではないか。

高校3年時の新井の、あの稲妻が走るような投げのインパクトは忘れがたい。世界選手権を2連覇してなお、筆者は新井がいまだ本領を発揮していないと考える。あの投げに至る、組み手という回路をなんとか獲得してもらいたい。

新井が苦闘の中それでも3位を獲得する一方で代表争いのライバルたちはいずれも初戦敗退。

大野陽子は、はるかに格下のアリーチェ・ベッランディ(イタリア)に苦杯。16秒、左足元に入り込まれた肩車は入りが浅く小外掛の失敗という体。しかし大野は驚くほどに大きく崩れて「技有」失陥。追いかけんと両襟で出たところに今度は引き手側に支釣込足を食らってしまう。当てられたところでいったん動きは止まったが、そのまま捩じられるとまたもや驚くほどの脆さ。まるで白帯同士の試合のようにアフターで腰が砕けて転倒、文句なしの「一本」。あまりの事態に大野は正座したまましばし呆然。後がない状況で体が固まってしまっていたのであろうか、まったくらしくない試合であった。とはいえ大野はこれで、グランドスラム大阪優勝を挟んで、7月のグランプリ・ザグレブ、11月の講道館杯、そして今回と下半期だけで実に3回の初戦敗退。成績に「理」がないこの状態では強化の信頼を得るのは難しいはず。五輪代表争いはほぼ終戦と言わざるを得ない。

新添左季はグルノザ・マトニヤゾワ(ウズベキスタン)に以外な一発を食った。27秒、マトニヤゾワは両袖で腰を引いたまま思い切り左内股「技有」。攻防ともに立場がタイで受けが難しい両袖の弱さが出た形、身を起こして投げる気満々の新添は、体一杯に使って仕掛けられた一撃を受けきれなかった。以後は守り切ろうとモチベーションが上がったマトニヤゾワのディフェンスを壊す明確な方法論を見せられないまま、あっという間に時間が過ぎ去った。

この階級は、ライバル2人の自失によって新井が五輪代表に向かって1つ歩を進めた形となった。が、前述の通り課題は一杯。しかし新井には間違いなく、地元開催の五輪という重責を受け止め、そのドラマを担えるだけの器の大きさがある。苦しい時期とは思うのだが、いま一歩の研鑽で、そして出来れば技術的なブレイクスルーでここを乗り越えて欲しい。

■ 78kg級 決勝はフランスの2番手決定戦、梅木真美は失意の初戦敗退
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どんどん大きくなるポスヴィト。いまや78kg級でも名だたるパワー派である。

決勝はファニー=エステル・ポスヴィトと、オドレイ・チュメオというフランス勢同士の顔合わせ。現役世界王者の1番手マドレーヌ・マロンガ(フランス)が初戦で敗れる中にあって、ワールドマスターズ決勝が同国の「2番手決め」対決になるという、現在のフランス女子の充実が端的に表れた形の決勝となった。

結果は、2回戦でグランドスラム大阪を制したばかりの梅木真美を倒しているポスヴィトが快勝。GS延長戦、チュメオの首を掌で抑えて時計回りの浮落で捩じり、崩れた相手を今度は左後隅に追って押し込むという有無を言わさぬ力技で隅落「技有」を得た。

もと70kg級のポスヴィトはいまや78kg級でも名だたるパワー派。見るたびに体が大きくなっている印象で、少なくともマロンガに続くフランス国内2番手の地位はもはや動かぬものと思われる。

梅木はそのポスヴィトと初戦でマッチアップする不運ではあったが、失意の大会。この試合はケンカ四つ、残り14秒に組み際の左小外掛を試みたが体を捨てたところで腿を着いてしまい、かぶり返されて「技有」を失った。グランドスラム大阪で世界選手権銀メダルの濵田尚里を倒して優勝し、ここで連勝して代表争いをひと揉めさせようという状況であったが明らかに後退。この大会を休んだ(グランドスラム大阪時の負傷により出場辞退)濵田が相対的に一歩、五輪代表に向かって歩みを進めた形となった。

チェン・フェイ(中国)が3位入賞、五輪に向けてひたひたと準備を進めている印象。ご存じの通りチェンはもと70kg級の強者、2016年を最後に国際大会に姿を見せていなかったが今春階級を上げて復帰し、いきなりグランドスラム・パリでマイラ・アギアール(ブラジル)と梅木を破って3位に入賞している。29歳となったが、猪突猛進型が多いこの階級にあっては少々毛並みの異なる、一癖ある選手。この先も注視しておきたい。

全階級に亘る韓国女子チームの苦戦はこの階級でも顕著。2011年の世界ジュニア2位で2015年アスタナ世界選手権では7位に入賞したこともある25歳のユン・ヒュンジ(韓国)と、2017年ユニバーシアード2位のイ・ジョンギュン(韓国)というかつて期待されたカード2枚を切ったものの、結果は両者ともに5位。ユンは2回戦でマロンガを倒す大仕事を成し遂げたものの、以後のユンの試合とマロンガの出来の悪さを考えれば結果の割に与えたインパクトは少ない。決勝がトップ国フランスによる同国対決であったこともあり、全体として、やや盛り上がりに欠けるトーナメントであった。

■ 78kg超級 大荒れ階級をサフェルコウルスが制す
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ビッグタイトルを得たサフェルコウルス

2017年グランプリ・ハーグ大会以来ワールドツアー大会の優勝がないテッシー・サフェルコウルス(オランダ)がビッグタイトル獲得。ただし水準以上の相手は初戦のラリサ・セリッチ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)と決勝のイリーナ・キンゼルスカ(アゼルバイジャン)の2人のみ。イダリス・オルティス(キューバ)やカイラ・サイート(トルコ)、マリア=スエレン・アルセマン(ブラジル)らスーパートップ級がいずれも不出来で早い段階で姿を消し、さらに現在の女子最重量級の中心である日本から出場者のなかったトーナメントはやや緊張感を欠いた。少なくともトップ同士が秘術を尽くして戦うというような、ボルテージの高い大会ではなかった。強豪だがなかなか冠するべき称号のなかったサフェルコウルスにワールドマスターズ王者というわかりやすい「ラベル」が振られた、そういう大会として記憶しておくべきだろう。

中国がそのお家芸であった78kg超級の世代交代に失敗したことが、あらためて明確になった大会でもあった。リオ五輪後次代のエースとして優先的に試合に送り込んできたワン・ヤンが全く伸びず、今大会もあっさり初戦敗退。グランドスラム大阪ではとっくに引退したと思われていたマー・スースーまで引っ張り出したがやはり勝てず、今大会はグランプリ・フフホト3位が唯一のツアー表彰台という22歳シウ・シアンまで送り込んだが表彰台には手が届かなかった。かつてワン・ヤンが、素根と並ぶ次代のホープとしてライバル扱いされていたことを考えると、その差歴然たるものがある。この3年間、セリッチやキンゼルスカ、サイートら欧州勢が明らかに強くなっていることを考えれば、今からメダル争いに割って入れるレベルの選手を用意することは難しい。東京五輪、中国女子78kg超級はメダル争いのアウトサイダーの立場を甘受せざるを得ない状況である。

※ eJudoメルマガ版12月23日掲載記事より転載・編集しています。

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