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【eJudo’s EYE】再分析の衝撃。ブシャーに阿部詩封じの策あり、投げに明確な理 あり・グランドスラム大阪2019女子52kg級決勝評

(2019年12月3日)

※ eJudoメルマガ版11月30日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】再分析の衝撃。ブシャーに阿部詩封じの策あり、投げに明確な理あり
グランドスラム大阪2019女子52kg級決勝評
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番狂わせを演じたブシャー、まさかの敗戦を喫した阿部詩。

文責:古田英毅 
写真:乾晋也、辺見真也

試合当日、「早出しeJudo’s EYE」として見立てを提示させて頂いた女子52kg級決勝について。その後レポート執筆のための再分析で気付かされたことがまことに多かったので、ここに独立してメモさせて頂く。マッチレポートと重複する部分があるが、「まとめ」ということでご容赦頂きたい。

「早出し」で提示した大枠の見立て、つまり阿部詩が平常心を失っていた、ゆえにブシャーの組み手に付き合ってしまい、相手のフィールドまで論理平面を下ろしてしまった、そこを突かれた、という土台自体は変わらない。しかし、ブシャーがロジカルに阿部の柔道を潰し、しかも常の形とは異なる強い理の投げを投入して試合を決め切っていたことは見逃すわけにはいかない。このブシャーの「守りと攻め」の解説が本稿の趣旨だが、この試合から「両袖柔道のアドバンテージが減じつつある」「組み手の“一手目”の潮目が変わりつつある」というトレンドが読み取れることも興味深い。これだけ技術の進化と伝播のサイクルが早くなってくると、例えば本番直前のタイミングで、ある選手へのカウンター技術が突如標準化して、肝心の本番ではオセロの目が全てひっくり返ってしまっているという事態にすらなりかねない。特に変則柔道をその戦術構成の根幹に据えているもの、わけても他選手に狙われやすい「強すぎる」形を持つものはこういった技術的進化の前線から退いてはならないと思う。

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ブシャーはことごとく「クロス」で掴んだ。以下はすべて異なる場面でのクロス組み手。

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遠い間合いからでも袖クロスを狙う

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今度は釣り手をクロスに持って試合を流す

阿部封じ。まずブシャーの組み手がほぼ全て「クロス」であったことを指摘したい。左引き手で相手の左袖を握る「袖クロス」(仮称)、右釣り手で相手の右片襟あるいは頭越しに背中を持つ「釣り手クロス」(仮称)。袖クロスはブシャー唯一の得意技である肩車を仕掛けるのにもっとも適した攻撃組み手であり、釣り手クロスは組み手の優位という陣地構築に向くとともに阿部の前技を封じる防御的側面も強い。そしてともに阿部が最も信頼する「両袖」(左手で右袖、右手で左袖を握る)への対抗手段として存分に効を発揮する。

肩越しクロス(片襟)が順方向の前技への対抗手段として有効であることは古くから広く知られていたが、のみならずブシャーの攻撃組み手である袖クロスという手法は「両袖封じ」という観点からかなり強烈。ブシャーはいずれかの「クロス」を先に作るとこの形が崩れる前に先に技を掛けてシークエンスを終わらせてしまうので、阿部には基本的に攻め手がなかった。阿部が両袖を捕まえるシーンがあっても、ブシャーは絞り合いながら左横に立ち位置をずらし、下向きの圧を解除しないまま両手を近づけて「袖クロス」を作りに掛かる。実は、袖を一方的に絞られているときに残る手を交差させて切り離すアクション(両手切りの反則にはならない)は今の組み手ではポピュラーな方法であるのだが、ブシャーの場合はこの「クロスさせて切り離す」防御行為が「クロスで持って肩車を仕掛ける」攻撃行動に直結しているのだ。

また、阿部の内股は両袖ゆえ、あらかじめ襲来を予期されるとどうしても間合いが遠く、相手の体の芯を捉え切れない。ブシャーが右釣り手で左襟を持って標準組み手になってくれれば引き手側の間合いを詰めることは出来るのだが、十分これを承知のブシャーが釣り手で左襟を持つのは先に引き手で袖をクロスに得ている場合のみ。阿部が幾度か内股で投げ掛けながら威力を伝えきれなかったのは、このあたりの事情による。クロスに持たれた引き手を牽引し切れず、手が交差したまま残ってブシャーの頭が阿部の体の下をすり抜けてしまった一撃などは非常に端的であった。

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一撃が決まる寸前。袖クロスに加えて、釣り手は逆手で襟を握ってる。

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もっとも力が籠る形で放ったこの技が「技有」

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本戦、ブシャーが逆手で襟を掴まんと狙う。阿部はいったん離れてあっさり芽を摘んでいる。

決め技となった肩車について。これはブシャーとっておきの「袖クロス+襟逆手」という変則組み手から放つ必殺技だった。左引き手は袖クロス、右釣り手は逆手に左襟を掴み、襟部分に親指、四指が柔道衣の内側の布という一番グリップしやすい部分を握っている。この「逆手」が画期的。通常の順手持ちは実は一番把持しにくい「襟」に四指が掛かっているので構造的に非常に切られやすいのだが、この形はまず単純にグリップする力が各段に強い。さらに切る方向が常と逆になり、通常通りに押し返して(自身の左前隅)も絶対に切れない。正解は自身の腹側(右側)に呼び込むようにして押し切ることなのだが、切所で瞬間的にこれを判断するのは難しい、脳内の判断に一段手間を掛けることになりどうしても対応が遅れてしまう。また脇を締めるだけで捩じりが加わるので引き込む力が凄まじい。しかも阿部は、この「左襟を常と異なる形で持たれた」ことに過剰反応し、右腕をこの上に載せて圧を掛けることで急場をしのごうとしてしまった。その手先は空、どこも掴んでおらず、しかも体の位置は流されて相手の側面。自分の前には誰もいない、ストップを掛けるための相手の体がない状態だ。一番弱い形で相手の一番強い技を食ったのだから、これではさすがに止めることはできない。

実はブシャーは本戦中盤にも一瞬この「襟逆手+袖クロス」を作ろうとしているのだが、その際阿部は間合いを遠ざけ、あっさり切ってこの意図を芽の段階で潰している。なかなか決められない焦りと五輪代表内定のプレッシャーで、問題の場面での阿部はやはり常の心持ちでは戦えていなかったのだろう。

両袖組み手にはいくつか弱点があるが、その際たるものは「攻めと守りが同じ形から出来ない」≒「相手も両袖が得意な場合はノーガードの撃ち合いになる可能性も高い」ということだろう(かつての阿部一二三と橋口祐葵の関係を思い出して欲しい)。ブシャーはこの両袖に両袖をぶつけるのではなく、かつ標準組み手で対抗するのでもなく、「左右のクロスを当てる」という防御策、かつ、「その防御が自身の攻撃に繋がる」攻撃策をリンクさせて戦ってきた。しかもその攻撃に、超弩級の工夫(繰り返すが、逆手の肩車は地味ながら画期的である)をこらしていた。ということだ。

肩車における「逆手」、あるいは組み手争いにおける「逆手」の使用はこの先流行るかもしれない。それだけの理がある。また、「一手目をまずクロスに入れる」組み手の手段はかなり有用。一手目の片襟は相四つ組み手にあってはむしろクラシカルな手だてであったわけだが、これもこの先、復古の可能性がかなり高いのではないか。

以降は周辺の雑感。ブシャーが阿部の引き手に袖を抑えられても慌てず悠揚切り離し、クロスに変換する様を見て。これもこのところの国際大会で感じつつあったことなのだが、王道の組み手手順である「引き手で相手の釣り手の袖を一方的に抑える」形のアドバンテージは、国際の一線においては減じていると感じる。アドバンテージというよりも、受け手の視点に立って「相手の引き手に先に袖を抑えられることの危険性が減じている」という方がより正確か。組み手手順の橋頭保としての筋目の良さ(受け手にとっての危険性)は変わらないが、もともと引き手一本を相手に先に抑えられることの危険性は、ここから巻込技や一本背負投、あるいは肩車といったような直接体重を伝えられる(持つ行為と掛ける行為を一つに纏められる)技が襲来することにもあったと思う。後の先技術の発達により、相手が待っているところへの巻込技(隅落のカモである)や一本背負投の成功確率は各段に落ちたし、肩車は順手の形からではさほど効かない。加えてこの「クロスに持ちかえる形で切る」という具体的な対抗手段もあり、かつてほど決定的な形ではなくなっていると感じる。「ただ持っただけ」でシークエンスが終わることも多くなるのではないか。引き手で先に袖を得た際の引き出しを増やすことはもちろん、釣り手から持っても自分の柔道が出来ることが国際柔道で戦う上での最低限の条件、とあらためて感じる次第だ。

他選手がブシャーの「阿部封じ」を真似られるか、というトピックについてしばし思考を巡らせる。この危険性は実は小さいとみる。ひとつはまず、この階級の中堅選手のレベルがさほど高くないこと。阿部と組み手を最前線に駆け引きを出来るようなレベルの選手自体がそもそも多くないのだ。その数少ないトップ選手に関しても、この戦術の成立条件が左右厭わぬ組み手の持ち替えと、袖クロスからの強烈な技(肩車)の保有であることを考えると、まず最大のライバルであるマイリンダ・ケルメンディ(コソボ)はここから外れる。まったくこのタイプではない。もともと肩越しクロスが得意で左右の技を使うナタリア・クズティナ(ロシア)が想起されるくらいか。うんと範囲と可能性を広げてもラグワスレン・ソソルバラム(モンゴル)が思いつくくらい。ただし地力にあまりに差があり、実行は現実的ではない。

しかしもちろん油断はならない。実は筆者は、ブシャーがこれほどやるとはまったく思っていなかった。フランス強化陣営の阿部詩研究の凄まじさはつとに耳にしていたが、ブシャーが肩車一辺倒で、採れる作戦の幅が極めて狭い選手であろうこと、また収集されたデータを尊重して、それをもとに緻密に柔道を組み立てる型ではまったくないこと(今大会も「映像は見ない」「研究とかしない」と公言している)で、フランスにはデータはあっても活かせる人材がいない、と踏んでいたのだ。現代柔道では、誰が何を考えて、どう戦ってくるかはまことに読みにくい。阿部は次戦が大事。己を磨くことはもちろんだが、少なくとも「阿部封じ」を巡る戦術観察の一線から、決して降りてはならない。


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※ eJudoメルマガ版11月30日掲載記事より転載・編集しています。

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