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【eJudo’s EYE】「阿部詩の作り方」なぞって自滅、五輪の重み感じさせた1日・グランドスラム大阪2019第1日評

(2019年11月22日)

※ eJudoメルマガ版11月22日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】「阿部詩の作り方」なぞって自滅、五輪の重み感じさせた1日
グランドスラム大阪2019第1日評
文責:古田英毅

早出しeJudo’s EYE。簡単にこの日の評を出させて頂く。五輪代表内定に挑んだ大本命、52kg級の阿部詩と66kg級の丸山城志郎が揃って陥落。五輪の重み、そして「片方だけに五輪代表のプレッシャーが掛かる」状況の過酷さをあらためて思い知らされた1日だった。

<参考>【eJudo’s EYE】再分析の衝撃。ブシャーに阿部詩封じの策あり、投げに明確な理あり・グランドスラム大阪2019女子52kg級決勝評

■ 「阿部詩のマニュアル」なぞって自縄自縛、らしさ発揮できなかった阿部
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決勝、ブシャーが阿部詩の袖を絞る

まず阿部詩。まったく彼女らしくない試合だった。決勝は両袖組み手から手先をまとめた右内股をアモンディーヌ・ブシャー(フランス)に凌がれ続け、最後はブシャー唯一の武器、「それしかない」技である肩車を食って「技有」失陥。これまで1度も海外勢に負けたことのない阿部が衝撃的な敗退、この日の優勝に掛かっていた東京五輪代表はひとまずお預けとなった。

決勝は集中力を欠き、らしくない試合だった。事象と原因推測をまぜこぜにして書いていく形となるが、阿部の良さが消え失せていたその証左として2点挙げたい。まずは、この日見せていた技のほとんどすべてが、両袖で手先を纏める右内股であったこと。これはいうまでもなく阿部最大の必殺技であるが、これに拘り続けたことが決勝の苦戦の因である。そもそも阿部には実は、これと看板になるような技はない。確かに右内股はもっとも取り味のある技であるが、年々引き出しを増やしてきた彼女の良さは状況に応じた技と戦術で「一本」が取れること。両袖が一番の好みであるが、きちんと袖と襟を持っても柔道が出来て「一本」が取れるし、ここと見れば一気の寝勝負に出ることも厭わない。足技と圧力で「指導」を重ねる手堅い戦術の引き出しもある。

柔道競技者には、調子が悪い場合、または精神的に行き詰まった場合に。状況の向き不向きに関わらずもっとも得意な技術、もっとも取り味のある技に頼ってしまう傾向がある。対人競技は相対的に相手を上回れば良いのだから、たとえ自分の中でさほど自信がない技術や形であっても、相手がそれを下回っているのであれば自身の勝ち。一方自分のもっとも絶対値の高い形をぶつけても、相手のそれが上回っていればこちらの負けである。

阿部は本来この機微を見分けるのが抜群に上手い。試合に流れる勝機、曰く文字にしがたい「行間」を読んですぐさま最適解を見出すその様は、あの、たとえ自分の形が滅茶苦茶であっても相手の弱いところに確実に刃を入れて「一本」取り切ってしまう全盛期の松本薫の殺戮本能を思わせるものがある。

しかるにこの日阿部は、両袖の右内股というもっとも得意な形と、その技で豪快に「一本」を獲る自分という自己像に明らかに囚われていた。阿部詩はこうあるべきというテキストマニュアル。本当は阿部の本領はその文章自体ではなく、その行間にこそあるのに。

ブシャーは日本人に弱い。それは横落(肩車)しかないブシャーは、「きちんと襟と袖を持たれる」と実は何もできないからだ。ブシャーがこれまで勝利した日本選手が両袖巴投ベースの角田夏実のみであることにそれは端的。しかし阿部は、ブシャーが得意な形であることを知りながら、それが自分のもっとも得意とする技が繰り出せる形であるがゆえ、袖を絞られることを大枠受け入れてしまった。結果ブシャーは幾度もこの技に入り込み(ブシャーがその都度目の輝きを増していく様に気付かれたであろうか)、最終的に阿部を投げるに至った。阿部は本来こういうミスは絶対に犯さない。封じるべきところは完璧に封じる。常の阿部ではまったくなかったのだ。

これに関連して2つ目。阿部が、ブシャーを、袖と襟をきちんと持ったまま潰してしまった場面に注目したい。ブシャーはあの際腕を上げていた。本来の阿部なら躊躇なく「腕緘返し」で捩じり上げて仕留めてしまう場面のはずである。あの、絶対王者マイリンダ・ケルメンディを屈服させた東京世界選手権準決勝のように。実際に阿部は、昨年の世界選手権でこのブシャーを腕緘「一本」でまさに地獄に叩き込んでいる。しかもブシャーは腕を上げて明らかな隙があった。集中力を欠いていたのであろう。コンディション云々ではなく精神的にまったく常の阿部ではなかった。信じる技1つに頼り切ってしまった阿部は、みずからチョキを出さないと決めてグーとパーのみの「制限じゃんけん」に臨んでいたのだ。

この先は「常の阿部でなかった」その理由を想像してみる。まずは五輪代表内定のプレッシャー、これは間違いない。その先のものとして、2つ推測したい。

1つは、相手がフランス選手であったこと。阿部詩は東京世界選手権の後に「NHKスペシャル」に出演し、現在のフランスの選手研究の物凄さを目の当たりにしている。数万という試合映像から選手が動くたび、技を掛けるたびにデータをインプットし、その「ビッグデータ」から傾向や弱点を密度高く弾き出す。後日、阿部に話を聞く機会あってその際のことを問うことが出来たのだが、「阿部詩の弱い方向はここ」と突き付けられて衝撃を受けたそうである。さらに聞くと「どの方向かは言えない」と口をつぐんだが、本人も指摘されて初めて気付く、そして納得のデータであったとのこと。ブシャーは自ら「映像は一切見ない」「相手の研究はしない」と言い放つ天才肌であるが、阿部の側に「自分をもっとも研究している敵(国)」という気負いがあったであろうことは否定できないのでないか。

もう1つは、この日試合順が変わって、兄・一二三の決勝を先に見ることになったこと。いままで国際大会では常にきょうだい同日に試合をしてきた阿部だが、兄の後に試合をしたことはない。実はこの日、日本のテレビ局の、阿部詩の試合を「トリ」に据えたいという演出によって、決勝ラウンドの試合順が常とまったく変えられていたのである。筆者はワールドツアー創設以来見られるだけの大会を見て来たが、「ショー」のために決勝ラウンドの実施順を変えるなど前代未聞、ついぞ見たことがない(これについては節度がない要求だと思うし、かつTV局としては一種当然の主張であると思うし、よってこれは主催であるIJFと全日本柔道連盟が毅然として断るべきだったと思う)。

競技者としてはそれはそれとして片付けるべきだし、本人も影響は認めないであろう。ただし、阿部詩は優しい人間である。しかもこれが2人とも絶好調の時であればともかく、兄・一二三はここで負ければ五輪の道が確実に断たれる競技人生最大の苦境である。その応援に力が入らないわけがない。一二三を応援し、GS延長戦における劇的勝利を見届けたことで精神的なリソースを消費し、集中を欠くことになったのではないだろうか。

以上、筆者の観察と、あくまで推測であるが、所見をものさせて頂いた。

最後に、このようなことを考えていたときに、一緒に実況解説させて頂いた田知本遥さんが語った総括の言葉をお伝えしたい。曰く「これで五輪の出場が決まる1試合というのはものすごいプレッシャーが掛かる。普段の自分でいられないこともわかる。ただ、来年待っているのは『これで五輪の金メダルが決まる』という1試合です。」とのこと。世界選手権に続いてまたもや頭から冷水を浴びせ掛けられた気分。またもやハッと我に返らせてもらった。田知本さん、きょうも素晴らしい解説を期待しています。

■ プラン嵌った阿部一二三、自分を信じられぬコンディションにあった丸山
この文章を書くのに本日許された時間は40分しかない。上記阿部詩の評を本命として、簡単にインプレッションをメモさせて頂く。

阿部一二三はなによりコンディションが良かった。その自信ゆえか採れる戦術の幅が増えていたし、対丸山戦においてこれまで「とにかく前に出る」しかなかった作戦をきちんと考えて来た跡が見受けられた。必要のない釣り手(襟)争いはすべてスキップして最短距離で両袖を作りに行く、強気の組み手を作ったときは組み合う時間を最小限に先に大技を仕掛けて展開を切る、加えてかつての主戦武器だった腰技を有効活用すべく、曖昧に背中ではなくもっとも力が伝わる後帯を持つ。最後は丸山が焦って仕掛けて来た内股を読んで弾き返したのだが(最近見ないほどの典型的な内股返。ただし公式記録は支釣込足になっていた。各種報道はこれに従わざるを得ない。これまで何年も色々な大会で我慢して絶対に触れないようにしてきたトピックなのだが、今大会の公式記録における技名称決定の拙さは一線を超している。全試合記録の掲載をためらっている次第である)、これもこれらが上手く嵌って「指導2」を先行したがゆえ。

ただし、明確に投げるプランがあったようには思えなかった。まさにコンディションの差を利して「指導3」を取りにいったように見受けられた。スローペースで入り、GS延長戦からの明らかなペースアップ、これはこのプランの証左と思われる。手立てが増えたとはいえ、大枠これまでの「とにかく前に出る」戦術から抜け出したとは言えない。強化の評価も、劇的に変わることはないのではないだろうか。丸山優位の序列は変わらないとみる。

一方の丸山は、やはりコンディション不良。肉体的にはもちろんだが、膝の怪我により調整期間に詰め切れず「6割から7割」とのコンディションにあるという自分を、信じ切れなかったことが敗着となった。過去3戦の「どこまでもつきあってやるよ」という姿勢を続けられず、早く勝負を決めんとした焦りを突かれた格好となった。あの、両手を下げてぶらりと前に出る強い丸山、これをなぞらんとしたあたりは阿部詩の「あるべき姿をなぞった」様も相似。その実であるはずのオーラや自信が、GS延長戦の中途から消え失せていた。

60kg級髙藤直寿の勝利は見事だった。左右に動きながら相手の重心を見極めての小内刈一撃、釣り手で脇下を握っての上体拘束も素晴らしく、永山が反転すべき方向の道を完全にふさいでいた。なによりこの大一番で、世界でもっとも勝たねばならないライバルをきちんと仕留めたことが見事。頂点に立った経験のあるものはやはり違う、と思わせられた。

本日はここまで。各階級評については、レポート記事かこのコラムか、稿を改めて書かせて頂く。

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第1日女子3階級マッチレポート(48kg級、52kg級、57kg級)

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