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【eJudo’s EYE】エテリ・リパルテリアニの衝撃/世界ジュニア選手権2019評

(2019年11月19日)

※ eJudoメルマガ版11月19日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】エテリ・リパルテリアニの衝撃
世界ジュニア選手権2019評
→男女14階級結果(eJudoLITE)

文責:古田英毅

なかなか総括の時間が取れなかったが、ちょうどニュース記事の全文公開時期に重なる。簡単に、世界ジュニア選手権(10月16日~20日)のインプレッションを書き残しておきたい。末尾に、日本代表選手全員のひとこと評も記しておく。

男子ジョージア勢の異常までの充実ぶり、スター揃いの100kg超級における松村颯祐(東海大2年)の圧勝とインパクトを受けたトピックまことに多い大会であったが、時間が経って濾されてみると最初に書くべきは間違いなくこれかと思う。女子57kg級のエテリ・リパルテリアニ(ジョージア)についてである。

■ エテリ・リパルテリアニの衝撃
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57kg級準決勝、エテリ・ルパルテリアニの帯取返「一本」

男女混合団体戦の創設を受けて急速に女子の競技者を増やしているジョージア。その最前線に立ち、欧州ジュニアを圧勝した彼女は今大会も全試合一本勝ち。強さはともかく、その内容が興味深い。個の強さを超えた技術史的な「現象」と捉えるべきだ。勝ち上がりは初戦が「やぐら投げ」から連絡しての帯取返(ちなみに、記録などを見るといまだに国内では「引込返」(地方によって「帯取返」と俗称する)と混同している方が見られるがもちろんこれは正式技名称でいうところの帯取返、いわゆる「ハバレリ」の進化系である)「一本」、続く3回戦は隅返「技有」を得たのちに相手の横腹に食いつくフロントスープレックスまがいの裏投「一本」。そして準々決勝の隅返と横四方固の合技「一本」を経て、準決勝では後帯を掴んでの正対から体を反らせ、またもや豪快な帯取返「一本」。決勝ではここまで絶好調の袴田佳名瑚(藤枝順心高3年)を、これも脇を差しての豪快な「やぐら投げ」(決まり技は内股)で「一本」に仕留めた

この典型的な「グルジア柔道」の何が画期的なのか。

世界選手権の解説者席で、田知本遥さんら女子のメダリストと「男子と女子では流行する技が違う」というトピックで何度か話をさせて頂いたことがある。ロンドン-リオ期以降爆発的に流行した「やぐら投げ」や帯取返などの大技は女子ではなかなかお目に掛かれない。これについて一言所見を語ってもらいたかったのだ。彼女たちの答えは「率直に言って、女子にはできない」であった。要約すると、試してみたりやらせてみたりしたことはあるが、十分体の力があると思われる選手でもその力が技の成立の閾値に達しない、あるいは互いの体が柔らかいせいか力を伝えきれない、結果としてなぜかできない、と。筋量に劣る女子カテゴリには、例えば跳ね技の巻き込みフィニッシュが多かったり担ぎ技は低く転がるタイプが主流であったり、あるいは片膝を着くような技が多かったりと競技草創期から続く一定の傾向があったわけだが、2012年以降の「組み合う」ルール下でパワーファイトが増えたことで、この男女差がより目立つようになった。その顕著な例が「これだけ流行っている『やぐら』の術者がトップファイターにほとんどいない」であったわけである。

エテリ・リパルテリアニはあっさりこの境界線を超えた。男子のパワーファイトの代名詞である「グルジアスタイル」を女子の畳に持ち込んで、しかもその技で世界タイトルまで辿り着いている。これが技術史上の一大トピックでなくて、なんであろうか。

これはあくまで彼女の体の力があってこそ、フォロワーが現れるかどうかはまだまったくわからない。この1週間後の欧州U-23選手権もあっさり制したリパルテリアニであるが、人材多き57kg級世界でシニアのトップファイターと互せるかどうかも、もうすこし観察を重ねたいとわからない (現在ワールドツアーは2度参加、7月のGPザグレブ大会で3位入賞)。

しかし「女子でも出来る」との扉を開けた、最初の1人が現れたインパクトは計り知れない。例えば「日本の女子を倒すにはこれが一番手っ取り早い」と考えるコーチはもちろん現れるであろうし、己がこのスタイルで戦えないか試してみる選手も当然ながら増えるだろう。話のスケールを少々小さくしてしまうが、国内にこのタイプの選手がいない日本勢は苦戦必至のはずだ。今季急成長、技の威力はもちろん受けの強さ抜群の袴田が強引に(しかも1度いきかけて止め、やっぱりもう1回と仕掛け直した、襲来を予期出来る技であった)吹っ飛ばされたシーンにはそう思わされるだけのインパクトがあった。

既にご存知の方も多いと思うが。海外メディアの記事によれば、彼女はリオ五輪90kg級の銅メダリストで100kg級でも2年連続世界選手権銀メダルを獲得しているヴァーラム・リパルテリアニの親戚とのこと。しばし彼女の動向と、周囲にフォロワー現れるかにご注目頂きたい。

<註>12月5日のコラムにて訂正。彼女とヴァーラム・リパルテリアニの間に血縁関係はない。彼らはスヴァネティという地域の出身で、かの地においては「リパルテリアニ」はごく一般的かつ、非常に多い姓とのこと。

■ 技術傾向が勝敗分けた軽量級、ジョージア勢が異常に充実の中量級
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武岡毅は決勝の終盤、思わぬ背負投「技有」を食って苦杯。

日本男子のタイトルは100kg級と100kg超級のみ。

軽量級は、シニアの試合特性やトレンドをしっかりフォローしているかどうかが切所で結果を分けた印象。準決勝まで圧倒的なパフォーマンスを見せて優勝が相応と思われた武岡毅(國學院大2年)の決勝は、世界選手権でどっぷりシニアの軽量級柔道を見慣れた感覚からすれば、トップファイターが背中を見せる相手をあれほど見逃すということはちょっとありえないと思わざるを得なかったし、73kg級の優勝候補塚本綾(日本体育大2年)がマフマドベク・マフマドベコフ(ロシア)の内股を潰したところから投げなおされて「技有」を失った場面は、世界選手権から再三指摘しているところの後の先を巡る攻防の先鋭化、「後の先(せん)の先(さき)の世界」に後手を踏んだものである。技術に負う割合が多い軽量級では、このあたりが特に顕著に結果に反映されることとなったのではないか。

これがしっかり出来ていれば、という思いもあるが、これまで日本がシニアで最終的に勝つに至ったのはまさに、国際舞台のトレンドに左右され過ぎずに独自の価値観で力を練って来たから。地力が涵養できる環境がしっかり整えられていることは大前提だが、ガラパゴス化自体は決して悪いことではない。ただ、国際大会に打ってでようとするレベルの選手は、その上でなお各人しっかり国際大会をウォッチする意識の高さは必要だと感じた。日本は世界のトレンドから地理的に切り離された文字通りのガラパゴス。真似をする必要はないが、「試合に勝つ」ことを目指すのであれば、欧州の一線と息を合わせておく必要は、ある。

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81kg級決勝、ウラジミール・アハルカツィがダヴィド・カラペティアンから袖釣込腰「一本」

中量級は、欧州ジュニアで81kg級から上の4階級を全て獲ったジョージアの独擅場。単発ではなく、沸いて出るほど強い選手が続出するその層の厚さが恐ろしい。81kg級を取ったのは既にシニアのトップファイターであるタト・グリガラシヴィリではなく2番手のウラジミール・アハルカツィ。加えて東京世界選手権で銅メダルを獲得したルカ・マイスラゼもまだ21歳だからこの世代のジョージアの陣容は物凄い。「一体何人強い選手を隠しているんだ」「誰が出て来ても強い」、かつて世界が日本に抱いたであろう感想がそのまま当てはまる。90kg級のラシャ・ベカウリも徹底マークを受けながら圧勝で連覇を成し遂げている。軽量級から重量級までどの選手も投げ切ろうとするあまり後の先の技を受けやすい通弊があるが、「それでも投げ切れ」との共通意識のもと、つまりは伸びしろを残す形で結果を得ていることも脅威だ。次代の国際柔道はこの国が引っ張ることになると考えるのが普通の感覚だろう。

日本勢男子は結果として2階級を獲ったが、ここまでは実に5階級でタイトルなし。日本勢は軽い階級で結果を残しておくことが大戦略であったはずだから、コーチにはまさに地獄の日々であっただろう。ワールドツアーや世界選手権における「ジュニアあがり」の動向を観察していると、いまや世界ジュニアに優勝するには、翌年の世界選手権でいきなりメダルを争うレベルの地力と潜在能力が必要。上記のディティールはあるが、素直に、日本代表選手がそこまでのレベルに達していなかったと捉えるべきだ。世界ジュニアのレベルは急速に上がり、シニアとの距離は縮まり続けている。

ただし、東京世界選手権3位のキム・ミンジョン(韓国)に連覇を狙うゲラ・ザアリシヴィリ(ジョージア)らスター選手が揃って最難関と思われた100kg超級における松村颯祐(東海大2年)の勝利は誇ってよい。松村個人の強さはもちろんだが、若手に有望選手が次々輩出されている国内におけるこの世代の最重量級の事情がある程度正当に反映されたと考えていいだろう。

■ 男子日本代表に「冬の十年」到来の予感
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100kg超級2回戦、松村颯祐がゲラ・ザアリシヴィリから裏投「一本」

と書いて、なお。
東京世界選手権以降の男子日本代表は非常に厳しい戦いを強いられるであろう。ジョージアやロシアの若手の充実ぶりや、欧州勢いったいの技術の高さと柔道の筋目の良さを見るにつけ、そしてこの夏取材させて頂いた全国中学校大会をはじめとする各種国内大会の様相を見るにつけ。現在国内でトップに近い位置にある彼らが数年後にこのレベルと伍して戦い、勝利する姿がちょっと想像しにくい。これまでも世界ジュニアが終わるたび「この先は厳しい」と悲観的な観測がささやかれ続けたものだが、筆者は頷きつつ「そうは言っても」とその度頭の中でエクスキューズを作っていた。あの学年にあの選手がいるから、あの学年がスター揃いだから。

もうそんな「見たいものだけを見る」思考ゲームも限界。今年ほど、「この先の日本に暗黒時代が待っている」とビビッドに感じた年はない。国内の裾野の狭まりが閾値に達しつつあるのだろう。このままの体制から吐き出されるグループで、この先もレベルが上がり続ける国際大会を戦うことには早晩限界が来る。

どうすればいいのか、については趣旨が違うのでここでは敢えて触れない。末尾に一言添えてまとめられるような問題ではまったくない。あくまで「この夏の試合を見ての感想」ということで一旦筆をおかせて頂く。

■ 代表各選手ひとこと評
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100kg超級租を制した松村颯祐

60kg級 末松賢(明治大2年) 3位
力以上のものを出した大会。クバニチュベク・アイベク=ウール(キルギスタン)に勝利した3位決定戦は殊勲。

60kg級 市川龍之介(東海大2年) 3回戦敗退
実績を買われての選出であったがパフォーマンスし切れず。敗れたサリー・イルディス(トルコ)も3位に終わっており、非常に厳しい結果である。

66kg級 武岡毅(國學院大2年) 2位
準決勝までは素晴らしい出来、60kg級時代以上の機動力だった。決勝は前述の通り、背を見せる相手を見逃し続けた結果最後に罰を食ってしまった。

66kg級 桂嵐斗(日本大1年) 3回戦敗退
実績を買われての選出。良いきっかけになり得たはずだが、低調から抜け出せなかった。

73kg級 塚本綾(日本体育大2年) 2回戦敗退
優勝候補であったが初戦で敗退。塚本らしさを出す前に、国際柔道のトレンドに呑み込まれた印象。

81kg級 竹市大祐(大牟田高3年) 2回戦敗退
シニアのトップファイターであるグリガラシヴィリに何もさせてもらえず。ただし竹市はもともと考えて柔道を作るタイプ。一線級の力を感じた、その先に何を組み上げてくるかが非常に楽しみ。

90kg級 増山香補(明治大3年) 5位
ターゲットにしていたベカウリに敗退。これは仕方のない部分もあるが、3位決定戦は確実に取るべきだった。展開に応じた戦術の引き出しをもう少し増やしたい。

100kg級 神垣和他(明治大2年) 優勝
例年に比べると人材が薄い階級でチャンスではあったが、日本人選手がこの階級で世界ジュニアを獲るのは大変なこと。偉業達成である。もともと頭の良い選手であるが、クレバーさに加えてこの日はここぞで勝負に出る思い切りの良さが好結果をもたらした。

100kg超級 松村颯祐(東海大2年) 優勝
ザアリシヴィリを裏投一発に捉えた2回戦は、今大会全体を通したハイライト。世界を驚かせた。そのまま全試合一本勝ち、満点に近い出来。欲を言えば団体戦でも事故を起こさず、周囲を怖がらせたまま帰ってきてほしかった。

48kg級 古賀若菜(南筑高3年) 優勝
貫録の優勝。国内では苦戦も散見される古賀であるが、余裕を持って表彰台の真ん中を確保した。「向いている」としか言いようがない。国際舞台で輝くタイプの選手である。

48kg級 渡邉愛子(東海大1年) 5位
全日本ジュニアで古賀を倒した渡邉だが、跳ね技、刈り技中心のその柔道が、このタイプの手練れが多い海外選手にとっては比較的対応しやすいと見受けられた。豪快な一発の魅力をそのままに、いま一段のレベルアップが求められる。

52kg級 川田歩実(修徳高2年) 3位
背負投と小内刈を組み合わせ、これを連発するという典型的な日本軽量級スタイルで勝ちを重ねた。相手が「もう嫌になった」とばかりに吹っ飛んだ準々決勝などは真骨頂。高校2年生でこの結果は見事である。

57kg級 袴田佳名瑚(藤枝順心高3年) 2位
決勝でリパルテリアニに敗れたが、MVP級の出来だった。技の威力抜群。潜在能力の高さが一気に結果に繋がり始めた今季の、集大成になり得る試合。

63kg級 浦明澄(日本体育大1年) 3位
優勝候補であったが、ライバルと目されていたソフィー・オズバス(ハンガリー)とアニャ・オブラドヴィッチ(セルビア)の後塵を拝す形で3位。この階級はシニアのトップ数名に他のグループが大きく引き離され、かつシニアとジュニアのレベル差も大きい。持ち味を発揮してしっかり表彰台には登ったが、この先代表争いに斬り込むようなインパクトまでは残せず。

70kg級 朝飛真実(桐蔭学園高3年) 優勝
全試合一本勝ち。理と力を併せ持った柔道でまったく他を寄せ付けなかった。もはや敵はこのカテゴリにはなく、シニアでどれだけ戦えるかが課題。既に方法論がしっかり組みあがっているがゆえ、自身優位の状態で技を決めることが多い印象。このアドバンテージが規格外のパワーファイターが揃うシニアでも機能するか、それともさらなる奥行きを見せてくれるのかに注目したい。。

78kg級 和田梨乃子(三井住友海上) 優勝
2連覇達成。前に出て、組んで、投げてと文句なしの出来。決勝では小外刈で回り込ませた相手の出口を大外刈で待ち構えるという、理と技術の揃った素晴らしい一発で相手の体格を突破。全日本ジュニア決勝での失敗を取り返して余りある結果と内容だった。

78kg級 黒田亜紀(富士学苑高3年) 2回戦敗退
国内のジュニア以下では無敵の強さであったが、相手のパワーが一定ラインを超えると途端に呼吸が苦しくなる印象。世界の厳しさを感じさせられた大会となった。

78kg超級 高橋瑠璃(山梨学院大1年) 優勝
手堅く、しぶとく戦い続けて日本勢最重量級7連覇を達成。「技有」を失っても、軽挙せず、そして掛け潰れずに立ったまま大技を仕掛け続け「指導3」で逆転した決勝に、この日の戦いが凝集されていた。

※ eJudoメルマガ版11月19日掲載記事より転載・編集しています。

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