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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第88回

(2019年11月11日)

※ eJudoメルマガ版11月11日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第88回
多数の受験生の形を、一々誰が審査し得るか、実行上不可能というより他はない。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「都下各大学を卒業せんとする人々の柔道座談会」
柔道6巻3号 昭和10年3月 (『嘉納治五郎大系』未収録)

毎月、講道館から発行されている雑誌「柔道」。

柔道の歴史や嘉納師範を知る上で、貴重な史料となる長い歴史をもつ機関誌ですが、過去のものを読むと、今とは少し趣が違う面白い企画を目にすることがあります。

今回の引用元も、そういった企画の1つです。卒業予定の大学生修行者で座談会を行うのですが、集まった学生は、6大学15名。講道館からも5名(+編輯部員)が参加、総勢21名という大人数により約3時間に亘り行われた座談会です。

驚くことに、講道館の5名には師範も含まれています。
今で言うと、大学卒業予定の学生を10人以上集めて、上村春樹講道館長を筆頭に高段者が出席、座談会を行った上で、それを雑誌掲載するということですが・・・。なかなか難しそうです。

座談会の内容は、試合のことも少し語られていますが、柔道の普及や「精力善用」「自他共栄」などの柔道の精神面について質問や意見、要望が述べられ(学生がこういった話をすることが驚きですが)、師範が答えるといったことが大半をしめています。そんな中、日本大学の守田正憲氏が次のような発言をします。<講道館には、もう少し昇段を厳正にしてほしい。四・五段になっても一通りの形が出来ない人がいる>。これだけでも思い切った発言に聞こえますが、さらに<こういうことでは、段の権威にも拘わらないでしょうか>と踏み込みます。
 
これに対して師範が何と答えたか。
<修行者や昇段者数の増加により、それぞれの機関に委任して出来る限り厳正な審査を行っているが、そこで形を昇段の資格に入れようとすると>「多数の受験生の形を、一々誰が審査し得るか、実行上不可能というより他はない」と答えています。

ここで、「あれっ」とお気づきになった方いらっしゃると思います。
それぞれの地方の機関に委任して、審査を行い、その結果から昇段候補者を講道館に推薦するという現在のスタイルは、この当時すでに確立されています。ですが「形」は昇段の資格には含まれていませんでした。
「形」と「乱取」、両方を柔道修行に必要不可欠なものとし、乱取に傾倒する柔道界に、形の重要性を説き続けていた師範ですが、この件については「不可能」という見解だったわけです(※)。

師範の生前、昇段の資格について成文化したものは「昇段ノ資格中年限ニ関スル内規」しかありませんでした。これはタイトルの通り「年限」(次の段位に昇進するための修行期間)を定めたもので、それ以外の基準ははっきり決まっていなかったわけです。
現在に続く、試合における点数や修行年限、形など、昇段の最低限の資格を定めた「講道館昇段資格に関する内規」が出来たのは昭和32年、嘉納履正館長の時のことです。

師範を考える時、表面的な理解、あるいは盲信、どちらもダメでしょう。
今回のケース、盲信すれば、形の試験は出来ないことになります。ですが、先人はそれを昇段資格として制度化し、今日まで実行しています。結果、程度の差はあっても、それぞれの段位において、「形」を学ぶ(知る)機会を作っています(どの段位にどの形をあてるかは、師範の考えを反映しているとは言いがたいかもしれませんが)。このことを筆者は誇って良いと思います。私見ですが、師範のことば通り、形を昇段資格に組み込まなかったら、形は今よりずっと廃れていたでしょう。
 
嘉納師範が実現出来なかったことを、少しずつでも実行していこうとするのが、「講道館柔道」という衣鉢を継いだ後進のあるべき姿だと思いますが、いかがでしょうか。
もちろん、そのためには、師範が何を考えていたのか、しっかり学ぶことは欠かすことはできません。

※ただし、師範は守田氏の意見はもっともで、参考として、大いに研究したいと述べ、さらに、形の修行をつんだものに、別途称号を与えるという考えを披露しています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版11月11日掲載記事より転載・編集しています。

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