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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第87回

(2019年10月28日)

※ eJudoメルマガ版10月28日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第87回
それは努力の成果を得た愉快とでもいうべきであろう
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「柔道家としての嘉納治五郎 第1回」
作興6巻1号 昭和2年1月 (『嘉納治五郎大系』10巻12頁

この記事が配信される10月28日。ある人物の誕生日ですが、皆さんはご存じでしょうか。
 
そうです!徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜公の誕生日(現在暦:旧暦では9月29日)!!
・・・も間違いではありませんが、万延元年(1860)の10月28日(旧暦:現在暦では12月10日)、現在の兵庫県で生を受けたのは、我らが嘉納治五郎師範です。

そんな師範の生誕をお祝いして、数年前から総本山である講道館では「嘉納治五郎師範生誕祭」というイベントが行われています。嘉納師範の誕生日である10月28日を中心に数日間行われる行事です。

その中に、師範ゆかりの技を取り上げ、由来やエピソードを紹介、最後にその技を修行者全員で練習するという粋な企画がありました(残念なことに、現在は行われていません)。
この企画で「肩車」を扱った年がありましたが、みなさんは「肩車」と師範の関係をご存じでしょうか?
 
師範が天神真楊流柔術を修行していた頃の話です。
熱心な修行の結果、多くのお弟子さんには引けをとらないところまで成長していた師範ですが、一人だけどうしても敵わない福島兼吉という力が強い人がいました。師範はそれが悔しくて、何とかして投げようと、様々な工夫・稽古を重ねます。「相撲の手」を元相撲取から学んだり、西洋にいい方法はないかと図書館の本(当時のことですから、和訳ではなく原書でしょう)を読んだり・・・。
そんな努力の結果、ついにある技で福島氏を投げることに成功します。
それが「肩車」です。

なかなか勝てなかった相手に対して、一生懸命、努力、研究、工夫をおこなった結果、投げることが出来た、その爽快感と達成感。柔道に限らず、大なり小なり何かに一生懸命取り組んだ経験があれば理解出来るのではないでしょうか。
 
そんな体験について60歳を超えた時に振り返った感想が今回の「ひとこと」です。
この「肩車」は残念なことに、福島氏には一度しかかからなかったようですが、別の回想で「今思い出しても微笑まれるくらい」と述べているように、師範にとって特別な思い出だったようです。

講道館柔道は道場の稽古や試合に止まるものではない。これが本質です。
ですが、今回のエピソードは、なかなか勝てなかった相手を努力工夫によって投げるという成功体験として、師範の中に残っていました。師範も努力して人に勝つ(人を投げる)喜びを熟知していたわけです。

講道館柔道について、いつも高尚で難しいことを言っているように感じる嘉納師範。そんな師範に少し近寄りがたさを感じる人もいたかもしれません。ですが、実は我々柔道修行者が持っている「努力して人に勝つ喜び」を師範と根底で共有していたようです。
そう思うと、少しだけ、師範を身近に感じる気がするのですが、皆さんはどうですか?

※読みやすさを考慮して、引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版10月28日掲載記事より転載・編集しています。

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