PAGE TOP ↑
eJudo

【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第86回

(2019年10月14日)

※ eJudoメルマガ版10月14日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第86回
柔道が将来、世に貢献せねばならぬ方面は、この有効の活動を世間に唱道し、その実行を促すということにあるのである。
eJudo Photo
嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「今の日本社会において講道館柔道修行者が有する責任について」
有効の活動 第7巻6号 大正10年6月 (『嘉納治五郎大系』1巻287頁)

「講道館柔道」が畳の上における稽古や試合に止まるものではない。
本連載の核となる師範の想いですが、今回は、まず出典のタイトルに注目していただきたいと思います。

「今の日本社会において講道館柔道修行者が有する責任について」
<今の日本社会において講道館柔道修行者が有する責任について>

本連載を読んでいる皆さまですから、普段から、社会生活においても、柔道修行者(柔道家、柔道選手)として、恥ずかしくない立ち振る舞い等、ご自身が気をつけると同時に、指導していると思います。それだけでも、大変立派なことだと思いますが、師範は、(当時の)日本社会に対して、柔道修行者に何か責任があると言います。
<責任がある>これはかなり重い言葉でしょう。

その責任とは何か。具体的な内容の一節が、今回の「ひとこと」です。

「有効の活動」。これは遺訓に出てくる「心身の力を最も有効に使用する」活動のことです。この活動を世間に唱道、つまり、自分から先に立って言うことであり、周りの人たちにそれを実行することを勧めること。これが柔道修行者の責任ということです。
 
ただ、何事もそうですが、口だけでは人は、動きません。山本五十六大将ではないですが、まず「やってみせる」ことは、人を動かすためには、必須でしょう。「「精力善用」「自他共栄」が大事です」と言うことは簡単です。しかし、言った本人が実践し、周りを納得させなければ、言葉だけ覚えても実践することは期待できません。古今変わらぬ共通のことでしょう。
師範も「ひとこと」に続いて、<それには、まず、柔道の修行者自身が、その修行に適うような行動をして人に示さないといけない>と言います。
 
そんな「有効の活動」の実践、具体的に、どういうことで、心掛ければ良いか。師範は一部の例としてですが、以下のようなものをあげています。

1.食べ物  2.日々の時間の使い方  3.勤務勉学の方法  4.休息

「日々の時間の使い方」や「勤務勉学の方法」は、まだ分かりますが、「食べ物」や「休息」まで入っていることに驚かれるのではないでしょうか。食べることも、休息をとることも、どうすれば、最も有効なのか、考えて実践しなければならないということです。四六時中、頭を使い続けないといけません。口で言うほど、簡単でないことがよく分かると思います。
 
ところで、なぜ、師範は「有効の活動」の普及と実践を考えたのかですが、これは決して柔道の普及のためではなく、国際間の激しい競争のまっただ中にいた日本にとって、本当に必要な思想と考えたからです。
だからこそ、その普及実践を、修行によって「有効の活動」を最も体得しているはずの柔道修行者が果たす責任としたわけですが、そんな師範の想い、どれだけの修行者に届いたのでしょうか・・・。
 
※読みやすさを考慮して、引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版10月14日掲載記事より転載・編集しています。

→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る
→「書評・DVD評」に戻る