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【eJudo’s EYE】覇権強めるリネール、影浦は善戦も日本の展望明るからず・グランドスラムブラジリア最終日評

(2019年10月9日)

※ eJudoメルマガ版10月9日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】覇権強めるリネール、影浦は善戦も日本の展望明るからず
グランドスラムブラジリア最終日評(男子90kg級、100kg級、100kg超級、女子78kg級、78kg超級)
文責:古田英毅

第2日評の冒頭で書かせて頂いた通り、「もっとコラムを読みたい」との声に要望に応えてこれまでニュース記事、あるいはレポート記事に付していた「評」に近い部分を独立、発展させてお届けする。

→第3日ニュース

■ 影浦心善戦も展望は明るからず
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100kg超級2回戦、影浦心がテディ・リネールを左小内刈で大きく崩す

影浦心の繰り広げた試合はエキサイティングなものだった。「左組みの担ぎ系」はリネールがもっとも苦手とするタイプ、そしてこの型で日本が唯一国際大会の手駒として保有する影浦による待望の初挑戦というビッグイベントにふさわしい試合であったと言える。本戦終了間際の3分35秒には両袖の左小内刈で大きく崩して腹這いに伏せさせ、続いて右背負投から相手の抱分様の浮技を押し込む場面も作り、延長戦では得意の内股透に嵌めかけた。本戦では左背負投で股中に深く潜り込むシーンもあったし、相当に「やれた」試合であることは間違いない。左小内刈のシーンは、2017年ブダペスト世界選手権準決勝におけるグラム・ツシシヴィリ(ジョージア)の右出足払、2014年チェリャビンスク世界選手権決勝で七戸龍が放った右大内刈に次ぐ「惜しい」場面であった。これだけ期待感を持って試合を見ることが出来たリネール戦も珍しいだろう。

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リネールが影浦を払腰「技有」に仕留める

しかしより強く印象に残ったのは「影浦の適性」ではなく「リネールの強さ」のほう。小内刈で崩されたと言っても前述2つの場面よりはだいぶ余裕をもって回避していたし、背負投にも背筋が曲がることまったくなし。試合展開の中で勝機を探ることに長けていたのもリネールの方で、延長戦以降は組み勝って足技と捨身技で手数を確保して「指導」奪回、組み手では単に袖を殺すだけでなく「ケンカ四つクロス」や「両襟奥」も繰り出してルートを探り、終盤は影浦の内股透狙いに完全に気付いて外足狙いに切り替え(飛び込み内股のステップから繰り出した右払腰は出色であった)、最後はそのシナリオ通りに払腰で取り切った。試合時間9分52秒は間違いなく苦戦の領域には入ると思うのだが、勝利自体が揺らぐような時間帯はなし。そもそもなぜ、苦手のはずのこのタイプに深々背負投に入られながら、ここまで冷静でいられるのか、まったく慌てることがないのか。余程の自信があるのだろうし、リネール最大の隙であったメンタル面が大きく強化されていることは間違いない。

もっとも適性があるはずの影浦が、初対戦というアドバンテージがあるにも関わらず、そしてやるべきことをほぼすべて出し切ったにも関わらず徐々に手が詰まり、見切られ、最後は投げて仕留められたというこの試合。善戦ではあったのだが、読後感はむしろ閉塞。影浦が最重量級きっての「このタイプ(担ぎ技系)」の手練れであることやもともとの期待の高さもあいまって、「そもそもリネールが『担ぎ系が苦手』であったのは『指導』差で試合が決まる時代のこと」という近来の個人的見立てがさらに補強された試合であった。では影浦は次の対戦で何をすればいいのか、または、この試合から原沢が次に為すべきことはなんなのかがほとんど見えてこないのである。リネール恐るべしと改めて思い知らされた試合であった。

■ 覇権強めるリネール
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リネールがロシアの1番手候補、イナル・タソエフから大外巻込「技有」

リネール、強くなっている。かつてのひたすら状況を積む手堅い戦い方をベースに、2017年に集中して見せた足技、さらに今年は「いけるときには思い切って大技」というモードを積んで(大技を仕掛ける心理的ハードルはかなり下がっているように感じる)、新たな境地を見せている。投技自体も実は上手くなっているし、なにより前項(そしてGPモントリオール時のコラム)でも書いた通り、メンタル面の強化が著しい。唯一といっていい刃の入れどころであった「心」の部分がここまで仕上がってしまっては、ちょっと手に負えない。体力面の衰えを指摘する声はあるが、これを補って余りあると断言していいと思う。常に冷静、そして戦術眼の高さや状況判断の良さを「どう投げるか」に変換できるようになったリネール。明らかに強くなっている。

7月のグランプリ・モントリオールで大熱戦を繰り広げた現役世界王者ルカシュ・クルパレク(チェコ)との準決勝は、ほぼ一方的に「指導」3つを奪っての圧勝。山場もなく、「絶対に倒してやる」というような高揚感もなく、ただ組んでいるだけで勝手に反則が積み重なるという体の圧勝であった。畢竟あの試合では、切ったり、離れたり、ずらしたりという「きっかけ」を与えたから揉めたに過ぎず、組んでいれば別段危険なことはなにもない。そう割り切ったかのようなまことに恐ろしい、実に静かな試合であった。世界選手権レポートで少し書かせて頂いたが(このあと、最終日評で再度きちんと書くつもりである)、結局この3年間100kg超級世界は本来対リネールのカウンターカルチャーであったはずの「担ぎ系」の対策と彼ら同タイプの同士の対戦に追われて、肝心の巨人対策を深められなかった、つまりはリネール包囲網を敷けぬままに時間を過ごしてしまった、という見立ての正しさを再認識した試合であった。得をしたのは、休んでいたリネールだ。

今のところ、五輪という異常な磁場とリネールの思い入れの強さを利用してメンタルパニックを誘発するという曖昧な作戦しか見えないのが正直なところ。リネールの覇権は揺らぐどころかますます強まっている。

【テディ・リネール勝ち上がり/ひとこと戦評】

[2回戦]
テディ・リネール(フランス)〇GS技有・払腰(GS5:54)△影浦心
ケンカ四つ。影浦の担ぎ技と足技に序盤攻勢を許すも延長戦は立ち直り、組み手と手数で優勢。相手の内股透狙いをかぎ取り、内股を晒しながらの払腰で取り切り「技有」。

[準々決勝]
テディ・リネール(フランス)〇優勢[技有・大外巻込]△イナル・タソエフ(ロシア)
右相四つ。組み手でしぶとく圧し、捨身技と足技で攻撃。「指導2」リードの3分15秒、引き手で袖をガッチリ握って折り込むと、釣り手はこれまでとルートを変えて相手の右腕肘下を押し込んで右大外巻込「技有」。後のなくなった相手が出てくるとその突進を捉えて残り18秒浮技「技有」。これはポイントが妥当と思われたが取り消しとなる。直後タソエフが大内刈、これを大内返で返すが中途半端になり自爆、一時タソエフの「技有」が宣せられるがこれはさすがに取り消し。そのままタイムアップ゜。

[準決勝]
テディ・リネール(フランス)〇反則[指導3](3:56)△ルカシュ・クルパレク(チェコ)
リネールが組み止めるとクルパレクほぼ打つ手なし。1分29秒防御姿勢の咎でクルパレクに「指導」、3分31秒両者に消極の「指導」、残り56秒クルパレクが頭を下げたまままっすぐ場外に逃れ、すぐに戻ったものの場外の「指導」。見せ場ほぼないまま試合が終わった。

[決勝]
テディ・リネール(フランス)〇大外刈(0:16)△ダヴィド・モウラ(ブラジル)
右相四つ。リネール敢えて組ませていったん両袖となり、自ら釣り手を切ると引き手一本を一方的に持つ形が出来上がる。そのまま釣り手を奥襟に入れながら大外刈、巻き込み動作で最後の一押しを呉れて「一本」。

■ しっかり仕事を果たした飯田
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準決勝、飯田健太郎がキリル・デニソフから内股「一本」

100kg級の飯田健太郎は優勝。全試合一本勝ちでしっかり仕事を果たした。その出来は当然悪しからず、相手に敢えて持たせて持ったり、引き手を脇から滑らせて結果として一方的に袖を得たりと課題の組み手にも工夫が見られた。ただ、飯田であればこのくらいはやる。負傷で今期前半戦いったいに不調であった飯田が来る後半戦に向けて体勢を整えた、そういう大会であったと思う。

ただし代表争いという巨視的観点から言えば、この時期に飯田が試合に出ることに対する目線は「ウルフに対してやれるだけの蓄積を見せてくれるかどうか」というところまで上がっている。この足し算要素から評価すれば、全試合一本勝ちの優勝という圧倒的な結果に比して少々手詰まり感がある大会でもあった。

世界選手権の激戦を見た直後ゆえかもしれないが相手のペースもスローで試合の流れも鷹揚、飯田に対する包囲網もかつてほど厳しくはなく、比較的「持たせてもらえる」ことで最大の長所である投げの強さが生かされる状況が出来ている。さらに対戦相手は今大会いったいに調子が上がらない遠来の欧州組に、地元の利を生かして勝ち上がった、決勝の対戦相手としては一段役者が落ちるブザカリニ。この中で飯田が「来ている」「もう1度ウルフと勝負がある」と感じさせるレベルのものを見せるのであれば、例えば溜めに溜めた戦術上の蓄積を実戦で一気に解き放つような密度の高い組み手と技の連動というような内容面の充実や、すべてワンインパクトの内股「一本」で斬り落とすというような圧倒的な結果であったはず。デニソフ相手に9歩ケンケンして(当初は反時計回り、相手に応じて横移動)10歩目で投げ切った内股などはさすがであったが、準々決勝のサーイエニッチ戦では裏投を自爆して「技有」を先行される緩さも見せており、全体としては上り詰められなかった印象。

飯田が負傷による停滞から脱してしっかり勝利を収めた、しかし現状代表争いの「もう一揉め」を感じさせるところまでは仕上がっていない。少々こちらの希望が贅沢なのかもしれないが、冒頭書いた通り「しっかり仕事をした」という評価がやはり適正かと思われる。端境期の長距離移動という難しい背景のさなか、負けることが許されない状況と相手。その中でしっかり仕事を果たした大会だった。

■ 「柔道が強いタイプ」復権の狼煙、シェラザディシビリが優勝
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ニコロス・シェラザディシヴィリがモハブ・エルナハスから「技有」

90kg級決勝は2018年バクー世界選手権決勝の再現カード。あのときと同様、ニコロス・シェラザディシヴィリ(スペイン)がイワン=フェリペ・シルバ=モラレス(キューバ)を下して優勝を決めた。シェラザディシヴィリの勝ち上がりは初戦でモハブ・エルナハス(カナダ)から隅落「技有」、準々決勝のニコラス・ムンガイ(イタリア)は組み手の強さで圧し続けて「指導3」、準決勝では躍進中のマーカス・ナイマン(スウェーデン)から巴投を待ち構えての袈裟固「一本」、最後はシルバ=モラレスから内股「技有」。

やはり強いのである。世界選手権においては同階級の「評」で、シェラザディシヴィリやシルバ=モラレスの「柔道自体が強いタイプ」が軒並み「勝負師タイプ」に敗れた、本格派が勝負師タイプに勝つには圧倒的な力が必要で2019年夏時点の90kg級世界は勝負師タイプが優勢、との見立てを書かせて頂いたが、少しでもその「ライン」が下がると彼らはこれだけの力を見せる。ポイントこそ入らなかったが、シェラザディシヴィリがナイマン戦で見せたステップを切っての支釣込足などは見事の一言であった。今のところは、本番には勝負師タイプが彼ら本格派の柔道を徹底研究することで一段上がることを頭の隅に入れながら、シェラザディシヴィリらの柔道に再び彼らを突き放すようなワンアイデア、あるいは「破れ」の萌芽があるかどうかを見守るしかない。これが来年までのツアーを見守る基本姿勢となるはずだ。

■ 78kg級、78kg超級評
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78kg超級決勝の下克上、ベアトリス・ソウザがマリア=スエレン・アルセマンから小外刈「技有」

第1シードの地元のスター、マイラ・アギアールが欠場した女子78kg級の優勝はカリエマ・アントマルチ(キューバ)。初戦で地元選手に大外刈「技有」に大内返「一本」で勝ち抜くと、ルイーズ・マルツァーン(ドイツ)にはGS延長戦隅落「一本」、アギアールの消えたプールAの勝者チェン・フェイ(中国)には「指導3」、世界選手権で苦杯を喫したナタリー・パウエル(イギリス)にはGS延長戦の谷落「技有」で勝利して優勝に辿り着いた。全員が巻きあがった状態の世界選手権では苦戦も、遠来の欧州勢には技で勝ち抜く力がある。コンディション次第では試合がどちらに転がるかわからない、このクラスタの混戦ぶりを示す優勝だった。

オドレイ・チュメオ(フランス)はアナ=マリア・ヴァグナー(ドイツ)を圧倒的に攻め込みながら、横変形で粘る相手に我慢できなくなり強引な大外刈を仕掛けて「技有」を失って敗退。他試合はほぼ順当に勝って3位に入賞したが、同国の第一人者マドレーヌ・マロンガとの差は広がっている印象。

78kg超級のベアトリス・ソウザ(ブラジル)は全試合一本勝ち、決勝はマリア=スエレン・アルセマンを投げて倒した。長年ブラジル女子最重量級の「顔」を務めて来たアルセマンだがもう31歳。現状ワールドランキング1位だが、今後の展開次第では若いソウザ(21歳、ワールドランキング7位)の代表選出も十分ありうる情勢となってきた。ただしソウザの柔道はまだまだ生硬。「旨味」という部分ではアルセマンには到底及ばず、素根輝やイダリス・オルティスら駆け引きが極端に巧い上位選手と伍することも厳しいと観察するが、今後の動向から目が離せない状況となって来た。同時派遣の大会があるようであれば、特に注目しておきたい。

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