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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第85回

(2019年9月23日)

※ eJudoメルマガ版9月23日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第85回
柔道の海外宣伝普及は、二つの意味において自分の後半生の任務と信じている。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「昭和八年を迎うるに当り講道館員一同に一段の奮励を励む」
柔道4巻1号 昭和8年1月 (『嘉納治五郎大系』1巻385頁)

嘉納治五郎師範が73歳になる昭和8年(1933)。この年は、講道館が創立から51年目を迎える年でもありました。今回の「ひとこと」は、そんな年の所信表明の一節です。

73歳と言えば、現代の感覚でも、<引退>していてもおかしくありません。ところが、師範、ここまでの仕事が第一段階。そして、昭和8年は第二段階の門出だと言います。73歳を迎えて、この意気込み。その精力的な姿勢に驚かされますが、第二段階の仕事の1つとして、海外における講道館柔道の宣伝普及をあげています。そこには、後半生の事業として2つの意味があると師範は言います。

1つ目は、文化の輸出による諸外国への恩返し。
当時の日本は、諸外国(特に西洋)の文化を輸入することにより、急速な近代化をすすめてきました。また、明治維新以前も、外国の文化の影響を受け、日本の文化は成り立っています。そういった諸外国からの恩(師範は「精神的な債務」と称しています)を、自国の文化、―言うまでもなく柔道です-を輸出することで返し、逆に、日本を精神的な債権国にしたいということです。

2つ目は、柔道を通し、日本人と外国人修行者で友好な関係を築くこと。
師範は、そういった繋がりがあれば、利益の交換や、もめ事があっても円満に解決出来るようになると言います。我々が今考える柔道を通しての国際交流に近いものでしょう。
柔道という日本発の身体運動文化を通し、互いに仲良くなる。筆者にも、経験がありますが、このような関係があると、例え、反日デモなど、その国の良くないニュースが流れたとしても、冷静さを失わず、寛容でいられます。
こうした柔道での繋がり(今風に言えば「絆」でしょうか)が、世界規模での「自他共栄」を、さらには、人類の繁栄を実現すると考えたのでしょう。
 
先般、東京で行われた世界選手権。華やかな表舞台が盛り上がった一方、国際社会の現実を直視せざるを得ない悲しい出来事もあったようです。
師範は、このようなことを乗り越えるツールとして、柔道の海外普及を後半生の仕事と考えたのでしょう。残念ながら、国家間の融和に、際だって寄与するというところに、柔道はまだ至っていません。それでも、少しずつは、前進はしている、そう思いたいものです。

さて、師範は当時の国際普及は柔道の技術面の価値が認められた結果であり、精神的な価値が認められれば、さらに世界に歓迎されるであろうとも言っています。もちろん、ここで言う精神は「精力善用」「自他共栄」です。昭和8年以降の、国際普及はこの精神面に重点を置いていたことは間違いありません。

世界中に広まった柔道。競技的な強さや技術では、すでに、日本が貢献出来るところは少なくなっているでしょう。では、これから先、日本が講道館柔道の発祥国として出来ることは何でしょうか?
 
 
※読みやすさを考慮して、引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版9月23日掲載記事より転載・編集しています。

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