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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第84回

(2019年8月26日)

※ eJudoメルマガ版8月26日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第84回
現在のところは(オリンピック種目を柔道に入れる可能性は)ない。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「嘉納師範に柔道を聴く―――エイ・エフ・タマス」
柔道5巻8号 昭和9年8月 (『嘉納治五郎大系』10巻337頁)
 
皆さんはNHK大河ドラマ「いだてん」を見ていますか?

物語は、いよいよ東京オリンピックの招致にはいり、役所広司さんが演じる<嘉納先生>の活躍が見られるのも、後少しとなりました
役所版・嘉納先生、様々な感想があるようですが、私自身は、ユニークな嘉納師範で、あれはあれで良いと思います。少々乱暴なくらいのエネルギッシュさは、聖人君子、あるいは柔道の神様として師範を見ている方には、許しがたいものかもしれません。
ただ、嘉納師範も人間ですから、当時から様々な評価をされているはずですし、歴史上の人物である以上、後世の人からも、いろいろな評価があってしかるべきです。ところが、師範は、そういった多様な評価がされにくい雰囲気があります。
このあたり、筆者は思うところがありますが、本論ではないので、このあたりで・・・。

いきなり、話が横道にそれてしまいましたが、その「いだてん」で先日「おやっ」と思うシーンがありました。オリンピックのために訪米した師範は選手村で、柔道のパフォーマンスと、顔写真入りの『柔道教本』を販売します(顔写真入りの『柔道教本』と販売はフィクションかもしれませんが、本の発刊と時期は史実通りです)。その後、<カッパ野郎>こと、阿部サダヲ氏が熱演する田畑政治氏が師範に柔道をオリンピックの種目に入れる意志はないのか問いかけます。

ドラマでは、師範は時期を考えつつという、積極的な感じの回答でした。同作品中では、誰もそのことを聞かなかったら、答えなかったと言っていますが、史実では、エイ・エフ・タマス氏が、「柔道をオリンピック・ゲームスの種目に入れる可能性はございますか」と尋ね、「現在のところはない」と答えています。それが今回の「ひとこと」です。

初出は英文だったものを、当時の人が訳したものからの引用ですので、細かいニュアンスが正確に反映されているかは、分かりません。また、なぜ「現在のところはない」のかその理由も、残念ながら述べられていません。

ところが、同様の内容を師範が話したとされる史料が別に存在するようで、法政大学の永木耕介氏や溝口紀子氏等が紹介しています。あくまでも師範の談話をメモした程度のものとのことですが、今回の「ひとこと」と同様に、柔道がオリンピック種目になることについては消極的であることが述べられ、さらに、その理由についても、言及しています。

永木氏は講道館の機関誌「柔道」の巻頭言で、該当部分を本人の訳出(こちらも原文は英語のようです)と言うことで紹介しています(http://kodokanjudoinstitute.org/words/20172/)。それによると、師範は、①柔道は単なるスポーツやゲームではない②(当時の)オリンピックが強いナショナリズムに傾倒しているため、競技柔道(Contest Judo)を発展させると、その影響を受けかねない、としています。さらに、柔道は芸術・科学として、政治的、国家的、人種的、財政的などの、いかなる影響を受けてはならず、すべてが最終目的である人類の利益(Benefit of Humanity)へ向かうべきものである、と述べています。オリンピックの種目に入ると、それが実現出来ないと考えたと思われます。

ただ、永木氏が指摘している通り、柔道の世界普及ならびに、世界規模の組織を設立することは構想していたわけですから、師範の柔道にかけていた想いと、オリンピックの方向性が異なっていたということでしょう。

オリンピックと師範の関係は、親和性に目が行きがちです。ですが、自身の立場上、言えなかった本音が師範にあったとしても、不思議ではありません。

早稲田大学の友添秀則氏は、日本で4回目となる世界柔道選手権大会を見た嘉納師範が、あまりに変わり果てた姿に「これが柔道ですか?」と驚き、「これは私が作った柔道ではない」とつぶやくシーンをその著作の中で描いています。もちろん、友添先生の想像の世界の話です。

今年の世界選手権、来年のオリンピックと世界中から柔道選手が日本武道館に集まります。そこで繰り広げられる柔道を見たとき、「私が作ったものとは、異なるが、これはこれで素晴らしい!」あるいは「柔道がオリンピックの種目になって良かった」と師範が思ってくれたなら、嬉しいのですが、いかがでしょうか。


※読みやすさを考慮して、引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版8月26日掲載記事より転載・編集しています。

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