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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第83回

(2019年8月11日)

※ eJudoメルマガ版8月12日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第83回
外国人が他国の言葉をつかって間違うのは当然なことといってよい。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「教育家としての嘉納治五郎 第4回」
作興8巻5号 昭和4年5月 (『嘉納治五郎大系』10巻221頁)
 
なかなか夏らしい暑さにならない・・・等と思っていた前回から、一転、急に夏らしい暑い日が続いています。夏休みに入り、(道衣を持つ、持たないは別として)人の移動が増えてきます。そんな流れの中、外国人と接する機会もあるでしょう。
皆さんは、外国人とのコミュニケーションについて、どういう風に思っていますか?実は、苦手だ・・・という人は少なくないでしょう。
 
嘉納治五郎師範は、外国語が堪能な国際人でした。英文で記した日記(非公開)や、国際オリンピック委員としての国内外での活動も、その事実を裏付けます。

そんな師範の外国語習得の経歴については、東京外国語大学の東憲一氏が「嘉納治五郎の外国語学習」(http://kodokanjudoinstitute.org/docs/1502Ken-ichiHigashi.pdf)と題して簡単にまとめていますので、興味がある方はご一読ください。
 
さて、頭脳明晰な師範ですから、外国語も軽々と身につけたと思うかも知れませんが・・・そうではなかったようです。本連載でも、師範の勉学における苦労は紹介しましたが、語学についても同様だったようです。それでも「読む」「書く」は、最初から、かなり実力があったようです。対して、一筋縄ではいかなかったのがコミュニケーションの根本「会話」です。
原因は「失敗を気にする」、「正しいことを最初から話そうとしたこと」でした。

以前、教育に携わる外国人から、社会や教育現場が間違いに寛容でないために、日本人は間違いを恐れるのでは、という意見を聞きました。簡単に答えが出せる問題ではないですが、一定の説得力があるように感じました。
師範も間違いを恐れるあまり、引っ込み思案になり、英語での会話に消極的だったと回想します。
 
ところが、海外に行くと、英語を母国語としない外国人が間違った英語で平気で話したり、書いたりする。そんな姿を見たことから、今回の「ひとこと」のような考えに至ったようです。このことが転機となり、<間違いを気にせず、積極的に話せば、次第に間違いがなくなる>という精神で行動した結果、会話についても堪能になったようです。
 
東京オリンピックを1年後に控え、海外に行かなくても、外国人に接する機会は、増えるでしょう。そんな中、今回の「ひとこと」は、外国人と英語で話すことに躊躇してしまう人の背中を押してくれるのではないでしょうか。
 
最初はうまく出来なくて当然。それでも、繰り返し挑戦し、失敗を重ね上手になる。実は私たちは身近なところで、体験済みです。「柔道」です。

稽古でも、失敗や返されることを恐れて、技を掛けなければ、上達しません。英語も一緒だと思えば、一歩目のハードルも低くなるのではないでしょうか。


※読みやすさを考慮して、引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版8月12日掲載記事より転載・編集しています。

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