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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第82回

(2019年7月21日)

※ eJudoメルマガ版7月21日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第82回
講道館柔道は夏期休暇の生み出した産物である。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「夏期と柔道」
柔道2巻7号 大正5年7月 (『嘉納治五郎大系』2巻128頁)

修行者にとって、苦しいながらも、やりがいのある季節が来ました・・・と言いたいところですが、今年はまだ、涼しい日が多く、夏を実感出来ていない方が多いのではないでしょうか。また、最近は冷房を備えた道場も多く、快適な環境で稽古が出来るようになっています。総本山の講道館でも、今年から冷房が設置されたとか。「夏」であるにもかかわらず、暑さを感じながらの稽古でないのは、少し寂しい気もしますが、熱中症対策等を考えると必要なことなのでしょう。

さて、そんな「夏」における休暇が、講道館柔道を生み出したという、少し驚きの「ひとこと」ですが、どういうことでしょうか。

師範の柔術修行が基礎となって講道館柔道が創始されたことは、みなさまご存知のとおりです。修行の開始時期は明確ではありませんが、東京大学在学中が主な修行時代だったようです。
学生が勉学をしなければならないことは、師範も、繰り返し述べていることですが、学業と柔術修行の両立は、師範でも簡単なものではありませんでした。授業がある間は、思うように稽古が出来なかったと言います。
ところが、夏休みは十分な時間がとれます。そのため、夏期休業になると、何もかもうち捨てて柔術の練習・工夫ばかりしていたと師範は回想します。さらに、<物事は切れ切れにすると集中しにくいが、朝から晩まで、1つのことに集中して考えると、様々な工夫ができる>とも師範は言います。

そんな夏休みの集中した柔術の稽古と工夫が、講道館柔道の基礎となった。これが、今回の「ひとこと」の意味するところです。

両立が大事と言いながら、休暇中は勉強をせずに柔道(柔術)ばかりしていいのか!という意見もありそうです。もちろん、学生は、柔道に熱中しすぎて、学業を怠けるようなことがあってはいけないと釘を刺しています(一方で、一方で、学業ばかりで身体を鍛えることをおろそかにしてもいけないとも言っています)。ですが、師範は、そこを踏まえた上で、何事も一定の時期、熱中して、身を入れないと本当のことが分からないと言います。そして、その集中して何かに取り組むのに最適な時期が夏休みということです。

筆者はここが、今回の「ひとこと」の肝ではないかと思います。そして、個人的には、集中するのが柔道でなくても良いのではないかとも思います。もちろん、師範は柔道を勧めていますが、それは当時の学生が普段は稽古の時間が十分にとれていないことが前提です。

当時も今も、修行環境は人それぞれです。普段から十分に稽古が出来ている人もいれば、出来ていない人もいるでしょう。

普段、稽古をしたくても出来ない修行者は、夏休みに柔道に集中するのも良いでしょう。ですが、普段から十分な稽古が出来ていると思う人は、柔道以外の何か、普段やりたくても思い切り出来ないことに集中するのも、良いのではないかと思います。

師範が、夏期休暇という青春の1頁を柔術修行に集中した結果が、講道館柔道に繋がりました。例え柔道でなくても、夏休みに何か集中して行ったことが種子となり、将来大きな花を咲かせるかも知れません。柔道修行は、その時、有効な糧となるでしょう。
その花が柔道でなくても、社会を補益するものであれば、師範はきっと喜ばれるのではないでしょうか。


※読みやすさを考慮して、引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版7月21日掲載記事より転載・編集しています。

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