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【eJudo’s EYE】テディ・リネール評(グランプリ・モントリオール)

(2019年7月9日)

※ eJudoメルマガ版7月8日掲載記事より転載・編集しています。
【eJudo’s EYE】テディ・リネール評(グランプリ・モントリオール)
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ついに畳に復帰したリネール。大会出場は2017年11月の世界無差別選手権以来。

→最終日男子ニュース、決勝戦評
文責:古田英毅

絶対王者テディ・リネール(フランス)が約1年半ぶりに畳に登場。復帰の舞台に選んだのはカナダ初のワールドツアー大会、グランプリ・モントリオール2019(7月5日~7日)だ。

ご存知の通り、リネールはあっさり(このあたり評価分かれるところではあろうが)優勝。このコラムでは定期的に「対リネール」というテーマを扱って来たわけだが、気が付けば2017年ブダペスト世界選手権時が最後。今回は五輪や世界選手権というような節目になる大イベントではまったくないが、いまや滅多に彼について書ける機会もないので、定点観測的に、簡単に今大会のリネール評をメモしておきたい。2020年東京五輪のときに「1年前のリネール」を振り返ることが出来るようにというのがモチベーションだ。

リネールは初戦でアヤックス・タデハラ(アメリカ・右相四つ)を支釣込足「一本」(1:07)、続いてヴラダト・シミオネスク(ルーマニア・ケンカ四つ)から払腰「一本」(2:27)という立ち上がり。準決勝はルカシュ・クルパレク(チェコ・ケンカ四つ)と大熱戦も最後は右払腰で引っこ抜いての「技有」で勝ち抜け、決勝は原沢久喜(右相四つ)を釣り手を肩越しに入れての右大外刈「技有」で退けた。

体が絞り切れておらず、息が切れる場面も目立った今大会のリネールは決して完調にあらず。準決勝では1分20秒にクルパレクの左小外掛で大きく浮かされ、1分51秒には支釣込足で片脚になったところを押し込まれて自滅しかけ、GS延長戦では体を捨てての右小外掛を振り向き返されるなど危うい場面が3度。原沢戦でも右足を蹴り崩されて腹這いに落とされたし、払腰を透かされて危うく肩を着きかかるシーンもあった。両試合とも「指導2」ずつのタイスコアまで反則ポイントを失ってもいる。

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大会ベストバウト級の盛り上がりを見せた準決勝、リネールがリオ五輪100kg級金メダリストのルカシュ・クルパルクから払腰「技有」

しかし、それでも、なお試合ぶりには余裕あり。結果的にはクルパレクを前技で引っこ抜き(クルパレクがあんな投げられ方をするシーンは、ちょっと記憶にない)、原沢を力勝負の大外刈で押し倒し(原沢があんな仰け反りかたをする場面もそうはお目に掛かれないだろう)、いずれも投げで勝負を決めて見せた。前回の対原沢戦は「指導2」対「指導1」だから、ルールが違うとはいえ、スコアの差はむしろ開いているとさえ言える。

大型化して緩んだ体で現れた5月の国際合宿でも現役世界王者グラム・ツシシヴィリ(ジョージア)を何度も投げつけており、やはりこの人の強さは異次元級。今回の調整不足も、勝敗を揺らすような危険水域まで自身の競技力を落とすには至らず、結果としては「試合を面白くする」だけの要素にしかならなかったと評してしまっていいだろう。準決勝、決勝と試合が終わるなり笑顔で相手の頭を抱え込んで讃えた、あの余裕の表情にそれがよく表れている。むしろ熱戦を楽しんでいるようにすら感じられた。自分の衰えや鈍り具合もしっかり把握して受け止め、その上で、その「かつてと変わった自分」を楽しむ余裕。これを感じたのは筆者だけではないだろう。

あの消耗戦を「指導3」でなくあくまで投げて決めようという貪欲さには、力の差はもちろんだが、長期休養によるモチベーションの復活が見て取れる。であればこの長期休養はいまのところ「吉」に出ていると評価すべきだろう。

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準決勝終了直後、クルパルクの健闘を讃えるリネール。

この「余裕」、少々厄介だ。密着を嫌う、担ぎ技に相性が悪い、ケンカ四つの手立てが少ない、とリネールの技術的な弱点語られること数あれど、ロンドン五輪後ここまで7年の日本チームの対リネール作戦の柱はなんと言っても「メンタル的なパニックを起こさせる」こと。負けることを怖れるがゆえに異常に組み手にこだわり、一方的に組む状況でしか柔道をしたがらない実は臆病なリネールの精神を、五輪という異常な磁場の力を借りて蝕む。どう勝つにせよ、これがないとそもそも勝負出来る平面まで相手を引き下ろせない。ここまで語られて来た対リネール戦術をいくつか思い返してみて欲しい。そのほとんどが、実はどう投げるかというよりも、いかにこの「メンタルパニック」を引き起こすかというところに絞られていたことに思い至るだろう。

その、まさに刃を入れるべきメンタル面の変質がなによりの脅威。かつてリネールが見せていた一種の「小物感」、相手の強さや自分の弱さを認めようとせぬ偏狭さが最終的には致命傷になり得るというのが、無意識的に共有されてきたリネール対策の共通項ではないかと思うのだが、いまやその最大の弱点が克服されつつあるのではないだろうか。人間の幅が広がった、とでも表現したくなるようなその余裕ある立ち振る舞いはまことに好ましいが、競技視点で考えるとこれは脅威だ。フィジカルは落ちた(それでもリオ五輪金銀メダリストを投げてしまうのだが)が、メンタル的には大きく成長。総体として、リネールはリオ五輪時よりも強くなっているのではないか。

クルパレクと原沢はリネールと手合わせするという機会に恵まれてかつ善戦したが、現時点でここまでやれる、ともっとも手ごたえを得たのは、この3人の中ではリネールだろう。東京五輪に向けた自身の調整にしっかり補助線を引けた大会だったと観察する。

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リネールとの決勝を戦う原沢久喜

対リネール戦に関して原沢が得た成果は、外から見る限りでは決して多くない。支釣込足による右足の蹴り崩しには一定の効ありと見えたが、五輪当日にこれが頼るべき構造的な柱にまでなり得るかというと少々心もとない。(2010年世界選手権で見せたような足元の弱さが体の巨大化と調整不足により今大会では拡大されて見えた、と解釈するが、これがコンディションの改善で解決されるものなのか本質的なものかどうかは判断が難しい)。リネールの嫌いなケンカ四つでもなく、過去もっとも手を焼いた担ぎ技ファイターでもなく、相手の虚を突くような変化球タイプでもない原沢がリネールに勝利を得るには、つまるところ地力で勝り柔道の力自体で上を行くことしかないのではないか、と改めて思わされた大会であった。

もちろん、これはあくまで外から見ての印象。実際に組み合った原沢の中には、なんらか掴んだものがあるに違いない。効果のあった蹴り崩しの矛を収めたのは逆に手ごたえを感じたからかもしれないし、これも明らかにリネールが面倒くさがった、相手を左に見立てての「ケンカ四つクロス」の形も1度試して以後は使っていない(この2つは少なくとも引き出しの一つとしてストック出来たことと思われる)。組み手の完成に拘るリネールの手順に罠を仕掛ける隙を見出したかもしれないし、現状見せるもっとも大きな隙である「困ったときの雑な捨身技」に刃を入れることを考えているかもしれない。

その答えが出るのは、東京五輪。今回の対戦を、打倒リネールの一里塚になり得たと振り返ることが出来るかどうかは、ひとえにこれからの一年に掛かっている。以上のインプレッションを箱にしまって、来年の本番を待ちたい。

※ eJudoメルマガ版7月8日掲載記事より転載・編集しています。

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