PAGE TOP ↑
eJudo

【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第81回

(2019年7月8日)

※ eJudoメルマガ版7月8日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第81回
自他の関係をみるべし
eJudo Photo
嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「柔道一班ならびにその教育上の価値」
同題講演録の小冊子 明治22年5月 (『嘉納治五郎大系』2巻128頁)
 
<道場>という空間を使って行われる日々の稽古。
限定された空間ですから、人数によって、それぞれ使える広さが決まります。広い道場に2~3人であれば広く使えますが、同じ広さでも、人が多くなり、畳1枚あたり1人くらいになるとかなり狭くなります。

そうすると恐いのは怪我です。人や壁にぶつかったり、投げ足を受けたり・・・。目の前の相手に集中して、まわりが見えないとこういうことが起こりやすくなります。「そうは言っても、稽古に集中していたら、他に気を配る余裕なんてあるわけない」という主張もわかりますが、<周りを見る>ことも柔道の大事な修行、今回の「ひとこと」は、そんな内容です。

「自他」という言葉を見ると、柔道修行者の多くは「自他共栄」を思い浮かべるでしょうか。実際、この「自他の関係をみるべし」という教えを「自他共栄」の起源と考える人もいますが、私は、少々強引な気がしています。なぜ、そう思うか、あるいは、「自他共栄」とつながりがあるか否かは、今回の記事を読んだ後に、皆さんに考えてほしいと思います。
 
さて、「自他の関係を見るべし」。これは講道館柔道の三大目的の1つである「修心法」の「柔道勝負の理論を世の百般(ひゃっぱん:あらゆる方面)のことに応用する」という項目で紹介されているものです。
具体的には、勝負の際、まず、相手と自分の体格、技量、性格等の情報を明らかにします。『孫子』の格言「彼(かれ)を知り己を知れば百戦殆ふ(あやう)からず」を連想させますが、これだけではありません。さらに、周辺の状況を知ることが含まれます。師範は、道場であれば、周りに人がいる、羽目(はめ:壁に貼られた板)がある等、屋外であれば、近くに溝・堀・石等がある、そういったことを考慮すべき状況の例としてあげています。

相手と自分、さらに状況を明らかにし、いかに勝つか、これが柔道の勝負の上で必要な教えということになります。ですが、この教えは柔道の勝負にはおさまらず、世の中の商業、政治、教育などの分野で、何かを達成しようとする時に、応用出来ると師範は言います。情報収集と分析、それに伴う戦略の策定・実行、こういった能力が、柔道の修行によって身につくわけです。

「周りを見ること」、これだけですと、目の前の相手に集中せず、何か悪いことのように感じるかもしれません。ですが、「屋外」という状況を想定しているように、武術としての講道館柔道を考えれば目の前の相手のことだけを考えるのは、むしろ危険です。相手は1人とは限りません。道場でも、他者を傷つけずないだけでなく、自らの身を守ることにも繋がります。
各年代のトップクラスの稽古でも、時々、もっと広く道場を使えば危なくないのに等と思う場面があります。また、ウォーミングアップでも、周りが見えず他の人にぶつかりそうになったりしている人もいます。

道場内、外、さらに社会での応用を考えたとき、この「自他の関係を見るべし」は講道館柔道の貴重な教えとなるのではないでしょうか。
 

※読みやすさを考慮して、引用は『嘉納治五郎大系』から行っています。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版7月8日掲載記事より転載・編集しています。

→eJudoトップページに戻る
→「ニュース・マッチレポート」に戻る
→「書評・DVD評」に戻る