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平成31年全日本柔道選手権感想戦・「平成最後の『全日本』を振り返る」(上) 一回戦

(2019年6月22日)

※ eJudoメルマガ版6月22日掲載記事より転載・編集しています。
平成31年全日本柔道選手権感想戦・「平成最後の『全日本』を振り返る」(上)
一回戦
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「感想戦」に集った面々。左から西森大氏、朝飛大氏、上水研一朗氏、司会の古田。

→平成31年全日本柔道選手権感想戦・「平成最後の『全日本』を振り返る」(中)
→平成31年全日本柔道選手権感想戦・「平成最後の『全日本』を振り返る」(下)

→平成31年度全日本選手権予想座談会(eJudoLITE)
→【レポート】全試合戦評①一回戦
→【レポート】全試合戦評②二回戦
→【レポート】全試合戦評③三回戦
→【レポート】全試合戦評④四回戦(準々決勝)
→【レポート】全試合戦評④四回戦(準々決勝)
→【レポート】全試合戦評⑤準決勝~決勝

フォトギャラリー・平成31年全日本柔道選手権(eJudoLITE)

→一回戦リアルタイム速報戦評(eJudoLITE)
→全試合結果(eJudoLITE)
→当日速報ニュース

→[参考]平成30年全日本柔道選手権予想座談会「全日本を語りつくす」(昨年度大会記事)

参加者:朝飛大、上水研一朗、西森大
司会:古田英毅

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朝飛大
朝飛道場館長、慶應義塾大学師範。日本を代表する指導者であり、少年柔道指導の第一人者。自身も昭和60年大会に出場、世界選手権100kg級の覇者羽賀龍之介をはじめ多くの教え子を全日本選手権の場に送り込んでいる。

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上水研一朗
東海大学体育学部武道学科教授、男子柔道部監督。2008年の監督就任以来2014年まで同校を全日本学生柔道優勝大会7連覇、2019年まで計11度(2015年より4連覇中)の優勝に導いている名将。斯界きっての理論派として知られる。自身も全日本柔道選手権に3度の出場を誇る。

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西森大
NHKスポーツ番組部プロデューサー。業界では希代の柔道マニアとしても名高い。ドキュメンタリーの佳作・NHKスペシャル「日本柔道を救った男~石井慧 金メダルへの執念」、「アスリートの魂 どんなときも真っ向勝負 柔道 大野将平」を制作。現在は全日本柔道連盟広報委員も務める。

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司会:古田英毅
eJudo編集長。講道館柔道六段

古田 eJudoでは初めての企画「全日本柔道選手権・振り返り座談会」ということで皆さまにお集まりいただきました。今回も私が司会を務めさせて頂きます。何卒宜しくお願いいたします。

全員 宜しくお願いいたします。

古田 去年、今年と行いました「予想座談会」が大変に好評であったことがひとつ、また、これは個人的な思いになるのですが、昨年の全日本選手権が本当に素晴らしい中、西森さんと「どうにも食い足りない」という話になりまして。全日本選手権は、かつての甲子園とか、サッカーのワールドカップとか、それこそオリンピック本大会そのもののように、予想はもちろん、大会後も、ニュースがあって、映像があって、雑誌の記事があって、色々なメディアで識者の評が読めて、グラフ誌で写真を見て、インタビューがあって、ともっと骨までしゃぶりつくしたい、それに足る大会ですよねと。

西森 まさに同感です。

古田 極端な話、かつての「輝け甲子園の星」みたいな、選手をアイドル視点で追っかけるムックがあってもいいくらいですよ(笑)。というわけで、「骨までしゃぶりつくす」状況をぜひ柔道界挙げて作っていきたいと勝手に使命感に駆られまして、その一助として、この座談会を企画したわけです。予想座談会にも参加下さった朝飛大先生と西森大さんにお声をお掛けして、なんと今回は豪華なゲスト。東海大学男子監督の上水研一朗先生をお招きいたしました。

上水 宜しくお願いいたします。どれだけ力になれるかわかりませんが。

古田 今回は優勝したウルフアロン選手はじめ教え子さんがたくさん出ておられて、中には直接対決もあり、難しい立場なのでというお返事だったのですが、私のほうから「どうしても上水先生の戦評を聞きたい」と押して押して押しまくりまして、ついにお引き受け頂きました。

朝飛 私も本当に楽しみにして参りました。勉強させて頂きます。

古田 私のほうはレポート記事という表現の場も別にありますので、例によって、なるべく司会に徹して皆さまのお話を聞く側に回りたいと思います。全試合について触れて頂くのですが、まずは大会全体を見ての感想を一言ずつお願いできればと思っております。それでは朝飛先生からお願いします。

朝飛 全日本選手権は、最重量級の予選も含まれておりますので、単なる勝ち負けを超越した、技をしっかり掛けて「一本」を取る試合を見せてもらえる大会と思っています。この点、今年はウルフ選手が素晴らしい、凄まじい精神力でそれを見せてくれました。もしかしたらこのまま「指導3」で決まるなという場面でも、返されるのを恐れずに、全ての試合で「一本」を取りに行っていました。その後ウルフ選手と話す機会があったのですが、やはり「僕は技で取りにいきたい」と言っていましたね。毎年本当に全日本選手権は面白いのですが、きちんと持って、きちんと取る、これぞ柔道だという試合を見せてくれたのがとれもうれしい。投げるという柔道の神髄、魅力を見せてくれたとても面白い大会でした。

古田 予想座談会でも、ウルフ選手の凄いところは単なるインサイドワーカーではなく、それを「投げる」行為に注ぎ込むところだというお話がありましたね。ここは「指導」で取れるなという試合でも投げて決める様は、不謹慎な言い方ですが、お金を払って見に行く価値がありました。

朝飛 彼は進化する力が凄いです。試合中も明らかに進化しています。いろんなところを持って、創意工夫をして、自分の得意な大内刈、支釣込足、内股を仕掛けられるところに嵌めていく。本当に上手いというか、考えているというか、頭のいい試合ぶりでした。

古田 組み手の巧者、専門家とされる選手にも、まさにその分野で負けていませんでした。・・・では上水先生、お願いします。

上水 全日本選手権、私は立場上選手のセコンドについて作戦を授けるという視点で試合を見ていることが多く、全試合をじっくり見ることが出来ないのが心残りなんですが、それでもやはり一回戦、二回戦、三回戦とステージが上がっていくにつれ、場内がどんどんヒートアップしていくのがわかるんですよね。冷静にならなければいけないというのはわかっているんですけど、自分もだんだん興奮してくるというか、場の空気が自分の心を躍らせるというか、なかなか常の心持ちではいられない。やっぱり特別な大会なんだなと感じます。今回は最重量級の代表選考も兼ねますが、この大会には全日本選手権ならではという選手がいます。代表的な選手としては、加藤博剛選手ですよね。彼のようにこれぞ柔道というような曲者的な柔道を見せてくれる人もいれば、ウルフアロン選手のように、アグレッシブに現代の柔道にマッチした柔道をする選手もいる。私としては非常に勉強になる大会です。心躍らせながら、ヒントを得られる大会。今年はこれが存分に表現されていた大会であったと思います。

古田 仰る通り、同じ体重で便宜上あくまでゲームの結果を決めるという国際柔道の方法論と、全日本選手権ならではの価値観、その混在の面白さが際立った大会でした。

上水 そうですね!それはありました。

古田 それでは西森さんお願いします。

西森 古田さんの話にもありましたが、無差別は面白いというのを端的に感じる大会でした。ウルフ選手と加藤選手。決勝に上がった2人が自分よりも大きい相手から軒並み「一本」を奪って勝ち上がる。その中に表現されている技術の多様性。同じ階級でやっている試合で見るものとはまた違う柔道の奥深さを表現してくれていると思いました。やはりある意味、世界中見ても唯一無二の大会です。このレベルの高さや表現される柔道の幅の広さ、日本がこの「全日本選手権を持っている」ということを柔道人はもっとアピールしていくべきだと思います。この価値をもっとたくさんの人に知って欲しいなとあらためて感じました。・・・そして今年感想戦を開いていただいたことについてですが、去年も今年も我々の「予想座談会」の予想は結構外れているんですよね(笑)

上水 そうですか(笑)

西森 それはそれだけ、各選手の奥深さ、各選手の大会にかける思いの強さを感じさせてくれますし、予想を超えるものを見せてくれているのだと思います。そのあたりに関して我々も責任を果たすべきだと(笑)

古田 やりっぱなし、言いっぱなしじゃないぞと(笑)。

西森 そうです(笑)。ですので、こういう場を設けていただきまして今日は非常に楽しみにしています。

古田 この選手は予想以上に凄かった、互いが懐に呑んだ作戦のぶつかり合いによる化学変化は我々の予想を超えていた。というところはぜひ率直に語ってくださればと思います。それでは「感想戦」、オープニングゲームから参ります。前田選手と村上選手の試合です。

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前田宗哉が村上拓を相手に思い切った大外刈を見せる

前田宗哉(関東・自衛隊体育学校)○GS横四方固(GS1:19)△村上拓(東海・愛知県警察)
右相四つの打ち合い。前田の釣り手を挙げての大外刈、村上が小内巻込を抱え上げての左浮腰と良い技あり。延長、村上の裏投に前田が被り返して抑え込み、決着。緒戦にふさわしい好試合。
(eJudoリアルタイム速報戦評より)


西森 大外刈の吶喊攻撃、とくに終了間際の乗り越すようにして、自分よりも大きい村上選手に対して大外刈を仕掛けたところは前田選手の真骨頂だったなと思います。自分で自分に流れを持ってくるという試合ぶりを開会式直後の第1試合から見られたのは、今大会の雰囲気をよくするという意味でも、非常に良かったと思います。

上水 私もオープニングを体験したことがあるのですが、本当に緊張して真っ白で覚えていないんですよね。私の教え子でも過去に旭化成の海老(泰博)選手らが経験していますが、オープニングゲームはまったく違った雰囲気があります。そんな中、仰る通り、前田選手は良くも悪くもああいう(リスクのある)試合しか出来ない選手なんですが。だからこそよく行ったなと思います。村上選手は警察チャンピオン、その実力者に対して、90kg級の前田選手が臆せずに行った。彼個人の試合としてもそうですけど、「全日本選手権が始まったな」というような良い雰囲気を作ってくれたと思います。よくぞ攻めてくれたな、と感心しました。

朝飛 私もまったく同じことを感じました。村上選手が地方で強くなって、地区予選の結果を見るとこれは良いなと思っていたのですが、前田選手の攻めは素晴らしかった。高校の有望選手が大学、社会人と上がっていく中で、どう伸びていくかという方向性に悩む選手もたくさんいますが、前田選手は自分のやり方を貫くことで力をつけている。そのまさに自分のやり方、自分は大外刈で行くんだというのを見せつけてくれた。これぞ全日本選手権のオープニングにふさわしい試合。今年は良い大会になるなと思いました。

古田 まさに開幕戦にふさわしい試合でした。今なるほどと思ったのは、朝飛先生が「自分のやり方」、上水先生は「それしかない」と仰いましたが、前田選手がここまで自分の得意な大外刈一撃を最前面に打ち出して戦う時期は、実は彼が世に出た高校時代以来かもしれませんね。仰る通り、彼の柔道の来歴がこの場に上手く表現された、凝集されていた試合でした。

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石内裕貴が右小内刈、この技で巧みに上川大樹を崩し続ける。

石内裕貴(九州・旭化成)○GS反則[指導3](GS0:51)△上川大樹(中国・広島刑務所)
右相四つ。釣り手の良く動く石内、上川の圧を食わぬまま肘を振り立てて右小内刈で崩し続ける。上川持ち味を発揮できず「指導1」対「指導3」で決着。
(eJudoリアルタイム速報戦評より)


上水 職場が変わったといはいえなにしろ実力者ですから、大方の予想では上川選手有利であったと思いますし、私もその予想は動かないかな、と思っていました。石内選手は小内刈が非常によく効いていました。組み際に、上川選手が持とうとするとこの小内刈を仕掛けて、上川選手はとととと、と足を崩される。よく研究しているなと思いました。実は次の相手が太田彪雅だったので、私も上川選手が勝ち上がってくるかと対策をしていたのですが、石内選手はその予想を上回る出来でした。怪我で低迷していた時期もありましたけど、順調に復帰してきているのだなという感想を持ちました。

朝飛 石内選手、今は身体も大きくなってきましたが、もともとは90kg級、100kg級で戦ってきた選手。一方の上川選手はずっと100kg超級でやってきた重量級選手。先ほど話が出ましたように、全日本はなんといっても無差別であることが面白い。軽量級が重量級とやるのが面白い。ただそれは裏を返せば、重量級が軽量級を上手く捌かないといけない大会ということなんですよ。原沢選手がリネール選手を投げるくらいの力があっても、手が動く選手とはうまくいかなかったり、内股を透かされてしまったり。「無差別が面白い」というのは、軽い選手が重い選手に挑むという構図の魅力だけではなく、重い選手にとっては軽量級を上手く捌かなければいけない厳しい戦いでもあるからなんですね。上川選手は手の動く相手に焦れて、焦れて、焦れて。最終的には技が掛かる前に気持ちが空回りして何もできないまま終わってしまった。先ほどおっしゃられたように、重量級がもっと勉強しなければいけないなという試合でしたね。

西森 上川選手に期待している部分がありましたので、そういう意味ではパフォーマンス的に少々残念だったなと思います。象徴的だったのは上川選手が自分から得意の払釣込足を掛けたんですけど、そこで自分の膝のほうががくりと崩れてしまった。端的に言うと、体重が重過ぎるのかなと思いました。とはいえまだ老け込む年でもないので、もう一度身体を作り直して、上川選手らしい豪快な柔道を来年見たいなと思いました。

古田 まさしく。象徴的なシーンが2つありました。ひとつが、ようやく釣り手を高く持てた瞬間石内選手の小内刈に歩かされて、あっという間に落とされてしまったシーン。もう1つは西森さんも仰った、組み際にあの質量自体をぶつけるような払釣込足をバチンと当てたら自分のほうがよろけてしまった場面。みなさん、的確にこの2つを指摘下さったなと思いました。これだという形が作れず、得意の一撃も通じなかった。上川選手自身も、あの一撃が通じなかったことで気持ちが下がってしまったのかなと思いました。来年、また上川選手らしい試合に期待したいと思います。

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斉藤立が大内刈「一本」

斉藤立(東京・国士舘高3年)○大内刈(2:39)△加藤大志(北海道・北海道警察)
ケンカ四つ。緊張気味の斉藤なかなか引き手を得られずも中盤から立ち直る。引き手で袖を得、襟を持たせたまま場外際に追い込んで左大内刈「一本」。
(eJudoリアルタイム速報戦評より)


朝飛 (斉藤選手の)スケールの大きさを感じた、この一言です(笑)。

古田 入りはだいぶ緊張していたように見えました。

上水 緊張はしていたと思いますが、これは大したものだな、将来的には彼の時代が来るのだろうなと率直に思いました。ひとつひとつ持っているものが違うなと。技を掛けるたびの観客のどよめきなども、やはりスター選手が持っているひとつの要素なのかなと思いました。順調に育っていって欲しいですね。

古田 決め技の内股は、一発で掛けたのではなく、大外刈から踏み込んで掛けました。

上水 そうですね。

古田 闇雲に武器を振るうのではなく、落ち着いていましたね。

朝飛 (うなずく)引き手もそうですよね。取れないときは襟を持って安全圏で戦って、冷静でした。それに体重が160キロくらいある選手だと、相手はこういう重い相手を片足にさせるためにはどうしようかという視点から戦術を考えてくるんですけど、斉藤選手は逆に自分から片足になって勝負するんですよね。とんとんとんとん、と。

古田 なるほど!

朝飛 よっぽどバランスがいい、「動ける超級」なんだなと思いました。

上水 そうですね。相当のものですね。

西森 相手の加藤選手も素晴らしかった。堂々と迎え撃って戦いました。ベテランの選手で、相手は高校生なので、小手先でごまかすことはもっとできたと思うのですが、堂々とした駆け引きの中で戦った。「胸を貸した」と言うか・・・そういう対戦になったのは良いと思いました。

古田 まさに。歴史に残る斉藤選手の全日本選手権デビュー戦がこういう堂々と戦ってくれる選手であったことは素晴らしかった。「全日本」が次の世代のスターをこういう形で育んでいる、そんなめぐり合わせさえ感じました。加藤選手、「はじめ」の直後に吸い込むように奥襟を叩いて、大内刈で斉藤選手の頭を下げさせましたよね。「お、これは良い試合になるな」と思いました。西森さんがおっしゃるように本当に素晴らしい試合ぶりであったと思います。

西森 そしてその真っ向勝負で斉藤選手が一本勝ち。斉藤選手のポテンシャルは際立って印象に残りました。

古田 ちなみに、「予想座談会」の勝敗予想はここでようやく初白星、1勝2敗です。

西森 結構一回戦外したんですよね(笑)

古田 しかし、だからこそ全日本です。現場では前田選手の吶喊ファイトに、石内選手の非常に巧い試合、そしてスター候補斉藤選手の堂々たる一本勝ちと、3試合を経て、これは良い全日本になるなという予感が漂い始めたタイミングです。

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影野裕和の肩車「技有」

影野裕和(四国・愛媛県警察)○優勢[有効・肩車]△本間稔永(東北・山形県警察)
右相四つ。影野「指導」ビハインドも2分8秒変則の肩車で左後隅に転がし「有効」。本間左背負投で追撃も、影野もはやとりあわずタイムアップ。
(eJudoリアルタイム速報戦評より)


西森 戦前の予想ではほぼ同じぐらいの力量ではないかという評価であったと思うのですが、影野選手のほうが先に芯を食う技を仕掛けました。

古田 芯を食う!良い表現ですね。

西森 最初は小競り合いになりがちかと思うのですが、影野選手のほうが、具体的に取りに行く技を仕掛けて、しっかりポイントをとって、その後は確実に捌いていく。そういう試合だったと思います。本間選手は、やはり初めての出場というところでちょっと緊張したのか。もっとアグレッシブにいってペースを掴むべきだったのかなと思います。そのあたり、影野選手は何度も出場しているベテランですので、全日本選手権での戦い方を知っているなという印象を受けました。

朝飛 本間選手が一回目の左背負投に入ったとき(編集部註:1分18秒に本間選手が左に担ぎ技、大きく浮いて腹ばいに落ちた影野選手に直後「指導」)に、影野選手がこの技が「危ない」と分かった。そこから敢えて前にいかない試合をするんですよね。もう決していかない。上手いな、と思いました。そしてではどこで何を掛けるんだろうと思っていたら、右に倒れ込むような技を見せた後に、反対側の左に技が出たんですよね。相手の心境を見ながら試合をやっているんだろうなと思いました。巧い。本間選手の本来の持ち味はがつんと来るところ。そこが面白いし、最初に見せた左の背負投はまさにそういう技でした。先ほどの加藤選手ではないですが、比較的綺麗な崩し合いを好む。だから、影野選手がそこを突いてきたのかなと思いましたね。

古田 上水先生はどうでしょうか?

上水 僕はこのあたりすみません、見れていないところなのですが、影野選手は世田谷学園から明治大学。当時から非常に試合が上手かったですから、いまのお話は納得できます。そういう年輪の深さって言うのはあったのではないかなと。本間選手は日本大学出身、叩き上げの努力型の選手ですが、その「叩き上げ」対決に、影野選手に一日の長があったのではないかと思います。

一同 (うなるような感じで)うーん…!

西森 全日本のあの大舞台で勝った経験があるか、これも意外に大きいと思います。何度も出ているけど、なかなか一勝を上げられない選手も結構いますから、これもひとつポイントなのではないかと。

古田 なるほど。

西森 影野選手は過去に勝利を挙げていますから。

古田 本間選手は2年連続で本戦出場決定戦寸前で敗れて、出てきたと思ったらベテランに一勝を阻まれ。彼の柔道人生はステップバイステップですね(笑)

上水 (笑顔でうなずく)

古田 東北は一気に顔ぶれが変わりましたし、本間選手の次回に大いに期待しましょう。将来はさすがベテラン、と周囲を唸らせるような試合をしてくれるのではないかと思います。

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下和田翔平の足車「一本」

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北野裕一も得意の隅返で会場を沸かせた

下和田翔平(関東・京葉ガス)○GS足車(GS4:36)△北野裕一(東京・パーク24)
ケンカ四つ。長身の下和田両襟を高く握り、北野は左釣り手で背中を握り込み、隅返で対抗。延長、下和田ケンケンの大内刈で北野に抱き着かせたまま耐えさせ、右足車に連絡「一本」。
(eJudoリアルタイム速報戦評より)


古田 非常に見ごたえがありました!

西森 北野選手のやはり…「隅返職人」ぶりですね。

一同 (笑)

西森 自分の釣り手のずらし方が物凄く上手いんですよね。一旦握ってちょいちょい、と上げて、相手の肩甲骨を上から押さえるように組む。あの組み手技術を見られただけでも全日本選手権の価値があります。

上水 (笑)

朝飛 下和田選手、ただ単に組んでいるように見えるかもしれませんが、抱き勝負の時には抱きつかせ方というか、間合いを分かっているんですよね。この後、2回戦でも垣田選手に追っかけられて、追っかけられて…あそこまで追っかけてくる選手もなかなかいないんですが、その垣田選手の小外掛にも対応できて。あの手の長さ、192センチの身長の中で、私たちにはわからない間合いがあるのだろうなといつも思うんですよね。この試合の最後も抱きつかせたまま勝負しましたよね、普通だったら怖くてできないですよね。

古田 いや、本当に。

朝飛 手足が長いというのは単にサイズの問題ではなく、そこには私たちにはわからない世界、間合いがあるのだと思います。

古田 予想座談会では、北野選手がうまく嵌めるのではないかという予想が優勢だったわけですが、私が見ていて不思議に思ったのは、下和田選手がまったく慌てていなかったですよね。

朝飛 慌ててなかった!

古田 なにしろ相手は曲者・北野選手。先に掛けられて「指導3」失うかもしれないし、どこかで嵌められてしまうかもしれない。それなのにずっと落ち着いている。最後は抱きつかせて投げたわけですが、単純に、捕まえれば大丈夫、というような落ち着き方ではなかったですよね。なにか確信的に見えていたものがあるのでしょうね。

朝飛 一回も(切り落とす動作をしながら)これがないんです。

古田 あ!

朝飛 そうなんですよ。持ったままの間合いで北野選手の抱きつきの変化についていった。彼には見えていたものがあるんです。

古田 上水先生はいかがですか?

上水 私も、 二人の相性としては北野選手の方が良いのではと予想していたのですが、しかし、このブロックはよく「曲者」が集まりましたね。

一同 (笑)

朝飛 このブロックは、これはすごいと、予想のときから話していました(笑)

上水 そうですよね。北野選手、下和田選手、垣田選手。北野選手は隅返の達人。下和田選手は「長さ」を有効に使います。先ほど古田さんが仰いましたが、彼は長さを利用して投げられそうな振りをしながら、最後はその長さを使って相手を落としていく巧者。飯田健太郎選手もそういうところがありますね。こういう一癖ある選手同士の戦いというのも全日本の醍醐味です。真っ向勝負だけじゃなくて、お互いに嵌め合って、裏の裏を読んで。そういう面白さのある試合だったのではないかと思いました。

西森 そうですよね。お互いに存分に駆け引きしての戦いでした。

古田 そうか。あのサイズゆえに下和田選手には真っ向勝負のイメージもありますが、彼も属性は「曲者」側ですね。

西森 これも非常に全日本選手権らしい戦いでした。

上水 さきほど、重量級が軽いのをどう捌くかも大きなみどころだというお話が出ましたが、下和田選手は本当に上手いですよね。蜘蛛が絡め取るような…(笑)

古田 蜘蛛!まさに!

上水 自分の間合いに入れ込んで、逃がさないようにする。彼が全日本選手権の本戦に出てくるのはよくわかります。

古田 「絡み付く」イメージの巧者北野選手が、スパイダー下和田選手に捕まってしまった。

一同 (笑)

古田 決まり技が足車という固定点を作って投げる技であったこともいいですよね。「捕まえる」という言葉が非常に嵌る決着でした。

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佐藤正大が開始早々に「一本」。

佐藤正大(関東・自衛隊体育学校)○肩車(0:22)△藤本英謙(東北・青森県警察)
組み際に佐藤が右袖釣込腰。逆側に抜け落ちる形で藤本の体が落ち、佐藤肩車様に固定して投げ切り「一本」。「秒殺」で決着。
(eJudoリアルタイム速報戦評より)


西森 予想でも佐藤選手の方が良いだろうということでしたが、仕掛けの早さも含めて自信もあるのだろうなと思ったのと、もうひとつ大きな話として、自衛隊体育学校はこの全日本選手権に3人出ていて、3人とも初戦を突破。やはりいま、自衛隊体育学校は良いんだなと。チームとして乗っているんだなと感じました。

古田 予想座談会で仰っていた「自衛隊体育学校がいま、良い」という見立てに手応えを得た試合ということになりますか。

西森 はい。

朝飛 藤本選手、始まって10秒、20秒なので、まだ体が硬いまま転んでしまったなという試合でした。仕掛けの早さというのはこれなんだなと。まだ落ち着かない状態で、多分受けようとして切ったところが、もたれ掛かられてそのまま畳に落ちてしまった。

古田 さきほど、斉藤選手を相手に加藤選手が始まってすぐ仕掛けたのと同じで、初出場で硬くなっている選手に襲い掛かって試合を決めてしまうというのはひとつの方法論というか、手口ですよね(笑)

上水 (笑)

朝飛 そうですね。最初に声を出して一発、二発技を出せば、相当気持ち的には楽になるのですが。

古田 その前に終わってしまった。

朝飛 はい。藤本選手にはこの経験を糧に、これから何度も出て、また頑張って欲しいなと思います。

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GS延長戦、郡司拳佑の思い切った内股巻込決まって「一本」

郡司拳佑(九州・旭化成)○GS内股巻込(GS1:18)△河坂有希(四国・愛媛県警察)
ケンカ四つ。郡司釣り手の手首を立てて高く襟を持ち、引き手で袖を得ては鋭い内股で攻める。河坂しぶとい組み手と左大内刈で粘るが、ついに郡司の右内股が閃く。巻き込んで「一本」。
(eJudoリアルタイム速報戦評より)


西森 どちらも二回目の出場。河坂選手はベテランのある意味、ものすごく苦労人。この試合も丁寧に戦ったのですが、見ていて思ったのは、郡司選手のほうが純競技力的にはちょっと強くて、その分、河坂選手はどこかでリスクをとって勝負に出ないといけなかったかなと。今のルールだと粘って先延ばしするだけではなかなか厳しい。粘り強く戦う先に、どこで、具体的にどう勝負を仕掛けるか。今のルールではこれを見極めることが非常に大事だと感じさせられました。

古田 存分に粘った試合でしたが、それだけでは難しいと。

朝飛 郡司選手は2回目の出場。以前より落ち着いて見えました。加えて。郡司選手は跳ね上げるような内股が得意なのですが、河野選手がこれを非常に丁寧に、しっかり丁寧に受けていたので、これは逆に思い切り入りに行くことが出来るだろうなと思っていました。例えば河坂選手が透かすようなイメージで受けるとこれが難しくなって、色々な角度から入ったり、工夫をしたりしなければいけなくなくなるんですね。そういう伏線があったので、最後は身体が向こうに飛ぶくらいまで思い切り入れた。釣り手は離れてしまったのですが、思い切りよく入れたことで相手がついてきてくれたという感じでした。

上水 郡司選手は賢い選手という印象。もうほんとにひとつひとつ、試合を見るたびに、色々な技術を覚えていますね。残念だったのは膝を痛めていたこと。万全の状態だったらもっと彼の良さを出せたのではないかなと思います。この次の試合、上田選手との試合ではこの膝の負傷で崩れ落ちるような形になってしまいました。全日本選手権というのはとても大きな舞台。憧れの舞台なので多少怪我をしても出たいのはすごくわかるんですよね。だからこそ、コンディショニングの難しさもわかる試合でしたね。しかし、良く勝ちました。河坂選手も、全日本に出てくるのはそれだけでも大変なことですから。さっき仰っていた、

西森 一勝!

上水 それです。一度勝つとまた違う世界が見えてくると思うので、諦めずに挑んでほしいですね。

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春山友紀が腰の差し合いに呼吸を合わせ、一瞬早く右大腰で押し込んで「有効」

春山友紀(関東・自衛隊体育学校)○GS有効・大腰(GS1:19)△瀧田真太郎(北海道・北海道警察)
ケンカ四つ、組み手の攻防が続き一進一退。延長、瀧田が釣り手を背中に持ち替えて腰を切らんとすると春山が先んじて右大腰。「有効」で決着。
(eJudoリアルタイム速報戦評より)


古田 最後は非常に春山選手らしい技でした。

朝飛 しぶといですよね。春山選手は三角のイメージが強くて、寝技になってどう攻めるのかに注目していたのですが、最近はこの試合のように大腰や背負投で取る場面が多く見られるので、また進化しているんだなと。

西森 春山選手、この試合に引退を掛けていたということですが、この試合も、次の試合も長い試合を戦い抜いて、凄い執念を感じました。瀧田選手も久しぶりの全日本で勝ちたいという気持ちがすごく伝わってきて、お互いに引かない気持ちがすごく伝わる試合でした。

古田 春山選手、高校時代から集中を一瞬切らしたりすることがある印象ですが、最後まで集中していましたね。腰の切り合いからもたれかかるような攻防一致の大腰。さきほど朝飛先生の話にもありましたが、

朝飛 はい。

古田 彼の粘り強さとか、隙を見る戦術眼とか、特徴がよく現れていた一撃だったと思います。

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七戸龍が大町隆雄を攻める

七戸龍(九州・九州電力)○GS反則[指導3](GS1:45)△大町隆雄(中国・山口県警察)
右相四つ。大町釣り手を良く振って七戸の奥襟圧力を逃がし、粘る。七戸は遠間から大内刈、引きずり出しの内股、飛び込みの大外刈と技を積み「指導2」対「指導3」で決着。
(eJudoリアルタイム速報戦評より)



西森 数年前に比べると、どうしても七戸選手が攻めるタイミングが遅いというか、本当に良い形にならないと出さなくなっているのかなという印象を受けました。逆にそれで展開を苦しくしている気がしました。技の威力は素晴らしいので、外から見ている身としてはもっと不十分な体勢からでも攻めて欲しいと思うのですが。逆に言えば、大町選手の与える組み手の圧力も相当なものがあるのだろうなと。そんなことを考えながら見ていました。

朝飛 大町選手、良い選手ですよね。最初、高校の金鷲旗で見たときに本当に良い選手だなと思ったことを思い出します。粘っこく、よく練習しているんだなと思いながら見させていただきました。今も本当に上手いですよね。手の振り方とか。大きい人に対しての手立てとか。それと、何度も言いますが、やっぱり七戸選手が、優しいなと。

一同 (笑)

朝飛 一気に攻め落とすような試合をするのかなと思ったら、丁寧に、丁寧に作って、技を仕掛けていました。昨年の、相手に気を遣いながら関節を取った試合を思い出してしまうような戦い方でした。それでも勝ちたいという執念が「指導」の差という結果に繋がったのかなと思います。先ほど西森さんもおっしゃいましたが、七戸選手は遠間から仕掛けられるし、技に物凄い威力がある。小川(雄勢)選手を一発で投げたり、リネール選手を転がしたり。でも、今回は大町選手が良く動くので的を絞れなかったのかもしれません。

古田 上水先生はいかがですか。

上水 この試合自体はじっくり見られなかったのですが、大町選手は先ほどお話しありました通り、高校時代、本当に光っていた選手で、ベイカー茉秋選手と一番のライバルだったんですよね。

古田 私も金鷲旗大会に非常なインパクトを受けました。いまだもあの時が、一番輝いていたと思っています。

上水 とても力強い選手ですが、怪我もありましたからね。最近は警察でもチャンピオンになっていますし、そこを脱して上がってきているのではないかと。一方の七戸選手は何回も出ているベテランですから、最初の入りはどうしても慎重になってしまったのかなと思います。我々からすると、遠間からの威力もあるからもっと行けばいいのにと思うかもしれませんが、彼からすると、全日本という場を良く知っているだけに、より安全な方策を選んだのかなと思います。

古田 皆さん同じ方向を指し示していると思うのですが、出している技自体は非常に質が良いんですよね。むりやり仕掛けることを躊躇させる、ごりごり攻める仕掛けの頻度を減じさせるようなものが大町選手にあったのではないかということで、いったんまとめさせていただきます。

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辻本拓記得意の大内返決まって「技有」

辻本拓記(近畿・兵庫県警察)○優勢[技有・大内返]△北山彰(北信越・石川県警察)
右相四つ。北山組み際に大内刈も、辻本バランスよくずれて大内返に捉え「技有」。以後も背負投で攻め、終盤息切れもぶじ逃げ切る。
(eJudoリアルタイム速報戦評より)


西森 辻本選手はやはりあの大内返を得意としているんですね。去年の選抜体重別で飯田健太郎選手を取りましたけど。非常に面白い柔道ですね。左右の担ぎに切れもあるし、粘り強く掛ける。ユニークだなと思いました。

朝飛 大内刈に「入らせる」手の開きと、足の間を、していました!

一同 (笑)

古田 なるほど、誘い込んでの一撃。迷いなく仕掛けていましたよね。

朝飛 さすがだなと思いました。飯田選手から取ったときもそうでしたけど、狙っているのかなと思わせるような手の緩みと足の間を作って、それにギリギリまで返さないんですよね。入らせておいて、ここだというところだけで、ぼん!と決める。

上水 そうですね。彼は一昨年警察選手権で優勝していますが、大阪汎愛高校時代は決して目立つ選手ではなかったのが、天理大学で叩き上げて頭角を現しました。柔道の随所に、努力して来たんだなということが見える選手です。非常に工夫している。

古田 なるほど。

上水 誘う、罠を張るのが上手ですよね。これで来たら担いでやるとか、これで来たら返してやるとか、そういう意図が動きの中に見え隠れする面白い選手です。

古田 これから全日本選手権の好役者として一働きしてくれそうな気配がします。・・・北山選手は初出場ですが、残念でした。

西森 北山選手もやろうとしている柔道を表現はできたのかなとは思いますが、辻本選手が一枚上手だったのかなと思います。


大会写真:乾晋也、辺見真也

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※ eJudoメルマガ版6月22日掲載記事より転載・編集しています。

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