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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第79回

(2019年6月10日)

※ eJudoメルマガ版6月10日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第79回
勉強も運動も交互に巧みに転換しながら行えば、自分も厭(あ)きずに成しおおせる。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「追懐瑣談」
柔道 1巻2号 大正4年2月 (『嘉納治五郎大系』10巻295頁)
 
柔道に限らず、学生・生徒にとって、部活動と勉学の両立は、大きな課題です。
学校が勉学の場である以上、勉強は疎かには出来ませんし、勉強だけで身体を鍛えないことも、心もとないです。このようなことから、学校等では「文武両道」や「文武不岐」という言葉で、この2つの両立を理想としてきたのでしょう。勉強なんてしなくて良い、あるいは、運動なんてしなくていい、という人は、少数派でしょうし、そうであってほしいと思います。

嘉納師範も同様の考えでしたから、私塾である嘉納塾でも勉学と共に、柔道を必修としましたし、東京高等師範学校には体育科を設けました。また、国民体育を一生の課題とし、文に偏りがちな世情に一石を投じ続けました。

ただ、皆様ご存知のとおり「両立」は簡単ではありません。どちらかに一生懸命励めば励むほど、難しくなります。「両立」という言葉だけではなく、何か具体的なアドバイスが欲しいと思っても不思議ではありません。そこで、今回の「ひとこと」です。

師範は勉強しすぎると、(ユニークな言い回しですが)「脳を痛める」と言い、運動もしすぎれば身体を損ねると言います。そもそも、どちらか1つだけを行い続けること自体が難しいということです。
その難しさに立ち向かい、打ち勝つことが、大切という人もいるでしょうが、何事も無理のしすぎはよくありません。怪我で、その後の生活に支障を来す人や、精神的に参ってしまう人、あるいは、その行為自体が嫌になり、ドロップアウトする人など出てくるでしょう。

そこで、師範は、勉強と運動を「たくみに」に交互に行うということを勧めます。勉強と運動を、うまく切り替えれば、気分転換にもなり、嫌にならず行えるということでしょう。
 
もちろん、いくら上手に切り替えても、疲れて両方出来ないこともあります。そういう時は休息が必要になりますが、そんなわずかな時間でも、ただ休むのではなく、身の回りの仕事(やらなければいけない雑務)を少しずつ、することを師範は勧めます。休憩という、わずかな時間すら、無駄にせず活用しようとする、精力善用の思想が見られます。

気分転換を勉強あるいは運動ではなくても良いと考えることも出来るでしょうが、両立を考えれば、限られた時間の中で、この2つをうまく行う工夫が必要です。
両方やらなければいけないと、義務に感じすぎると、息がつまりそうですが、それぞれを気分転換と捉えれば、気持ちの持ち方も少し変わるのではないでしょうか。

嘉納師範自身が文武両道の人だったことは、事績をみれば一目瞭然です。その末流である私たちも、今回の「ひとこと」を参考に「両立」を目指し、それを言葉と背中で後進に伝えたいものです。


著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版6月10日掲載記事より転載・編集しています。

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