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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第78回

(2019年5月28日)

※ eJudoメルマガ版5月28日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第78回
努力をなし通し、この困難の経験を嘗(な)めた自分には大いに悟るところがないわけには行かなかった。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「六十年間の経験に基づいて後進の諸子に告ぐ」
有効の活動 7巻12号 大正10年12月 (『嘉納治五郎大系』10巻319頁)
 
<若い時の苦労は買ってでもせよ>
若いうちの苦労は後の人生に役立つから、求めてでもしたほうが良い、という意味の格言です。若いときの苦労には、それだけ価値があるわけです。今回の「ひとこと」は、この格言の実例です。師範が若い頃に味わった苦労と、そこから得たものを見てみましょう。

師範が講道館・講道館柔道を創始したと言われる明治15年。師範は、いくつだったでしょうか。22歳です。これだけでも驚くべきことですが、師範がこの時期に携わっていたのは講道館だけではありません。学習院の教員をしながら、嘉納塾という寄宿制の私塾も主催、さらに、弘文館という学校も設立・運営していました。

1人の人間がこれだけ多くの活動をするのが、どれだけ大変か、想像するのは簡単です。過労のために体調を崩しても不思議ではありません。ただ、柔術・柔道修行で、常人より、強い心身を得ていた師範にとっては、楽ではないにしても身体的には大丈夫だったようです。

それよりも、師範を苦しめたのは経済的なものでした。道場や学校の経営、書生を置く、いずれもお金がかかりますが、ほとんどが師範の持ち出しだったようです。結果、これらの活動は、経済的な負担を大きくし、師範は負債を抱えることになりました。

負債について、師範は「良いことをしているのだから・・・」とあまり気にしなかったようです。おおらかと言いますか、楽観主義と言いますか、師範の性格の一端がうかがえますが、負債は自力では返せないくらい多額となりました。
結局、親戚や親しい人の援助により、何とかなった(?)ようですが、一連の出来事について、いくら世のため、人のためとは言っても、青年の身で、多くの書生を養い、手広く公益の事業を行ったことは<間違ったことであった>と師範は言います。

このような「努力」と「困難な経験」は師範に何を悟らせたのでしょうか。
それは<人間の行動は「自他併立主義」でなければならぬ>ということでした。自身と他者が併せて立つ、<自他共栄>の基礎的な考えと言えるでしょう。自分のことだけではダメですが、人のためだけでもダメ。そもそも、自立していなければ、他者のことは十分には出来ません。自分と他者が並び立つ、この「自他併立主義」が、師範が若い頃の苦労から得たものでした。

「精力善用」とならぶ、講道館柔道の重要な理念である「自他共栄」が借金から生まれた、というと言い過ぎですが、この若い頃の苦労が一因となったことは間違いないようです。
 

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版5月28日掲載記事より転載・編集しています。

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