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【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第76回

(2019年4月29日)

※ eJudoメルマガ版4月29日掲載記事より転載・編集しています。
【隔週刊・嘉納治五郎師範のひとこと】第76回
演説は練習と用意とを要すべきものなり。
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嘉納治五郎師範

資料提供 公益財団法人講道館
copyright:Kodokan Judo Institute

※写真の無断転載および転用を厳に禁じます

出典:「雑誌「雄弁」に答えて」
雄弁3号 明治43年4月 (『嘉納治五郎大系』4巻284頁)
 
本連載でたびたび触れていますが、嘉納治五郎師範が、それまでの武道家と大きく異なる点の1つが「言説による普及」です。そのうち執筆活動の跡は、活字として残り、現在の我々の知るところとなっています。ところが、執筆以外にも「言説による普及」があります。「演説(講演、講義)」です。その一部は、筆記録として、残されていますが、その数は限られており、師範が生涯にわたり行った演説全体からするとその数は僅かでしょう。今であれば、音声や動画での記録は容易ですが、当時はそうはいきません。音声史料については、筆者の知る限りでは国内と海外に1つずつ残っていますが、講演の様子を記録した映像史料は今のところ目に出来ていません(※)。

そんな師範がどのような感じで講演をしたのか、わずかですが、手がかりになるのが、今回の引用元である「雄弁」という雑誌に掲載された記事です。実際に師範の講演を見た記者によると、その演説ぶりは「誠実」とのこと。また、ジェスチャーを交えたものであったことが分かります。さらに興味深い記述もあります。
 
記者によると、驚くことに師範は<往々潜然(さめざめ)として泣きつつ演説する>そうです。

講道館の高弟の中には、師範が涙を流したところを、ほとんど見たことがないと、残している人もいますが、この記述からすると、演説ではそうでもなかったようです。実際、他の史料でも、感極まって涙を流し、それをハンカチで拭きながら、演説を行ったという記録がイラストと併せて残されています。これだけですと、興奮しやすい人ということで、少しひいてしまうかもしれません。ところが、この泣きながらの演説も「誠実」さ故か、聴衆は、茶化したり、不審がることなく、真面目に聞いていたと言います。

脱線してばかりの本稿ですが、今回の「ひとこと」は「雄弁」編集部の<演説の前の準備はどのように?>という問いに対する出だしです。練習と用意を必要とする。演説に限らず、他の様々なことに応用が出来そうな(そしてあまりに当たり前な)話です・・・。

ところが、師範は練習と用意が必要と思いながらも、忙しいために、腹案すら作らないまま、壇上にあがると、続きます。一体どうするのか?と思いますが、壇上にあがって、聴衆の様子を見た上で、普段から思っていることを述べると言います。

人前で話をするのに、準備もしないなんて、という考え方も出来るでしょう。ですが、事前の準備なしで、相手を見て、つまり聞く相手に合わせて、話をするということはかなり難しいことです。それだけリソースの蓄積があり、アウトプットにも選択肢がなければ出来ません。この記事が書かれたのは明治43年。師範50歳の年です。円熟期にはいった師範の演説、まさに融通無碍、達人を思わせる話です(※)。


※映像史料自体は数点残されています。
※もっとも、講演草稿も残されていますので、いつも準備なしだったというわけではないようです。

著者:元 敏季(ハジメ・トシキ)
1975年生まれ。柔道は中学校から始め、大学までは競技を中心に行うが、卒業論文を機に柔道の文化的側面に関心を持ち、大学院へ進学。凡そ10年、大学院・研究機関に所属するも、研究とは異なる分野の仕事に就き現在に至る。ライフワークとして嘉納治五郎に関する史料を蒐集・研究し、その成果を柔道振興のため発信しようとしている。

※ eJudoメルマガ版4月29日掲載記事より転載・編集しています。

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